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梶原阿貴著『爆弾犯の娘』

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2025年6月、ブックマン社より刊行。 この本を読むきっかけは以前紹介した『 昭和40年男 2026年2月号 vol.95「俺たちを直撃したパンク/ニューウェイヴの衝撃」 』で紹介されていたのを読み、池袋駅北口の描写がリアルだってことが書いてあって、読んでみたいなと思ったのだった。 私が池袋駅北口で思い出すのは、かつてあった中古レコード屋「CHICAGO(シカゴ)」。北口から大塚方面に歩いて数分、ビルの2階にあった。階段を上がり店に入って右側にレジカウンターがあり、それほど広くはないが手頃な価格で好きな中古屋さんだった。いつも暗い時間帯に行っていた気がするのは多分店内に窓がなかったからだと思う。なぜかレジ横に置かれていたクラッシュの7インチアナログ『シングルボックス77-79』 の映像が頭に浮かぶ。近くの吉野家(いつからあった不明だが)にもよく行った。ファミリーが来店する今とは違ってビールを飲むオッサン、学生、サラリーマンの男のみ、ほぼ女子供のいない飯どころだった。吉野家の向かいあたりにあった古本屋にも行った。もう少し池袋のレコード店の話をすると、この本に出てくる池袋駅の東口と西口を結ぶ、徒歩または自転車で通行可能なションベンガード(We Road)を通って東口へ、私が初めて輸入盤を買ったのは場所は覚えてないのだがビルの2階か3階にあった、たしか「EVERGREEN」という名前の店だったと思う。1980年頃かな。三越からサンシャイン方面へ向かって歩いていくと左側のビル2階に「レコード社」、それに南口方面へ行って公園の近くに「レコファン」、まだディスクユニオンもタワレコも無かった(どの店も池袋から姿を消した)。…と『爆弾犯の娘』にはこんなレコード屋の話題は出てこないので、念のため。 さて『爆弾犯の娘』だが、先の『昭和40年男〜』で読んだ以外は前情報はなにも入れないまま、ノンフィクションなのか小説なのかあやふやなまま読み始めたのだが、著者梶原阿貴の半生・小学生〜2024年に映画『「桐島です」』の脚本を担当するまでを振り返った自叙伝。前半は母と娘、そして”あいつ”が暮らすミステリアスなホームドラマな要素もありつつ、娘の成長につれて明らかになっていく真実。娘はもがきながらもその事実を受け入れ自分の生きていく術を身につけていく…ドライでユーモアもあって時にシニカルな筆致で書か...

Japanese Punk and New Wave関連書籍 Vol.7 陣野俊史著『じゃがたら』

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日本のパンクとニューウェイヴの関連書籍をいくつか紹介。 2000年8月、河出書房新社より刊行された、じゃがたらの軌跡をメンバーや関係者に丹念に取材し検証した労作。 中古で購入したのだが、この本の扉に、 “ 心あるロックシンガーよ、そうむやみやたらにこぶしをあげるのをやめてくれないか ”  と手書きの文字が。それも鉛筆じゃなくてしっかり黒々と書き込んであった。げげ、こんな落書き、店で見た時は気づかなかったぞ。返品したいが買った店は車で往復1時間半くらいかかる。しかたないか…と、あきらめ読み進めた。それにしても随分と詩的な感想を落書きする人がいるものだ…。 第一章は“「じゃがたら」と呼ばれた人々がいた”と題し、1979年3月のファーストギグ、1980年〜1981年にかけてライヴでのアケミの過激・変態パフォーマンスの数々、1982年、それまでのイメージを払拭すべく音楽性重視の活動へと移行、11月、関西ツアーの最中に江戸アケミ突然の精神失調…入院、1984年3月退院し実家の四国に帰って療養。1985年9月に日比谷野音のライヴ「アースビート伝説85」でアケミ復帰、1989年にはメジャーのBMGと契約、そして江戸アケミの1990年1月27日の事故死、同年4月のアケミ追悼コンサート、1992年の二人のじゃがたらメンバーの死(ベーシスト渡辺正巳とサックス篠田昌己)までを描く。ここまで約190ページほど。 第二章は“インタビューズ”と題して、こだま和文、山本政志、町田康、近田春夫、大熊亘、それぞれのインタビューを掲載。アケミとこだまの個人的で親密なつながり、アケミと山本のライバルのようなつながり、アケミと町田の兄貴と舎弟のようなつながり、近田のじゃがたらの音と歌に対する批評、“力ずく”ではない音楽へ心を寄せていった篠田昌巳やアケミを語る大熊、といずれもじゃがたらについて掘り下げたインタビューとなっている。 第三章は“「ゆるさ」について じゃがたら・日本語・かっこ悪さ”と題して、江戸アケミの言葉、ジョーク、歌詞を、アケミの妻から手渡された江戸アケミが読んでいた3冊の本、『完訳アンデルセン童話集4』、『ブラック・アフリカの歴史』、『ルイ・アラゴン詩集』、その中から特に『ルイ・アラゴン詩集』からアケミの歌詞を読み解く。さらに宮沢賢治と「都市生活者の夜」(アルバム『ニセ予言者ども』収...

Japanese Punk and New Wave関連書籍 Vol.5 JOJO広重 美川俊治 JUNKO コサカイフミオ 野間易通 共著・『非常階段・A STORY OF THE KING OF NOISE』

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日本のパンクとニューウェイヴの関連書籍をいくつか紹介。 K&Bパプリッシャーズから2010年に刊行された非常階段のヒストリー本。 メンバーのJOJO広重や美川俊治、ジュンコなどの生い立ち、音楽への傾倒を紹介しながら、JOJO広重の経歴を中心にバンドヒストリーが進められていく。広重は高校時代にベースギターを手に取り初めてのバンドSLOTHを結成、ビデとの出会い、ビデ&ジョジョ〜ウルトラ・ビデ結成、並行して螺旋階段を結成し活動するが広重は楽器をベースからギターに持ち替え1979年11月に非常階段が誕生(ライヴ・デビュー)する。このときは広重と頭士奈生樹のギター2本という編成だった。広重はウルトラ・ビデと螺旋階段から脱退(螺旋階段はイデオット・クロックとなる)するが、2回のライヴで非常階段もデュオ解消となった。 1980年春、広重は美川俊治を誘い、腐食のマリィというバンドを新に結成して活動を開始、1980年6月6日新宿ACBでライヴを行うがこのライヴ告知のバンド名は非常階段になっていた。この時のライヴを広重は気に入っており録音したテープを聴き返してはこれをレコードにできないかと考えていたが、美川を通じてアンバラス・レコードの林直人にレコード制作を持ちかける。演奏が30分程しかなかったため、他バンドとのオムニバスとなり『終末処理場』として1980年12月にリリースされた。 1981年4月19日、非常階段はザ・スターリン他と京都磔磔に出演。非常階段はこの時初めて生魚・納豆・放尿・嘔吐のパフォーマンスをおこない磔磔出入り禁止に。再びザ・スターリンと共演した6月27日の横浜・慶応大学日吉校舎、新宿ロフトでのイベント「FRIGHT 7 DAYS」の6日目(8月28日)、11月27日の同志社大学至誠館において、いずれもワイルド・ウエストなパフォーマンスを繰り広げ、1982年4月には初の単独アルバム『蔵六の奇病』をリリース、4月5日に新宿ロフトでアルバム発売記念ライヴを行うがその凶暴なパフォーマンスにより新宿ロフトを出入り禁止に。 その後もアルバムリリースやライヴ、バンドの歴史が綴られているが、JOJO広重の設立した輸入ビデオ卸会社「井上ビデオ」、インディペンデント・レーベル「アルケミーレコード」、野球カード専門店「ジョーズ・スポーツ・カード」の話も面白い。 この本の中で広重が...

Japanese Punk and New Wave関連書籍 Vol.4 巻上公一著『宇宙の右翼 水中の左翼』

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日本のパンクとニューウェイヴの関連書籍をいくつか紹介。 1982年、PARCO出版より刊行されたヒカシュー・巻上公一の初めての著書(エッセイ)。劇団出身だけに演劇についての話は多い。音楽についての話はむしろ少ないかも。これについては巻上がこの本のあとがきで“意識的に音楽に関する記述を避けたようにも見うけられるが、そんなことはない。無知なのである。無知でも音楽をやれる生き証人なのだ”としている。音楽に関する話題では、ニューヨークで見たロックコンサートの逸話、ダンサーのベアトラン・レゾンの舞台やテキスタイル/ファッション・デザイナーのヨーガン・レールのファッション・ショーや石井聰亙監督の映画『シャッフル』の音楽を担当した経緯などが記されている。 巻上の幼少期〜高校時代〜東京キッドブラザースのロンドン公演、その時に誘われてルミエール&サン(ロンドンのアンダーグラウンド劇団)の舞台参加、ミスタースリムカンパニー〜自身の劇団ユリシーズの活動やその公演の概略などを掲載、また大森一樹監督の映画『風の歌を聴け』に俳優として参加した経緯も。巻末には野田秀樹との対談を掲載。 タイトルは、巻上公一がこの時点で全く新たな価値観の獲得に向けて突き進むイメージを言語化したものと思われる。

Japanese Punk and New Wave関連書籍 Vol.3 真保みゆき・小嶋さちほ著『乙女のロックだんご』etc...books about ZELDA

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日本のパンクとニューウェイヴの関連書籍を紹介。今回はまるまる一冊全てではないが、ゼルダ関連をいくつか。 右の画像で右上は、ミュージック・マガジン社から1985年に刊行された『乙女のロックだんご』。真保みゆきと小嶋さちほの共著。「にっぽん」、「アメリカ」、「ヨーロッパ」の当時のロックシーン・アーティストを二人の対談、インタビュー、評論で取り上げている(「にっぽん」の章ではインタビューは無し)。小嶋さちほはジョニー・サンダースとユーリズミックスのインタビューを掲載。四つ目の章では「二人のロックだんご」として「真保みゆきのロック半世紀」と「小嶋さちほのパンク半世紀」を掲載している。「小嶋さちほのパンク半世紀」は上・下に分かれていて、上が“ゼルダのリーダーになるまで”と題され、幼少期から女子美附属高校時代のエピソード、高校卒業後からのロック漬け生活〜ミニコミ『Change 2000』発刊くらいまで約9ページ。下は“お母さんになっちゃた”と題された出産〜育児について約10ページほど。表紙の二人のイラストは霜田恵美子によるもの(右の上の画像では小嶋さちほの顔が隠れちゃってるけど)。この本はミュージック・マガジンの“コンパクト・ブックス”シリーズの1冊として刊行されているが、巻末の続刊予定に地引雄一著『東京のパンク・ロック』が“10年の総括、写真多数”として紹介されている(後の『ストリート・キングダム』)。 小嶋さちほが作ったミニコミ『Change 2000』は画像だと下部分の2冊で1号と12号。1号(1979年4月30日発行)では、モモヨへのインタビュー、映画『ROCKERS』の製作・監督の津島秀明へのインタビュー、ヒカシューへのインタビュー(AUNT SALLYを絶賛)の他、”NOISE VOX”というニュースやゴシップを中心にしたコーナーでは“ボーイズ・ボーイズからチホが脱退、彼女はニューバンドを作るにあたってメンバーを募集”と後のゼルダとなるバンドメンバー募集記事、モモヨやツネマツなどの飼い猫紹介、それにS-KENも好きだというハーラン・エリスン著『世界の中心で愛を叫んだけもの』(ハヤカワSF文庫)の紹介があり、私も購入して読みましたよ。12号はチャンス・オペレーションのヒゴへのインタビュー、アコとフキエにメンバー交代直後のゼルダの近況、ツアーレポート、舞踏・山海塾へのイ...

Japanese Punk and New Wave関連書籍 Vol.1 菅原庸介著『蜥蜴の迷宮 −若き爬虫類にささぐ−』

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日本のパンクとニューウェイヴの関連書籍をいくつか紹介。 (株)ドールより1987年に刊行された、東京ロッカーズの代表的バンドであるリザードのモモヨ(菅原庸介)が執筆した自伝的小説『蜥蜴の迷宮 −若き爬虫類にささぐ−』。 映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』が当時のアーティスト・関係者達の、主にピュアな部分を抽出して作り上げられた物語だとしたら、このモモヨが“視た夢幻をつらつら書き写した”という”自伝的小説”は、同じ時期を描いた部分もありながら、時にけしの森で迷い囚われ、享楽と邪な情念が渦巻く狂おしい人間関係の中に生きた経験を振り返った物語であり、破局の後に日本の古の歌人とロックンロールを重ね合わせていくことで新たな道を探り出し再生を告げた書でもある。 モモヨの中学・高校時代のエピソードや、もちろん<通底器><幻想鬼><エレクトリック・モス>といったバンドを経た後、紅蜥蜴を結成しリザードと改名した音楽活動の足跡も知ることができる(リザードとして1986年に発表した4曲入りミニアルバム「Book of Changes」まで)。 モモヨ自身が”自伝もどき”と記しているが、レコードのリリース、記された事件や事故の一部は他の出版物に記録されたものと表面的には変わらない事実であり、多くの人物やバンド名は変名となっているが実名で登場している箇所もある。もちろん書かれている修羅場と化した人間関係は知る由もないが、日本のアンダーグラウンドシーンやパンクロックシーンの裏側で何があったのかを知る・夢想するには格好の書だ。 “まず、この道に至らんと思わん者は、非道を行ずべからず” と世阿弥『風姿花伝』の言葉を引いた後、こう記している。 “ただ、ひたすらロックン・ロールするばかりでよい、他に示すべき何もない”(「あとがき 夢現」より)。 この本の中でモモヨが”家では画集を眺めることが多かった。ギュスターヴ・モローという、世紀末フランスの画家やデルフトのフェルメールが好きだった”と記しているが、私が後にフェルメールの絵画を好きになり(2000年に大阪で開催されたフェルメール展観に行った)、最初読んだ時は気にしてなかったけど、読み直したときフェルメールの名前を見てうれしかったな。

地引雄一撮影・写真集『JIBIKI YUICHI FRICTION 1978-1985』

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2026年3月25日、Record shop BASEより刊行。 地引雄一が1978年から1985年にかけて撮影したフリクションの写真集が発売された。フリクションの写真集というとレック撮影写真集+佐藤ジン・地引雄一・広瀬忠司らによる撮影のフリクション写真集という2冊組(+ライヴCD)『ZONE TRIPPER / FRICTION 1978-2008』(カラーフィールド刊・2008年)があったし、地引雄一の写真集は様々なバンド・アーティスト写真を収録した『TOKYO STREET ROCKERS 1978→1981』(リトルモア刊・2009年)があったが、地引雄一単独の撮影によるフリクション写真集は初の刊行となる。 巻末に掲載されたRecord Shop BASE・飯嶋俊男の「制作、発刊にあたって」によると、“あくまで主役は地引氏”と記されている。映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』と同じく主役はユーイチ、そのファインダー越しの眼差しだ。オンステージでは強烈に放射されるエネルギーが感じられ、オフステージではリラックスしユーモラスにも感じられる写真の数々。フリクションのバイオグラフィーと写真のINDEXを含む160ページ、A4サイズの写真集だ。 地引雄一の写真の魅力というとなんだろう…臨場感、それに被写体/バンドとの近さ…かな。音圧を感じるような接近戦といってもいいかも。 A4サイズなのでこれまで見たことのある写真もドーンと大きく見ることができる。恒松の弾くギター、ダブルカッタウェイのレスポールジュニアのヘッドには「Burny」のロゴ。 写真集には未発表の5曲入りCDが付属している。 曲目は下記、 1. I CAN TELL 1978年5月28日 六本木S-KEN スタジオ(レック、チコ・ヒゲ、ラピス) 2. CRAZY DREAM 1979年4月22日 新宿ロフト 3. ニューセンセーション 1980年9月6日 新宿ニューヨークシアター 4. CYCLE DANCE 1980年9月6日 新宿ニューヨークシアター (Track 2, 3 & 4 レック、チコ・ヒゲ、ツネマツ・マサトシ) 5. ニューセンセーション 1981年1月10日 市ヶ谷法政大学学生会館大ホール(映像では既発) (レック、チコ・ヒゲ、ゲスト:ノン G&Key ) 『J...

地引雄一著『ストリート・キングダム 最終版 東京ロッカーズと80’sインディーズ・シーン』

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2026年3月27日、SLOGAN/indies Pressより刊行。 1986年に ミュージックマガジンより 刊行された初版から40年、 2008年に K&Bパブリッシャーズより刊行された改訂版 『ストリート・キングダム 東京パンク/インディーズ・シーンの記録』から18年、 田口トモロヲ監督・映画『ストリート・キングダム自分の音を鳴らせ。』公開と同日に映画の原作『ストリート・キングダム』が最終版として刊行された。 巻頭に掲載された著者撮影のライヴやオフショット写真は、2008年版から若干追加あり紙質も見易いものになっている。本文の下部にある補足資料・画像も追加されている。最終章としてあとがきに2009年以降の事柄を記載、雑誌『ミュージック・マガジン』1985年3月号から13回にわたって掲載された「地引雄一の現場報告」が再掲載されリザード、フリクション、オート・モッド、くじら、G-シュミット、A-MUSIKなどを取り上げている。巻末には当時のチラシ、ポスター、ファンジンを掲載した「パンクアート・ギャラリー」で、こちらも2008年版から幾つか追加されている。 地引雄一はこの本のまえがきで「ストリート・キングダム」とは、 “何者にも従属しない自由な活力にあふれた異世界”であると記している。それは都市の地下に、路上に、ビルの中に、都市と対峙しながら生きる者達の生活空間に出現したのだと私は思う。 映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』はバンドの再現シーンについつい目が行きがちだが、この本を読み返して主人公ユーイチの物語だったんだなとあらためて思ったのである。 私が購入したタワーレコードではオリジナル特典があった。 タワーレコード購入特典:ポストカード(ザ・スターリン) タワーレコード購入特典その2:スマホサイズ・ステッカー(ノンバンド)

小中和哉著『僕たちはこうして映画監督になった 8ミリ映画時代を語る』

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2026年2月6日、文藝春秋より刊行。 「文春オンライン」 連載「僕たちは8ミリ映画作家だった」に増補・加筆した本が出版された。『星空のむこうの国』などを監督した小中和哉が13人の映画監督にインタビューし、幼少期の映画への興味から創作の原点、それぞれが8ミリカメラを手に取っての映画制作、または助監督経験、またはテレビ番組の制作やヴィジュアル作品制作、そして監督してきた映画作品を語る。特に8ミリ映画や自主映画に特化した内容ではなく過去から現在(インタビュー当時)までが語られている。 インタビューは ・石井岳龍 ・金子修介 ・手塚眞 ・犬童一心 ・大林宣彦(夫人・恭子と娘・千茱萸にインタビュー) ・黒沢清 ・塚本晋也 ・河崎実 ・今関あきよし ・庵野秀明 ・緒方明 ・蓮實重彦 ・安田淳一 他に小中和哉と弟で脚本家・小説家の千昭の対談と、小中和哉の妻で小中兄弟の会社・Bear Brothersのプロデューサーの明子との対談、それに2024年の是枝裕和とのトークイベントでの対談を番外編として収録している。 まず読みたかったのは石井岳龍との対談。『高校大パニック』、『1/880000の孤独』、『突撃!博多愚連隊』といった8ミリ作品、傑作16mm『狂い咲きサンダーロード』、『爆裂都市』、『逆噴射家族』あたりまでが話の中心。1990年代〜2000年代の作品や、聰亙から岳龍に改名後の2010年以降の作品にも触れてほしかった気はする。『爆裂都市』制作時のエピソードは他でも読んだり聞いたりしていたがやはり壮絶だ。撮影時もハードだったが公開日という締め切りが迫り“使いたい撮影済みフィルムがどこにあるかも分からないような状態”で『爆裂都市』を”未完のまま”公開、そしてスタッフは誰もいなくなったという非常に過酷な状況に追い込まれていったことを話している。 『狂い咲きサンダーロード』制作直前の石井岳龍(聰亙)に出会い、いきなり同作の助監督となった緒方明のインタビューも興味深い…。『狂い咲き〜』の後ピンク映画の助監督で仕事を覚え、8mm作品『東京白菜関K者』を初監督(撮影は石井聰亙)した後に再び石井聰亙『爆裂都市』の助監督をつとめるが、現場や制作進行をコントロール出来ない監督に見切りをつけ、続く『アジアの逆襲』では石井監督に向かって放った言葉が強烈。 金子修介監督が見た日活版『高校大パニック』(...

地引雄一著『ストリート・キングダム』再刊!

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3月27日公開、田口トモロヲ監督・映画『ストリートキングダム自分の音を鳴らせ。』の原作、地引雄一著『ストリート・キングダム』が最終版として再刊。タイトルは、 『ストリート・キングダム 最終版 東京ロッカーズと80’sインディーズ・シーン』 刊行はSLOGAN / indies pressより。 下記はSLOGAN HPのインフォメーション。 https://www.slogan.co.jp/streetkingdom/ 上の画像は『ストリート・キングダム』2008年改訂版刊行時のフライヤー ミュージックマガジンより1986年に刊行された初版 『ストリート・キングダム 東京パンク/インディーズ・シーンの記録』 K&Bパブリッシャーズより2008年に刊行された改訂版 『STREET KINGDOM 東京ロッカーズと80'sインディーズシーン』

『ジャン=ジャック・バーネル自伝(ストラングラー・イン・ザ・ライト)』取材・アンソニー・ボイル、訳・伴野由里子

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2025年7月26日、シンコーミュージック刊。 2022年にオリジナルのフランス語版が出版、2023年にはエリザベス・ケイによって英語版、2025年に伴野由里子により日本語版が出された。編集はジェズ・ドレイクとJ.J.バーネルとクレジットされている。 原題は『JEAN-JACQUES BURNEL STRANGLER IN THE LIGHT CONVERSATIONS WITH ANTHONY BOILE』、題名のあとに“アンソニー・ボイルとの対話”とあるとおり、自伝といってもアンソニー・ボイルによるジャン=ジャックへのインタビュー形式で語られたものだ。コロナ・ウィルスの影響と距離の問題でその対話は2021年2月から翌年3月までZoom上でおこなわれた。冒頭に幼少時やステージ上、オフステージなどの写真を36ページ掲載、本文はテーマ毎に12章に分けて生い立ちや母国(ジャンの両親はフランス・ノルマンディーからの移民でジャンはイギリス生まれ)、影響を受けた音楽、自身の作り出した音楽、バンドメンバー、武道、暴力、神話や三島由紀夫、ドラッグ、セックス、モーターサイクルなどについて語られている。 ジャン=ジャックはバンクが革命だったとし、次第に“パンク革命から弾き出され”、“俺たちは抹消され”、“完全に孤立し”、“「革命」の担い手であることのプレッシャーから解放された”という。しかしそれはストラングラーズが独自路線を歩むことに繋がり良かったと語っている。ジャン=ジャック自身が他のパンクバンドや客やジャーナリストとトラブルを起こしたり、フィンチリーボーイズというストラングラーズ親衛隊がらみの暴力沙汰など武勇伝多し。 原語にもあったんだろうが、気になるのはジャンの発言の後に(ニヤリ)が多用されてることで、これ必要なのかな。まぁともかく口語体で書かれているのでとても読みやすい。ストラングラーズのメンバーのヒューやデイヴ、ジェットとの出会い、その音楽的変遷、ヒューの脱退、デイヴとの別れ、ジェットの引退と、バンドとしての栄枯盛衰、近年のバンドの状態についても語られている。ジャンは知識豊富で、政治的、地政学的な会話、文学、芸術に関する会話はとても面白く読める。 ザ・ストラングラーズの結成は1974年、ヒュー、ジェット、ジャン=ジャックの3人にハンス・ウォームリングというギター/キーボード...

安田潤司著『パンクス青の時代』

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2025年2月7日、DU BOOKS刊 ジャパニーズ・ハードコア・パンクのドキュメンタリー映画『ちょっとの雨ならがまん』(1984年)等を監督した安田潤司の自伝的エッセイが刊行された。ハードコアの記録というと武勇伝的な内容が多いから、どうしようかなと思っていたけど、結局購入。事件並みヴァイオレンス、パフォーマンスの逸話もあるが、“暴力騒ぎの先に未来はない”と考え、“初期衝動のその先へ” を問い続けた著者の視点から描かれているように思う。 冒頭の石井聰亙監督『狂い咲きサンダーロード』やパンク・ハードコアとの出会いから8mmカメラを手に取り、自らジャパニーズ・ハードコア・シーンに飛び込んで撮影を始めるところは、東京ロッカーズとの出会いを描いていた地引雄一著『ストリート・キングダム』(1986年刊)のハードコア編だな、と感じた。 安田潤司監督デビュー作『ちょっとの雨ならがまん』は1984年3月、池袋文芸坐ル・ピリエで公開された。 1990年に頭脳警察が復活、朝霞の米軍基地跡で行われたライヴを記録したビデオ作品『万物流転』が安田潤司監督だったと改めて認識。確かにアグレッシブなカメラワークと編集の作品である。 頭脳警察『万物流転』(1991年・VHS・ビクター) 監督・安田潤司 その後、GISMの活動再開、MASAMI追悼GIG、GISM永久凍結ライヴ、クラブ・DJカルチャーへの接近、そして親しい者たちが他界した。東日本大震災、新型コロナウィルス・パンデミックの過酷な状況を経て、最近の活動が綴られている。 『ちょっとの雨ならがまん』の上映が決まってからは、“たとえどんなにハードなことが起きても、その状況を笑いながら楽しむこと”を“初期衝動の先”に見ていたという著者だからこそ幾つものタフな現場を潜り抜け撮影してこられたのだろう。やはり映画監督だけあって場面の編集の仕方がうまく、全体を通して読み易い。 G.I.S.M.『+R Regicide Reverberation』(2002年・VHS・Beast Arts)  DIRECTED BY JUNJI YASUDA

小島 智 著『検証・80年代日本のロック』

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80年代の日本のロックを検証した本が2024年10月8日、アルファベータブックスより刊行された。筆者は雑誌『ミュージック・ステディ』の編集長だったと、どこかで見たから、私がよく読んでる ブログ「Les's Go Steady」 の人だと思って購入したら、ブログの人は初代編集長でこの本の筆者・小島智は2代目編集長だった。 登場するアーティストは表紙を見てのとおり。アンダーグラウンドから歌謡曲まで幅広く取り上げ、ロック・マーケットの拡大、ライブハウス・シーン、音楽雑誌事情、大規模なライヴ・イヴェントなどについても言及あり。「そんな/こんな/なんて」という言葉が多くて気になるが、雑誌『ミュージック・ステディ』に携わっていたということで、業界の裏話的な内容と当時のインタビューやライヴ、レコーディングの取材等を振り返ったものになっている。  さて、私的には1980年代に聴いてた主なバンド・アーティストというと、 80年代前半(1980〜1984): リザード、ヒカシュー、ARB、ザ・モッズ、アナーキー、スターリン、ルースターズ、E.D.P.S、浜田省吾 80年代後半(1985〜1989): ルースターズ〜大江慎也ソロ、泉谷しげるwith LOSER 80年代通してパンタ、佐野元春は聴いてたな。83年からは小山卓治も聴いてた。RCサクセションにはそれほど入れ込んでなかったし、本書『検証・80年代日本のロック』で”RCのマーケットを引き継ぎ、さらに拡大した”というハウンド・ドッグはほぼ聴いてない。80年代中頃にはレベッカとBOØWYを聴いたけど、拡大したマーケットを横目で見ながらって感じ。ルースターズ、パンタ、ARBなど聴いていたバンド/アーティストは広く人気を獲得して欲しいと願っていたし、獲得できると思っていた。 私が80年代に日本のバンド・アーティストを好むようになったのは、レコードを聴いていいなと思ったら、そのバンド・アーティストのライヴに行けることが大きかったと思う。田舎に住んでるから都内へ行くにはお金も時間もかかったが、一人や友人と連れ立って都内へライヴを観に行ける年齢になっていたし、外タレがホールでライヴをする料金より日本のバンド・アーティストのライヴハウスでのチャージのほうが安かったこと、バイトをするようになってレコード購入やライヴへ行くお金が都合できるよう...

BEAVOICE web THE MODS「金はなくとも、夢だけはあった 愛すべきTwo Punksの博多青春グラフィティ」

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LIVE & MUSIC WEB MAGAZINE『BEAVOICE web』に先日発売された『Hey! Two Punks』の著者ザ・モッズの森山&北里のインタビュー「 金はなくとも、夢だけはあった 愛すべきTwo Punksの博多青春グラフィティ 」が掲載されている(取材/文は、なかしまさおり)。 この本を書いたきっかけ、書き進め方などに言及していて、興味深かったのはふたりともスマホで原稿を書いた、ということだ。実はこの本、語り下ろしで誰かに文章にしてもらっているのかな、と密かに思っていたのだけど、“ちゃんと自分で書いた。ゴーストライターはいませんから”と森山が語っている。疑ってスミマセン。 映画化は望んでるみたいよ(クドカンで)。

森山達也/北里晃一著『Hey! Two Punks』

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ルースターズのインタビュー本にこの『Hey! Two Punks』の広告が載っていて、こんなん出てるんだー、ちょっと読んでみたいな、と思っていて、先日たまたま近くの駅ナカ本屋にブラリと立ち寄ったら、この本を発見。パラパラとめくってみるとやけに空白が目立つ(行間が広い)が面白そうなので購入。発売は2024年11月25日、シンコーミュージック・エンタテイメントより。副題は「The Mods:The Early Days 博多疾風編」。 細かく内容については触れないが、冒頭に写真が6ページ。モッズ結成前〜上京までを森山と北里がほぼ交互に記述している。森山自ら、モッズの硬質なイメージの看板をおろし、バカでどうしようもない森山と北里のエピソードを楽しんで欲しい、と記載している。その言葉のとおり、博多音楽シーンの縦社会の掟や、なにがなくても焼き鳥屋で飲みたいがために酒代の工面、うだうだした生活や、音楽雑誌に載った写真一枚からのややピント外れなパンクファッション。トリップしたいと妙なものを食す二人など、爆笑、ニヤリと笑えるエピソードを沢山読みつつ、モッズというバンドの成り立ちもわかるというもの。ありがちな武勇伝ばかりじゃないのがいい。もう少し艶っぽい話も欲しかったかも。 ファーストアルバム収録曲「Watch Your Step」の題材になったアルファ・レコードでのヘア・メイク・アーティストへの言及は、モリヤン変わったな、時代が変化しているなと感じさせる。森山と北里のおすすめディスク紹介や北里による博多弁解説、ある日のセットリストのコーナーあり。 ザ・モッズのアーリー・デイズ、本もいいけど、初期の音源リリースもお願いしたい。「End of The Night」、「誘惑」、「サンセット・ストリップ」などなど…YouTubeにはあるけど、いい音で聴きたいよね。

今井智子著『ルースターズの時代』

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1988年にルースターズ解散後、しばらくして「ロッキンオン・ジャパン」か「宝島」だったか、ルースターズのメモリアルブック、タイトルは『LAST SOUL』を発売すると音楽雑誌に告知が掲載された。そりゃぁルースターズの活動を振り返る本が一冊くらい出てもいいよな、と楽しみにしていたのだが、その後“ルースターズのメモリアルブック発売は中止になりました”とページの片隅に再度告知が載り、残念だな、と思った記憶がある。手元にある雑誌を見直したりする時にあの告知はどこに載っていたのだろうかと探したりすることもあったのだが、引越しのたびに雑誌も処分したりで、その告知を見つけることはできなかった。それとも単なる私の思い込みだったのだろうか? ルースターズ活動時には、大江慎也の離脱前後などいくつかデリケートでセンシティヴな出来事があるので、そこを避けてはバンドヒストリーを振り返ることは不可能だ。そのあたりがヒストリーブックなどのアーティスト本の刊行を難しくさせているのかな、とは思ったが、1999年のトリビュート盤リリースを契機とした雑誌『レコードコレクターズ』の特集、大江の活動休止後9年振りとなる雑誌『ロッキンオン・ジャパン』のインタビュー記事 、2004年のオリジナル・ルースターズ復活のフジロック出演、オフィシャル・パーフェクトボックス・リリースを契機とした雑誌『ロッグ画報』の特集やオフィシャル・パーフェクトボックスのブックレット、2005年には大江慎也が半生を振り返った『words for a book』(共著・小松崎健郎)を刊行、とルースターズ・ヒストリーを振り返る出版物が増え、大江離脱前後の出来事や当時のメンバーの心境なども徐々に語られるようになっていった。 2024年11月25日、音楽評論家・今井智子により歴代メンバー、関係者にインタビューをおこない、ザ・ルースターズ結成以前から解散までを振り返るインタビューブックがシンコーミュージック・エンタテイメントより刊行された。副題は「THE ROOSTERS AND THE ROOSTERZ 1979-2024」。 刊行して日も浅いので細かく内容については触れないが、冒頭に写真が8ページ、登場人物紹介を経て、300ページ弱が本文だ。まずバンド結成前史、そしてルースターズ活動中にリリースしたアルバム、12インチを軸にしてメンバーやマネ...

『ルースターズの時代 THE ROOSTERS AND THE ROOSTERZ』発売

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シンコーミュージック・エンタテイメントからインタビューブック『ルースターズの時代 THE ROOSTERS AND THE ROOSTERZ』が発売される。 シンコーミュージックのHPによると下記の内容が予定されている。 【予定CONTENTS】 第1章:ルースターズ前史 第2章:ファースト〜セカンド・アルバム 第3章:映画「爆裂都市」〜『INSANE』 第4章:「ニュールンベルグ・セッション」 第5章:『DIS.』『GOOD DREAMS』『Φ PHY』 第6章:「SOS」『NEON BOY』 第7章:『KAMINARI』『PASSENGER』 第8章:『FOUR PIECES』 第9章:アフター・ルースターズ 詳しくは シンコーミュージック・エンタテイメントのHP へ。 発売は2024年11月25日。

安部公房著『箱男』

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石井岳龍監督作品・映画『箱男』の原作(1973年発表)。これまで安部公房の小説を読んだのは『砂の女』くらいかな。先日電車移動する用事があって、駅で時間があり構内の本屋にふらっと入ったらこの映画版『箱男』のほぼ全面帯カバーがかかった文庫本(新潮文庫・右の画像)が売られていたので購入。まぁ映画観て原作読んでみたいなと思っていたんだが。 最初から難解な小説なのかなと思って読み始めるとほぼ映画と同様に話が進むので難なく読めて、面白く、ぐっと物語に引き込まれていくが、後半になって物語はぐねぐねと捩れ、迷路に迷い込んだような、どの章とどの章が関連しているのか、この章はあの章の前の話なのか、この人物とあの人物は同じなのか、などと考えてしまう、次元を超えた摩訶不思議な、構造の複雑な物語である。 “箱男は蛹である”、という記述や、今に通じる“ニュース中毒者”の逸話は興味深い。見る、覗く、書く、触れる等についての、そして匿名希望者についてのエクペリメンタルでイマジネイティヴな物語でもある。 原作を読んでこの不可思議な小説を映画化するのに石井岳龍ほどうってつけの監督はいないなと感じたし、映画におけるキックボードで移動する葉子の脚の際立たせ方や、軍医殿のダークで歪んだキャラクター、ワッペン乞食とのバトルシーンなど原作からイメージを膨らませた映像があらためて上手いなと感じた。原作にあったピアノを弾く体操の教師と少年D、箱男の父親に引かれた荷馬車に乗って結婚式へ向かうショパンという名の花婿の逸話は映画では描かれていなかったけど、このあたりは70年代的アンダーグラウンド感が強くなるため省かれたか。 もとの文庫本表紙 カーブミラーに映った家の写真で、撮影したのは安部公房。不思議で奇怪な雰囲気のある写真だ。この表紙装丁をいつから使用しているか分からないが、文庫初版は1982年(昭和57年)、2024年で74刷だ。 箱という蛹からどんな生き物が現れたのか、映画を観ても原作を読んでも私には謎のままである。

平野悠 著『1976年の新宿ロフト』

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2024年1月23日、星海社新書より刊行。 ライブハウスロフトの創業者、平野悠による新書が刊行された。内容は、日刊ゲンダイに掲載された連載「『ロフト』創業者が見たライブハウス50年」を大幅に加筆したもので、第2章の平野悠×牧村憲一の対談は本書の為の録りおろし。 2012年に刊行された同じく平野悠 著『 ライブハウス「ロフト」青春記 』を読んでるし、いろんなところで平野のライブハウス黎明期のエピソードを読んでるから今回の新書は読まなくてもいいかなーと思っていたが、“1976年の”と年代を特定してるし、ちょっと気になって本屋で見つけてパラパラとめくって牧村憲一の対談が面白そうかなと思って結局購入。 やはり『ライブハウス「ロフト」青春記』と似た内容で掲載写真も1976年に特化しているわけではない。連載が2020年〜2021年と新型コロナウイルス感染拡大期だったから、三密の為に世間から風当たりが強かった当時のライヴハウス経営状況についても記載がある。 この本ための録り下ろし第2章の平野悠と音楽プロデューサー牧村憲一の対談とニッポン放送が録音し後日ラジオで放送された新宿ロフトオープンセレモニー10日間(1976年10月1日〜10月10日)のメモ書き記録、その時の音源を収録しているアーティストのディスク紹介で70ページほど。これが本書の肝でそれゆえのタイトル“1976年”だと思う。二人にとっての密接な関わりの結晶といえるのが、平野が起こしたロフト・レーベルのプロデューサーとして牧村が招聘され作り上げたレコード『ロフト・セッションズ Vol.1』(1977年リリース)だろう。 その後平野・新宿ロフトはパンク・ニューウェイヴへ傾倒していく。牧村はそんな新宿ロフトを遠巻きに眺めていたがネオアコ関連のバンド、ペニー・アーケイドの名前を出しロフトの懐の深さを語っていた。

MUSIC MAGAZINE 増刊『パンタ/頭脳警察 反骨のメッセージと叙情が交差するロック詩人の航跡』

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2024年1月17日、ミュージック・マガジンより刊行。 2023年7月に逝去したパンタの追悼本が刊行された。色々なところからパンタを追悼する書籍が刊行されるだろうと思っていたが、初めての追悼本だ。 パンタの音楽活動を1. 頭脳警察(1975年迄)、2. ソロとHAL(1989年のソロ迄)、3. 再結成頭脳警察〜2024年最新作で遺作『東京オオカミ』迄、と3つの章に分け、ヒストリー記事、その時代に録音された音盤の紹介、ミュージックマガジン誌に掲載されたパンタの過去記事再掲が主な内容。 ヒストリーとディスク評は新規に書かれ、第2章には『PANTA & HAL BOX』(2004年リリース)のブックレットに掲載された志田歩のテキスト「ドキュメント PANTA & HALの時代」に、2018年のPANTA & HAL EXTENDEDライヴの内容をエピローグとして加筆し収録している(これPANTA & HALの活動を軸にしつつ、この時代の日本ロックシーンをも炙り出していく力作)。 第1章には、頭脳警察が楽曲提供し演奏で参加した1974年の舞台「ロック・サド・イン・ジャパン」に関する田山三樹の記事を掲載、提供曲紹介など初めて知る内容で非常に興味深い。 写真は全体的にやや少なめと思うけど、1stソロ・アルバム『PANTAX'S WORLD』ジャケット写真の別カットや『唇にスパーク』ジャケット写真の別カット(小さくモノクロだけど)もあり。 ディスコグラフィは充実しており、一部シングルと編集盤や発掘音源、ビデオ作品のジャケ写がモノクロになっている他は、紹介されている音盤のジャケ写はほぼカラーで掲載。パンタが他アーティストへ提供した楽曲紹介も充実、こちらも紹介されているジャケ写はカラーで掲載されている。 再掲の記事では、やはり平岡正明の「パンタ、もとにもどれ」だろう。スウィート路線のアルバム『KISS』(1981年リリース)に対し“性愛が足りない”、“性的ボルテージを充電しろ”、と自説を展開し、このアルバムの楽曲を“パンタがパンタになる以前の青春歌謡”、陳腐な“渚と風と太陽と恋という何万遍も使われたデテールをつかって”、“これまでのパンタらしい要素なしに、初恋の過去に溺れて見せること”が、パンタが『KISS』でやりたかったことなのだろう、と7ペ...