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小中和哉著『僕たちはこうして映画監督になった 8ミリ映画時代を語る』

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2026年2月6日、文藝春秋より刊行。 「文春オンライン」 連載「僕たちは8ミリ映画作家だった」に増補・加筆した本が出版された。『星空のむこうの国』などを監督した小中和哉が13人の映画監督にインタビューし、幼少期の映画への興味から創作の原点、それぞれが8ミリカメラを手に取っての映画制作、または助監督経験、またはテレビ番組の制作やヴィジュアル作品制作、そして監督してきた映画作品を語る。特に8ミリ映画や自主映画に特化した内容ではなく過去から現在(インタビュー当時)までが語られている。 インタビューは ・石井岳龍 ・金子修介 ・手塚眞 ・犬童一心 ・大林宣彦(夫人・恭子と娘・千茱萸にインタビュー) ・黒沢清 ・塚本晋也 ・河崎実 ・今関あきよし ・庵野秀明 ・緒方明 ・蓮實重彦 ・安田淳一 他に小中和哉と弟で脚本家・小説家の千昭の対談と、小中和哉の妻で小中兄弟の会社・Bear Brothersのプロデューサーの明子との対談、それに2024年の是枝裕和とのトークイベントでの対談を番外編として収録している。 まず読みたかったのは石井岳龍との対談。『高校大パニック』、『1/880000の孤独』、『突撃!博多愚連隊』といった8ミリ作品、傑作16mm『狂い咲きサンダーロード』、『爆裂都市』、『逆噴射家族』あたりまでが話の中心。1990年代〜2000年代の作品や、聰亙から岳龍に改名後の2010年以降の作品にも触れてほしかった気はする。『爆裂都市』制作時のエピソードは他でも読んだり聞いたりしていたがやはり壮絶だ。撮影時もハードだったが公開日という締め切りが迫り“使いたい撮影済みフィルムがどこにあるかも分からないような状態”で『爆裂都市』を”未完のまま”公開、そしてスタッフは誰もいなくなったという非常に過酷な状況に追い込まれていったことを話している。 『狂い咲きサンダーロード』制作直前の石井岳龍(聰亙)に出会い、いきなり同作の助監督となった緒方明のインタビューも興味深い…。『狂い咲き〜』の後ピンク映画の助監督で仕事を覚え、8mm作品『東京白菜関K者』を初監督(撮影は石井聰亙)した後に再び石井聰亙『爆裂都市』の助監督をつとめるが、現場や制作進行をコントロール出来ない監督に見切りをつけ、続く『アジアの逆襲』では石井監督に向かって放った言葉が強烈。 金子修介監督が見た日活版『高校大パニック』(...

映画『狂い咲きサンダーロード』公開45周年記念復活上映決定!

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石井聰亙監督作品『狂い咲きサンダーロード』が公開45周年を記念して再上映される。 以下 (株)トランスフォマー公式HP より。 石井岳龍(ex.聰亙)監督が、日本大学藝術学部映画学科在籍時、23歳の若さで卒業制作として発表した日本が世界に誇る近未来バイオレンス映画『狂い咲きサンダーロード』。今なお伝説として語り継がれ、各界に影響を与え続ける本作ですが、公開から45周年を記念して特別再上映が決定しました! 東京・シネマート新宿では、8月22日(金)より2週間の限定上映。そのほか、北は北海道から南は沖縄まで全国各地で順次爆走予定です! 新しい復活上映のトレーラーも公開された。 この映画に関しては以前にも何度か書いている。 映画『狂い咲きサンダーロード オリジナルネガ・リマスター版』 Blu-ray(2016年11月) 朝日新聞 be on Saturday 映画の旅人『狂い咲きサンダーロード』 (2006年3月)

安田潤司著『パンクス青の時代』

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2025年2月7日、DU BOOKS刊 ジャパニーズ・ハードコア・パンクのドキュメンタリー映画『ちょっとの雨ならがまん』(1984年)等を監督した安田潤司の自伝的エッセイが刊行された。ハードコアの記録というと武勇伝的な内容が多いから、どうしようかなと思っていたけど、結局購入。事件並みヴァイオレンス、パフォーマンスの逸話もあるが、“暴力騒ぎの先に未来はない”と考え、“初期衝動のその先へ” を問い続けた著者の視点から描かれているように思う。 冒頭の石井聰亙監督『狂い咲きサンダーロード』やパンク・ハードコアとの出会いから8mmカメラを手に取り、自らジャパニーズ・ハードコア・シーンに飛び込んで撮影を始めるところは、東京ロッカーズとの出会いを描いていた地引雄一著『ストリート・キングダム』(1986年刊)のハードコア編だな、と感じた。 安田潤司監督デビュー作『ちょっとの雨ならがまん』は1984年3月、池袋文芸坐ル・ピリエで公開された。 1990年に頭脳警察が復活、朝霞の米軍基地跡で行われたライヴを記録したビデオ作品『万物流転』が安田潤司監督だったと改めて認識。確かにアグレッシブなカメラワークと編集の作品である。 頭脳警察『万物流転』(1991年・VHS・ビクター) 監督・安田潤司 その後、GISMの活動再開、MASAMI追悼GIG、GISM永久凍結ライヴ、クラブ・DJカルチャーへの接近、そして親しい者たちが他界した。東日本大震災、新型コロナウィルス・パンデミックの過酷な状況を経て、最近の活動が綴られている。 『ちょっとの雨ならがまん』の上映が決まってからは、“たとえどんなにハードなことが起きても、その状況を笑いながら楽しむこと”を“初期衝動の先”に見ていたという著者だからこそ幾つものタフな現場を潜り抜け撮影してこられたのだろう。やはり映画監督だけあって場面の編集の仕方がうまく、全体を通して読み易い。 G.I.S.M.『+R Regicide Reverberation』(2002年・VHS・Beast Arts)  DIRECTED BY JUNJI YASUDA

私の放浪音楽史 Vol.89 THE ROOSTERZ『パラノイアック・ライヴ』

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1984年10月21日、COLUMBIA VIDEO/日本コロムビアよりリリース。 1984年7月15日に東京港区のラフォーレミュージアム赤坂でおこなわれたライヴをヴィデオ・シューティングした作品でルースターズにとっては初のヴィデオ作品だった。監督は『狂い咲きサンダーロード』、『爆裂都市・バーストシティ』の石井聰亙、プロデューサー緒方明、撮影監督・笠松則通と石井映画でおなじみの面々。白くまるで白骨のような木々が並ぶ風景や建物を飲み込んだ溶岩が固まっている風景の映像は、おそらく1983年の三宅島噴火後に撮影したものと思われる。 ラフォーレミュージアム赤坂は1983年7月23日〜8月7日にブライアン・イーノの「ビデオアートと環境音楽の世界」を開催してオープンした多目的スペースで、ローリー・アンダーソンの日本公演が1984年6月15日〜17日におこなわれている他、NYから帰国した佐野元春がツアー直前の1984年9月にメディア向けコンヴェンションをおこなった場所でもある。 当時このソフトはVHS、ベータ共テープが12,800円、レーザー・ディスクが7,800円という高額商品。この作品だけじゃなく60分以上の映画や音楽ソフトの販売価格はテープだと1作品1万円台、レーザーディスクが少し安いという設定。なので個人的には映像作品は買うものではなくレンタルショップで借りて観るものだった。この『パラノイアック・ライヴ』はレンタルがあったのかわからないが、何年か後に友人のKBちゃんに観せてもらった。それに『パラノイアック・ライヴ』の音だけテープに録音してもらって聴いてたなー。 ソフトも高かったが、その頃にはハードも値段が下がってきていたとはいえ、HI-FI録画再生ヴィデオ・デッキは定価200,000円以上はしていたと思う。今回記憶を頼りに私が買ったヴィデオ・デッキをネットで探してみたら、私が買ったのは、Victor HR555というデッキで定価は218,000円。1985年にグッドデザイン賞を受賞しているので、たぶん1986年頃に購入したのかなぁ。たしかバイト代貯めて買った覚えがある。私が『パラノイアック・ライヴ』のソフトを購入したのは廉価再発になった3,400円(税抜)型番:34HC-345のVHSテープ(右上のジャケ写)。 ラフォーレミュージアム赤坂のステージにはロシア語・キリル文字...

水上はるこ「アインシュテュルツェンデ・ノイバウンテン、そして石井岳龍監督の『半分人間』」

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MUSIC LIFE CLUBに連載されている、水上はるこ「最低で最高のロックンロール・ライフ」 第4回 に「アインシュテュルツェンデ・ノイバウンテン、そして石井岳龍(当時は石井聰亙)監督の『半分人間』」が掲載されている。 ハンブルグ~西ベルリン~ロンドン~ローマ~東京。 水上はるこの足跡をたどり、東京で交差した若き才能の融合を書き下ろしで掲載している。なかでも石井聰亙が朝飯前と廃工場(鉄工所の廃墟)を探し出し、ゲリラ的に道路上の撮影を実行する記述には、ニヤリとしてしまう。 『半分人間』のヴィデオは日本では未DVD化だと思う。チェリーレッド・レコードでDVD化されていたけど(右上のジャケ写)これも廃盤になっているようだ。挿入されるスクラップヤードのカット、廃工場で炎をバックに演奏するノイバウンテン。舞踏集団・白虎社の起用もイマジネイティヴだし、電気ドリルやサンダーなど“楽器”が紹介されているのもユニーク。水上はるこはコーディネイターとしてクレジットされていた。 余談だけどレコーディング・ディレクターでクレジットされているのは柏木省三。たしかブリクサは『逆噴射家族』がドイツで上映された時に観てとても気に入り、石井聰亙にバンドのフィルムを撮ってほしいとアプローチしたとどこかで読んだ。

私の放浪音楽史 Vol.84 1984『逆噴射家族フィルムサウンドダイジェスト』

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1984年6月21日、キャニオンよりリリースのサウンドトラック・アルバム。 『爆裂都市』(1982年)公開後、石井聰亙はバチラス・アーミー・プロジェクトを率いて自ら音楽も担当した『アジアの逆襲』(1983年)を完成、普及し始めた家庭用ヴィデオに対応すべくヴィデオ・パッケージ作品としてリリースした。その後、長谷川和彦の掛け声により1982年に設立された映画企画・製作会社ディレクターズ・カンパニーに参加(他には高橋伴明、相米慎二、根岸吉太郎、井筒和幸、大森一樹ら石井を含め9人の監督が参加していた)、ディレクターズ・カンパニーでは石井が誘って小林よしのりと共に脚本作りを進めていた『逆噴射家族』の制作が決まる。 1980年代前半、話題に上がっていた“家庭内暴力”をギャグで描き、概ね子供から親へ向かう暴力として取り上げられることが多かったと思うが、むしろ石井と小林よしのりは“家庭間戦争”にしたいと考えた。主人公を息子から親父へと変更し、1982年2月に起きた日航機羽田空港沖墜落事故で流行語にもなった“逆噴射”という言葉をタイトルに、さらにこれも当時話題に上った“ビョーキ”というワードを作品に織り込みながら、主演の父親・小林勝国役に小林克也、妻・小林冴子役に倍賞美津子、息子・小林正樹役に有薗芳紀、娘・小林エリカ役に映画初出演で13歳だった工藤夕貴、祖父・小林寿国役に植木等という個性的なキャスティングによる5人の家族のマイホーム購入~家族間戦争~崩壊~再生までを描き、1984年6月23日に劇場公開された。『逆噴射家族』は公開されてすぐに観に行った覚えがある。たぶん池袋で観たと思うが映画館はどこだったかな…。 この『逆噴射家族フィルムサウンドダイジェスト』もすぐに購入していたKBちゃんに借りてカセットテープに録音して聴いていた。長らく再発されることはなかったが、2007年にリリースされた石井聰亙DVD-BOX2の特典として初めてCD化されている。 映画『逆噴射家族』の音楽は1984とクレジットされているが、映画のエンドロール、映画のパンフレット、オリジナル・アナログ盤、石井聰亙DVD-BOX2の解説書、復刻CD、どれにも演奏したメンバーの記載はまったくない。アナログ盤(及び復刻CD)に封入されていたリーフレットには、フィルムサウンドダイジェスト・レコード・スタッフとして、 Dire...

映画・石井岳龍監督『 パンク侍、斬られて候』

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2018年6月30日、遂に公開された石井岳龍監督最新作『パンク侍、斬られて候』。 町田康の原作小説は文庫化された時に読んで、これが書ける町田康はすげぇ、やっぱり才能ある、それまでの町田康の最高傑作だ!と思ったものだ。なかなかボリュームのある小説だが、これが映画化されるとは(しかも実写で)まったく想像できなかった。 しかし、石井岳龍は2004年に小説が刊行された際に読んで映画化を考え始めたという…恐るべし。だが技術・資金面で企画は難航、頓挫する。時は流れ2015年、石井岳龍監督の『ソレダケ』を観た伊藤和弘プロデューサーの助力もあり再び企画が動き出し、映画化実現へ大きく動き出す。町田康は映画化を快諾、宮藤官九郎が脚本に起用された。最初は2時間尺の配信コンテンツとしてdTVで配信する予定であった企画は全国映画館で公開される映画となった。2016年の冬には初稿が完成し、2017年6月クランクイン、8月末にクランクアップ、ポストプロダクションを経て遂に映画は完成、2018年6月30日公開となった。 これを書いているのは7月1日だが、昨日、地元田舎の映画館で初日初回で観に行きましたよ、 えぇ、なにしろ石井・ex聰亙・岳龍の新作映画を近所で観られるんだから。 で、感想なんだけど、まだ公開されたばかりで内容細かく書くのもつまらんし、後日機会があれば…。 石井監督の持ち味のひとつであるダークな部分は抑えられ、やや脚本の宮藤官九郎側に振れているような気がするが、格闘シーンのスピード感、腹ふり党のモブシーンはさすがの迫力。個人的には納得の出来。 主人公は綾野剛ってことになっているが、登場人物はいずれもクセ者ばかり、豊川悦司(只今朝ドラ出演中)の演技には感嘆するところあり、國村隼しかり、浅野忠信しかり、そして幕暮孫兵衛こと染谷将太が素晴らしい。もう出演者誰もが快演・怪演なのだが、これまた特筆すべきは北川景子の演技で感動ものです。 主題歌はセックス・ピストルズの「アナーキー・イン・ザ・UK」。 なぜ日本の映画のそれも時代劇にこの曲が、と気になる向きもあるとは思う。 かつて原作者の町田康(当時町蔵)が主演し、山本政志が監督した『熊楠』という映画があった。『熊楠』は資金難のため製作が中断し未完となってしまったが、町田が演じた学者、南方熊楠は、古今東西、地域・時代・学問・雑談を分け隔てなく全てを対...

映画『狂い咲きサンダーロード オリジナルネガ・リマスター版』Blu-ray

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2016年11月4日、トランスフォーマー/ハピネットからリリースのBlu-rayディスク。 遂にブルーレイ化された石井聰亙監督の『狂い咲きサンダーロード』。 DVD-BOX持ってるし、どうするかなぁとも思ったんだが、やはりオリジナル16mmネガからリマスターされ、クリアになった映像を確かめたくて購入。買ってよかった。若干赤が強めになっているがクリアになった映像で映画を楽しめる。もともとの16mm版にはエンディング・クレジットは無かったので、そこには35mm版のものを使用しているという事だ。 パッケージデザインは公開当時のポスター(泉谷しげる画)をもとにしたもの。確か以前発売されたビデオテープもこのポスターを元にしたものだったなぁ。特典映像は下北沢ガーデンで行われたトークイベントとLOFT9 Shibuyaで行われたトークイベントの映像で48分。ただ後者のイベント映像の音声は、おそらくカメラ付属のマイクで収録されたもので聴き取りにくい。こういうのはライン収録して欲しいね…。音声解説は石井監督と助監督・緒方明と撮影・笠松則通が新たに収録、今回はカメラマンの笠松が参加という事で技術的な話も多い。今回の修復作業では気になるところもいろいろあったようだ。 これで何回目かなぁ、何度観ても面白い。製作費等の制限ある中での創意工夫と無制限のイメージ。現実と架空の交わり。石井聰亙の頭の中をフィルムに焼き付けたパンク・ムーヴィー。劇中に使われているモッズ、PANTA&HAL、泉谷しげるの楽曲もセンスよく、特にオープニングのタイトル・バックで使われる泉谷の「電光石火に銀の靴」はこの映画に使われていることから好きになった曲。泉谷の半生を語った『我が奔走 IT'S MY LIFE』(ロッキンオン社刊・1988年)でもこの曲は“完全なドラッグのノリ、アシッド・パワー”、 “重さや暗さを全く排除したはじけ方”、“かなりパンクの感覚で作った曲なんだ”と語っているように、映画の内容に完全にマッチしている。 デジタル上映素材(DCP)制作も行われて劇場上映が可能になった『狂い咲きサンダーロード』だが、我が町のスクリーンでこの伝説の爆走映画を観てみたいものだ。

ザ・モッズ「うるさい」

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石井聰亙監督『狂い咲きサンダーロード』のブルーレイ化・クラウド・ファンディングが始まる。 奇跡的に発見された1980年撮影当時の『狂い咲きサンダーロード』16mmネガ・フィルムを1コマずつ精査・修正、ハイクオリティ画質でのブルーレイ化。 クラウドファンディングプラットフォームMotionGalleryのページ。 『狂い咲きサンダーロード』完全復活プロジェクト うーむ、フィギュア付きは25万か…。 ザ・モッズの「うるさい」は『狂い咲きサンダーロード』で使用された曲。昔90分テープでサントラ作ったなぁ…。

日本脳炎「流線型」

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これは並べておきたい動画。 日本脳炎でもっともポップな楽曲「流線形」にのせて、石井聰亙監督『狂い咲きサンダーロード』のシーンをメインに、『Hard Hit Virus』や『Dead Heat Disco』に収録されている日本脳炎の演奏シーンやプロモ・ビデオも使用、さらに柳町光男監督・1976年公開のドキュメンタリー映画『ゴッド・スピード・ユー!BLACK EMPEROR』からのシーンも織り交ぜながら作られている。 『狂い咲きサンダーロード』のヴィヴィッドでスピーディなシーンと、ビルディングに切り取られた“流線形”の夜空の下を駆け抜けるモノクロの映像がマッチしている。

日本脳炎「BACILLUS BRAIN」

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よくできた『爆裂都市』のダイジェストともいえる。“We Want Battle!”から1984の「ソルジャー」をイントロに日本脳炎の「Bacillus Brain」にのせて。 “20000Vでぶち込め!” ラストの黒沼&ブルーのシーンで流れるのはThe Bacillus Brains「Temptation Feelin'」。

私の放浪音楽史 Vol.70 『爆裂都市 BURST CITY ORIGINAL SOUND TRACK ALBUM』

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1982年3月5日、SEE-SAW/キャニオンよりリリースのアルバム。 1982年3月に劇場公開された石井聰亙監督の映画『爆裂都市 バーストシティ』のオリジナル・サウンド・トラック・アルバム。映画は公開時には観に行ってないが(たぶん近くの映画館では上映されてなかったんだろう)、このサントラはリリースされてすぐに聴いたんじゃないかな。たぶんKBちゃんに借りたんだと思う。 ルースターズとロッカーズの混成バンド、バトル・ロッカーズの楽曲が7曲、ルースターズの花田、井上、池畑、当時ルースターズのプロデューサーだった柏木省三を中心にしたユニット1984の楽曲が3曲、ザ・ロッカーズの楽曲が3曲、陣内のソロ名義で1曲、という内容。収録曲は下記の通り。 1.ソルジャー/1984 2.セル ナンバー 8(第8病棟)/バトルロッカーズ 3.ワイルド・スーパーマーケット/バトルロッカーズ 4.シャープシューズでケリ上げろ!/ザ・ロッカーズ 5.プア ボーイ/ザ・ロッカーズ 6.ソロー/1984 7.シスターダークネス/バトルロッカーズ 8.視界ゼロの女(マチ)/陣内孝則 9.キックス/1984 10.マイト ガイ/ザ・ロッカーズ 11.バチラス ボンブ(細菌爆弾)/バトルロッカーズ 12.フラストレーション/バトルロッカーズ 13.ボロボロ/バトルロッカーズ 14.セル ナンバー 8(第8病棟)リプリーズ/バトルロッカーズ バトル・ロッカーズはVo.陣内孝則、G.鶴川仁美がロッカーズから、G.大江慎也、Ds.池畑潤二がルースターズから、B.伊勢田勇人がオーディションで参加、というメンバー(レコーディングではルースターズの井上富雄がベースを弾いているという話をロフトプラスワンで聞いた気がする、 まぁそりゃそうだろうね…)。 映画を代表する曲ともいえるバトル・ロッカーズの「セル ナンバー8(第8病棟)」はオープニングのバトル・ロッカーズの演奏シーンで使われている曲。 “注射器の味”や“カプセルの味”が忘れられないというドラッギーな内容が自主規制させたのか、サントラ盤には歌詞が掲載されていない陣内孝則作詞のナンバー。そのカッ飛んだかっこよさに度肝を抜かれたものだが、ある時小さなレコード評を目にする。 1995年に発売された『Rock'n'Roll』という雑誌クロスビートの増刊号...

私の放浪音楽史 Vol.34 THE MODS『FIGHT OR FLIGHT』

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1981年6月21日、エピック・ソニーよりリリースのアルバム。 ザ・モッズの初期のスタイルはヴィジュアル的にも格好良かったなぁ。友人の部屋の壁にファースト・アルバムリリース時のポスターが貼ってあって、たぶんロンドンでのレコーディングの時に撮られたものだろうけど、地下道にメンバー4人が並んだモノクロの写真だった。 “For The Broken Kids”とかアルバム帯に“すべてのグループを前座にする”とかいったキャッチ・コピー。スリムなブラック・ジーンズ、シャープシューズ、革ジャン、森山のセットされた髪型、首にはバンダナ。 ファースト・アルバムのジャケットもクラッシュのファーストを下敷きにしたようなデザインになってる。歌詞カードにはロンドン・ヒュー・ストリートのパブの前に立つメンバーの写真とトミー・スミスのシルエット。ファースト・アルバムのサウンド全体では、もともと森山らメンバーが好きだった初期フーなどのブリティッシュ・ビートに、パブロックやピストルズの『Never Mind~』、ジョニー・サンダース等のパンク影響下で、特にクラッシュのセカンド『Give 'Em Enough Rope(邦題:獣を野に放て)』や同時期のクラッシュのシングル作品に強く影響されたサウンドだと思う。エピックとの契約の際にバンドから提示したロンドンでレコーディングするという条件は、1981年4月~5月ロンドンのマトリクス・スタジオで叶えられた。 シド・ヴィシャス(本名・ジョン・サイモン・リッチー)をモデルにした「不良少年の詩(SONG FOR JOHN SIMON RICHIE AND US)」はスピーディで各楽器の絡みがスリリング。モッズが最初に契約しかけたアルファ・レコードでの出来事を題材にした「WATCH YOUR STEP」、サンフランシスコのガレージ・バンド、フレイミン・グルーヴィーズの「Shake Some Action」を引用した「崩れ落ちる前に」。この曲はファースト・シングルとしてもリリースされている。こんなカッコいい曲作れるんだぁと思ってたけど、元ネタがあったのを知ったのはずーっと後だった。でも完全にモッズの曲になっているよ。“崩れ落ちる前に/崩せ”というフレーズが特に印象的だった。崩れていくのを傍観者として見ているのではなく、自ら崩すのに手をかけろというパンクの“...

朝日新聞 be on Saturday 映画の旅人『狂い咲きサンダーロード』

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3月15日の朝日新聞朝刊土曜版 be on Saturdayの“映画の旅人”で紹介されているのは、なんと『狂い咲きサンダーロード』! うれしいですねぇ。まぁ記事としてはこれまで読んだり聞いたりしたことのある内容が多かったが、やはり全国紙の別刷りでこの映画の事が多くの人々の目に触れる機会があるっていうのは、やはりうれしい。 この“映画の旅人”のテーマは“青春”なのだけど、映画の内容と共に過酷な撮影の日々を過ごしたスタッフ・出演者達の青春も同時に語られている。記事を読んで思わず『石井聰亙 DVD Box Vol.1』から取り出して再度鑑賞してしまい、オーディオ・コメンタリー(これが楽しい)でもう一度観てしまった。 当時からバイクで群れて走るって事に思い入れは無いけど、スピードへの純粋な憧れを描いたこの映画には、いつ観ても石井聰亙の(恐れを知らぬ)初期衝動を詰め込んだパワーを感じることができる。それに独特の“軽み”があるのもこの映画の特徴だと思う。新聞ではあまり使用された音楽に言及は無いけど、私が泉谷しげるを好んで聴くようになったのはこの映画によるところが大きい。パンフレットに載ってた曲名見て、自分で90分テープに録音してサウンド・トラック・アルバム作ったなぁ。モッズ「うるさい」と「ションベン」以外の曲も発表してくれないかな…。  右上のジャケ写は映画『狂い咲きサンダーロード』のオープニング・タイトルバックで使われている、1977年4月10日にフォーライフレコードからリリースされた泉谷しげるの「電光石火に銀の靴 」サンプル盤シングル。8インチ盤サイズのスリーブに入れられていてWhiteVinylの7インチ盤だった。アーティスト名義はイズミヤ・シゲル&ストリート・ファイティングメン。

LOU REED「METAL MACHINE MUSIC 1~4」

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1975年7月発表『Metal Machine Music *The Amine β Ring』より。 ノイズ系というのはほとんど聴いていないが、たまにガイド本に載っているCDを購入することはある。 内容が唸り声、叫び声とか、楽器じゃなくて日用品を鳴らしてとか、だと自分にとって苦手なのでCDは手元に残っていない。 それでも、これはどんな内容だろうかという興味や、怖いもの見たさというのはあるもので、 ルー・リードのアルバム『メタル・マシーン・ミュージック』も聴いてみたいと思いつつCDショップで手には取ってみるが、レジには持っていかないという位置づけのものだった。 少し前にルー・リードのCDアルバムが紙ジャケット仕様で再発された。そうするとそれまで持っていたプラケース仕様のCDを手放すという人もいる。私の友人もこの買換えをし、ルー・リードのプラケース仕様をまとめて安く譲ってくれたなかにこのアルバムが入っていた。 恐る恐る(そこまで大袈裟じゃないけど)CDをプレーヤーにセットする。 流れてきたのはエレクトリックな音の洪水だ。 ディストーション、フィードバック、トレモロ、反復、リバーブ.…。ギターとエフェクターのみ(シンセサイザーは使っていない)の音源を加工、 幾重にも重なった音が、ふと旋律を生み出したり、人や動物の声に聴こえたり、爆発音に聴こえたりする。全曲インストルメンタル。ヘッドフォンで大音量にして聴くと、そのサウンドは頭の中に直接響いてくる。 『トランスフォーマー』、『ベルリン』、『ロックンロール・アニマル』と傑作を生み出し、 『サリー・キャント・ダンス』が少し不評(私的には結構いい)だったが、ライブ盤を挟んでリリースしたアルバムがこの2枚組、片面に1曲ずつ全4曲、合計1時間余りのサイケデリック電子音楽では、リアルタイムに聴いていた人には、確かに物凄く不評、悪評だったのは理解できる。金返せと言いたくなるであろう。 アルバムの注釈でルー・リードは、これが今表現したい事であり「私が目前にしている現実の音像化」、「私の頭の一部から他人への贈り物」と書いているが、「どうしてもこの作品を好きになれなくてもあなた方を責める気はない」とも付け加えている。 あまりの不評、非難、セールスの不振によりルー自身このアルバムを出したのは冗談だったと語った、と真しやかに言われている。このアル...

P.K.O.「オートバイ」

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2006年10月発表のライブ・アルバム『Live In Japan』より。 パンタと鈴木慶一のユニット“Panta Keiichi Organization”が1993年、1994年に行ったライブを収録した2枚組CDから、 アコースティック・セットで演奏された、鈴木慶一作詞・作曲の「オートバイ」。 PANTA & HALとしては2枚目のアルバム『1980X』に収録されていたナンバーだ。 鈴木慶一のマリンバをフューチャーした夢幻的なオリジナル・バージョンを、 ドアーズやジェファーソン・エアプレインを思わせるギター・フレーズでサイケデリック風味にアレンジした。 1番をパンタが、2番を鈴木慶一がボーカルをとる。鈴木慶一の音節を区切るように歌うスタイルはパンタとは対照的。 このP.K.O.のライブアルバムと同時期に発売された『石井聰亙DVD Box Early Years』でDVD化された映画「狂い咲きサンダーロード」に PANTA & HALのオリジナル・バージョンが使用されていた。「狂い咲き~」の中で、 バイクに乗る事を夢見る主人公がベッドの上に座り、空想のバイクを走らせるシーンで印象的に流される。 鈴木慶一はこの曲を作った当時、免許を持っていないのでパンタにバイクの走る仕組みを教えてもらいながら(走り出しはファーストギアで...) 歌詞を書いたという。そんな事が信じられないほど、というか、生身の身体がバイクを走らせるという根本的な事柄を含む歌詞だからこそ、「狂い咲き~」で描かれていた“ただ走りたい”という願望だけになった主人公の想いとマッチしていたのだろう。