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梶原阿貴著『爆弾犯の娘』

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2025年6月、ブックマン社より刊行。 この本を読むきっかけは以前紹介した『 昭和40年男 2026年2月号 vol.95「俺たちを直撃したパンク/ニューウェイヴの衝撃」 』で紹介されていたのを読み、池袋駅北口の描写がリアルだってことが書いてあって、読んでみたいなと思ったのだった。 私が池袋駅北口で思い出すのは、かつてあった中古レコード屋「CHICAGO(シカゴ)」。北口から大塚方面に歩いて数分、ビルの2階にあった。階段を上がり店に入って右側にレジカウンターがあり、それほど広くはないが手頃な価格で好きな中古屋さんだった。いつも暗い時間帯に行っていた気がするのは多分店内に窓がなかったからだと思う。なぜかレジ横に置かれていたクラッシュの7インチアナログ『シングルボックス77-79』 の映像が頭に浮かぶ。近くの吉野家(いつからあった不明だが)にもよく行った。ファミリーが来店する今とは違ってビールを飲むオッサン、学生、サラリーマンの男のみ、ほぼ女子供のいない飯どころだった。吉野家の向かいあたりにあった古本屋にも行った。もう少し池袋のレコード店の話をすると、この本に出てくる池袋駅の東口と西口を結ぶ、徒歩または自転車で通行可能なションベンガード(We Road)を通って東口へ、私が初めて輸入盤を買ったのは場所は覚えてないのだがビルの2階か3階にあった、たしか「EVERGREEN」という名前の店だったと思う。1980年頃かな。三越からサンシャイン方面へ向かって歩いていくと左側のビル2階に「レコード社」、それに南口方面へ行って公園の近くに「レコファン」、まだディスクユニオンもタワレコも無かった(どの店も池袋から姿を消した)。…と『爆弾犯の娘』にはこんなレコード屋の話題は出てこないので、念のため。 さて『爆弾犯の娘』だが、先の『昭和40年男〜』で読んだ以外は前情報はなにも入れないまま、ノンフィクションなのか小説なのかあやふやなまま読み始めたのだが、著者梶原阿貴の半生・小学生〜2024年に映画『「桐島です」』の脚本を担当するまでを振り返った自叙伝。前半は母と娘、そして”あいつ”が暮らすミステリアスなホームドラマな要素もありつつ、娘の成長につれて明らかになっていく真実。娘はもがきながらもその事実を受け入れ自分の生きていく術を身につけていく…ドライでユーモアもあって時にシニカルな筆致で書か...

大谷英之編『ザ・クラッシュと日本』

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2026年4月30日、シンコーミュージック・エンタテイメントより刊行。編集は大谷英之。 ザ・クラッシュの新たな書籍が発売された。シンコーからは2003年〜2019年にかけて5冊のムック本が刊行されていて、今回もムック本かなと思っていたら単行本だった。 今回の『ザ・クラッシュと日本』は“ファンたちの異様な「熱」を本という形にして、後世に伝えたい。それが 唯一にして最大のモチベーションとなった”と大谷英之が「はじめに」に記している。 ザ・クラッシュ、特にジョー・ストラマーのファンに対する姿勢はこれまでもムック本などで読んでいた。ファンを大事にし、少年少女でも対等な気持ちで話す、ファンを楽屋へ入れる、サインは最後の一人まで…心温まる逸話の数々。この本でもペニー・スミスによるクラッシュ来日密着写真の中にファンを招待した楽屋の写真がある(密着写真が9枚とは少なすぎるよ…)。 クラッシュを撮影しようとロンドンのスタジオに突撃した17歳の少女。 1982年来日時にジョー・ストラマーのホテルの部屋に泊まった男子高校生。 1988年ラティーノ・ロカビリー・ウォーのUKツアーバスに寝泊まりしたファン。 といった熱狂的なクラッシュ・ファン、ジョー・ストラマー・ファンたちへのインタビューは、そのストレートに憧れへと向かうピュアな気持ちと行動力に驚かされる。このインタビュー3本は当時の写真もあり非常に面白く、この本のハイライトだろう。 他に元ピールアウトのドラマーで『ぼくはザ・クラッシュが好きすぎて世界中からアイテムを集めました。』の著者でもある高橋浩司のインタビューも面白かったし(トッパーの写真あり)、ジョー・ストラマーの自宅を訪問した戎隆明のインタビュー内容も展開に驚く。ジョーやポール・シムノン関係が圧倒的に多い本になってるけど、ミック・ジョーンズはビッグ・オーディオ・ダイナマイトの2011年フジロック出演時のレポートもあり(ブログ『HIGH-HOPES』の記事に加筆、短いけど)。 クラッシュの担当ディレクターだった野中規雄へのインタビューはロンドンコーリング40周年時のムック(2019年)より再録。その野中規雄雄が久坂玄名義で雑誌ジャム1980年4月号に書いた記事は『THE DIG Tribute Edition JOE STRUMMER 1952-2002』に再掲されていた。スマッシ...

Japanese Punk and New Wave関連書籍 Vol.7 陣野俊史著『じゃがたら』

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日本のパンクとニューウェイヴの関連書籍をいくつか紹介。 2000年8月、河出書房新社より刊行された、じゃがたらの軌跡をメンバーや関係者に丹念に取材し検証した労作。 中古で購入したのだが、この本の扉に、 “ 心あるロックシンガーよ、そうむやみやたらにこぶしをあげるのをやめてくれないか ”  と手書きの文字が。それも鉛筆じゃなくてしっかり黒々と書き込んであった。げげ、こんな落書き、店で見た時は気づかなかったぞ。返品したいが買った店は車で往復1時間半くらいかかる。しかたないか…と、あきらめ読み進めた。それにしても随分と詩的な感想を落書きする人がいるものだ…。 第一章は“「じゃがたら」と呼ばれた人々がいた”と題し、1979年3月のファーストギグ、1980年〜1981年にかけてライヴでのアケミの過激・変態パフォーマンスの数々、1982年、それまでのイメージを払拭すべく音楽性重視の活動へと移行、11月、関西ツアーの最中に江戸アケミ突然の精神失調…入院、1984年3月退院し実家の四国に帰って療養。1985年9月に日比谷野音のライヴ「アースビート伝説85」でアケミ復帰、1989年にはメジャーのBMGと契約、そして江戸アケミの1990年1月27日の事故死、同年4月のアケミ追悼コンサート、1992年の二人のじゃがたらメンバーの死(ベーシスト渡辺正巳とサックス篠田昌己)までを描く。ここまで約190ページほど。 第二章は“インタビューズ”と題して、こだま和文、山本政志、町田康、近田春夫、大熊亘、それぞれのインタビューを掲載。アケミとこだまの個人的で親密なつながり、アケミと山本のライバルのようなつながり、アケミと町田の兄貴と舎弟のようなつながり、近田のじゃがたらの音と歌に対する批評、“力ずく”ではない音楽へ心を寄せていった篠田昌巳やアケミを語る大熊、といずれもじゃがたらについて掘り下げたインタビューとなっている。 第三章は“「ゆるさ」について じゃがたら・日本語・かっこ悪さ”と題して、江戸アケミの言葉、ジョーク、歌詞を、アケミの妻から手渡された江戸アケミが読んでいた3冊の本、『完訳アンデルセン童話集4』、『ブラック・アフリカの歴史』、『ルイ・アラゴン詩集』、その中から特に『ルイ・アラゴン詩集』からアケミの歌詞を読み解く。さらに宮沢賢治と「都市生活者の夜」(アルバム『ニセ予言者ども』収...