小中和哉著『僕たちはこうして映画監督になった 8ミリ映画時代を語る』

2026年2月6日、文藝春秋より刊行。

「文春オンライン」連載「僕たちは8ミリ映画作家だった」に増補・加筆した本が出版された。『星空のむこうの国』などを監督した小中和哉が13人の映画監督にインタビューし、幼少期の映画への興味から創作の原点、それぞれが8ミリカメラを手に取っての映画制作、または助監督経験、またはテレビ番組の制作やヴィジュアル作品制作、そして監督してきた映画作品を語る。特に8ミリ映画や自主映画に特化した内容ではなく過去から現在(インタビュー当時)までが語られている。
インタビューは
・石井岳龍
・金子修介
・手塚眞
・犬童一心
・大林宣彦(夫人・恭子と娘・千茱萸にインタビュー)
・黒沢清
・塚本晋也
・河崎実
・今関あきよし
・庵野秀明
・緒方明
・蓮實重彦
・安田淳一
他に小中和哉と弟で脚本家・小説家の千昭の対談と、小中和哉の妻で小中兄弟の会社・Bear Brothersのプロデューサーの明子との対談、それに2024年の是枝裕和とのトークイベントでの対談を番外編として収録している。

まず読みたかったのは石井岳龍との対談。『高校大パニック』、『1/880000の孤独』、『突撃!博多愚連隊』といった8ミリ作品、傑作16mm『狂い咲きサンダーロード』、『爆裂都市』、『逆噴射家族』あたりまでが話の中心。1990年代〜2000年代の作品や、聰亙から岳龍に改名後の2010年以降の作品にも触れてほしかった気はする。『爆裂都市』制作時のエピソードは他でも読んだり聞いたりしていたがやはり壮絶だ。撮影時もハードだったが公開日という締め切りが迫り“使いたい撮影済みフィルムがどこにあるかも分からないような状態”で『爆裂都市』を”未完のまま”公開、そしてスタッフは誰もいなくなったという非常に過酷な状況に追い込まれていったことを話している。

『狂い咲きサンダーロード』制作直前の石井岳龍(聰亙)に出会い、いきなり同作の助監督となった緒方明のインタビューも興味深い…。『狂い咲き〜』の後ピンク映画の助監督で仕事を覚え、8mm作品『東京白菜関K者』を初監督(撮影は石井聰亙)した後に再び石井聰亙『爆裂都市』の助監督をつとめるが、現場や制作進行をコントロール出来ない監督に見切りをつけ、続く『アジアの逆襲』では石井監督に向かって放った言葉が強烈。

金子修介監督が見た日活版『高校大パニック』(澤田幸弘・石井聰亙共同監督)撮影時のエピソードも興味深い。今関あきよし監督は『爆裂都市』でバーストした石井組を離れたプロデューサー(と脚本)の秋田光彦がアミューズに入社、今関のプロ初監督作品『アイコ十六歳』に関わりを持つことに触れている。

そして8mm、16mmの自主映画監督として後進に大きく影響を与えた大林宣彦監督。2020年4月に亡くなったが、ここでは恭子夫人と娘の千茱萸にインタビューをして振り返っている。ロマンチックで冒険心にあふれた大林監督の横顔を垣間見せてくれる。

他にも『星くず兄弟の伝説』の手塚眞監督、『鉄男』の塚本晋也監督、『ドレミファ娘の血は騒ぐ』の黒沢清監督、『エヴァンゲリオン』の庵野秀明監督(たしかテレビドラマの『アオイホノオ』で自主制作時代の庵野が描かれていて才能を感じたな)、自主制作ながら大ヒットを記録した『侍タイムスリッパー』の安田淳一監督、犬童一心監督の作品は多分観たことないけどカット割をドン・シーゲル監督『ダーティハリー』から学んだという箇所など読み応えある。立教大学で「映画表現論」を教えていた映画批評家の蓮實重彦は映画をストーリーやテーマではなく“画面に何が映っていたか”を重要視するとして多くの若き映画監督に影響を与えた。非常に笑えたのが河崎実監督のインタビューで、特撮愛あふれる内容はこの監督の作品を観てみたいと思わせるものだった。




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