Japanese Punk and New Wave関連書籍 Vol.7 陣野俊史著『じゃがたら』

日本のパンクとニューウェイヴの関連書籍をいくつか紹介。

2000年8月、河出書房新社より刊行された、じゃがたらの軌跡をメンバーや関係者に丹念に取材し検証した労作。

中古で購入したのだが、この本の扉に、
“ 心あるロックシンガーよ、そうむやみやたらにこぶしをあげるのをやめてくれないか ” 
と手書きの文字が。それも鉛筆じゃなくてしっかり黒々と書き込んであった。げげ、こんな落書き、店で見た時は気づかなかったぞ。返品したいが買った店は車で往復1時間半くらいかかる。しかたないか…と、あきらめ読み進めた。それにしても随分と詩的な感想を落書きする人がいるものだ…。

第一章は“「じゃがたら」と呼ばれた人々がいた”と題し、1979年3月のファーストギグ、1980年〜1981年にかけてライヴでのアケミの過激・変態パフォーマンスの数々、1982年、それまでのイメージを払拭すべく音楽性重視の活動へと移行、11月、関西ツアーの最中に江戸アケミ突然の精神失調…入院、1984年3月退院し実家の四国に帰って療養。1985年9月に日比谷野音のライヴ「アースビート伝説85」でアケミ復帰、1989年にはメジャーのBMGと契約、そして江戸アケミの1990年1月27日の事故死、同年4月のアケミ追悼コンサート、1992年の二人のじゃがたらメンバーの死(ベーシスト渡辺正巳とサックス篠田昌己)までを描く。ここまで約190ページほど。

第二章は“インタビューズ”と題して、こだま和文、山本政志、町田康、近田春夫、大熊亘、それぞれのインタビューを掲載。アケミとこだまの個人的で親密なつながり、アケミと山本のライバルのようなつながり、アケミと町田の兄貴と舎弟のようなつながり、近田のじゃがたらの音と歌に対する批評、“力ずく”ではない音楽へ心を寄せていった篠田昌巳やアケミを語る大熊、といずれもじゃがたらについて掘り下げたインタビューとなっている。

第三章は“「ゆるさ」について じゃがたら・日本語・かっこ悪さ”と題して、江戸アケミの言葉、ジョーク、歌詞を、アケミの妻から手渡された江戸アケミが読んでいた3冊の本、『完訳アンデルセン童話集4』、『ブラック・アフリカの歴史』、『ルイ・アラゴン詩集』、その中から特に『ルイ・アラゴン詩集』からアケミの歌詞を読み解く。さらに宮沢賢治と「都市生活者の夜」(アルバム『ニセ予言者ども』収録)の繋がりを探る。

第三章を読み進めていくと、本書扉の落書きだと思っていた “ 心あるロックシンガーよ、そうむやみやたらにこぶしをあげるのをやめてくれないか ” という言葉が出てくる。これはアケミが所有していた『ルイ・アラゴン詩集』の最終ページに江戸アケミによって書き込まれていた言葉だった。著者の陣野はこの言葉を本書が完成したら本の扉に使用することを決めていたという。つまり私が落書きだと思っていた書き込みは、(おそらくアケミの手描き文字をそのまま)印刷したものだったのだ。そうか、そういうことだったのか…。おいおい買った店が近かったら返品するところだったよ…(店員にこれは落書きじゃありませんよ、と言われたかも)。まぁ、バンドのヒストリー本というのはかくあるべきという取材姿勢と内容で、読後にはルースターズの本もこんなスタイルで出来ないかなぁと夢想したものだ…。とにかく、じゃがたらというバンドに入れ込むきっかけになった本である。

じゃがたらといえば、もう一冊この本、松原研二撮影『じゃがたら写真集 1980-1989』。2000年2月、オークラ出版刊。松原は上記の陣野著『じゃがたら』にも証言者として登場している。流血パフォーマンスのステージから後期の衣装をビシッと決めたステージ、オフショット、乱痴気騒ぎ、熱狂する観客、アケミ追悼コンサートまで全てモノクロの写真で捉えた。観客のコメント掲載。
『じゃがたら写真集 1980-1989』にはファーストシングル「LAST TANGO IN JUKU c/w HEY SAY!」の8cmCD付き。

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