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MY PLAYLIST Vol.8『FAVORITE COVERS OF BOB DYLAN SONGS』

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ボブ・ディランのカヴァーでマイ・ベスト・トラックをCD1枚分集めたいと思って、最初につくったのは2000年代の初め頃かな、その時は日本のアーティストも入れて作ったのだが、そのうちサントラの『アイム・ノット・ゼア』やCD4枚組のカヴァーアルバム『チャイムス・オブ・フリーダム』がリリースされて、海外のアーティストで、なるべくスタジオ録音で、と変わっていった。 オープニングは、ジミ&エクスペリエンスの「見張り塔からずっと」で、やはりディラン・カヴァーの最高峰だろう。原曲のアコースティック・ギターのカッティングから発展させたようなイントロ。性急さを取り込みながらも腰のあるリズムに変換したミッチ・ミッチェルのドラム。原曲のコード進行は王道ともいえるが、ディランのヴォーカル・メロディにジミのギターが目眩く空間を作り出す、ロックでポップでサイケデリック、決して色褪せない至極の1曲だ。 それでラストはザ・ローリング・ストーンズ「ライク・ア・ローリング・ストーン」。高慢な金持ちが住所不定・路上生活者=ローリング・ストーンのようになるまで落ちぶれ、かつてあんたが蔑んでいた者たちと同じになって、どんな気分だ?と問いかける栄枯盛衰の歌。この初めと終わりの2曲は変わらず定位置にしている。 以下、私の選んだ『FAVORITE COVERS OF BOB DYLAN SONGS』  1.  All Along The Watchtower The Jimi Hendrix Experience  2. Ballad of A Thin Man  Kula Shaker  3. Crawl Out Your Window  Transvision Vamp  4. I Wanna Be Your Lover  Wilko Johnson  5. Going Going Gone Richard Hell & The Voidoids  6. Stuck Inside of Mobile With The Memphis Blues Again Cat Power  7. It's All Over Now, Baby Blue Hole  8. My Back Pages Ramones ...

追悼・WILKO JOHNSON

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ウィルコ・ジョンソンが逝去。 2022年11月21日の夜、自宅で亡くなった。75歳だった。 自伝『不滅療法』にも書かれていたが、ウィルコはたびたび来日している親日家。右の写真は、左下が1986年の来日フライヤー。『WATCH OUT! LIVE IN LONDON』はその頃リリースされた7曲入りライヴ盤(これ最高)の日本盤。右下は1989年の来日フライヤー。小さく写っているチケットは1991年のインクスティック・スズエの半券。 日本の多くのロック・アーティスト、ギタリストに影響を与えた偉大な真性のロックンローラーだった。彼がいなければ全世界のロックンロール・シーンは今と全く違ったものになっていただろう。 ありがとう。ウィルコ・ジョンソン。 RIP…。

ウィルコ・ジョンソン著・石川千晶訳『ウィルコ・ジョンソン自伝 不滅療法』

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2017年2月1日、リットー・ミュージック刊 ウィルコ・ジョンソンの自伝が刊行された。原題は“Don't You Leave Me Here”で、邦題にはドクター・フィールグッドのセカンド・アルバムの邦題をもじって“不滅療法”とタイトルがつけられている。邦訳は石川千晶。 生まれ故郷のイギリス・キャンヴェイ島のエピソードから始まり、ウィンドウ越しのテレキャスターや愛妻アイリーンやリー・“コリンソン”ブリローとの出会い、インド放浪の旅、ドクター・フィールグッドの結成、教職、バンドの人気上昇、アルバム制作のエピソード、フィールグッドとの別れ、ソロ活動、愛妻との死別、自らの癌告知、フェアウェル・ツアー、手術の決意~闘病生活、そしてステージ復活まで。ウィルコ・ジョンソンが自らの人生を振り返った読み応え十分な自伝だ。  全体を通して読みやすく、興味深い内容ばかりだが。特に楽しいのは、やはりフィールグッド結成~人気を獲得していくところや、イアン・デューリーのブロックヘッズに合流したあたりかな。それに何度も来日しているウィルコなだけに日本に関するエピソードも頻繁に登場し、日本に対する思いも温かい。しかし終盤の術後の格闘描写は壮絶というほかない。 写真も豊富に掲載されているが、ステージ写真の他にオフ・ステージ、ウィルコの家族写真も。だけどウィルコの体に刻まれた“メルセデス・マーク”を見るのは痛々しい。天文学好きやサイクリング好きなど趣味のエピソードもあり。 ディスコグラフィやギゴグラフィはないが、ドクター・フィールグッドの1~3枚目まではジャケ写真付きで1ページを使って曲名とパーソネルが紹介されている。 私が生ウィルコを観たのは1991年3月2日のインクスティック鈴江ファクトリー。Ki君のマルニBMWに乗って行ったなぁ。開演前に子供連れの鮎川夫妻が「ハウンドドッグの鮫島はおらんか」みたいな会話をスタッフとしながらこちらに向かってきたときは、鮎川夫妻の迫力にびっくり。ライヴはすげー盛り上がって、ウィルコのギターの弦が切れて張りかえるときのパフォーマンスも可笑しかった。 自伝の中でレコーディング風景が記されているロジャー・ダルトリーとのアルバムは未聴なんで入手するかな。

私の放浪音楽史 Vol.38 Dr. FEELGOOD『MALPRACTICE』

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1975年、United Artistsよりリリースのアルバム。 しかしこのフィールグッズのセカンド・アルバムは因果なタイトルとも思えるなぁ、先日のウィルコの病気が誤診だったニュースを見ると。このタイトル、フィールグッド医師はヤミ医者って感じかな。 1980年頃にARBを聴くようになって、そのサウンドのルーツだっていうので私の友人たちはDr.Feelgoodを聴き始めていた。その頃初期ウィルコ在籍時のフィールグッズで入手しやすかったのはこのセカンド・アルバム『マルプラクティス(邦題:不正療法)』で、私が初めてフィールグッズを聴いたのはこのアルバム。英UAからのリリースだが私が聴いたのはアメリカのコロムビア盤だった。なので名盤ファーストはもう少し後で聴いた。だけどこのセカンドもファーストと同じくらい良くできたアルバムで聴き易く大好きなアルバム。 ボ・ディドリーの曲でジョニー・キッド&ザ・パイレーツ版を参考にしたと思われる「I Can Tell」で始まるがイントロ一発でノックアウト。ウィルコは16~17歳ころ、ジョニー・キッド&パイレーツのシングル「I Can Tell」が物凄く好きなレコードで、友達の家に行くときはいつも持っていって聴いていたそうだ。カヴァー曲では、ヒューイ“ピアノ”スミス&ザ・クラウンズのR&B「Don't You Just Know It」の緩いノリが最高だし、第9監獄の暴動をテーマにしたザ・ロビンズ「Riot In Cell Block No.9」でマシンガンサウンド炸裂!。これも古いブルースでキャンド・ヒート等がカヴァーしていた「Rolling And Tumbling」、イントロのリフとリズムが印象的なボビー・パーカー「Watch Your Step」を取り上げている。 ウィルコのペンによる曲では、代表曲のひとつとなる「Back In The Night」、カキコキ・ギターが特にカッコいい「Another Man」、ブルージィな「Don't Let Your Daddy Know」、ドクターネタの「You Shouldn't Call The Doctor (If You Can't Afford The Bills)」ではリー・ブリローとウィルコのダブル・ヴォーカルも聴きもの。 このほか、ウィルコ・ジ...

WILKO JOHNSON「 'CURED' OF CANCER」

ウィルコ・ジョンソンが末期のすい臓癌で余命1年だという事を紹介したのは2013年2月だった。それから1年8ヶ月。ウィルコ・ジョンソンが癌を克服した事を発表した。 当初手術不能と言われていたが、今年10月ウィルコのステージを見ていたチャーリー・チャン医師(余暇に写真家としても活動している)が “元気に活動出来ているのは何かほかの病気なのではないか?”と疑いを持ち知り合いのすい臓専門医師に紹介したという。 ウィルコは再検査で神経内分泌腫瘍という進行の遅い癌だとわかり、この春、腫瘍を切除したほか、すい臓全体と脾臓、胃と腸の一部を摘出、肝臓周辺の血管を切除/再建する手術を受け、遂に10月22日ロンドンで開かれた「Q Awards」に出演した際に「癌を克服した」と報告した。 ウィルコとチャン医師との出会いは、 BARKS“ ウィルコ・ジョンソンを救ったのは、外科医のファン ”で読むことができる。 素晴らしいファンが見ていてくれたね。

WILKO JOHNSON『TOKYO SESSION 2013 at REDSHOES』

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2013年8月3日 socketTVよりリリースのDVD。 2013年1月13日に南青山のレッドシューズで行われたウィルコ・ジョンソンを囲んだセッションの模様を収録したDVDで、当日の収益と同じようにDVDも全ての収益金を「BENEFIT FOR NIPPON」を通して福島県の震災被災者に寄付する「チャリティDVD」として販売された。リリース記念としてチャリティーTシャツもDVDとのセットで販売され、その収益金についても同様寄付されるということだ。 ウィルコの親友というベンジャミン・テホヴァルが器用に複数の楽器を操りながら歌う「San Francisco Bay Blues」が1曲めに収録されている。2曲めの「I Can Tell」からウィルコ登場。そこからは怒涛のロックン・ロール・セッション。バンドは鮎川誠、奈良敏博、川嶋一秀、シーナのシナロケ組に数曲で花田、チバ、浅井健一などが参加した。 演壇も客席との区切りもなく、観客の押し寄せる激狭のステージで演奏する姿は、見ているこちらがもっとやりやすい会場はなかったのか、と思うほどだが、レッドシューズはウィルコが指定した場所らしい。会場のスタッフは常に観客を押しとどめているため、もはやほぼ出演者となり映像にもその姿が常に映っている状態だ。 セッションだからぶっつけ本番みたいな、あるのはただロックンロールのルールだけ。 「Sneakin' Suspicion」、「Dr. Dupree」、鮎川が歌う「Roxette」などウィルコの持ち歌でキレた演奏を見せてくれる。観客をかき分け花田登場。「Little Queenie」を歌い、ウィルコのカッティングに花田がソロを決める場面も。ゲストも次々登場し、チバの歌う「Do The Boogie」は違う曲になりカオス状態、「Walking The Dog」、「Route 66」、「King Bee」等のロック・クラシックをゲストと共に爆奏。 再びフィールグッズの「Back In The Night」を聴かせ、「She Does It Right」をバッチリ決め、一旦退場。アンコールは「Bye Bye Johnny」。途中でスローダウンして“俺は俺のギターを弾く”と、ギターを掻き鳴らし、 “遠くの列車の音を聞け”と日本のミュージシャンと観客達にロックンロールとブルースのスピリットを...

WILKO JOHNSON「WILKO JOHNSON SPECIAL PLAYING ANALYSIS」

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ウィルコ・ジョンソンが末期のすい臓癌で余命1年だという。知らなかったのだけれど1月に来日し東京と京都でライブもしていた。 この動画は「ギター・マガジン」3月号の記事と連動したもので、ウィルコ自らあのカッティングの秘密を解き明かしてくれる。右手はアップ&ダウン、左手はデッド&押弦。これがウィルコのベーシックなテクニックなのか。勉強になりました。 前半のインタビュー、ユーモアを交えながら話すウィルコの姿が悲しい。 東京のライブの様子は、 WILKO JOHNSON TOKYO SESSION 2013(Rooftop2013年2月号) にて。 少しでも良くなって、また来日してくれることを切に願う。