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浅川マキ「朝日楼」

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アニマルズがリリースした「The House of The Rising Sun」。1964年にシングルリリースされ全米・全英で1位を記録する大ヒットとなった。日本でも「朝日のあたる家」という邦題がつけられヒット、私が聴いたのは1970年代後半だと思うが洋楽に興味があればラジオなどで耳に入ってくる曲だった。でも「朝日のあたる家」という邦題はなんか違和感があって、マイナー調のコード進行、もの悲しく響くオルガン、絞り出すようなエリック・バードンのボーカルに、“朝日のあたる”という言葉から受ける暖かで希望があるイメージがどうも一致しなかった。その頃歌詞をきちんと読み込んでいたわけではないのでタイトルと曲調から、なんとなく冷たい朝を溶かすような内容の曲なのかな、という印象を持っていたものだ。 それから幾年月…2020年にリリースされた浅川マキのシングル曲を集めたCD『SINGLE COLLECTION』を聴いた。彼女の自作詞による楽曲にはいくつも感銘を受けた。彼女の楽曲をもっと聴きたかった。そのころ浅川マキのCDは多くが廃盤だったと思うが2010年、浅川マキ没後に編まれリリースされたCD2枚組コンピレーション『Long Good-bye』を入手した(右上の画像)。コンピレーションとしてはこの『Long Good-bye』に初収録された「朝日楼」にはとりわけ心打たれた。それは「The House of  The Rising Sun」に浅川マキが日本語詞をつけたカヴァーだった。 アニマルズ・ヴァージョンでは歌詞が男性の語りで書かれたものが歌われているが、女性の視点で描かれたヴァージョンもある(この曲はトラディショナルなので歌詞の違いは様々ある)。例えば1962年にリリースされたボブ・ディランのファーストアルバムに収録されていた。曲名は 「House of The Risin' Sun」とクレジットされている。 There is a house in New Orleans They call the rising sun And It's been the ruin of many poor girl and me Oh God, I'm one “ニューオーリンズに人々から朝日と呼ばれている館がある  そこは多くの貧しい少女を破滅させてきた  そ...

Japanese Punk and New Wave関連書籍 Vol.7 陣野俊史著『じゃがたら』

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日本のパンクとニューウェイヴの関連書籍をいくつか紹介。 2000年8月、河出書房新社より刊行された、じゃがたらの軌跡をメンバーや関係者に丹念に取材し検証した労作。 中古で購入したのだが、この本の扉に、 “ 心あるロックシンガーよ、そうむやみやたらにこぶしをあげるのをやめてくれないか ”  と手書きの文字が。それも鉛筆じゃなくてしっかり黒々と書き込んであった。げげ、こんな落書き、店で見た時は気づかなかったぞ。返品したいが買った店は車で往復1時間半くらいかかる。しかたないか…と、あきらめ読み進めた。それにしても随分と詩的な感想を落書きする人がいるものだ…。 第一章は“「じゃがたら」と呼ばれた人々がいた”と題し、1979年3月のファーストギグ、1980年〜1981年にかけてライヴでのアケミの過激・変態パフォーマンスの数々、1982年、それまでのイメージを払拭すべく音楽性重視の活動へと移行、11月、関西ツアーの最中に江戸アケミ突然の精神失調…入院、1984年3月退院し実家の四国に帰って療養。1985年9月に日比谷野音のライヴ「アースビート伝説85」でアケミ復帰、1989年にはメジャーのBMGと契約、そして江戸アケミの1990年1月27日の事故死、同年4月のアケミ追悼コンサート、1992年の二人のじゃがたらメンバーの死(ベーシスト渡辺正巳とサックス篠田昌己)までを描く。ここまで約190ページほど。 第二章は“インタビューズ”と題して、こだま和文、山本政志、町田康、近田春夫、大熊亘、それぞれのインタビューを掲載。アケミとこだまの個人的で親密なつながり、アケミと山本のライバルのようなつながり、アケミと町田の兄貴と舎弟のようなつながり、近田のじゃがたらの音と歌に対する批評、“力ずく”ではない音楽へ心を寄せていった篠田昌巳やアケミを語る大熊、といずれもじゃがたらについて掘り下げたインタビューとなっている。 第三章は“「ゆるさ」について じゃがたら・日本語・かっこ悪さ”と題して、江戸アケミの言葉、ジョーク、歌詞を、アケミの妻から手渡された江戸アケミが読んでいた3冊の本、『完訳アンデルセン童話集4』、『ブラック・アフリカの歴史』、『ルイ・アラゴン詩集』、その中から特に『ルイ・アラゴン詩集』からアケミの歌詞を読み解く。さらに宮沢賢治と「都市生活者の夜」(アルバム『ニセ予言者ども』収...

Japanese Punk and New Wave関連書籍 Vol.5 JOJO広重 美川俊治 JUNKO コサカイフミオ 野間易通 共著・『非常階段・A STORY OF THE KING OF NOISE』

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日本のパンクとニューウェイヴの関連書籍をいくつか紹介。 K&Bパプリッシャーズから2010年に刊行された非常階段のヒストリー本。 メンバーのJOJO広重や美川俊治、ジュンコなどの生い立ち、音楽への傾倒を紹介しながら、JOJO広重の経歴を中心にバンドヒストリーが進められていく。広重は高校時代にベースギターを手に取り初めてのバンドSLOTHを結成、ビデとの出会い、ビデ&ジョジョ〜ウルトラ・ビデ結成、並行して螺旋階段を結成し活動するが広重は楽器をベースからギターに持ち替え1979年11月に非常階段が誕生(ライヴ・デビュー)する。このときは広重と頭士奈生樹のギター2本という編成だった。広重はウルトラ・ビデと螺旋階段から脱退(螺旋階段はイデオット・クロックとなる)するが、2回のライヴで非常階段もデュオ解消となった。 1980年春、広重は美川俊治を誘い、腐食のマリィというバンドを新に結成して活動を開始、1980年6月6日新宿ACBでライヴを行うがこのライヴ告知のバンド名は非常階段になっていた。この時のライヴを広重は気に入っており録音したテープを聴き返してはこれをレコードにできないかと考えていたが、美川を通じてアンバラス・レコードの林直人にレコード制作を持ちかける。演奏が30分程しかなかったため、他バンドとのオムニバスとなり『終末処理場』として1980年12月にリリースされた。 1981年4月19日、非常階段はザ・スターリン他と京都磔磔に出演。非常階段はこの時初めて生魚・納豆・放尿・嘔吐のパフォーマンスをおこない磔磔出入り禁止に。再びザ・スターリンと共演した6月27日の横浜・慶応大学日吉校舎、新宿ロフトでのイベント「FRIGHT 7 DAYS」の6日目(8月28日)、11月27日の同志社大学至誠館において、いずれもワイルド・ウエストなパフォーマンスを繰り広げ、1982年4月には初の単独アルバム『蔵六の奇病』をリリース、4月5日に新宿ロフトでアルバム発売記念ライヴを行うがその凶暴なパフォーマンスにより新宿ロフトを出入り禁止に。 その後もアルバムリリースやライヴ、バンドの歴史が綴られているが、JOJO広重の設立した輸入ビデオ卸会社「井上ビデオ」、インディペンデント・レーベル「アルケミーレコード」、野球カード専門店「ジョーズ・スポーツ・カード」の話も面白い。 この本の中で広重が...

Japanese Punk and New Wave関連書籍 Vol.4 巻上公一著『宇宙の右翼 水中の左翼』

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日本のパンクとニューウェイヴの関連書籍をいくつか紹介。 1982年、PARCO出版より刊行されたヒカシュー・巻上公一の初めての著書(エッセイ)。劇団出身だけに演劇についての話は多い。音楽についての話はむしろ少ないかも。これについては巻上がこの本のあとがきで“意識的に音楽に関する記述を避けたようにも見うけられるが、そんなことはない。無知なのである。無知でも音楽をやれる生き証人なのだ”としている。音楽に関する話題では、ニューヨークで見たロックコンサートの逸話、ダンサーのベアトラン・レゾンの舞台やテキスタイル/ファッション・デザイナーのヨーガン・レールのファッション・ショーや石井聰亙監督の映画『シャッフル』の音楽を担当した経緯などが記されている。 巻上の幼少期〜高校時代〜東京キッドブラザースのロンドン公演、その時に誘われてルミエール&サン(ロンドンのアンダーグラウンド劇団)の舞台参加、ミスタースリムカンパニー〜自身の劇団ユリシーズの活動やその公演の概略などを掲載、また大森一樹監督の映画『風の歌を聴け』に俳優として参加した経緯も。巻末には野田秀樹との対談を掲載。 タイトルは、巻上公一がこの時点で全く新たな価値観の獲得に向けて突き進むイメージを言語化したものと思われる。

Japanese Punk and New Wave関連書籍 Vol.3 真保みゆき・小嶋さちほ著『乙女のロックだんご』etc...books about ZELDA

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日本のパンクとニューウェイヴの関連書籍を紹介。今回はまるまる一冊全てではないが、ゼルダ関連をいくつか。 右の画像で右上は、ミュージック・マガジン社から1985年に刊行された『乙女のロックだんご』。真保みゆきと小嶋さちほの共著。「にっぽん」、「アメリカ」、「ヨーロッパ」の当時のロックシーン・アーティストを二人の対談、インタビュー、評論で取り上げている(「にっぽん」の章ではインタビューは無し)。小嶋さちほはジョニー・サンダースとユーリズミックスのインタビューを掲載。四つ目の章では「二人のロックだんご」として「真保みゆきのロック半世紀」と「小嶋さちほのパンク半世紀」を掲載している。「小嶋さちほのパンク半世紀」は上・下に分かれていて、上が“ゼルダのリーダーになるまで”と題され、幼少期から女子美附属高校時代のエピソード、高校卒業後からのロック漬け生活〜ミニコミ『Change 2000』発刊くらいまで約9ページ。下は“お母さんになっちゃた”と題された出産〜育児について約10ページほど。表紙の二人のイラストは霜田恵美子によるもの(右の上の画像では小嶋さちほの顔が隠れちゃってるけど)。この本はミュージック・マガジンの“コンパクト・ブックス”シリーズの1冊として刊行されているが、巻末の続刊予定に地引雄一著『東京のパンク・ロック』が“10年の総括、写真多数”として紹介されている(後の『ストリート・キングダム』)。 小嶋さちほが作ったミニコミ『Change 2000』は画像だと下部分の2冊で1号と12号。1号(1979年4月30日発行)では、モモヨへのインタビュー、映画『ROCKERS』の製作・監督の津島秀明へのインタビュー、ヒカシューへのインタビュー(AUNT SALLYを絶賛)の他、”NOISE VOX”というニュースやゴシップを中心にしたコーナーでは“ボーイズ・ボーイズからチホが脱退、彼女はニューバンドを作るにあたってメンバーを募集”と後のゼルダとなるバンドメンバー募集記事、モモヨやツネマツなどの飼い猫紹介、それにS-KENも好きだというハーラン・エリスン著『世界の中心で愛を叫んだけもの』(ハヤカワSF文庫)の紹介があり、私も購入して読みましたよ。12号はチャンス・オペレーションのヒゴへのインタビュー、アコとフキエにメンバー交代直後のゼルダの近況、ツアーレポート、舞踏・山海塾へのイ...

Japanese Punk and New Wave関連書籍 Vol.2 藤沢映子著『ZELDA物語』

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日本のパンクとニューウェイヴの関連書籍をいくつか紹介。 JICC出版局より1988年に刊行された、ゼルダのヒストリー本『ZELDA物語』。著者は1986年夏のイベント「秋田ロックシティカーニバル'86」で初めてゼルダを観た・聴いた藤沢映子。小嶋さちほより少し年上という著者はライヴハウスで紅蜥蜴のライヴを体験しているが、“ただ怖い変人に見えた”というし、東京ロッカーズの時代、さちほとは、“どこかのライヴ・ハウスで一緒になっていたハズだ”という。東京ロッカーズが決して楽しいものに思えなかった著者だったが、ゼルダに出会ってこのバンドのことをもっと知りたいと思うようになった。それはゼルダ結成者である小嶋さちほを知ることであり、ゼルダが生まれた東京ロッカーズ・シーンを知ることでもある。 基本的に執筆当時のゼルダのメンバーへのインタビューをもとに構成しており、小嶋さちほ、高橋佐代子、石原富紀江、小澤亜子の生い立ちを第一章に、さちほの東京ロッカーズ・シーンとの関わり〜ボーイズ・ボーイズ結成〜脱退、ゼルダ結成〜初期メンバーのヨーコ(鈴木洋子)、マル(野沢久仁子)脱退〜石原と小澤加入までが第二章。ここまでで全体の3分の2の分量。第三章では新メンバーとなっての活動、ファンキーに変遷していった音楽スタイルやカラフルになったファッションなども交えて1988年9月の日比谷野音ライヴあたりまでが描かれている。 S-KENスタジオで初めてベースの音を出したあのシーンも、バンドとして不本意な作業となったファースト・アルバムのレコーディング現場もゼルダ側の言葉として書かれている。 本文の下段にはゼルダに関係・交友のあるアーティスト等のコメントが載っていて、セカンドアルバム『カルナヴァル』をプロデュースした白井良明やそのアルバムに収録された「Are You Lucky? ラッキー少年のうた」を提供した鈴木慶一、バンドでゼルダのコピーをしていたという森高千里らのコメントを掲載。 巻頭や文中には執筆当時のメンバーのライヴやオフショットの写真、巻末には1980年から1988年(9月)までのライヴ・ヒストリー(年表)、メジャーからリリースしたディスコグラフィー(1988年リリースのアルバム『シャウト・シスター・シャウト』まで)を掲載している。

Japanese Punk and New Wave関連書籍 Vol.1 菅原庸介著『蜥蜴の迷宮 −若き爬虫類にささぐ−』

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日本のパンクとニューウェイヴの関連書籍をいくつか紹介。 (株)ドールより1987年に刊行された、東京ロッカーズの代表的バンドであるリザードのモモヨ(菅原庸介)が執筆した自伝的小説『蜥蜴の迷宮 −若き爬虫類にささぐ−』。 映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』が当時のアーティスト・関係者達の、主にピュアな部分を抽出して作り上げられた物語だとしたら、このモモヨが“視た夢幻をつらつら書き写した”という”自伝的小説”は、同じ時期を描いた部分もありながら、時にけしの森で迷い囚われ、享楽と邪な情念が渦巻く狂おしい人間関係の中に生きた経験を振り返った物語であり、破局の後に日本の古の歌人とロックンロールを重ね合わせていくことで新たな道を探り出し再生を告げた書でもある。 モモヨの中学・高校時代のエピソードや、もちろん<通底器><幻想鬼><エレクトリック・モス>といったバンドを経た後、紅蜥蜴を結成しリザードと改名した音楽活動の足跡も知ることができる(リザードとして1986年に発表した4曲入りミニアルバム「Book of Changes」まで)。 モモヨ自身が”自伝もどき”と記しているが、レコードのリリース、記された事件や事故の一部は他の出版物に記録されたものと表面的には変わらない事実であり、多くの人物やバンド名は変名となっているが実名で登場している箇所もある。もちろん書かれている修羅場と化した人間関係は知る由もないが、日本のアンダーグラウンドシーンやパンクロックシーンの裏側で何があったのかを知る・夢想するには格好の書だ。 “まず、この道に至らんと思わん者は、非道を行ずべからず” と世阿弥『風姿花伝』の言葉を引いた後、こう記している。 “ただ、ひたすらロックン・ロールするばかりでよい、他に示すべき何もない”(「あとがき 夢現」より)。 この本の中でモモヨが”家では画集を眺めることが多かった。ギュスターヴ・モローという、世紀末フランスの画家やデルフトのフェルメールが好きだった”と記しているが、私が後にフェルメールの絵画を好きになり(2000年に大阪で開催されたフェルメール展観に行った)、最初読んだ時は気にしてなかったけど、読み直したときフェルメールの名前を見てうれしかったな。

地引雄一撮影・写真集『JIBIKI YUICHI FRICTION 1978-1985』

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2026年3月25日、Record shop BASEより刊行。 地引雄一が1978年から1985年にかけて撮影したフリクションの写真集が発売された。フリクションの写真集というとレック撮影写真集+佐藤ジン・地引雄一・広瀬忠司らによる撮影のフリクション写真集という2冊組(+ライヴCD)『ZONE TRIPPER / FRICTION 1978-2008』(カラーフィールド刊・2008年)があったし、地引雄一の写真集は様々なバンド・アーティスト写真を収録した『TOKYO STREET ROCKERS 1978→1981』(リトルモア刊・2009年)があったが、地引雄一単独の撮影によるフリクション写真集は初の刊行となる。 巻末に掲載されたRecord Shop BASE・飯嶋俊男の「制作、発刊にあたって」によると、“あくまで主役は地引氏”と記されている。映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』と同じく主役はユーイチ、そのファインダー越しの眼差しだ。オンステージでは強烈に放射されるエネルギーが感じられ、オフステージではリラックスしユーモラスにも感じられる写真の数々。フリクションのバイオグラフィーと写真のINDEXを含む160ページ、A4サイズの写真集だ。 地引雄一の写真の魅力というとなんだろう…臨場感、それに被写体/バンドとの近さ…かな。音圧を感じるような接近戦といってもいいかも。 A4サイズなのでこれまで見たことのある写真もドーンと大きく見ることができる。恒松の弾くギター、ダブルカッタウェイのレスポールジュニアのヘッドには「Burny」のロゴ。 写真集には未発表の5曲入りCDが付属している。 曲目は下記、 1. I CAN TELL 1978年5月28日 六本木S-KEN スタジオ(レック、チコ・ヒゲ、ラピス) 2. CRAZY DREAM 1979年4月22日 新宿ロフト 3. ニューセンセーション 1980年9月6日 新宿ニューヨークシアター 4. CYCLE DANCE 1980年9月6日 新宿ニューヨークシアター (Track 2, 3 & 4 レック、チコ・ヒゲ、ツネマツ・マサトシ) 5. ニューセンセーション 1981年1月10日 市ヶ谷法政大学学生会館大ホール(映像では既発) (レック、チコ・ヒゲ、ゲスト:ノン G&Key ) 『J...

地引雄一著『ストリート・キングダム』再刊!

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3月27日公開、田口トモロヲ監督・映画『ストリートキングダム自分の音を鳴らせ。』の原作、地引雄一著『ストリート・キングダム』が最終版として再刊。タイトルは、 『ストリート・キングダム 最終版 東京ロッカーズと80’sインディーズ・シーン』 刊行はSLOGAN / indies pressより。 下記はSLOGAN HPのインフォメーション。 https://www.slogan.co.jp/streetkingdom/ 上の画像は『ストリート・キングダム』2008年改訂版刊行時のフライヤー ミュージックマガジンより1986年に刊行された初版 『ストリート・キングダム 東京パンク/インディーズ・シーンの記録』 K&Bパブリッシャーズより2008年に刊行された改訂版 『STREET KINGDOM 東京ロッカーズと80'sインディーズシーン』

サンハウス『55周年記念ボックス』DVD-1・2・5・6

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DVD-1『LIVE AT LIQUIDROOM Shinjuku 1998』 1998年11月2日、新宿リキッドルームで行われたライヴを収録した映像で、ステージ正面、左右、ドラムの後ろからと複数台のカメラで収録されている。また観客もよく映し出されており、ライヴ初っ端から熱狂する観客の様子が演奏をさらに盛り上げているのがわかる。鮎川がストラトキャスターを弾きスライドギターでソロをとる「キング・スネーク・ブルース」で始まり、鮎川の歌う「ねずみ小僧」と「おいら今まで」を途中に挟み、アンコールのフレッド・マクダウェルのカヴァー「Highway 61」まで全25曲を完全収録。鮎川は後半、ギターをヤマハSG-85(ボディ色がマホガニーでピックガードを外している)に持ち替えているのも見所聴きどころ。 この新宿リキッドルームの音源は17曲が2010年にSONRISE2000からリリースされたDVD『ムーンシャイン・ブギー』のボーナスCDとして発表されていた(曲順に変更あり)。 DVD-2『FUKUOKA TALK SHOW 1998』 1998年11月15日、福岡イムズでおこなわれたトークショーの模様を収録したDVD(ジャケット内側にはイムズホールと記載されているが実際はイムズ内のGAYAというスペースでおこなわれたようだ)。このトークショーの模様はFM福岡で11月19日に「イムズ・プレミアム・トーク」としてオンエアーされている。サンハウスのメンバー5人が聴衆を前にサンハウスの歴史や再結成について語るというもので、楽器やマイクを持たないメンバーがやや緊張した面持ち、手持ち無沙汰な感じで司会者の質問に答えるという内容。久しぶりの再結成のため仕方のない部分はあるが、やや“伝説の復活”に寄りすぎた感じでトークショーは進行していく。FMの収録だけあってメンバー各人にマイクがついているので音声は聞きやすい。後半には聴衆からの質問コーナーも設けられ、質問者とのやりとりを見ているとメンバーの様子もだいぶ緊張がほぐれたように思える。その中で柴山は1982年大晦日の新宿ロフトのライヴはサンハウス再結成ではないと語るところもある。 DVD-5『ROAD TO FIELD OF HEAVEN』 2010年7月30日、フジロック・フェスティヴァルのフィールド・オブ・ヘヴンに出演した時の模様全13曲を収録...

サンハウス『55周年記念ボックス』CD-1『YOUNG KILLER LAST DAY 1971』

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今回のボックスリリースの告知を見て、これは聴いてみたいな!と購入するきっかけにもなった音源。サンハウスが博多のダンスホール「ヤングキラー」箱バン(専属バンド)時代の演奏。ほぼブルースのカヴァーで17曲を収録。 マディ・ウォーターズ、ジョン・リー・フッカー、ボ・ディドリー、オーティス・ラッシュ、エルモア・ジェイムスなどの面々に混じり、キンクス好きなんだな「Waterloo Sunset」と「Sunny Afternoon」、フリートウッド・マック「Rollin Man」、「Albatross」、ジェフ・ベック・グループ「Spanish Boots」、それにボブ・ディランの「Positively 4th Street」 も。 驚いたのは「Summer Time」で、ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーのヴァージョンを元にしているが、サンハウス(というか鮎川と篠山)ってこんなギターアンサンブルで演奏するんだ?というほど2本のギターが絡む、素晴らしい、面白い。こういう曲もやるんだというのがゼップの「Tangerine」で、アコースティックでフォーキーな原曲をややヘヴィなムードにアレンジ。   ブルースメン、それにジミー・ペイジ、ジェフ・ベック、ピーター・グリーン、なによりブルースへの愛情が伝わる録音である。

田口トモロヲ監督映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ』(原作:地引雄一)公開!

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『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ』トレーラー 地引雄一著『ストリート・キングダム』が田口トモロヲ監督で映画化されるということを前からちょくちょくニュース見て気になってたんだけど、これほんとに出来るのね。映画のオフィシャルホームページを見ると著者の地引、エスケン、モモヨ、レック、チホ、サヨコ、ミチロウ、アケミの配役わかるね。 以下 「パピネット」のHP より。 『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ』 スタッフ 監督:田口トモロヲ 原作:地引雄一「ストリート・キングダム」 脚本:宮藤官九郎 音楽:大友良英 キャスト 峯田和伸 若葉竜也  吉岡里帆 仲野太賀 間宮祥太朗 中島セナ 大森南朋 中村獅童 監督:田口トモロヲ 脚本:宮藤官九郎 峯田和伸(銀杏BOYZ)×若葉竜也 W主演で贈る青春映画! 1978年、たった1年で世界を変えた者たち 彼らはこう呼ばれたーー「東京ロッカーズ」 【物語】 これは事実を基にした物語。1978年、偶然ラジオから流れたセックス・ピストルズに衝き動かされ、田舎から上京した青年カメラマンのユーイチは、小さなロックミニコミ雑誌「ロッキンドール」に出会い、とあるライブハウスへと足を運ぶ。そこで出会ったボーカルのモモ率いるバンド「TOKAGE」のライブに衝撃を受け、無我夢中でシャッターを押した。そこは音楽もバンドも観客たちも何にも縛られない生のエネルギーに溢れた異空間だった。正式にカメラマンとしてライブの撮影を依頼されたユーイチはモモたちと交流を重ねる。やがて彼らの音楽は瞬く間に若者たちを熱狂させ、そのムーブメントは“東京ロッカーズ”と呼ばれ、日本のロックを塗り替えていく。世界を変えたのは、才能だけじゃない。音に賭けた、名もなき若者たちの衝動だった。 『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ』Official Site 劇場公開日:2026年3月27日 製作年:2025年 時間:131分 製作国:日本

サンハウス55周年記念ボックス リリース!

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サンハウスの13枚組ボックスがAYU RECORDSより2025年12月25日リリースされた。 リリースのアナウンスを見て、花田裕之が参加した1982年大晦日の新宿ロフトでのライヴ映像2ステージ分(2ステージあったんだ!)、1983年日比谷野音(クレイジーダイアモンズ収録時)のライヴ映像!、これ2つだけでも購入即決した! 届いてひとまず開封したが、まだ未聴・未視聴。数日遅れたがクリスマスプレゼント、いや少し早い年賀か。 以下、SHEENA & THE ROKKETS Official Shopのインフォメーションより 【サンハウス55周年記念BOX】 内容 ・監修:鮎川誠、柴山俊之 ・CD7枚 / DVD6枚(全13ディスク) ・未公開写真を多数収めた 大判豪華ブックレット付属(88ページ) ・全紙ジャケット仕様+三方背スリーブケースの初回限定パッケージ ・全107曲中、完全未発表音源101曲(全初出) ・初DVD化映像6作品をまとめた豪華13枚組【完全限定生産】 サンハウス55周年記念ボックス2025年12月25日発売!トレーラー サンハウス55周年記念ボックスの 特設サイト あり。

浅川マキ『STRANGER'S TOUCH』

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1989年、東芝EMI・EASTWORLDよりリリースのアルバム。  前作『LIVE・夜のカーニバル』に引き続き、浅川マキ25枚目のこのアルバムにも下山淳、池畑潤二、奈良敏博、野島健太郎が参加、アルバム『アメリカの夜』(1986年)に収録されていたロックンロールナンバー「あいつが一番」と「CHROME STAR」をメドレーで演奏している。 『STRANGER'S TOUCH』について浅川マキ自身は、“このアルバムを聞き終えたとき、ちょうど1本のシネマを観たような印象を受けるのなら、私は嬉しい”と記している通り、原田芳雄が出演した短編映画『男からの声』の音声が挿入されたり、マキの語りあり、モダン・ジャズ、前衛的な演奏、ヘヴィなロック、ポップなアレンジ、と多様な感触の曲が収められ、各曲はトラック分けされているがクロスフェードやコラージュ的にミックスされて繋げられているものもありトータルな印象も感じさせる。 「あいつが一番〜CHROME STAR」は、曲の冒頭に短編映画『男からの声』に使用されていたTristan Honsingerのチェロ演奏や原田芳雄と浅川マキが地下のバーの階段を降りてゆく場面のサウンドが1分ほど挿入され(地下のライヴハウスへ降りてゆくイメージか)、歓声のあと「CHROME STAR」の池畑潤二のダイナマイト・リズムに下山の激しくフィードバックするギターからリフにのせ浅川マキは「あいつが一番」をさわりのみ歌って、すぐにT-REXのカヴァー「CHROME STAR」がメドレーで演奏される。原曲で歌われていた歌詞“Life is just a joke”を“明日の事など いつだって いつだって吹く風まかせね”と、うまく意訳した日本語詩が素晴らしい。ヘヴィーなアレンジで、下山淳の爆音ギターがここでも堪能できる。このアルバムにはレコーディング場所のデータ記載がないのだけれど、このテイクはライヴ録音のようだ(1988年12月の文芸坐のライヴか…?)。

浅川マキ『LIVE・夜のカーニバル』

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1989年、東芝EMI・EASTWORLDよりリリースのライヴ・アルバム。 池袋文芸坐(1988年12月24日) 新宿紀伊國屋ホール(1987年3月7日) 京大西部講堂(日付記載なし) の3会場でおこなわれたライヴからセレクトされている。 1988年12月の文芸坐はオールナイト公演で、 下山淳:Guitar 池畑潤二:Drums 奈良敏博:Bass 野島健太郎:Keyboards の四人が参加した。ルースターズやシナロケ好きにとってはたまらん人選だよね。1988年は、下山にとっては7月にルースターズが解散、泉谷しげる with LOSERのメンバーとして活発に活動、池畑にとっては5月にゼロスペクターから脱退という時期だった。 このライヴ・アルバムはブックレットに収録会場、収録会場の演奏ミュージシャンのクレジットはあるが、曲毎に会場のクレジットは無いので各曲がどこで収録されたのかがはっきりと分からない。浅川マキ自身によるライナーノーツにはこう書かれている。 ”文芸坐から、京大西部講堂、紀伊國屋ホール、そしてまた、文芸坐へと交錯する。  コラージュと云ったら僭越だけれども、そんな感じも取り入れた。  だが実際には欲ばらず、1980年代のライブからスライスした断面とでも云おうか、  大きく二つの場面だけを取り上げ、じっくりと聞いてもらおうと、  そんなアルバムになった” 1曲目に収録されている「KALEIDOSCOPE」は13分に及ぶ長尺のサイケデリック・ナンバーで、下山たちメンバーが浅川マキにより紹介されている。エキゾチックなフレーズを奏でる野島のキーボード、爆音で極彩色に彩られた下山のギターは自由に奔放に空間を飛び跳ね、奈良のベースはスリリングに絡まり、ダイナマイト・ドラムが炸裂する。浅川マキは“気儘に、思いつくことばを遠くへ翔ばした”とブックレットに記している。続く「あんな女ははじめてのブルース」は、歌詞にも登場する“ミシシッピ”デルタ・ブルース・スタイルで、アタックの強いドラムとジョニー・ウィンターばりに弾きまくるギターを聴かせる、やはりこの四人と思われる演奏。 3曲目の「暗い眼をした女優」からは浅川マキが山内テツを呼び入れていることから、 坂田明:A.Sax 向井滋春:Trombone 渋谷毅:Keyboards セシル・モ...

浅川マキ『浅川マキがいた頃 東京アンダーグラウンド -Bootlegg-』

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2010年にリリースされた浅川マキのDVD作品『浅川マキがいた頃 東京アンダーグラウンド -Bootlegg-』が2025年5月に再発された。以前から見たかったんだけど、廉価盤となったこともありようやく視聴。 浅川マキが生前より企画・監修・編集をしていたというドキュメンタリー。 黒髪、黒服、黒いサングラス…黒の上を途切れることなく流れる煙草の煙…形を変えて広がってゆく。男達が演奏する音の断片…泉谷しげる、山内テツ、山下洋輔、向井滋春、日野皓正、セシルモンロー、渋谷毅、植松孝夫、川端民生、下山淳…代わる代わる…スタイルを変えジャンルを飛び越えて。 浅川マキは唄から間奏になるとしゃがみ込み煙草に火をつける。長いインプロになりソロはサックスからトロンボーン、そしてピアノへ。浅川マキは演者へ拍手を送り、深々と吸い込み煙を燻らせる…音の感触を確かめるように、音の行方を見定めるように。 複数の会場で撮影されたライヴ/リハーサルの映像は、ほとんど手持ちのビデオカメラで撮影、付属のマイクで音声収録していると思われ、ノイジーな映像と音は副題のとおり公式ブートレグといった趣だ。浅川マキも当然登場するが、むしろ主となる登場人物は共演者の男達だろう。細切れの演奏者たちの映像をコラージュのように繋ぎ合わせ、アンダーグラウンドに身を潜める浅川マキの姿と音へのこだわりを浮かび上がらせていく。 下山淳、池畑潤二、奈良敏博、野島健太郎のルースターズ+シナロケ組によるサイケデリック爆音ライヴ映像は約7分。ダイナマイト・キックス池畑とストラトやファイヤーバードを爆音で掻き鳴らす下山。手持ちカメラを下山の前で撮影しているため異常にギターの音がウルサイ。「Kaleidoscope」、「Zero Hour」2曲の断片で映像も荒く処理されているが個人的にはこれを見るためだけでも価値あり。ベースはダンディな奈良、キーボードにニューウェイヴな佇まいの野島健太郎。 下山は文芸坐ル・ピリエのリハーサル映像にもアコギをスライドで弾く姿が映っている。 モノクロの映像は8mmカメラだろうか。浅川マキが監督した、原田芳雄がプロデューサー役、浅川マキが歌うことに懐疑的な気持ちを持つ歌手役で登場する短編映画『男からの声』を含む。

私の放浪音楽史 Vol.110 小山卓治『微熱夜』

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1985年10月21日、CBSソニーからリリースの12インチ・シングル。 アルバム『PASSING』から4ヶ月後にリリースされた小山卓治初の12インチ・シングル。A面にはダンサブルなタイトルトラック「微熱夜」を収録。イメージは“真夜中の喧騒”ということで、特定1日の情景というより、多数の人々が行き交う都市の日常の喧騒を描いたものだろう。パーカッション(演奏はペッカー)を多用したアレンジでざわざわした群衆が無秩序にうねる感じと、微熱気味の夜からヒートアップした夜へ移りゆく様をよく表している。”今夜最初のいけにえが出た サイレンが勝ち誇ったように 人の群れをふたつに裂いた”という俯瞰したような視点の歌詞と、今夜はがっかりだったけど、明日また会おう、という内容のリフレインがいい。ファーストアルバムで“ちっぽけなカーニバルに乾杯”と歌った、名もなき路上の劇場で繰り広げられる高揚感をダイナミックにさらにパワフルに表現した。 B面の1曲目は「Show Time」。“俺のショーの始まり”とショータイムを告げる主人公の男は、“俺は夜のテロリスト Yes, it's a show time このままじゃくたばらないぜ”となかなか物騒に自身の“モノクロの夢”を売り込む。が、曲調はしっとりとアーバンなテイスト。矢口博康の吹くサックスがいい。 B面2曲目は「Passing Bell」の1985年9月7日、渋谷LIVE INNでのライヴ・ヴァージョンを収録。当時徐々に盛り上がっていた小山卓治の人気を伝えるサンプルとしても重要。 バックバンドにはDADと名前がつけられ、この12インチ盤からバンド名がクレジットされている。 ジャケットは「東京湾の埋め立て地で横殴りの雨と風の中で撮影した」( オフィシャルHP RED & BLACK の小山のコメント)という状況で井出情児が撮影した写真だが、ややぼんやりしたデザインになっているのが残念だ。左端に写る車はシトロエン2CVか。 PVも作られた。 小山卓治「微熱夜」PV 小山卓治「Show Time」PV 参考文献:ミニコミ『OYAMA TIMES VOL.6』(1985年りぼん)

私の放浪音楽史 Vol.109 小山卓治『PASSING』

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1985年6月21日、CBSソニーからリリース。 前作から約1年ぶりに発表された小山卓治のサード・アルバム。デビュー以来レコーディング、ライヴを共に活動したTHE CONXと別れ、自身のバンドとするべくメンバーを集めレコーディングした。 ドラムは引き続きTHE CONXのカースケこと河村智康。ギタリストにはSASの松田弘のソロ作や大沢誉志幸等のレコーディングに参加していた原田末秋。キーボードは小柴大造&エレファントや葛城ユキのバックで演奏していた三国直文。サックスは藤井正弘でパンタのスウィート路線時にバックで演奏していた。このアルバムでは1曲のみクレジットされている(他のサックスはリアルフィッシュの矢口博康)。ベースは山下好男で、サックスの藤井と同時期にパンタのバックを務めていたバンドT-BIRDのメンバーだった。 ミディアムなロックナンバー「気をつけたほうがいいぜ」に始まり、ジャングリーでリリカルなアレンジの「Night After Night」、映像を喚起させるリズミックな「裏窓」、アナログではA面のラストで8分に及ぶ感動的な力作「Passing Bell-帰郷」、原田末秋作曲の「Time」、ヘヴィでジャジーな雰囲気の「Lucky Guy」、アコースティックでハードな感触がある「Dogs」、原田のギターが活躍する「Escape」、穏やかな曲調の「もうすぐ」の9曲を収録。プロデュースは小山卓治と原田末秋。 なんといっても、友人の死をきっかけに昔仲間が集い、思い出を語る情景を歌った「Passing Bell-帰郷」が圧巻。この曲で歌われる“若さなんて棒に振るもの 俺達の口癖だった”というフレーズには影響されたな…そのまま人生を棒に振ったけどね…。 「Lucky Guy」はチキンレースと思われる男子が陥りがちな度胸試しの顛末を描いた、少しジェームス・ディーンの『理由なき反抗』を思い出す内容で印象に残る曲。 「もうすぐ」は男女の歌というより、少年と少し歳が離れた“君”が孤児院のような施設を抜け出し二人で生きて行くことを選んだ、という歌かなと思う。霞んだ空気に光が差し込むような穏やかなアレンジが好き。 小山の書く歌詞は都市に生きる人々の情景や感情を鋭く描き出す。コラムを読んでいるようでもあり、ハードボイルド小説や映画の登場人物のようなセリフもある。それにムーヴィーカメラの...

THE STALIN『LAST LIVE 絶賛解散中!!』

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2025年3月12日、いぬん堂よりリリースのDVD。 ザ・スターリンの解散ライヴから40年、石井聰亙が監督した本編60分の他に、徳間に保存されていた4カメラ分の映像素材から新たに編集した約36分のボーナス映像を追加収録したDVD。初回限定特典で「ワルシャワの幻想」のアナザーミックスCDが付属した。しかし…税込5,000円とやや高めの価格。 2002年リリースの解散ライヴDVDは持ってるし、2012年の解散ライヴ完全版CD『I was THE STALIN 絶賛解散中〜完全版』もあるので購入するのを躊躇っていたのだが、ちょっとディスクユニオン近くに行く用事があって、用事の後にディスクユニオンに行ってDVDの現物を見たらそのまま購入してしまった。うーむ。 本編は暗闇と部分的なライティングを効果的に使用したステージ演出の「虫」で始まる。サイケデリックでダークなサウンド。「おまえの犬になる」ではザ・スターリンを葬り去る日に菊の花を抱え、喰いちぎるミチロウ。大量の紙屑が撒き散らされ舞いあがる美しさ、激しいナンバーで客の後方からステージを捉えた圧倒的な熱量の映像は石井聰亙ならではのものだ。 で、ボーナス映像は、 1. 廃魚  2. 猟奇ハンター  3. 渚の天婦羅ロック 4. 下水道のペテン師 5. STOP GIRL 6. 仰げば尊し 7. 解剖室 8. Fish Inn 9. エンディング:カノン を収録している。以前ビデオ『YOUR ORDER!』に1.と5.の未完奏の映像が収録されていたが、今回は完奏ヴァージョンで収録。その『YOUR ORDER!』にやはり未完奏で収録されていた「爆裂ヘッド」は今回は未収録で、DVDの解説(ジャケ裏だけど)によると今回確認した映像素材にも完奏ヴァージョンがなかったためと記載がある。6.も以前のDVDではコラージュ的な映像だったのを今回はライヴ映像のみで収録。エンディングの「カノン」は終演後に会場で流されたもので、ライヴ終了後の客の表情を追った映像。 石井聰亙監督のプロモヴィデオ3曲はこれまでもDVD化されていたものの、オープニングとエンディングの映像付きで今回初の完全収録というが、その違いはまぁマニア向けのものと言っていいと思う。 10. ロマンチスト 11.アレルギー  12.STOP JAP 初回特典付属CDはライヴ当日にP...

MY PLAYLIST 15 『THE VERY BEST OF ARB 1979-1989』

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ARBの私的ベスト盤を作ってみようと思ったが、1997年からの再結成後のディスクは一部しか持ってないのでアルバムでいうとファーストから最初に活動を停止する1989年までのスタジオ・アルバムと一部シングル盤からCD-R1枚分で選曲した。パンキッシュなベストを作りたいなと思って物語的な曲(例えば「ファクトリー」、「Murder Game」とか)は外した(「トラブルド・キッズ」は入れた)が、選んでいるうちにパンク色だけではなくなったけどスピード感のあるベスト盤にしたつもりだ。 以下、私の選んだベスト・オブ・ARB 1979-1989。  1. Deep Inside  2. ラ・ラの女  3. Believe In R&R  4. Tokyo Cityは風だらけ  5. One Way Trip  6. ピエロ  7. Private Girl  8. ウィスキー&ウォッカ  9. イカレちまったぜ!! 10. 発破 11. 乾いた花 12. ワイルド・ローティーン・ガール 13. トラブルド・キッズ 14. The Worker 15. そして明日から 16. 魂こがして 17. OK! OK! 18. Happiness 19. After '45 20. Owe My Own 21. Classical Harmony Track1.  14. 19. アルバム『砂丘1945年』(1985年) Track2. 11. 17. アルバム『BAD NEWS』(1980年) Track3. 10. アルバム 『BOYS & GIRLS』(1981年) Track4. 16 シングル「 Tokyo Cityは風だらけ c/w 魂こがして 」 (1979年) Track5. アルバム『YELLOW BLOOD』(1984年) Track6. 13. アルバム『トラブル中毒』 (1983年) Track7.  アルバム『ONE and ONLY DREAMs』 (1986年) Track8. アルバム『W』 (1982年) Track9. アルバム『指を鳴らせ!』(1981年) Track12. アルバム『ARB』(1979年) Track15. ...