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DAVID LYNCH パンフレット Vol.5『ワイルド・アット・ハート』

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これもチラシなかった。 テレビドラマ作品を経て久しぶりの長編映画、1991年公開作品。 バリー・ギフォードの原作本あった。 『ワイルド・アット・ハート』原作本(文春文庫刊・柴田京子訳) 『ワイルド・アット・ハート』パンフレット。

ニーナ・アントニア著・新井崇嗣訳『ジョニー・サンダース イン・コールド・ブラッド・完全版』

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2022年7月15日、シンコーミュージックより刊行。 ニーナ・アントニアにより書かれたジョニー・サンダースの伝記本『ジョニー・サンダース イン・コールド・ブラッド』。日本では1988年に鳥井賀句による邦訳で日本語版が刊行されて以来、絶版となり長らく入手困難だったが、ジョニー・サンダース生誕70年という記念の年に、それもジョニーの誕生日(1952年7月15日)に新しく新井崇嗣の訳により完全版として復活した。奥付には翻訳協力としてHiroshi The Golden Arm Nakagomeのクレジットがある。 『ジョニー・サンダース イン・コールド・ブラッド』のオリジナルは1987年に英ジャングル・ブックスより刊行、日本版は1988年シンコーミュージックより鳥井賀句訳で刊行されているが、この時はまだジョニー・サンダース存命中の出版であり、パティ・パラディンとのアルバム『コピー・キャッツ』(1988年)制作前という時期だった。 その後、2000年に英チェリーレッドから改訂英語版が、2015年には伊パイプラインからイタリア語版が刊行された(こちらも改訂されている様だ)。今回の日本語訳完全版は、 おそらく2019年にJungle Recordsからリリースされた電子書籍版(英語)『 Johnny Thunders - In Cold Blood ebook 』をもとにしていると思われる。 今回の邦訳では、パティ・パラディンとのアルバム『コピー・キャッツ』制作から、訪れていたニューオーリンズでのジョニーの最期(1991年4月23日)とその後、さらにジョニーの盟友ジェリー・ノーランの死(1992年1月14日)を記した新たな章が加えられた。それまでの章にもインタビューを含む取材や考察により大幅に加筆されており、1988年日本語版とはほぼ別物と言っていいと思う。またカラー写真を含む多くの図版が掲載されている。 邦訳初版巻末にあったディスコグラフィは無くなり、今回の日本語版にはニーナ・アントニアがジョニー・サンダース関連の音源リリース時に執筆(インタビュー含む)した下記のライナーノーツが掲載されている。 ・ニューヨーク・ドールズ『MANHATTAN MAYHEM:A History of New York Dolls』(2003年) ・ジョニー・サンダース&ザ・ハートブレイカーズ『L...

スティーヴ・ジョーンズ著・川田倫代訳『ロンリー・ボーイ ア・セックス・ピストル・ストーリー』

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2022年2月、イースト・プレスより出版。 セックス・ピストルズのギタリスト、スティーヴ・ジョーンズの自伝の邦訳が出版された(本書の最後に執筆協力者としてベン・トンプソンの名前が書かれている)。原書は『LONELY BOY・TALES FROM A SEX PISTOL』で、2016年に出ていたようだ。 ピストルズ関係では、これまでジョン・ライドン自伝『STILL A PUNK』(ロッキング・オン社・1994年)、シンコー・ミュージックや宝島社から出てたピストルズ関連本、写真集、ディスクガイドなど読んだり見たりしていたので、スティーヴ・ジョーンズの自伝か…どうするかなーと思っていたら、たまたま立ち寄った本屋にあったのでつい買ってしまった。 複雑な家庭環境で育ち、読み書きがほとんど出来ない事から学校で授業についていけず、貧困、小児性愛被害といったトラウマを抱え、それらを無かった事にするため、それから逃避するために、幼くして窃盗、飲酒、薬物に手を染めた。そこからひたすら盗・薬・女を延々と続ける事になる。盗んだのは自転車、バイク、ギター、服、靴…どれも一流のものを。キース・リチャーズやモット・ザ・フープルのアリエル・ベンダー、デイヴィッド・ボウイとスパイダース・フロム・マーズ、ブライアン・フェリーからも盗んだ。それに盗難車に無免許運転。非道で放蕩な私生活が赤裸々に綴られている。 子供の頃からコンプレックスとなっていた読み書き(本人によれば “今、学校に通っている子どもであれば、すぐに難読症やADHD[注意欠如・多動症]と診断されていただろう”)は、30代になって週に2度、1時間ほどの個人レッスンを約半年間続けて習得したそうだ。 もちろん本書には、セックス・ピストルズやその後のプロフェッショナルズ、ソロ活動などのミュージシャンとしての活動の記述もあるが、ほぼ最初から最後まで盗・薬・女の話題は通底している。それらの依存・中毒から抜け出すために12ステップ・プログラムに参加し、本書後半には悪癖との苦闘が描かれている。スティーヴ・ジョーンズも デイヴィッド・リンチの超越瞑想 が好きで、気持ちがとても落ち着くと記している。そして歳を重ねるにつれて他者に思いやりを持つようになっているという。 さて、本書にはピストルズ以前のバンドについてメンバーやバンド名の記載があるのでまとめてみると...

ヴィヴィエン・ゴールドマン著・野中モモ訳『女パンクの逆襲ーフェミニスト音楽史』

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2021年12月23日 ele-king booksより出版。 著者のヴィヴィエン・ゴールドマンは英サウンズ紙等の音楽ライター、ジェネレーションXやスナッチのマネジメント、独立テレビ放送局プロデューサー&ディレクター、パンク・プロフェッサーの異名を持つ大学非常勤講師、自身もシングル「 Launderette c/w Private Armies 」を1981年にリリース、といった経歴を持つ。 原題は『Revenge of the She-Punks:A Feminist Music History from Poly Styrene to Pussy Riot』で、『女パンクの逆襲:フェミニスト音楽史 ポリー・スタイリンからプッシー・ライオットまで 』となる。つまり1977年にデビューシングル「Oh Bondage Up Yours!」をリリースしたUKパンク・バンド、Xレイ−スペックスのヴォーカリスト、ポリー・スタイリンから、2012年モスクワの大聖堂で反プーチンを叫ぶゲリラ・パフォーマンスを敢行しメンバーが逮捕・収監されたロシアのプッシー・ライオットまで、女性の権利、言論と行動の自由を掲げ音楽活動を実践した女性達のパンク音楽史である。原書は2019年に出版されている。 “ 女性たちはいろいろな形で、制度的な欠如、家庭内での権利の剥奪、公的および職業的領域での軽視あるいは透明化の代価を支払ってきた ” “ すべての女性にはいつであろうと着たい服を着て外を歩く権利があって然るべきだ。このことを繰り返し確認しなければいけないたったひとつの理由は、これが21世紀初頭の今あたりまえの現実になっていない ” “ 逆襲とは同輩の男性たちと同じ機会を獲得することを意味する。自分の音楽を作ること、自分の望むような見た目をして音を出すこと、そのプロセスを継続できるだけの人々を集めること ” 1970年代半ば過ぎにパンクが出現するまでは女性が音楽活動を通して不平等に対して異議申し立てをするということは手軽というにはほど遠かった。もちろん女性のアーティスト、パフォーマー、シンガーは存在した。前衛としてのオノ・ヨーコ、ジョーン・バエズやジョニ・ミッチェル等のフォーク・シンガー達、それに先駆としてのザ・ランナウェイズ。 若きアウトサイダー達がバンドを組んでアタマの固い大人達や社会、専制や権...

レッグス・マクニール&ジリアン・マッケイン著・島田陽子訳『プリーズ・キル・ミー アメリカン・パンク・ヒストリー無修正証言集』

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2020年6月3日 ele-king booksより出版。 副題にあるようにオーラル・ヒストリー(口承記録)、当事者たちによって語られるUSパンク・ロックの歴史。 原書は1996年に出版され、2007年にはGarageland Jam Booksより邦訳が出版されている。私も何度か中古ショップで見かけて手に取ってはいたのだが、証言集かーと思って未読となったいた。なかなか厚い本だしね。けれどここのところジョニー・サンダースやNYパンク関連に興味が再熱、2020年に邦訳再刊となった「プリーズ・キル・ミー」も読んでみたくなり購入。2007年の邦訳ではピンク一色の装丁だったが、今回はウォーホル一派の写真(ヴェルヴェッツ、ニコ、 アンディ・ウォーホル、ダニー・ウィリアムス、ジェラルド・マランガ、スティーブン・ショア、ポール・モリセイ)が表紙に使われている。 1965年ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを結成するルー・リードとジョン・ケイル、スターリング・モリソンの証言から始まり、大別すると、 ヴェルヴェッツと宿命の女ニコ、アンディ・ウォーホルのファクトリー関係者、 ザ・ドアーズに続けとばかりに浮上してきた淫力魔人イギー・ポップのストゥージズと武闘派MC5のデトロイト勢、 派手な化粧と女物の衣装を着た突然変異のようなルックスでプリミティヴなロックンロールが支持されたニューヨーク・ドールズ、 パティ・スミス、テレヴィジョン、ラモーンズを生み出した極最初期のニューヨーク・パンク、 それらのメンバー、バンド関係者、メディア、グルーピーたちにより語られる、赤裸々で、生々しく、無修正の証言…。 繰り返し刺激を求める日々、貴重なはずの自由を退屈と名付け刹那的に費やし、ロックンロールを求める…。セックス、とにかく常にドラッグ、ロックンロール、さらにヴァイオレンス…若き彼・彼女らの無軌道なロックンロール・ライフ。 後半では、なんでもありの無法な日々が破綻していく様が証言により浮き彫りにされていく。 MC5、ストゥージズ、ニューヨーク・ドールズが解散。ウェイン・カウンティとディクテイターズのハンサム・ディック・マニトバの騒動、デッド・ボーイズのメンバーとローディ絡みの事件、パティ・スミスがステージから転落負傷し、セックス・ピストルズの訪米と解散、ナンシー・スパンゲンとシド・ヴィシャスが死亡した。...

デイヴィッド・リンチ&クリスティン・マッケナ著・山形浩生訳『夢みる部屋』

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2020年10月24日 フィルム・アート社より出版。 デイヴィッド・リンチの伝記/自伝の邦訳が刊行された。ハードカバー、総ページ数704、価格4,500円(税抜)、重い…。原書は2018年にランダム・ハウス社から出ていたようだ。私は邦訳発売後、1ヶ月くらいしてから購入したものの、本の厚さと重さに恐れをなしてか、なかなか手に取らず、やっと読み始めても読み進むスピードが遅かったが、『ブルーベルベット』あたりのエピソードからは一気に読み進み、先日やっと読了。 16の章からなり、リンチ出生から、幼少時代、アートへの目覚め、絵画制作、学生時代、映画制作開始、『イレイザーヘッド』制作、その反響から『エレファントマン』制作と成功、『デューン』制作と失敗、その反省から『ブルーベルベット』制作、テレビドラマ『ツイン・ピークス』の大きな成功、その後、数々の映画制作とテレビドラマ制作、 舞台、絵画、写真、音楽、ウェブ・サイトでの作品発表等、リンチの生まれた1946年1月20日から2017年『ツイン・ピークス・ザ・リターン』放映までの71年を振り返る。 評論家・ジャーナリストのクリスティン・マッケナが関係者にインタビュー・取材をおこないリンチの足跡を記し、その後にデイヴィッド・リンチが同時期の出来事を回想する。つまり各章では、同じ時期を取材者とリンチ本人が辿ることになり読者は同時期を2度読むことになる。 もちろん視点が違うので、同じ出来事を扱ってもその感じ方や捉え方が違うから、面白いと言えば面白いのだが読者としてはややまどろこしい。 訳者の後書きに書いてある通り、その手法はリンチらしいとも言えるのだが、それで本が厚くなっているのでは…。まず客観的な視点で書かれた出来事を読み、その情報に基づいて読者が頭に描くであろう映像に、リンチが主観的に語るその手法はDVDやブルーレイで言えばコメンタリー的と言えるかも。 実現しなかった映画…『ロニー・ロケット』、『ワン・サライヴァ・バブル』、『ザ・ドリーム・オブ・ザ・ボヴァイン』をはじめ、現れては製作できず消えてゆく計画の数々、『ブルーベルベット』後にマーク・フロストと映画化をすすめていた、マリリン・モンローの死にケネディが関与していたという、モンロー最後の数ヶ月を追った『女神』、『ローラ・パーマー最後の7日間』の後に映画化を構想していたという伝説のブル...

モリッシー著・上村彰子訳 『モリッシー自伝』

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2020年7月17日 イースト・プレスより出版。 モリッシーの自伝がついに邦訳刊行。原書はPenguin Classicsから2013年10月に出されていた。 ジョニー・マーの自伝(邦訳は2017年)を読んだ時、モリッシーの自伝は無いのかな?と調べたことがあったが、その時はモリッシーの自伝の邦訳は認められなかった、みたいなことをどこかで読んだ。なので邦訳が出版されることを知った時は、モリッシーの言葉でザ・スミス結成〜解散の真実を知ることができるんだろなーと、非常に期待は高まったのだが…。 もちろんそんな簡単な単純なお気楽な事柄ではなかった…。 邦訳はハードカヴァー、448ページ、章立ては無し、重い…。 自伝はモリッシーの幼年期から始まるが、関わり合う人間への、学校への、先生への、友人への、地域への、家族への延々と続く恨み節。小学校生活は “ 人を不幸にさせる力を持っており、その力だけがこの小学校が発するメッセージだった ” と記されている。公立小学校を11歳で卒業すると、当時のイギリスでおこなわれていた11歳にして学力により進む道を選別する「イレブン・プラス」という試験を受ける。このモリッシー自伝では、 成績上位25%が大学進学を前提とした中等教育機関「グラマースクール」へ進学、 その下の成績の子供は技術学校の「テクニカルスクール」へ、 さらに下位の成績の子供は「セカンダリーモダンスクール」という手に職をつけることを目指す学校に入る、と説明がある。 イギリスのミュージシャンの生い立ちを読んでいるとよく目にするこの「イレブン・プラス」試験。ジョニー・マーの自伝にも「イレブン・プラス」についての記述がある。マーはイレブン・プラスに合格、グラマースクールへ進学しており、ザ・スミスのベーシスト、アンディ・ルークもマーと同じ学校だった。マーは入学時のことを “ 中流者階級や上流者階級の子と一緒になるのは生まれて初めてだ ”と記している。 モリッシーはこの「イレブン・プラス」試験に通らなかった。 “ 将来は不安定。未来は運命づけられ (中略)より暗い場所に行かなくてはならなくなった” と絶望し、中等教育卒業に際しては “ セント・メリーズ(モリッシーの通った中等校)での日々は、私に永遠にダメージを与えた” と記している。 モリッシーの音楽の興味はT-REXからデヴィッド・ボウイ...

デボラ・ハリー著・浅倉卓弥訳『フェィス・イット:デボラ・ハリー自伝』

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2020年7月29日 ele-king booksより出版。 ブロンディのヴォーカリスト、デビー・ハリーの自伝の邦訳が刊行された。原書はDey Street Booksから2019年10月に出されていたようだ。 邦訳出版元はele-king books、訳者は浅倉卓弥と少し前に読んだ2冊のトレイシー・ソーン自伝と同様。ちなみにトレイシー・ソーンは自伝の中で、“ 自分が真にパンクの子供であった ” と書いていたが、1945年生まれのデビー・ハリーは、この自伝の5章めのタイトルを、“ 生まれつきパンク(Born To Be Punk) ” としている。 デビーは1945年7月1日フロリダに生まれてすぐニュージャージーへ転居、短大卒業後にニューヨークへ渡り、1960年代の中頃にチャーリー・ナッシングのバンド、ファースト・ナショナル・ユニフレニック・チャーチ・アンド・ザ・バンク(The First Uniphrenic Church and Bank Band)に参加し音楽活動を開始したが、アルバムをリリースする前にデビーは脱退している。 その後ポール・クラインに誘われザ・ウィンド・イン・ザ・ウィロウズにコーラスで参加、1968年に同名アルバムをリリースするがデビーはグループを脱退している。 この後レストラン/ナイトクラブのマックス・カンザス・シティでウェイトレスとして働いたり、プレイボーイ・クラブに勤めるが、ニューヨークに来て5年になる頃、一度ニュージャージーに戻り美容室の仕事についている。しかしニューヨークへは、ニューヨーク・ドールズなどのライヴに通っていて、そのドールズをマックスへ観に行った時に、エルダ・ジェンタイルと知り合い、ロージエンヌ・ロスと女性3人のトリオを組もうということになった。女性3人のリードシンガーに男性陣のバックバンド、スティレットーズ(The Stilettoes)を結成した。 練習を重ねるうちデビーはニューヨークに引っ越した。やがてロージエンヌが辞め、代わりにアマンダ・ジョーンズが加入。バックバンドのメンバーは流動的だったようだ。曲はカヴァーと数曲のオリジナルを演奏していた。スティレットーズのライヴ後デビーは楽屋でクリス・シュタイン(以前はクリス・スタインと表記されていた)と出会い、数日後にクリスはバックバンドのメンバーとなった。これが後々まで続...

トレイシー・ソーン著・浅倉卓弥訳『アナザー・プラネット:郊外の十代』

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2020年6月3日 ele-king booksより出版。 『安アパートのディスコクイーン』に続くトレイシー・ソーン・二作目の著書。 帯には“ トレイシー・ソーンの自伝第二弾! ”と書かれている。が、こういうのを自伝というのかな?郊外に家族と暮らすということが十代のトレイシーにあたえた影響、ということに焦点をあて、 ルーツ探訪、またはファミリーヒストリー(by NHK)的なエッセイ、コラムをまとめたものになっている。音楽的な面の記述はそれほど多くない。 トレイシーによれば、これはイギリスの郊外に育ったトレイシー自身の成長を語る「グリーンベルト」という長いエッセイとして始まり、並行して書き起こしていたレビューや小さな記事やコラムを飲み込み、再構成、削除、書き直しをしてこの姿になった 、と本書の著者覚え書きに記している。 帯にはさらに “「これから恋人はオレンジ・ジュースだけ」” というトレイシーの日記から引用したキャッチコピーとか、“ この本に登場するアーティスト、バンド、作家、映画など ”として、デイヴィッド・ボウイ、バンシーズ、ピストルズ、ジョイ・ディヴィジョン、ニュー・オーダー、キュアー等々が紹介されているが、多くはジャムやコステロやドゥルッティ・コラムやエコー&ザ・バニーメンのレコードを買ったとか、バンシーズやキュアーをテレビで見たとか、マキシマム・ジョイのギグに行ったとかという十代当時の日記の短い記述であったり、ボウイやJ.G.バラードにしても彼らと郊外という土地についての考察、ジョイ・ディヴィジョンはブルックマンズパークにある電波中継塔に絡めてとりあげ、クリッシー・ハインド、スリッツ、スリーター・キニー、ビキニ・キルの行動や言動からフェミニズムを論じる、といった具合だ。 エヴリシング・バット・ザ・ガールは名前もでてこなかったよ(歌詞は登場する)。 短いエピソードを重ね、組み合わせてひとつの流れをつくり上げたように思える今回の著作は、ブルックマンズパークという地域の極めて英国的な内容を描いた部分があるものの、前作同様シニカルでユーモアもあり興味深く読むことができる。 まるでガイドブック的に書かれているブルックマンズパークの地名、建物、店名を読めば、グーグルのストリートビューで見てみたくなるし、実際見た。ブルックマンズパークの人口は約3,500、緑に囲まれた村...

トレイシー・ソーン著・浅倉卓弥訳『安アパートのディスコクイーン:トレイシー・ソーン自伝』

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2019年6月12日 ele-king booksより出版。 トレイシー・ソーンの自伝が刊行された。 スターン・ボップス(Stern Bops)というバンドの紅一点リズムギタリストから始まり、マリン・ガールズ、ソロ・アーティスト、エヴリシング・バット・ザ・ガールと進んだミュージシャンとしての経歴はもちろん、プライベートな事柄も出生から家庭環境、ベン・ワットとのエピソード、子供達の事なども詳しく書かれている。それも終始シニカルでビターな筆致で、捻れたユーモアがたっぷり。少しだけかいつまんで紹介すると、 トレイシーが “自分が真にパンクの子供であった” とこの自伝に書いている通り1977年6月にトレイシーはパンクに目覚めた。いわく “危険分子を気取っては周囲を威嚇してばかりいるようなものに心底惹かれた” その時を境に、いい子ちゃんだったトレイシーは、髪の毛をスパイクカットにし、両親は我が子の部屋から聴こえてくる音楽に恐怖した。 ジャムにストラングラーズ、アドヴァーツ、ブームタウン・ラッツ、ミンク・デヴィル、そしてピストルズ、クラッシュ…。通販でクラッシュやエックス・レイ・スペックスなどの7inchシングルを手に入れた。 トレイシーはこの時の両親との軋轢をこう書いている。 “ 今から三十年余り前というこの時代、十代の若者達とその両親達との間における世代間ギャップというものは現在のそれよりよほど大きかったのだ。この隔たりは、多分この時期を頂点にしてじわじわと縮まっているはずだ。だから、今日では子供と親が一緒のレコードを好きでいたり、あるいは親子が連れ立ってグラストンベリーのロックフェスへ嬉々として足を運んだりすることは、最早ありふれた光景とさえなっている ” 今の時代、たかがパンク(ロック)を聴いたり観たりしているだけで親子の溝が深まり断絶が起こる、などということはヨーロッパやアメリカ、それに日本でも無いと思う。 パンク以後、ロックンロールやソウル、ジャズに限らず、ワールドミュージック、非音楽的なノイズ、アヴァンギャルドを含め様々な表現方法を積極的に取り入れ、異種交配しポップに昇華させる、という試みを繰り返し、作り上げ、それを聴いていた若者達が成長し親になれば、その子供が何を聴こうがほとんど許容できる範囲となるし、もはやパンクという音楽を聴いたり演奏することなどなんの反抗の...

ジョニー・マー著・丸山京子訳『ジョニー・マー自伝 ザ・スミスとギターと僕の音楽』

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2017年9月出版、原題:“SET THE BOY FREE”。 ジョニー・マーの自伝が出版された。原書は2016年11月に出版されていたようだが邦訳版はシンコーミュージックからで、日本語訳はザ・スミスのヒストリー本『モリッシー&マー・茨の同盟』も訳していた丸山京子によるもの。 ジョニー・マーは1963年10月31日マンチェスター生まれ。5歳で小さな木製のギターを手にして以来、ジョニー・マーの傍らにはギターがずっとあった。飽くなきギター・テクニックの研究とギター・サウンドの実験。ブルース、フォーク、カントリー、ロカビリーから60年代ガール・ポップ、ソウル、ファンク、グラム、 ストーンズ、ロリー・ギャラガー、Tレックス、イギー・ポップ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、バズコックス等のパンク…とあらゆるギタースタイルを吸収していった。そして自らにとって最高のバンドを結成するためのシンガー探し、モリッシー宅訪問からザ・スミス結成。 ザ・スミスはリアルタイムで聴いていたバンドだから、やはりスミス結成から飛躍的な活躍を経てスミスの解散までが一番興味深い箇所だが、 そのあたりはこの本の概ね三分の一程の分量。 スミスの後、トーキング・ヘッズやプリテンダーズとの仕事、マット・ジョンソンとのザ・ザ、 ニューオーダーのバーナード・サムナーとのエレクトロニック(私がジョニー・マーを追いかけていたのはこの頃までだった)。その後、自らのバンド、ヒーラーズや、モデスト・マウス、ザ・クリプスへの参加、そしてソロ・アーティストとしての活動開始、アルバム『プレイランド』リリース後のツアーまで、ギターをその両腕に抱き歩んだ長い長い道のりを振り返る。 新旧ミュージシャンとの交流も多く紹介されているが、ブレイク以前のオアシスのノエル・ギャラガーとのギターをめぐるエピソードがいい。デニス・ホッパー監督の映画サントラ制作でのホッパーとのやりとりも笑える。キャメロン首相のスミス好き発言に反応するマーのエピソードも興味深い(このあたりに関連するザ・スミスのTシャツを着た女性が機動隊に立ち向かう姿を捉えたカラー写真も巻頭に掲載されている)。 プライヴェートな部分にも多く触れており、マーの家族や親戚、恋人から伴侶となるアンジー、二人の子供達、友人達(そのなかにはスミスのベーシストのアンディ・ルークも含まれ...

ウィルコ・ジョンソン著・石川千晶訳『ウィルコ・ジョンソン自伝 不滅療法』

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2017年2月1日、リットー・ミュージック刊 ウィルコ・ジョンソンの自伝が刊行された。原題は“Don't You Leave Me Here”で、邦題にはドクター・フィールグッドのセカンド・アルバムの邦題をもじって“不滅療法”とタイトルがつけられている。邦訳は石川千晶。 生まれ故郷のイギリス・キャンヴェイ島のエピソードから始まり、ウィンドウ越しのテレキャスターや愛妻アイリーンやリー・“コリンソン”ブリローとの出会い、インド放浪の旅、ドクター・フィールグッドの結成、教職、バンドの人気上昇、アルバム制作のエピソード、フィールグッドとの別れ、ソロ活動、愛妻との死別、自らの癌告知、フェアウェル・ツアー、手術の決意~闘病生活、そしてステージ復活まで。ウィルコ・ジョンソンが自らの人生を振り返った読み応え十分な自伝だ。  全体を通して読みやすく、興味深い内容ばかりだが。特に楽しいのは、やはりフィールグッド結成~人気を獲得していくところや、イアン・デューリーのブロックヘッズに合流したあたりかな。それに何度も来日しているウィルコなだけに日本に関するエピソードも頻繁に登場し、日本に対する思いも温かい。しかし終盤の術後の格闘描写は壮絶というほかない。 写真も豊富に掲載されているが、ステージ写真の他にオフ・ステージ、ウィルコの家族写真も。だけどウィルコの体に刻まれた“メルセデス・マーク”を見るのは痛々しい。天文学好きやサイクリング好きなど趣味のエピソードもあり。 ディスコグラフィやギゴグラフィはないが、ドクター・フィールグッドの1~3枚目まではジャケ写真付きで1ページを使って曲名とパーソネルが紹介されている。 私が生ウィルコを観たのは1991年3月2日のインクスティック鈴江ファクトリー。Ki君のマルニBMWに乗って行ったなぁ。開演前に子供連れの鮎川夫妻が「ハウンドドッグの鮫島はおらんか」みたいな会話をスタッフとしながらこちらに向かってきたときは、鮎川夫妻の迫力にびっくり。ライヴはすげー盛り上がって、ウィルコのギターの弦が切れて張りかえるときのパフォーマンスも可笑しかった。 自伝の中でレコーディング風景が記されているロジャー・ダルトリーとのアルバムは未聴なんで入手するかな。

リチャード・ヘル著・滝澤千陽訳『GO NOW』

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2004年5月、太田出版刊。 リチャード・ヘルが書いた小説で本国では1996年に刊行されたが、邦訳が出たのは2004年。 最近ではめっきり小説を読むことも少なくなったが、本屋で見かけ“あの”リチャード・ヘルの書いた小説か、 読んでみるか…。 リチャード・ヘルを聴いたのは1982年リリースのヴォイドイズとしてのセカンド・アルバム『ディスティニー・ストリート』が最初だったんじゃないかな。友人が持ってた輸入盤を借りた。ディランのカヴァーがかっこよかったな。当時『ブランク・ジェネレーション』は入手困難だったような気がする。そのセカンドアルバムリリース後しばらくしてヘルは音楽活動を停止、小説を書いているというのは知っていたが翻訳も出ていたんだ…。帯には町田康による“地獄のパンク文学”の推薦文。 内容はというと、バンド活動停滞中のパンク・ロッカー、ビリーと女性フォトグラファー、クリッサがカリフォルニアからニューヨークまで車を運転して運ぶ仕事を依頼される。全ての経費は依頼者持ちだ。その道中で“なにか”を探し、ビリーが書き、クリッサが写真に撮る、さらにその内容を本にする、というのが依頼者のアーティスティックな興味であり2人にとって真の仕事でもあった。 ロード・ストーリー的な内容になっているが、ビリーはヘロイン中毒で、ヘロインを打つ/調達と旅先で出会う女とのセックスによる快楽を求め続ける日々。そんなビリーが起こす様々な裏切り行為や破滅的とも言える行動、ビリーが感じる自己嫌悪、快楽を求めるがゆえに陥る自己欺瞞。だから旅の先々で“なにか”を探すなんていうのはビリーには二の次であり、優先度は最下位ほどに低い。ただ自分の欲望を満足させるため、誰かにたかり、誘惑し、懇願し、自分さえも騙し、自分と他人の心を傷つけ、満足したと思ったとたんに渇望という小さな穴が開いているのに気付き、その穴が次第に広がってゆく。それを繰り返し、繰り返し、繰り返し…。 この小説を読み進めていっても、つまり同じこと。自己の快楽追求に忠実に生き続ける姿を見続けるだけだ。 セックス・ドラッグ、それにロックンロール…はない。音楽に関しての記述は殆どない。もちろんこれはヘルの自伝ではなくビリーの物語だが、ヘルの体験に基づいてもいるという。芸術、文学、それに少しだけ語られる音楽に対するビリーのセリフや考え方はヘルに近いんじゃないか...

クリス・セールウィクズ著・大田黒奉之訳 『リデンプション・ソング』

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2007年9月出版、副邦題:“ジョー・ストラマーの生涯”。 ジョーと個人的にも親しかった著者によるジョー・ストラマーの伝記。 2002年12月22日、50歳で生涯を突然閉じたジョー。著者は家族、バンドのメンバー、スタッフなど300人に及ぶ関係者を取材、生い立ちから、寄宿舎生活、兄の死、アートスクール、音楽への傾倒、スクワッテイング(不法住居占拠)、101'ers、The Clashの結成~解散、ソロ活動、映画音楽、ポーグスとの活動、メスカレロスの結成、野外イベントへの愛着、その死までが650ページ余に綴られている。家族、プライベート、バンドなどの写真、個人的な手紙、ジョーが描いたイラスト、メモなども豊富にある。 最大の核はクラッシュに関わる箇所だろうが、あらゆる箇所が興味深く読む事が出来る。音楽に目覚めていくところ、他ミュージシャンからの影響などをほんの少し紹介すると、 “初めて買ったレコードはビートルズの「抱きしめたい(I Want To Hold Your Hand)」”とか“ビーチ・ボーイズがきっかけになりポップミュージックに取りつかれた”、“人生を変えたレコードはストーンズの「ノット・フェイド・アウェイ」”、“13歳にはチャック・ベリーの音楽を追い求め” 、『ストロベリー・フィールズ~」の頃にはビートルズへの興味を失い、ブルース・ブレイカーズやクリーム、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、レッド・ツェッペリン、ドアーズなどに興味は移る。 ウクレレでチャック・ベリーを弾いてバスキングしていたが、ギターを本格的に始める。初めはチューニングもままならかったが、1973年にはニューポートで初めてのバンドにボーカリスト兼ギタリストとして参加、「ヴァルチャーズ」というバンドで墓堀人をしながら活動した。 1974年にはロンドンへ戻り、101'ersを結成、75年にロンドンで行われたスプリングスティーンの3時間に及ぶライブを見て影響されたという。 読んでいて感じるのはジョーが音楽制作とライブへ捧げる情熱は相当なものだったということだ。音楽制作やオーディンスに対して正直でありたい、と自らを追い込んでいたとも思えるし、それがジョー本来の性格だったとしても、パプリックイメージに苦しめられていた気もする。加えてクラッシュをクビにしたトッパーやミックに対しての後悔の念...

チャールズ・ブコウスキー著・青野聰訳『町でいちばんの美女』

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カルメン・マキの1996年発表のアルバム『UNISON』に「人魚」という曲が収録されていて、 “リュック・ベンソン監督のつめたく冷えた月」に捧ぐ”と副題が付けられている。 『つめたく冷えた月』は主演もしているパトリック・ブシテーが監督した1991年のモノクロのフランス映画(リュック・ベンソンは製作)で、 今回紹介するチャールズ・ブコウスキーの「人魚との交尾」と「充電のあいまに」の2つの短編小説を原作にしている。 この2編は1972年アメリカで出版された短編集『勃起、射精、露出、日常の狂気にまつわるもろもろの物語』に収められたが、 現在では、1983年にこの短編集を2部にわけて出版された 『町でいちばん美女』(もうひとつは『ありきたりの狂気の物語』)に収められている。 剃刀の様な純粋さと美しさを持った女との一時の愛を描く表題作「町でいちばんの美女」。 それよりももう少しスウィートな「かわいい恋愛事件」。 肉体労働の過酷さを知るものなら深く味わえる「精肉工場のキッド・スターダスト」。 オリジナル短編集のタイトル『勃起、射精...』に恥じない内容の「15センチ」や「ファックマシーン」、「チキン3羽」など体液を感じさせる物語、 ブコウスキーの好きな競馬の話しもいくつか。死ぬほどの病状を抱えた壮絶な入院生活をユーモラスに描いた「慈善病院での生き死に」。 『...日常の狂気にまつわるもろもろの...』という内容の物語も。 「淫魔」は白昼の悪夢のような話で、“日常の狂気”を冷静な視線であるがままに取り上げた作品だ。作者は関連付けないで欲しいとしているが「レイモン・ヴァスケス殺し」は実際にあったラモン・ノヴァロ事件をモデルにしたものだろう。 ハリウッド・ヒルズで優雅な暮らしをしていたラモン・ノヴァロ(『ベン・ハー』など)は、彼が5千ドルを自宅に隠し持っているという情報を 嗅ぎつけたシカゴ出身の兄弟によって、のどを突き刺され死亡した。 「人魚との交尾」は死姦を扱っているが、いたずら心が狂気を誘い、そして小さな愛情を作り出す、リリックな物語だ。 車のバッテリーを充電中に飲み屋に入った男と、そこで出会った娼婦との出来事を描いた「充電のあいまに」を途中のエピソードに加えて、 主人公をジミヘンなどのロック好きフランス人に替えたのが映画『つめたく冷えた月』。 ブコウスキーは世界で起きていること...

ウィリアム・ギブスン他著・巽 孝之編 『この不思議な地球で(世紀末SF傑作選)』

ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』、短編集『クローム襲撃』は衝撃的だった。 私にとってそれまで何の興味も湧かなかった、 というよりオーウェルの『1984年』的な管理/統治装置として嫌悪の対象であったのだが、 ギブスンのわくわくするような小説はコンピュータの世界へと、そしてサイバースペース、 サイバー/ジャンクカルチャーへの扉を開けてくれたのだった。 本書はそのギブスンの短編を始めとする、サイバーな10編を収めたアンソロジー。 ウィリアム・ギブスンは「スキナーの部屋」を収録。 この短編は、1989年サンフランシスコ現代美術館の展覧会に参加を要請されたギブスンが、 建築家と共に「サンフランシスコ・ベイ・ブリッジをホームレスが不法占拠、 橋上空間(ブリッジ・カルチャー)を作り上げる....」という構想をもとに執筆したものだ。 『ヴァーチャル・ライト』、『あいどる』、『フューチャーマチック』と続く三部作の序章とも言うべき作品。 ベイ・ブリッジに橋の骨格とワイヤとあらゆるジャンク....船や航空機の胴体までを持ち込み、 人々がいかにして橋上空間を作り上げていったかが、スキナーの回想と彼の皮ジャンに身を包んだ少女の行動によって明らかになる。 展覧会に参加した時のギブスンと二人の建築家によるイラスト付き。 オースン・スコット・ガードの「消えた少年たち」は、ストーリ-テリングに驚嘆させられる作品だ。 仕事や障害を持った子供にかかり切りで多忙を極める両親に、孤独になり自分の殻に閉じこもっていく小学一年生の長男。 学校に馴染めず、コンピュータ・ゲームを止めようとせず、話もしない。 やがて外で遊ぶようになるが、その友達の名前は全て誘拐され殺された少年の名前ばかりだった....。 悲しく切ないホラーSF。 F.M.バズビーの「きみの話をしてくれないか」は、女性の死体を扱う売春宿を舞台にした、奇妙で危ない短編。 幻覚剤と官能剤を飲み、同僚たちに誘われるままネクロハウス(屍姦宿)へ行くはめになる主人公が、 そこで出会った(?)少女に惹かれてゆく....。 ネクロフィリア(死体愛好症)でもない彼が抱く、叶うことのない愛情。 しかし、同僚のヴァンスが売春宿に入る前に言う「口をきかないことが大事なんだ」がキーポイントか? 他に収録されているのは、 バイオ技術により女性が不要となり男性へと転換...

J・G・バラード著・飯田隆昭訳『ウォー・フィーバー・戦争熱』

ベイルートで戦う若き兵士ライアンは、果てしなく続く内戦に疑問を持っていた。 王党派、キリスト教徒軍、共和派、国家主義派、原理主義者....誰もがもはや信じるものの為に戦ってはいない。 ただ、繰り返される残虐行為、裏切り、報復、そして過去から持ち越され、 自分たちさえ持ち堪えられないほど肥大してゆく、憎悪の為に戦闘は続いているのではないかと。 駐留している国連平和維持軍でさえ、どちらかに荷担することなく食料を供給し、負傷者の手当てをし、遺族には金を支給し、 密輸入される武器、弾薬には目をつぶっている。 なぜ誰も平和を求めないのだろうかと。 停戦という夢に取り付かれたライアンは、自分の仲間にその夢を語り始めた。 カフェでのコーヒー、街をぶらぶらし、ディスコで踊る.....そんな他の国ではあたりまえだろうと思われる、 平和な暮らしを語った。 ある日ライアンがたまたま見つけた国連軍のブルーのヘルメットを、 自分のヘルメットの代わりに被ったことをきっかけに休戦~停戦への波紋が広がっていった。 銃声は止み、争っていた兵士たちは国連軍から支給されたブルーのヘルメットやベレー帽、ユニフォームを身に付け、 武装を解いて街角で語り合っていた。商店が開き、子供たちは外に出て遊んでいる。 ひびの入った窓ガラスには共和派と国家主義派が銃ではなく、サッカーの試合で対戦をするという告知ポスターが貼ってある。 ベイルートには停戦が定着しつつあった。 しかし、その全てがコントロールされたものだったとは......。 ライアン達が平和な風景を喜び、語り合っていた時、突如爆弾が炸裂し街は再び戦闘が始った。 ブルーのヘルメット、ベレー帽はどぶに捨てられた。 ライアンは自分の家族が他の党派に人質として連れ去られたことを知るが、彼自身は国連の基地に連行され、 ベイルート内戦について驚愕の真実を聞かされるのだった。 そして悲しい結末、ライアンのベイルートに平和を求める願いは世界へと向けられた.....。 以上がJ・G・バラ-ドの短編集『ウォー・フィーバー』の表題作のあらすじだが、 鋭い切り口で憎悪と戦争、友愛と平和が文章化され、 日本語にしてわずか34ページの中にそれらを発芽される種子、 いや発病させる病原体の正体が織り込まれていると思う。 この他、大量に垂れ流される大統領の病状のニュースにより、第三次世界大戦...

ニック・ホーンビィ著・森田義信訳『ぼくのプレミア・ライフ』

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先日紹介した『ハイ・フィデリティ』はホーンビィの2作目で、今回紹介する『ぼくのプレミア・ライフ(原題:フィーバー・ビッチ)』が彼のデビュー作だ。イギリスではWHスポーツ・ブック賞を受賞、100万部のベストセラーになった。 サッカーというスポーツや応援するサポーターについて書かれた本は数あれど、これほどサポーター個人の一つのクラブ・チームに対する偏愛を綴った作品は他に無いのではないか。サッカーのゲームや戦術を分析したのでも、ワールド・カップの試合についてでも、スポーツ・ジャーナリストが一つのクラブを取り上げたのでも無く、フーリガンについてでも無い。この作品はイングランド・ファースト・ディビジョン(現在のプレミア・リーグ)に属するチーム、アーセナルのサポーターとして、チームやサッカーを見続けてきたホーンビィが1968年~1992年までを日記風にまとめたエッセイである。 ホーンビィがサッカーにとりつかれたのは11才の頃、夫婦別居状態であった父親が、母親と暮らす子供とのコミニュケーションの手段としてサッカーの観戦を父子で行くようになる。その当時は家族の問題や、引っ越し、自身の病気など心に傷を負う事柄が多く、著者の心の隙間を埋めるようにアーセナルとサッカーは吸収されていった。その後の人生はアーセナルの試合日程、開催場所、試合結果、順位、好不調に左右され、この傾向は少年期から現在(本が出版されたときは三十代半ば)までほぼ変わらない。 私は熱心にスタジアムに通うサポーターでは無く、ほとんどTV観戦だが、ひいきのチームや日本代表の試合を見て何気なく思っていたことと同じことが、この作品にはたくさん登場する。 例えば、 ◎退屈なゲームを受け入れるということ。 ◎我がチームを勝利に導くためにするバカげたジンクス(決まった時間に決まった行動をするとか、この音楽を聞けば点が入るとか)。 ◎家族行事や友人との約束(飲み会など)と試合観戦の優先順位。 ◎サッカー・ファンの攻撃性、及びフーリガニズムについて。 ◎男と女の偏愛の違いについて。 ◎応援するチームへの帰属心とは、どう定義するのか。 ◎サポーターに対して、選手が認めたり理解する以上の責任が生じる時はあるのか? などなど.......。 著者はシーズンの途中で死んだらハイベリー(アーセナルのホーム・スタジアム)に自分の灰を撒いて欲しいとまで...

ニック・ホーンビィ著・森田義信訳『ハイ・フィデリティ』

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この本をお勧めできる人トップ・ファイブ。 1.中古レコード屋さんに行く事が好きな人。 2. 好きな人や、誰かのためにオムニバス・テープ(今はMDか..)を作った事のある人。 3. 恋人に自分が好きで相手にも好きになって欲しいと願いながら、半ば強制的に自分の好みのレコード(CD)をプレゼントした事のある人。 4. 誰かと喧嘩をしたり、嫌な事があった後、レコードの整理をして心が落ち着いた経験のある人。 5. 無人島に持っていく5枚のレコードを選んだ事のある人。 主人公のロブは”チャンピオンシップ・ヴァイナル”という中古レコード屋の店主だ。コレクター向きでパンク、ソウル、ブルース、R&Bなどのレコードを置いている。 店にはディックとバリーというバイトがいる。みな三十過ぎだ。物語はロブとガールフレンドのローラの関係を軸に、浮気性で優柔不断なロブが知り合う女性や、周りで起こる出来事がクールな視点で描かれている。 ロブは知り合う人を、その人の好む音楽を基準に判断したりするなど、長い間仕事でも プライベートでも音楽にどっぷりと浸かって生活していたため、ノーマルな感覚からは少しずれているような男。 だが、私にはこの本の中に書かれている、ロブのレコードや音楽に対する思いや、”自分の好きなものが絶対だ”という感覚や、レコード店での買い物客の行動などに”あはは、私自身だ”と思ったものだ(女性関係はぜんぜん違うけど)。 著者のニック・ホーンビィは1957年イギリス生まれ。 イギリスのミュージック・シーンを踏まえつつ、こういうカッコつけない、等身大の音楽小説は始めて読んだ。楽しく読む事ができ、けれどもとても身につまされる作品だ。 巻末の訳者の注解も楽しめる。 原題:High Fidelity 著者 : Nick Hornby 訳者 : 森田義信 出版 : 新潮文庫 日本版発行  :  1999年7月