投稿

7月, 2026の投稿を表示しています

追悼・白浜久

イメージ
2026年7月18日、白浜久が逝去。 69歳だった。7月20日親族が オフィシャル・ブログ に訃報を載せていた。 まさか、なんで、としか思えなかった。 腰痛から入院、5時間に及ぶ手術を受け治療、リハビリ中という状況はブログを読んで知ってはいたものの…。最後のブログへの投稿が先月26日、最近投稿が途絶えていたから心配はしていたのだけれど、突然の知らせだった。 音楽への深い愛情と、世の中への時に歯に衣着せぬ物言いに、ある時からほぼ毎日訪れていた白浜久のブログ。今日の親族による報告にはこう書かれていた。「彼の残した音楽がこれからの皆様の人生の小さな灯りになれば嬉しく思います」 ”月日を重ね 眠れない夜に耐えて  ちっぽけな手の中に 残ったもの  それは永遠に 心の中で  輝き続けるだろう ダイヤのように  OWE MY OWN 想い出に生きるより  OWE MY OWN かすかな光り追いかけるだけ” 「Owe My Own」words by Hisashi Shirahama RIP  pic by Joji Ide(from album『BALLADS AND WORK SONGS』)

浅川マキ「朝日楼」

イメージ
アニマルズがリリースした「The House of The Rising Sun」。1964年にシングルリリースされ全米・全英で1位を記録する大ヒットとなった。日本でも「朝日のあたる家」という邦題がつけられヒット、私が聴いたのは1970年代後半だと思うが洋楽に興味があればラジオなどで耳に入ってくる曲だった。でも「朝日のあたる家」という邦題はなんか違和感があって、マイナー調のコード進行、もの悲しく響くオルガン、絞り出すようなエリック・バードンのボーカルに、“朝日のあたる”という言葉から受ける暖かで希望があるイメージがどうも一致しなかった。その頃歌詞をきちんと読み込んでいたわけではないのでタイトルと曲調から、なんとなく冷たい朝を溶かすような内容の曲なのかな、という印象を持っていたものだ。 それから幾年月…2020年にリリースされた浅川マキのシングル曲を集めたCD『SINGLE COLLECTION』を聴いた。彼女の自作詞による楽曲にはいくつも感銘を受けた。彼女の楽曲をもっと聴きたかった。そのころ浅川マキのCDは多くが廃盤だったと思うが2010年、浅川マキ没後に編まれリリースされたCD2枚組コンピレーション『Long Good-bye』を入手した(右上の画像)。コンピレーションとしてはこの『Long Good-bye』に初収録された「朝日楼」にはとりわけ心打たれた。それは「The House of  The Rising Sun」に浅川マキが日本語詞をつけたカヴァーだった。 アニマルズ・ヴァージョンでは歌詞が男性の語りで書かれたものが歌われているが、女性の視点で描かれたヴァージョンもある(この曲はトラディショナルなので歌詞の違いは様々ある)。例えば1962年にリリースされたボブ・ディランのファーストアルバムに収録されていた。曲名は 「House of The Risin' Sun」とクレジットされている。 There is a house in New Orleans They call the rising sun And It's been the ruin of many poor girl and me Oh God, I'm one “ニューオーリンズに人々から朝日と呼ばれている館がある  そこは多くの貧しい少女を破滅させてきた  そ...

LOU REED「Perfect Day」

イメージ
映画『パーフェクト・デイズ』(2023年公開)を観た。公開当時に観たかったんだけど、ようやく鑑賞。画面はスタンダードサイズなんだね…。監督ヴィム・ヴェンダース、役所広司がカセットテープ・コレクターで、公衆トイレの清掃員、ぐらいしか予備知識はなかった。役所広司はNHKの大河ドラマ『いだてん』(2019年)の嘉納治五郎の役がよくて好きになったな。 映画冒頭で早朝にアパートを出て清掃の仕事へ。ドアを出る時、平山(役所)の顔には朝日があたっている。新しい朝の日差しに微笑む平山。仕事に使っている軽自動車に乗りカセットをカーステレオに差し込む。流れるのはアニマルズの「The House of The Rising Sun」(邦題「朝日のあたる家」)。   “ニューオーリンズに人々から朝日と呼ばれる館がある  そこは多くの貧しい少年たちを破滅させてきた  あぁ神様、わかってる、俺もその一人だって” この歌が冒頭のシーンに流れるのは意味深だなと思った。なぜならこの曲は牢獄(または娼館)にとらわれた者の独白の歌だから。平山行きつけの飲み屋の女将(石川さゆり)が店の中でギター伴奏にあわせて歌うのも「The House of The Rising Sun」に日本語詞をつけて歌った浅川マキヴァージョンの「朝日楼」だ。彼女も過去に訳ありで今は一人で店を切盛りしている。平山も何やら過去に訳ありで今の仕事/暮らしをしているが、果たしてこの映画に使われた「The House of The Rising Sun」の意味するところは、過去のとらわれからの解放なのか、たどり着いた現在のとらわれなのか…。 平山は目覚まし時計を使わず毎朝窓の外から聞こえる箒で道を掃く音で目を覚ます。顔を洗い歯を磨き髭を整える。朝食は取らず自販機の缶コーヒーを飲み、トイレ掃除の仕事をし昼食は公園で(たぶん)コンビニのサンドウィッチを食べ、公園の木々をモノクロのフィルムカメラで撮り、午後の仕事を終え、銭湯に入り、顔馴染みの食堂で毎回同じ夕食をとり、家に戻り、育てている植物の世話をし、文庫本を読んで寝る。毎日この繰り返し、繰り返し、繰り返し…。休日は自転車にのり、コインランドリーで洗濯、フィルムカメラのフィルムを現像に出しプリントを受け取り、古本屋の100円棚で文庫本を物色し、ちょっとお気に入りの女将のいる飲み屋へ行く。...