追悼・渋谷陽一 21ST CENTURY SCHIZOID MAGAZINE『rockin'on』

7月14日、音楽評論家・渋谷陽一逝く。74歳だった。

雑誌『rockin'on』を読み始めたのはいつ頃かな…1980年代に入ってからだと思う。1970年代後半にロックを聴き始めた田舎のリスナーにとってアーティスト・バンドの情報源はラジオと雑誌だった(テレビはもちろん論外)。一時期は毎月のように購入していた『rockin'on』だが、だいぶ処分してしまって(すまん)今手元に残っているのは僅か、これだけ。

私の手元にある最も古い『rockin'on』。1978年5月号。これは表紙の写真が気に入ったので古本屋で買ったもの。

1980年3月号。これも表紙の写真がジョー・ストラマーなので古本屋で買った。大友克洋の漫画「大友克洋の栄養満点!」(2ページ)掲載。

1980年7月号。『軋轢』リリース当時のフリクションのインタビュー掲載。インタビュアーは渋谷陽一。“日本のロック…”と言う渋谷に対して、レックが日本のロックなんて雑誌の上にあるだけ。ステージ上や部屋で聴くレコードではなく、生活(日常)にこそロックがある(必要)という趣旨の発言が興味深い。

1980年10月号。表紙はジョー・ストラマー。ピート・タウンゼントのインタビュー、ジョン・ライドンのインタビュー掲載。

1981年8月号。表紙はデボラ・ハリー。坂本龍一のインタビュー掲載。インタビュアーは渋谷陽一。アヴァンギャルドについての対話が面白い。

1981年9月号。エルビス・コステロのインタビュー。ジョー・ストラマーのインタビュー掲載。モノクロ写真ページに石垣の上のザ・ルースターズあり。サザンの桑田のインタビュー(インタビュアーは渋谷陽一)。

1982年4月号。来日したザ・クラッシュのミック・ジョーンズのインタビュー掲載(インタビュアーは渋谷陽一)。当時の新譜『サンディニスタ!』に関することなど。「クラッシュ批判に答えて」という渋谷陽一の記事掲載。クラッシュの政治的メッセージを“音楽と政治は無縁であり音楽には政治的有効性はない”という批判に対して渋谷は”ラブ・ソングに肯定的な連中に聞きたい。歌には恋愛的有効性があるというのか。失恋の歌を百回歌えば以後失恋しなくてすむのか。クラッシュの政治主義に対する批判はせいぜいがその水準でしかない”と断じている。

1982年9月号。表紙はRCのチャボ。忌野清志郎のインタビュー掲載(インタビュアーの記載なし)。

1983年8月号。表紙はRCの清志郎&チャボ。清志郎とチャボによるアルバム『OK』全曲解説掲載。聞き手は編集部となっているが渋谷陽一(清志郎が“渋谷くん”と呼んでる)。他にデビュー間もない小山卓治のインタビューあり(インタビュアーは渋谷陽一)。

1991年4月号。表紙はスティングだが、ジョー・ストラマー2万字インタビュー掲載。インタビュアーは渋谷陽一ではなく岩見吉朗。“俺はもう若者達の担い手にはなれない。パンク革命でガソリンを使い果たしてしまったからね”というジョーの言葉が染みた(この後しばらくしてメスカレロスを率いて見事に復活する)。この頃は渋谷陽一が編集長じゃないけど『rockin'on』でいちばん記憶に残っているのはこのジョーのインタビューかも。

2010年12月号。注目はザ・クラッシュのアルバム『サンディニスタ!』リリース30年というタイミングで掲載されたアルバム制作ドキュメント(テキストはGarry Mulholland)。他に「パンク・ソング、究極の10曲」と題された特集でピストルズ「God Save The Queen」、クラッシュ「1977」、ダムド「New Rose」、パティ・スミス「Gloria」他の訳詞を掲載。

『rockin'on』を頻繁に購入してたのは1990年代中頃までか。評論・批評というより(まぁ買えば読むけど)インタビューと写真(ピンナップ)目当てだったな。いい写真があると切り取って部屋に貼ってた。プリミティヴスのトレイシー嬢とか大江慎也とか。あ、ルー・リードとボウイが亡くなったとき久々に『rockin'on』買ったっけ。


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