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Gibson Les Paul Junior使用ミュージシャン その1

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先日の レス・ポール・ジュニアのムック本 を読んでいて、この本では紹介されていないが、取り上げて欲しかった!というミュージシャンの写真をアルバムのブックレットや本の表紙から紹介。 やはりルースターズの花田裕之。ルースターズ後期によく弾いていた、TVイエローのレス・ポール・スペシャル。この写真はライヴ・アルバム『FOUR PIECES LIVE』のブックレットより。かっこいい。 1988年7月22日のファイナル・ライヴの模様の一部は映像作品『FINAL LIVE 1988』として1990年にリリースされ、レス・ポール・スペシャルを弾く花田の映像が観られる。このライヴは拡大版が2004年にリリースされた『オフィシャル・パーフェクト・ボックス』でDVD化されている。 ←VHS『FINAL LIVE 1988』                          もう一枚は、パンタが1989年にリリースしたアルバム『P.I.S.S』のレコーディングに参加した時の花田。同じレス・ポール・スペシャル。『P.I.S.S.』ブックレットより。 こちらはフリクション時代の恒松正敏が指から血を流して弾いていた写真が表紙に使われた地引雄一著『ストリート・キングダム』。ダブル・カッタウェイのレス・ポール・ジュニア。ボデイの色はTVイエローと思われる。ボディにマヤコフスキーの写真が貼られていた。1978年12年31日、下北沢ロフトにて。 そのライヴの前に撮影されたと思われる写真。地引雄一写真集『TOKYO STREET ROCKERS 1978→1981』の表紙。同じダブル・カッタウェイのレス・ポール・ジュニア。 雑誌『ロック画報 19 フリクション特集』で恒松正敏はフリクション当時使用していたギターについて、 1. 茶色のレス・ポール・ジュニア・ダブル・カッタウェイ(フリクションのドラムのヒゲから借りた茶色のギター)。 2.マヤコフスキーの写真が貼ってあるレス・ポール・ジュニア・ダブル・カッタウェイ(友人から借りた黄色のギター)。 3.フリクション以前から持っていた自分のギターでSGシェイプの赤いギブソン・メロディ・メーカー。 と本人のコメント記載がある。 茶色のレス・ポール・ジュニアはもしかすると、フリクションのファーストEPのジャケット裏に使用した写真に写っているギターかもしれない。 赤...

恒松正敏・音楽活動引退へ

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いぬん堂のBBSに恒松正敏が音楽活動から引退につき、自身のギターをヤフオク!に出品している、と書かれていた。 たしかにギブソンのファイヤーバードとグレコのリッケンモデルが出品されている。 ライブ活動の引退に伴い家族の友人が代理で出品しているとコメントがある。 CDR(息子さん)のtwitterでも CDR @HikaruAmen60606 この度、僕の父親であるギタリスト「恒松正敏」がライヴやレコーディングで弾いていたギターがヤフオクに出品されることになりました。よろしくお願いいたします。 と書き込みあり。 恒松のオフィシャル・ブログでは病気療養中、から長く更新されていないが、そうかー、音楽活動引退か…残念だが。

『ROCK OF AGES』

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2016年11月1日、ロフトブックス刊 新宿ロフト40周年記念写真集。 フォトグラファーは地引雄一、三浦麻旅子、吉浜弘之、フジタヒロミ、神林律子、辻砂織、大西基、菊池茂夫がクレジットされている。 新宿ロフトのオープンは1976年10月、1999年3月まで西新宿小滝橋通り沿いにあったが、1999年4月から歌舞伎町に移転して現在まで営業。初期はライヴ写真があまりないのか掲載できなかったのかロフトのフリーペーパー「Rooftop」を転載したものが多い。写真としては1979年2月と思われるリザードのモモヨ~2015年のおやすみホログラムまで。 ルースターズは1983年8月のライヴ、1986年頃かな花田ヴォーカル期、2004年復活ルースターズ、その他ルースターズ関連ではバトルロッカーズ、1984、ゼロスペクター、南浩二、石井聰亙&バチラス・アーミー(メンバー写ってないけど)、サンハウス(+花田と思う)、ミチロウ+下山、大江ソロ、ロックンロールジプシーズ掲載。 恒松正敏関連ではフリクション、EDPS掲載。東京ロッカーズ期から1982年頃まではほぼ地引雄一の写真が掲載されているが、写真集としての出来上がりを比べてみると2009年に地引がリトルモアから出版した『TOKYO STREET ROCKERS 1978→1981』の方が紙質・写真の仕上がり、 見栄えも良いと思う(同じ写真が掲載されているからね…)。今回の『ROCK OF AGES』は紙質・見栄えがやや不満足だが、写真点数、ページ数重視で値段を抑えた感があるので良心的なのかな。もう一つ残念なのは写真それぞれにキャプションが欲しかったなぁ。それに44ページのミラーズの写真は下北ロフトじゃないの…。 写真だけではなく、証言者として五人が新宿ロフトへの思いを語っている。音楽プロデューサーの牧村憲一、お馴染み地引雄一、評論家の今井智子と中込智子、THE BACK HORNのベーシストで新宿ロフト元店員の岡峰光舟。五人とも興味深い内容。 まぁ私個人としてはロフトに足繁く通っていた訳ではなく、1983年~1984年頃にパンタやルースターズを観に行っていたくらいだ。それでも一番訪れた回数が多いライヴハウスかな…特別な思い入れはある。今回の写真集でロフト外観や内部の写真を見ていると、細い階段や、大きな時計があったことや、あぁこのミキサー卓の...

LIVE REPORT・恒松正敏グループ at 渋谷クラブ・クアトロ

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恒松正敏グループ at 渋谷クラブ・クアトロ・2008年2月18日 Set List 1.No Way Out 2.ひとつ 3.Leave Me 4.欲望のオブジェ 5.Close 6.天使 7.Pain In My Heart 8.Stone Cold 9.Dance On Ice 10.Shakin' Time 11.Lunatic Animal 12.夜の旅へ encore 13.Crazy Dream *右上の写真はアルバム『欲望のオブジェ』より。 Photo by Nakafuji Takehiko

E.D.P.S『BLUE SPHINX』

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1983年11月25日、徳間ジャパンよりリリースのアルバム。 1980年12月Frictionを脱退した恒松正敏は、1981年3月にソロ12インチEP『TSUNEMATSU MASATOSHI』をPassからリリースし、打ち込みとギターのソロ・ライブを行っていた。この時期の音は、金属的で反復するリズムにフリーキーなギターワークをのせた、アバンギャルドな演奏だった。「もうバンドはやりたくない」と思いソロを始めた恒松だったが、もう一度「共同幻想」を見てみようと結成したバンドが『E.D.P.S』だ。 E.D.P.Sは1982年5月に結成、メンバーは恒松(ギター/ヴォーカル)に、元スピード(81年9月に解散していた)の二人、ヴァニラ(ベース)とボウイ(ドラム)。グループ名は、コンピュータ用語(おそらく情報処理関係の"Electronic Data Processing System")とギリシア神話の王の名オイディプス(Oedipus)=エディプスに由来している。バンド結成後ライブを重ね、1982年12月15日には初のEP『Death Composition』をテレグラフよりリリース、8インチで3曲入り、ジャケットにはグループ名の通り、恒松が1977年に描いたオイディプス王の絵画(自らの運命を嘆き、両目を刺して血を流している場面)が使用されていた。 E.D.P.Sの1stアルバム『Blue Sphinx』は1983年3月~8月にかけてレコーディングされ、同年11月25日にリリースされた。一時期グループを離れていたヴァニラに代わり(82年10月29日、芝ABCホールのライブ後に脱退)、チャンス・オペレーション、午前四時などでベースを弾いていた井手裕之がベースを担当している(一部恒松がベースを弾いている)。オリジナル・アナログ・リリースには、初回プレスのみ「Keep On」のソノシートが付属していた。こちらは恒松、ヴァニラ、ボウイのオリジナルE.D.P.Sの演奏。 ジャケットには恒松が描いた「変容-牙」と題されたテンペラ画(1977年作)が使用されている。1996年に徳間ジャパンから再発されたCDにはソノシートの演奏を追加収録。 今回の全曲解説はアナログ盤の形となっています。  SIDE A : 1.  To Rule The Night(作詞・作曲/恒松正...