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OMNIBUS a Go Go Vol.13『ATTACK OF...MUSHROOM PEOPLE !』

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レニー・ケイが『NUGGETS』を2枚組LPとして編纂し、60年代のローカルなガレージ/サイケデリック・バンドが見直されたのは1972年。やがて、そのロウなサウンドはパンク世代にも影響を及ぼし、TELEVISIONやTHE DAMNEDなどは、この頃のガレージ/サイケバンドの曲をカバーしている。また50年代~60年代のロックンロール、ビートグループやソウル、ガールグループからの影響は、例えばTHE CLASHの「Brand New Cadillac」、「I Fought The Law」、THE JAMの「(Love Is Like A)Heatwave」などのカバー曲という形でも現れている。 日本のパンク世代のガレージ復興は、パンク初期から時間が経つにつれ、音楽的にはシンプルなビート・グループ/ロックンロールへの回帰と共にネオモッズ、ネオ・サイケデリックの流れを組み、表現としてはフリフリな衣装で熱狂を演出するGSのステージングを“作り物”として面白がり、フィクションとして再現することが、GS復興となって現れたのではないかとも思う。 『Attack of...Mushroom People』は1987年4月にリリースされたオムニバス・アルバムで、 当時広がりをみせていたネオGS/ガレージ・バンドを中心にセレクトされている。アルバム・タイトルは特撮映画『マタンゴ』から。怪奇映画に出てくる女の子の“キャー”と言う叫び声とGSに熱狂する叫び声は同じに聞こえる、そんな所からこのネーミングになったのか。 モッズシーンでも活躍していたThe Collectorsや、ハンブルグ期ビートルズと言われたTHE STRIKES、ネオGSの代表的バンド、THE HIPPY HIPPY SHAKES、THE PHANTOM GIFT、THE WOW WOW HIPPIESなどを収録。また、田島貴男のTHE RED CURTAIN「Talkin` Planet Sandwitch」が貴重なトラック。小気味良いサウンドだ。このアルバムにはCHEESE、PINKIES、THE POODLESのガールズグループも収録されているが、中でも歌謡テイストのキラーチューンTHE POODLESの「TOKYO NIGHT」が素晴らしい。 ジャケットの印象的なイラスト・デザインはTHE TWENTY HITS

OMNIBUS a Go Go Vol.12『JUST A BEAT SHOW』

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1986年3月8日渋谷屋根裏で行われたライブを収録したオムニバス・アルバム。オリジナル・アナログは1986年5月リリース。  レピッシュ、THE LONDON TIMES、THE BLUE HEARTS、そしてこのシリーズギグの企画をしたTHE JUMPSの4バンド、各3曲を収録。 なんといってもブレイク寸前のTHE BLUE HEARTSが収録されているのが一番の売りだろうが、 前回紹介のモッズシーンとも密接に関わりのあったTHE LONDON TIMESの「MONDAY TO FRIDAY」はモッドな出来で好きな曲。 1990年にCD化され中込智子のライナーノーツがあるが、前回紹介した CD Journal のブルーハーツ特集のなかでも中込による“JUST A BEAT SHOW”の記事がある。

OMNIBUS a Go Go Vol.11『TOPPING UP REDIATE PRESENTS "8Ts TOKYO MODS COLLECTION"』

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1979年11月に映画『さらば青春の光』(英映画:原題QUADROPHENIA)が公開。 1964年5月ブライトン・ビーチに於けるモッズとロッカーズの乱闘をハイライトにし、モッズの日常を描いたこの映画をひとつのきっかけにして、イギリスではネオモッズ・ムーブメントが拡大していった。 1979年にはSECRET AFFAIR、MERTON PARKASなどが出演し、レコードにもなった「MODS MAYDAY '79」が、またPURPLE HEARTS、BACK TO ZERO、SECRET AFFAIRによって1979年8月~9月 クラブサーキット「マーチ・オブ・ザ・モッズ」が行われている。THE JAMは1978年アルバム『ALL MOD CONS』に続いて1979年『SETTING SONS』を発表、イギリスのトップへの道をひた走っていた頃だ。 パンクが一段落した1979年の音楽シーンでは多種多様なスタイルの音楽が溢れていたが、 このモッズ・リバイバルもパンクを通過したサウンドで、フーやスモール・フェイセス等のオリジナル・モッズよりもシャープでタイト&ソリッド、なによりスピード感が増していた。 遠く離れた日本でも映画『さらば青春の光』や1980年のTHE JAM初来日にインスパイアされた若者達により モッズ・シーンが徐々に形成され、1981年には吉祥寺のライブハウスSilver Elephantにて「MODS MAYDAY '81」が 行われている(以後毎年5月に行われている)。1983年には毎月のイヴェント「マーチ・オブ・ザ・モッズ」も始まった。1984年にはレディエイト・レコーズがインディのモッズレーベルとしてスタート、同年4バンド4曲入り7インチEP『LES ENFANTS TERRIBLES』をリリースした。 『Topping Up Radiate Presents "8Ts Tokyo Mods Collection"』は1996年にリリースされ、レディエイトが1984年から1990年までにリリースしたカタログの中から20曲を選曲・コンパイルしたオムニバス・アルバム。 最初の東京モッズ・オムニバスとも言える『LES ENFANTS TERRIBLES』の全曲、他にオムニバスやソノシート、12インチからThe Bi

OMNIBUS a Go Go Vol.10『くっついて安心』

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1984年12月にバルコニーからリリースされたオムニバス・アルバム。 チャクラ、キリング・タイムの板倉文プロデュースで、“4バンドを素材にしたエクスペリメンタル・アルバム” ということだ。しかし実験的といっても“小学生のための楽しい実験セット”のたぐいのもの、と付属ブックレットには説明されている。 その“素材”として収録されているのは、 少年ナイフ サボテン D-DAY コクシネル の4バンド。 インディーズ・シーンではパンク・ハードコアといった強面なバンド達とは対照的に素朴な演奏を楽しませるニューウェイブなバンド(たとえば洋楽だとYOUNG MARBLE GIANTSのような)達も人気を集めていた。ここに集められたバンドも、そういった趣きを持っていると思う。1984年10月~11月にかけてレコーディングされたが、少年ナイフのみ既発音源をリミックスしたようだ。 バルコニーレコードはジャケット、内容、ブックレット、音質も含めトータルに良質なレコードを送り出す事を追求したレーベルといわれたが、これはそのエポック的な作品といえる。 独特の世界観をもったコクシネル、ガールズ・グループの先駆的な少年ナイフ、それに D-DAYのポップでキュートな魅力が楽しめる。“実験セット”的といえるのはサボテンか。 

OMNIBUS a Go Go Vol.9『時の葬列』

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1983年12月から「時の葬列・終末の予感」と題されたシリーズギグを開始したのにあわせ、SMSから1984年8月にリリースされたオムニバス・アルバム。 タイトルは『時の葬列 Selections From Excommunicated Monument』。サブタイトルは“社会から除外・破門された音楽の記念碑”という意味か。 「時の葬列」、「Wandering Child」がAUTO-MODの2曲だが、共に反モラル、反権力な意志を感じさせる。特に「Wandering Child」の一節が問題とされて歌詞カードが当て字 “母”→ “葉々”になっているし、2002年のCD化の際には音に修正が加えられている模様(アナログしか持っていないので確認していない)。ドアーズ「The End」に通じるものを感じさせて、聴き応えのある曲だ。この頃のAUTO-MODにはBOOWYのG布袋、D高橋まことが参加。サックスもフリーキーな色を添えている。 個人的には目当てのG-SCHMITT、「Kの葬列」はデビューソノシートに収録されていた曲の再録(アレンジはほぼ同じ)、ダンサブル、クールでビューティな演奏の「Catholic」は聖戦という名の背信。 SADIE SADSの2曲は強力にダンサブルでメタリックかつインダストリアルなトラック。あと1バンドはMadame Edwardaを収録。

OMNIBUS a Go Go Vol.8『JUMPING JAM ~REBEL STREET Ⅲ~』

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『REBEL STREET』第3弾。1984年8月5日福岡スポーツセンター行われたイヴェントをライブレコーディングし、同年12月にリリースされた(ジャケ写は1989年再発CDのGOLDシリーズ)。 MODERN DOLLZ、アクシデンツ、UP BEAT、FULL NOISE等、自主制作で音源を発表しているバンドからアマチュアまで博多・九州の全15バンドが約10時間にわたり熱演を繰り広げた。UP BEATやANGIEは音源を出していなかったし、山善も活動歴は長いがこのオムニバス盤収録が音源としては初めて。 当日はゲストでルースターズも演奏しているが、このアルバムには未収録(音源残ってないのか…)。MODERN DOLLZも収録されていない。アクシデンツによるドアーズのカヴァー「Break On Through」でアルバムは幕を開け、当時の博多・九州ロックシーン第三世代とも言うべき バンドたちの熱演を伝える。中でもUP BEAT UNDERGROUNDから改名したばかりのUP BEATの“早くやりたいんだ”と歌われる「Love You So Want You」にサンハウス直系を感じる。 山善の「HEY HEY STOP」のみスタジオ・テイクのようだ。このあたりの逸話が rooftop に掲載されている。

OMNIBUS a Go Go Vol.7『ハードコア不法集会』

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1984年8月ラフィンノーズのAA RECORDSからリリースされたパンクオムニバス。 ラフィン、コブラ、OUTO、ZOUOがfrom大阪、MOBSがfrom神戸と関西勢に対し、東京からGISM、BAWS、Lip Creamの3バンドが収録されている。 『OUTSIDER』、『GREAT PUNK HITS』、そしてこの『ハードコア不法集会・HARDCORE UNLAWFUL ASSEMBLY』が日本の初期ハードコアにとって大きな狼煙だった。この間に様々な所で多くのバンドが活動しシーンは広がっていった。ラフィンはこの後ポップ色も押し出し、しばらくしてメジャーへと展開していく。 ハードコア勢の中にあってR&R色を感じるコブラも楽しめるが、The Comesを脱退したGとBが結成したLip Cream初期の演奏は、The Comes同様ギターがハードにドライブしていて気持ち良い。ドラムは後にラフィンに参加する。 ジャケットのアートワークはラフィンのチャーミーによるもの。

OMNIBUS a Go Go Vol.6『GREAT PUNK HITS ~REBEL STREET Ⅱ~』

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『REBEL STREET』第2弾。 1983年12月にリリースされたハードコア・パンク・オムニバス。『OUTSIDER』のジャケットには“このレコードを田舎者と去勢されたパンクスに捧げる”といった意味の英文がプリントされていたが、メジャーの徳間ジャパンからリリースされたこのアルバムは、さらに流通良く日本全国隅々まで行き渡ったことだろう。 GISMの「Death Exclamations」のリフや曲構成は文句なしに格好良いし、奇天烈パンクなアブラダコ、加速感が抜群のTHE EXCUTEも素晴らしいが、楽曲リリースが少ないTHE CLAYの曲も聴き応えあり。織り込まれた爆撃・銃撃SEも印象的な「FUTURE TERROR」、もう1曲は「MILITIA」と題されたショート・ファストチューン。 THE CLAYは3曲入りのEPと『HOLD UP OMNIBUS』に5曲、そしてこのアルバムの2曲がバンド活動時にリリースした曲の全て。2009年にEP『The Middle East Combat Area』が「The Demilitarized Neutrality」の別バージョンと、この『GREAT PUNK HITS』の2曲を加えて奇跡の再発、2枚組のライブアルバムも『HOLD UP~』の曲を収録してリリースされた。 

OMNIBUS a Go Go Vol.5『OUTSIDER』

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前回の『Gozira Special Dinner』の数ヶ月前、1983年2月にCity Rocker Recordsからリリースされたオムニバス・アルバム。『REBEL STREET』でパンクからニュー・ウェイブへ移行と書いたが、パンクはより加速し、メロディを排したハードコアへも変貌していた。 当時勃興していたハードコアから4バンド(GISM、COMES、LAUGHIN' NOSE、GAUZE)をA面(アナログ盤)に、 独特のパンクロックを聴かせるMASTERBATION、ジャングルズへヴォーカルが加入した為3人組となったFULLX、痛快なロックンロールのROUTE 66、ゴシックパンクなMADAME EDWARDAの4バンドをB面に収録。 GISMの横山SAKEVIデザインのジャケットからも漂うハードコア・オムニバス感はあるものの、1981年から1982年にかけて結成されたバンドを収録し、多彩な広がりを持ち始めた当時のシーンをスピーディに(その為、全てのトラックをカセットレコーディングとしたのかもしれない)パッケージしたアルバムと言える。 A面Hard "METAL" Core Sideに収録されている4バンドの演奏はもちろん強力だし、その後のジャパニーズ・ハードコアへの影響も計り知れないほどだが、B面のNew "BLOCK" Punk Sideに入ってるRoute 66のオリジナルパンクからの影響も感じさせるロックンロールも小気味好い。「Good Times Rock 'n' Roll」は、“でもこれが最高なのさ、でもこれが大好。恋も金も手に入れたいけど、おいらロックンロールに首ったけ” ハモリも決まってるゴキゲンな曲だ。 バンド側、制作サイドの権利関係やポスタージャケ内側のThe Exploited「Fuck A Mod」顔負けの合成写真もあるし、オリジナル通りのリイシューは難しいか。

OMNIBUS a Go Go Vol.4『GOZIRA SPECIAL DINNER』

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これまた“EDPS Complex” のコンテンツでも紹介しているが、ミラーズ、ミスターカイト等のシングルをリリースしていたゴジラ・レコードのオムニバス・アルバムで、リリースされたシングルから選曲して収録した他、各バンドのライブトラックを収録して1983年8月に発表された。 初期にエンジニアとして関わっていたリザードのモモヨ、数枚のレコーディングで使用されたのは六本木S-Kenスタジオ、後にフリクションに参加するツネマツのシングルリリースなど、東京ロッカーズ総力戦・集大成とも言えるのではないか。 1978年にゴジラ・レコード主宰ヒゴのミラーズのシングルを皮切りに、ミスターカイト、ツネマツマサトシのシングルを、翌1979年には高木完のFLESH、ミラーズの2枚目、ジュネのMARIA023のシングルをリリースした。録音・制作が完全に手作りで、技術・機材も満足できるものとは言えなかった1978年に比べ、1979年リリースのものは音質が格段に良くなっている。 その中でも音質が良くないながら、かえってそれがアンダーグラウンド感を増幅させるミスターカイトの「共犯者」が出色と思う。『東京ロッカーズ』で取り上げたミスターカイトの「EXIT B9」のスタジオ・バージョンをカップリングにしたシングルだった。 “いいモノを持って夜の街へ、ビルの屋上へつれてってよ、恋人じゃなくていいわ”と歌われるこの曲は “秘密” がキーワードか。ネオンの海を見渡すふたりのヴァンパネラ、目撃者は無言の月(ディアナ)だけ…。ここでもキレのいいギターとボトムの太いリズムを従えて歌うジーンが魅力的だ。 プリミティヴな魅力にあふれたミラーズなど、もちろん他のバンドも聴き所は多い。テレグラフレコードからリリースのアナログ盤には収められていた鳥井ガク率いるPAINのトラックは、その後数回のCDリイシューには未収録。PAINはゴジラ・レコードからシングルリリースの予定があり録音済みだがグループの解散によりお蔵入りとなった。

OMNIBUS a Go Go Vol.3『REBEL STREET』

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これも“EDPS Complex” のコンテンツでも紹介しているが、東京ロッカーズ後のオムニバスとなると、これか。『REBEL STREET』のリリースは1982年12月だから、既にパンクロックの初期衝動から次へ発展・移行していった、という時期。 下に紹介した2枚のオムニバス・アルバムがリリースされた1979年は、Public Image Ltd『Metal Box』、The Pop Group『Y』、The Slits『Cut』、Joy Division『Unknown Pleasures』が、1980年にはThe New Age Steppers『The New Age Steppers』、Bauhaus『In The Flat Field』が、1981年にはA Certain Ratio『To Each...』、Rip Rig & Panic『God』といったアルバムが発表されている。 フリーキーかつアヴァンギャルド、エクスペリメンタルで、あるものは重く、あるものはファンキーでもあるこれらのアルバムが、日本国内アーティスト達にも少なくない影響を与えたのではないか、と想像する。 1982年、直線的なパンク・ロックからフリーフォームなニュー・ウェイヴへライブハウス・ロッカーズ達は変貌していた。そのショウ・ケース的なアルバムだ。 EDPSのトラックは突出して素晴らしいが、他のチャンス・オペレーション、NON BAND、P-MODEL、アレルギー、SHAMPOOも好トラックと思う。平沢進がプロデュースしたSHAMPOOの「Rondhe」は、折茂昌美と足立眞理2人組時代の数少ないレコーディング・トラック。 突然ダンボールも楽しい曲だ。吉野大作は録音が他と比べて悪いのが残念。 町田町蔵はINU解散後初のレコーディング作品になるが、どうもボーカルと演奏がマッチしないというか、ボーカルが浮いて聴こえるのは、ここから始まっている気が個人的にはする。 リザード、ゼルダは選曲をもう少し練って欲しかった。

OMNIBUS a Go Go Vol.2『東京ロッカーズ』

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“EDPS Complex”のコンテンツでも紹介しているが、やっぱり並べたくなるので。 『東京ニュー・ウェイヴ'79』より数週間遅れたが、1979年4月にリリースされた。日本のパンクへの目覚めという意味で、個人的にはこの2枚のアルバムは忘れられない名盤だ。  収録曲全部にそれぞれ思い入れはあるけど、ミスターカイト(バンド名はビートルズの「Being for the Benefit of Mr. Kite!」から)の「Exit B-9」は特にお気に入りだった。 新宿(と思われる)の蛍光灯に照らされた地下道から、地上の喧騒を描き出す歌詞を語るように歌うジーンの歌声、シャープでありながらタメの効いた演奏、曲の後半 “ガラス張りのコーヒーショップ”と歌われる箇所の展開はスリリングにキマっている。 ミスターカイトのもう1曲、“罪なんて知らない、邪悪なんて知らない”と歌われる「Innocent」は、パティ・スミス「Gloria」の “ジーザスは誰かの罪のために死んだ/でも私の罪じゃない ” と言う歌詞との関連を考えたくなる内容だ。 リザード、フリクションと違ってこの後アルバムをリリースする事も無く解散してしまったミスターカイト。このオムニバスを聴いて気に入ったら、2001年リリースの発掘音源CD『Live Innocent』もぜひ聴いてみてほしい。 エスケンもユニーク。コロムビアから出てた『魔都』再発しないかな。オンデマンドCDでは売ってるけど(CD-R)。

OMNIBUS a Go Go Vol.1『東京ニュー・ウェイヴ'79』

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オムニバス・アルバムというのは魅力的だ。あるテーマに沿ったショウ・ケースとも言える。 気に入ったバンドが収録されていて買ってみたら、全然知らなかったバンド・アーティストが凄く気に入るなんて事はよくある。 そこで始めてみたのが、この「OMNIBUS a Go Go」。 第1回目は日本で一番初めにリリースされたパンク/ニューウェーヴのオムニバス・レコードとして位置づけられる『東京ニュー・ウェイヴ'79』。1979年1月21日に新宿ライヒ館モレノにおいてライブ録音され、同年4月初めにリリースされた。 同タイトルのライブ・コンサートにはPAIN、8 1/2、BOLSHIE、SEX、自殺、スピード、ミラーズ、リザードが出演したが、このアルバムにはスピード、ミラーズ、リザードの演奏は収録されていない。しかし、その“東京ロッカーズ”の3バンドが外れた事で、当時の別の側面を描き出す好オムニバス・アルバムとなった。 個人的にはかなり聴きこんでいたアルバムで、特にアナログ盤でSEX、自殺、PAINの収録されていたA面はよく聴いた。 管理されている事に対する不安・怒りをぶちまけたイギー直系の「TVイージー」、 「無力のかけら」の “いったい何が俺たちをこんなに  一人一人をバラバラにしたのか” というフレーズは凄くリアルだった(し、今もそう感じる)。これがSEXの2曲。 毒のある歌声を聴かせ、凶暴でサイケデリックなギターが表現力抜群の「ゼロ」、 山口冨士夫のカバー「ひとつ」は瀬戸際のセンチメンタルを感じさせる。これで私は山口冨士夫を知った。これが自殺の2曲。 この4曲は今聴いても最高のナンバー。 鳥井ガクのPAINも翳りのあるパンクチューンを聴かせてくれたし、8 1/2「シティ・ボーイ」も痛快。メンバーの平均年齢16.5才だったBOLSHIEは、ストレートな曲と共に若いが捻れた演奏も聴かせてくれる。 ジャケットは『Cool Struttin'』のパンク版、足フェチなデザインかな。