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Japanese Punk and New Wave関連書籍 Vol.4 巻上公一著『宇宙の右翼 水中の左翼』

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日本のパンクとニューウェイヴの関連書籍をいくつか紹介。 1982年、PARCO出版より刊行されたヒカシュー・巻上公一の初めての著書(エッセイ)。劇団出身だけに演劇についての話は多い。音楽についての話はむしろ少ないかも。これについては巻上がこの本のあとがきで“意識的に音楽に関する記述を避けたようにも見うけられるが、そんなことはない。無知なのである。無知でも音楽をやれる生き証人なのだ”としている。音楽に関する話題では、ニューヨークで見たロックコンサートの逸話、ダンサーのベアトラン・レゾンの舞台やテキスタイル/ファッション・デザイナーのヨーガン・レールのファッション・ショーや石井聰亙監督の映画『シャッフル』の音楽を担当した経緯などが記されている。 巻上の幼少期〜高校時代〜東京キッドブラザースのロンドン公演、その時に誘われてルミエール&サン(ロンドンのアンダーグラウンド劇団)の舞台参加、ミスタースリムカンパニー〜自身の劇団ユリシーズの活動やその公演の概略などを掲載、また大森一樹監督の映画『風の歌を聴け』に俳優として参加した経緯も。巻末には野田秀樹との対談を掲載。 タイトルは、巻上公一がこの時点で全く新たな価値観の獲得に向けて突き進むイメージを言語化したものと思われる。

私の放浪音楽史 Vol.54 巻上公一『民族の祭典』

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1982年2月、東芝EMIよりリリースのアルバム。 ヒカシューの巻上公一のファースト・ソロ・アルバム。発売当時かなり聴きこんだなこれ。 童謡、歌謡曲、異国の民謡やポップス、ヒカシューの曲の再演、オリジナルの新曲まで全10曲。ヴァラエティに富んでいてコンパクトにまとまっている。民族 “歌の” 祭典といったところ。アナログの帯には “聴く奴の偏差値が暴かれる!…とはいうものの若者達の心に滲みる名曲の数々” と書かれてる。そう “カヴァー” なんて気の利いた言葉は使ってなかったんだ、この頃は。アナログ盤には歌詞カードの裏に巻上・上杉清文・南伸坊・鈴木祐弘による曲解説のような座談会が載っているが、ここでもカヴァーなんて単語は一度も出てこない。 演奏はヒカシューで、ゲストに立花ハジメ、ゲルニカの上野耕路と戸川純、チャクラの板倉文明が参加、何故ヒカシューとしてではなく巻上のソロ名義としてリリースしたのかは分からないが、大正後期~昭和終戦直後くらいの間に発表された曲を取り上げた巻上の趣味的な面があったからだろうか。いにしえの名曲をエレクトリックでシンセなども使いながらフリーキーでアヴァンギャルドも織り交ぜたアレンジ。当時音楽に限らず映画やイラスト、デザインなどにも現れ始めていたレトロ・フューチャー的な表現方法と言える。 エキゾチックな雰囲気のフェードインによる「森の小人」でアルバムは始まる。前年の1981年にリリースしたヒカシューのアルバム『うわさの人類』は映画『フリークス』に影響を受け制作されたものだが、その流れともいえる選曲。小人たちのカーニヴァル。これもちろん元の歌を知っていて取り上げたんだろうな…。久しぶりにこのアルバム(アナログ)聴いたけどベースのフレーズとドラムの音がくっきりしっかり録音されていて、いい音だなと感じた。 続く昭和初期の満州/ソ連の国境的イメージの「国境の町」。または巻上にとっては夢野久作「氷の涯」がイメージとしてあるという。読んでみるかな。これは知っている人が多いと思う軽快なアレンジの「桑港のチャイナ街」。続いてヒカシューのアルバム『夏』のオープニング・ナンバーだった「アルタネイティヴ・サン」の再録。チャクラの板倉文明がギターで参加。インド・ラーガ的とも取れるアレンジで原曲とは違った魅力がある。これもお馴染み、アメリカのスタンダード・ナンバー「私の青空...

私の放浪音楽史 Vol.19 ヒカシュー『ヒカシュー』

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1980年2月イーストワールド/東芝EMIよりリリースのアルバム。 ヒカシューで強く印象に残ったのは、メンバーが真っ赤なブレザーに白いパンツスタイルの東京オリンピック(1964年)日本選手団制服を着ていたヴィジュアル。 “金曜娯楽館”だったか“ステレオ音楽館”だったか定かではないが1980年頃のテレビ番組のニュー・ウェイヴ/テクノ・ポップ特集を見た時だ。それに巻上公一のユーモラスで不気味な表情と強い発声、コミカルなイメージがありながらも機械的でユニークな楽曲も印象に残った。バンド名の“ヒカシュー”も奇妙ですぐ覚えられる。武満徹の “悲歌” に由来するが、無意味化するためカタカナにし、無意味な “ヒカ” として様々な楽曲を演奏する、そういった意味を無化する“集” 合体であることから、 “ヒカシュー”と名付けたと巻上が語っている(ばるばら著『ナイロン100%』アスペクト社発行)。 オリンピックの制服はファースト・アルバムのジャケットでも着用している。このアルバム・ジャケットで使用されている椅子は渋谷にあったニュー・ウェイヴ・バー“ナイロン100%”(ヒカシューのメンバーも訪れ、ライヴもしている) で使われていたものと同じものらしい。だけどこのアルバム・ジャケットはイメージが散漫な気がする。裏ジャケの滝本淳助による“路上でこたつに入りインターフェースのケーブルを抜き差しするヒカシューの面々”のほうが このグループの特徴を良くとらえていると思うけど。 当時ヒカシューはドラムレスでリズム・ボックスを使用していたが、ファースト・アルバム(プロデュースは近田春夫)では、ゲスト・ミュージシャンで泉水敏郎(8 1/2、ハルメンズ)や高木利夫(近田春夫&BEEF、ジューシー・フルーツ)がドラムで参加している。ドラムスのクレジットがないのは「20世紀の終りに」、「プヨプヨ」、「炎天下」、「ヴィニール人形」、「幼虫の危機」だが、「20世紀の~」はスネアだけ入れようとかリズム・ボックスのレコーディングには苦心したようだ。 アルバムの内容はどの曲も個性的。「レトリックス&ロジックス」や「ルージング・マイ・フューチャー」はロックンロール・ベースな スピード感があるナンバー、Xレイ・スペックスを彷彿とさせる。「モデル」はクラフトワークの日本語カヴァー。怪奇大作戦なムードの「ヴィニー...

ヒカシュー「ヴィニール人形」

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1996年10月発表のアルバム『1978』より。 ヒカシューが東芝からのデビューアルバム以前に練馬の家で宅録したデモレコーディング音源のCD化。 巻上公一が手渡したこのデモテープを聴いた近田春夫によるプロデュースで、1stアルバムは製作される事となる。『1978』に収められている曲の多くが1stアルバムにも収録されているが、ここではその原型というか、 メジャーデビューの為に整理される前の、混沌としたエネルギーとパワーを含んだ状態の演奏を聴くことが出来る。 安い楽器を使い、身近に転がっている物を楽器代わりに叩き、うめき声をあげ、覚えたての楽器を演奏する、録音も4chのピンポン録音。 しかし、このころヴァニティ・レコード(アーントサリーをリリースした)からレコーディングの話しがあったという事もあり、 アレンジは完成されている。このデモをどう整理して、なにをマイナスすれば聴き易くなるか、という方法で1stアルバムは作られたのかも知れない。とはいっても、もちろん東芝からリリースされた「ヒカシュー」は素晴らしいアルバムだが。 内容は全て興味深いものだし、パソコン用のデジタル・データも素晴らしい(が、フィルムは現在の私のパソコンWindows XPでは見ることは出来ないようだ)。 ここでは“怪奇大作戦”(海琳談)な「ヴィニール人形」をお勧めとしておく。 1stアルバムのバージョンよりも全てのパートが不気味度を増していて、途中で聴こえるキーボード・アルペジオも美しく、 “ヴィニール~溢れ出る目から耳から~”の所、海琳正道の16のリズムで刻むギターカッティングがキレ味良い。