デボラ・ハリー著・浅倉卓弥訳『フェィス・イット:デボラ・ハリー自伝』
2020年7月29日 ele-king booksより出版。 ブロンディのヴォーカリスト、デビー・ハリーの自伝の邦訳が刊行された。原書はDey Street Booksから2019年10月に出されていたようだ。 邦訳出版元はele-king books、訳者は浅倉卓弥と少し前に読んだ2冊のトレイシー・ソーン自伝と同様。ちなみにトレイシー・ソーンは自伝の中で、“ 自分が真にパンクの子供であった ” と書いていたが、1945年生まれのデビー・ハリーは、この自伝の5章めのタイトルを、“ 生まれつきパンク(Born To Be Punk) ” としている。 デビーは1945年7月1日フロリダに生まれてすぐニュージャージーへ転居、短大卒業後にニューヨークへ渡り、1960年代の中頃にチャーリー・ナッシングのバンド、ファースト・ナショナル・ユニフレニック・チャーチ・アンド・ザ・バンク(The First Uniphrenic Church and Bank Band)に参加し音楽活動を開始したが、アルバムをリリースする前にデビーは脱退している。 その後ポール・クラインに誘われザ・ウィンド・イン・ザ・ウィロウズにコーラスで参加、1968年に同名アルバムをリリースするがデビーはグループを脱退している。 この後レストラン/ナイトクラブのマックス・カンザス・シティでウェイトレスとして働いたり、プレイボーイ・クラブに勤めるが、ニューヨークに来て5年になる頃、一度ニュージャージーに戻り美容室の仕事についている。しかしニューヨークへは、ニューヨーク・ドールズなどのライヴに通っていて、そのドールズをマックスへ観に行った時に、エルダ・ジェンタイルと知り合い、ロージエンヌ・ロスと女性3人のトリオを組もうということになった。女性3人のリードシンガーに男性陣のバックバンド、スティレットーズ(The Stilettoes)を結成した。 練習を重ねるうちデビーはニューヨークに引っ越した。やがてロージエンヌが辞め、代わりにアマンダ・ジョーンズが加入。バックバンドのメンバーは流動的だったようだ。曲はカヴァーと数曲のオリジナルを演奏していた。スティレットーズのライヴ後デビーは楽屋でクリス・シュタイン(以前はクリス・スタインと表記されていた)と出会い、数日後にクリスはバックバンドのメンバーとなった。これが後々まで続...