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サンハウス『55周年記念ボックス』DVD-4『CRAZY DIAMONDS YAON 1983』

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“それはARBの社長が仕掛けて、出来るんならやるよって、サンハウスとARB、ルースターズで野音をやった” ー柴山俊之ー(『Bollocks presents 日本パンク・ロッカー列伝』シンコーミュージック・エンタテイメント刊・2015年) 1983年、Vo柴山、G鮎川、B奈良敏博、D浦田賢一という篠山抜きのオリジナルメンバーの四人でサンハウス再結成。同年6月18日渋谷Live Inn、8月7日博多小戸公園「スーパー・ライヴ'83」、9月11日仙台スポーツランドSUGO「ロックンロール・オリンピック'83」でライヴをおこない、9月23日に日比谷野外音楽堂で「CRAZY DIAMONDS」と銘打たれたライヴでこの時の再結成を締め括った。 野音のライヴでは新曲として「ステディ・ドライバー・マン」、「センテ」、「ダイナマイト」がセットリストに組み込まれアンコールを含め20曲を演奏。同年ビクターよりリリースされたLP 『CRAZY DIAMONDS』は12曲入りだったが、カセット『CRAZY DIAMONDS <Absolutely Live>』(VCF-20033)には20曲を完全収録していた。1990年には18曲入りでCD化(オミットされたのは「ロックンロールの真っ最中」と「ミルクのみ人形」)され、2008年には20曲入完全収録(2枚組)でCD化されている。1983年リリース時には収録曲の「ステディ・ドライバー・マン」の一部(“俺は狂った”、“赤信号でも”など)を逆回転に加工・歌詞も伏せ字となっていた。CDでは通常のサウンドに戻され歌詞も印刷されているが、なぜこんなことしたのか不明(話題作り?)。レコードで聴いた時はちょっと興醒めだったな。 その野音のライヴ映像がサンハウス『55周年記念ボックス』に収録された。鮎川誠秘蔵のビデオ・アーカイヴからレストアされ、当日演奏された20曲が収録されている。この映像も1台のカメラで客席の後方から撮影されており、ステージ全体とズームを使用してプレイヤーのアップはあるものの、カメラの切り替えはない、おそらく資料用に撮影したものなのだろう。撮影を前提としていないので照明も不足してぼんやりした映像であることは否めず、収録時間1時間28分を通して観るにはちょっと辛いものもあるが貴重な映像である。オープニングSEにピン...

サンハウス『55周年記念ボックス』DVD-3『LIVE AT SHINJUKU LOFT 1982.12.31』

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“サンハウスのマネージャーやってた柏木って奴から、ルースターズのイベントで1日だけ歌ってくれって言われてさ。やりたくなかったから、諦めてもらうためにギャラの金額を吹っかけたら『分かった』って言うから、『じゃ、今払え』って言ったらその場で払ったけんさ(笑)。それでしょうがないからやった” ー柴山俊之ー(『Bollocks presents 日本パンク・ロッカー列伝』シンコーミュージック・エンタテイメント刊・2015年) “その大晦日のサンハウスも最初は柴山さんを柏木がブッキングしただけの話で、花田たちがバンドでバックする話やったみたいなのが、柏木やったか柴山さんやったか忘れたけれど、ドラムとベースを川嶋と浅田に頼みたいちゅう話になってね。それやったら僕も出らんか?ってことになって、いいよっちなって” ー鮎川誠ー(『月刊 鮎川誠 新宿ロフトの思い出』シーナ&ロケッツ・オフィシャル刊・2021年) 1982年12月31日・新宿ロフト。その日のスケジュールを見ると「LOFT SPECIAL '82-'83」1984 ゲスト・柴山俊之、とある。出演はこの頃体調不良の大江慎也を除いたルースターズの別ユニットとして活動していた1984。当初は1984(花田等)をバックに柴山俊之がサンハウスのナンバーを歌うという企画だったのだろう。しかし上記鮎川の話のようにリズム隊をB浅田孟、D川嶋一秀の当時シナロケ組(70年代サンハウス最終メンバーでもある)に依頼することになり、鮎川も参加することになったことでサンハウス復活+G花田裕之というメンツでライブがおこなわれた。花田は篠山哲雄の代役といった趣でリズムギターに徹している。その時の映像は後に未公認VHSビデオ作品『Previous Live』としてリリースされた。今ではYouTubeで観ることができる。 今回リリースされた55周年ボックスのDVDには12月31日のライヴ映像が2ステージ分収録されており、かつてVHSでリリースされた『Previous Live』の映像は2ステージ目だったことがわかる。いずれも映像は1台の手持ちカメラで収録されており、テープの保存状態のためか1ステージ目はところどころステージ上ではない映像(バンドロゴなど)を映した部分や音が揺れている部分がある。まぁブート映像を観るのに慣れている人なら問...

『日本パンク・ロッカー列伝』

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シンコーミュージック・エンタテイメント発行、2015年3月10日発売。 雑誌『Bollocks』の連載インタビュー「The Story of Legends」をまとめた本が発売された。 雑誌掲載分(No.007~017)から仲野茂、大江慎也、遠藤ミチロウ、パンタ、難波章浩、ヒカゲ、柴山俊之、NAOKI、BAKI、KATSUTA、中川 敬のインタビューを再録、取り下ろし取材でチャーミー、平野悠、南部裕一を追加して14人のインタビューが掲載されている。新旧の写真ページ、簡単な年表とアーティストの場合はディスコグラフィを含め各人12ページから20ページのボリューム。 最年長はロフトプロジェクトの平野悠・71歳、一番若くてハイスタの難波章浩・44歳。60代が3人、あとは40代後半~50代ってとこか。生い立ちから各グループでの活動内容、現在の活動までを手短にまとめてある。あの時はどうだったとか、あの頃バンドメンバーの関係はどうだったとか、伝説の裏付けをとる、みたいな感じもあるなぁ。 他の雑誌とかで読んだ内容もあるけど、まぁ人に歴史あり、でそれぞれ読めば面白い。 パンタのインタビューで言ってた氷川丸の証言をまとめて本にしたいっていうのは実現してほしいな。映画『狂い咲きサンダーロード』を見て真面目に音楽を聴くようになったという元・鉄アレイのKATSUTAは年表になぜか逮捕歴も記載。 いちばん興味深かったのは、柴山俊之のインタビュー。 1982年末新宿ロフトでのゲスト出演時のエピソード、1983年野音でのサンハウス再結成。その頃からサンハウスのパブリックイメージを演じ続けていた苦悩、などが語られている。最後の方で“この時代に生きていると、音楽なんて誰も欲してないんだ”って言葉、何年前かに他で聞いたフレーズだが、自分のやりたいことでそこを乗り越える、と音楽に対する意欲も語っていた。 中川敬の自分のやりたいことをやってきたインタビューも突っ走っていて痛快。現役感も強烈だ。関西イベンターで現・スマッシュウェストの南部裕一のインタビューも色んなエピソードがあり面白いものだった。