LOU REED「Perfect Day」

映画『パーフェクト・デイズ』(2023年公開)を観た。公開当時に観たかったんだけど、ようやく鑑賞。画面はスタンダードサイズなんだね…。監督ヴィム・ヴェンダース、役所広司がカセットテープ・コレクターで、公衆トイレの清掃員、ぐらいしか予備知識はなかった。役所広司はNHKの大河ドラマ『いだてん』(2019年)の嘉納治五郎の役がよくて好きになったな。

映画冒頭で早朝にアパートを出て清掃の仕事へ。ドアを出る時、平山(役所)の顔には朝日があたっている。新しい朝の日差しに微笑む平山。仕事に使っている軽自動車に乗りカセットをカーステレオに差し込む。流れるのはアニマルズの「The House of The Rising Sun」(邦題「朝日のあたる家」)。

  “ニューオーリンズに人々から朝日と呼ばれる館がある
 そこは多くの貧しい少年たちを破滅させてきた
 あぁ神様、わかってる、俺もその一人だって”

この歌が冒頭のシーンに流れるのは意味深だなと思った。なぜならこの曲は牢獄(または娼館)にとらわれた者の独白の歌だから。平山行きつけの飲み屋の女将(石川さゆり)が店の中でギター伴奏にあわせて歌うのも「The House of The Rising Sun」に日本語詞をつけて歌った浅川マキヴァージョンの「朝日楼」だ。彼女も過去に訳ありで今は一人で店を切盛りしている。平山も何やら過去に訳ありで今の仕事/暮らしをしているが、果たしてこの映画に使われた「The House of The Rising Sun」の意味するところは、過去のとらわれからの解放なのか、たどり着いた現在のとらわれなのか…。

平山は目覚まし時計を使わず毎朝窓の外から聞こえる箒で道を掃く音で目を覚ます。顔を洗い歯を磨き髭を整える。朝食は取らず自販機の缶コーヒーを飲み、トイレ掃除の仕事をし昼食は公園で(たぶん)コンビニのサンドウィッチを食べ、公園の木々をモノクロのフィルムカメラで撮り、午後の仕事を終え、銭湯に入り、顔馴染みの食堂で毎回同じ夕食をとり、家に戻り、育てている植物の世話をし、文庫本を読んで寝る。毎日この繰り返し、繰り返し、繰り返し…。休日は自転車にのり、コインランドリーで洗濯、フィルムカメラのフィルムを現像に出しプリントを受け取り、古本屋の100円棚で文庫本を物色し、ちょっとお気に入りの女将のいる飲み屋へ行く。

誰に対しても親切に、微かな笑みを忘れず、人間関係や仕事上の悩みもなく健康上の問題もないように見える。まさにカンペキな毎日。しかし平山はかつて富も名もある一族の一員だったようで、そこから家出してきた甥っ子と何日か一緒に過ごしたり、清掃仕事の同僚とその彼女といろいろあったり、トイレで謎の〇×ゲーム、気になる飲み屋の女将の過去を知ったり、と完璧な日々にも小さな変化は起きる。

ルー・リードが1972年にリリースしたアルバム『トランスフォーマー』に収録されていた「Perfect Day」。映画のタイトルでもあり(映画は“日々”だけど)、映画の中で使われているのは本編を見るまで知らなかった。映画の中盤、仕事を終えた平山が自室に寝転び、ラジカセで聴くシーンに流れる。ルーが何気ない平凡な日を申し分のない一日と表した曲だ。

  ”ただ完璧な一日
 公園でサングリアを飲んで
 暗くなったら僕たちは家に帰る
 まさに完璧な一日
 動物園で動物たちに餌をやり
 その後映画も観て家に帰る
 あぁ、なんて完璧な一日
 きみと一緒に過ごせてよかった
 あぁ、なんて完璧な一日なんだ
 まだその感覚が続いている
 今も余韻が残ったままだ

 ただ完璧な一日
 問題は全てそのままにしておいた
 週末を二人きりで過ごすのは、とても楽しい
 まさに完璧な一日
 きみといると僕は僕自身を忘れられた
 僕はもっと別の誰かで、、まともな人間だと思えた
 あぁ、なんて完璧な一日
 きみと一緒に過ごせてよかった
 あぁ、なんて完璧な一日なんだ
 まだその感覚が続いている
 今も余韻が残ったままだ

 誰でも蒔いた種は自分で刈り取ることになる
 きみが蒔いた種はきみ自身が刈り取るんだ
 きみが蒔いた種はきみが収穫するんだ
 きみが種を蒔けばきみ自身がその実りを受け取るんだよ”
「Perfect Day」Lyric by Lou Reed

かつてヴェルヴェッツで”Heroin, it's my wife and it's my life”と歌ったことがあるルー・リードがこの穏やかな曲を歌うこと自体が不穏であり、最後の”You're going to reap just what you sow”は聖書に由来することわざで因果応報という警告的な意味合いもあることから、薬の幻覚で夢物語を描いているともいわれている。デイヴィッド・ボウイとミック・ロンソンのプロデュース、リリカルなピアノと流麗なストリングスアレンジはミック・ロンソン。「Walk On The Wild Side c/w Perfect Day」としてシングルリリースされている。劇中では“Just a perfect day / Problems all left alone”の手前でフェイドアウト。エンドタイトルではパトリック・ワトソンによるピアノのインスト「Perfect Day・Piano Komorebi Version」が使われている。

穏やかな映画だった。ある種のファンタジーだと感じた。また求道的、宗教的なイメージも感じる。平山のような人物…三食が食えて、雨風がしのげる部屋に住み、ささやかな趣味を楽しめるくらいの金銭をもらう仕事をし、欲は…ほぼ無い、趣味の植物は了解を得て自生しているものを採取し、同僚に連れられて行った下北沢のレコ屋でレアなカセットを探すこともしないから聴いているカセットテープを増やすこともない…こだわって撮影しているモノクロフィルムを買って現像するくらいか…諦念という言葉が思い浮かぶ(が、彼にも声を荒げたり、やけ酒を飲みたくなることもある)。石川さゆり扮する女将の“このままでいたいのに、そうはならない”というようなセリフがあったと思うが、良し悪しはともかく、同じ繰り返しに見えても毎日は同じではない。ある日突然に変化が訪れるか、または変わらないように見えて少しずつ時間をかけて変わっていく。ルーの「Perfect Day」から、ラストに流れるニーナ・シモンの「Feeling Good」の“新しい夜明け、新しい日、この古ぼけた世界は私にとって新しく確かな世界” という歌詞へと繋がっていると思う。



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