ウィリアム・ギブスン他著・巽 孝之編 『この不思議な地球で(世紀末SF傑作選)』
ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』、短編集『クローム襲撃』は衝撃的だった。 私にとってそれまで何の興味も湧かなかった、 というよりオーウェルの『1984年』的な管理/統治装置として嫌悪の対象であったのだが、 ギブスンのわくわくするような小説はコンピュータの世界へと、そしてサイバースペース、 サイバー/ジャンクカルチャーへの扉を開けてくれたのだった。 本書はそのギブスンの短編を始めとする、サイバーな10編を収めたアンソロジー。
ウィリアム・ギブスンは「スキナーの部屋」を収録。
この短編は、1989年サンフランシスコ現代美術館の展覧会に参加を要請されたギブスンが、 建築家と共に「サンフランシスコ・ベイ・ブリッジをホームレスが不法占拠、 橋上空間(ブリッジ・カルチャー)を作り上げる....」という構想をもとに執筆したものだ。
『ヴァーチャル・ライト』、『あいどる』、『フューチャーマチック』と続く三部作の序章とも言うべき作品。 ベイ・ブリッジに橋の骨格とワイヤとあらゆるジャンク....船や航空機の胴体までを持ち込み、 人々がいかにして橋上空間を作り上げていったかが、スキナーの回想と彼の皮ジャンに身を包んだ少女の行動によって明らかになる。 展覧会に参加した時のギブスンと二人の建築家によるイラスト付き。
オースン・スコット・ガードの「消えた少年たち」は、ストーリ-テリングに驚嘆させられる作品だ。 仕事や障害を持った子供にかかり切りで多忙を極める両親に、孤独になり自分の殻に閉じこもっていく小学一年生の長男。 学校に馴染めず、コンピュータ・ゲームを止めようとせず、話もしない。 やがて外で遊ぶようになるが、その友達の名前は全て誘拐され殺された少年の名前ばかりだった....。 悲しく切ないホラーSF。
F.M.バズビーの「きみの話をしてくれないか」は、女性の死体を扱う売春宿を舞台にした、奇妙で危ない短編。 幻覚剤と官能剤を飲み、同僚たちに誘われるままネクロハウス(屍姦宿)へ行くはめになる主人公が、 そこで出会った(?)少女に惹かれてゆく....。 ネクロフィリア(死体愛好症)でもない彼が抱く、叶うことのない愛情。
しかし、同僚のヴァンスが売春宿に入る前に言う「口をきかないことが大事なんだ」がキーポイントか?
他に収録されているのは、 バイオ技術により女性が不要となり男性へと転換させられ、女児は抹殺され、 今では子供も生まれていない宇宙ステーションで、鵠(こう)と呼ばれる生殖奴隷に惹かれてゆく少年を描いた、 エリザベス・ハンドの「アチュルの月に」、 大御所 J.G.バラードの、火星から帰還した宇宙船に閉じこもる宇宙飛行士たちとその周囲を描いた 「火星からのメッセージ」など、魅力的な作品を収めた傑作アンソロジー。
原題 : On The Alien Planet
著者:William Gibson, 他
編者 : 巽 孝之
出版 : 紀伊国屋書店発行 : 1996年2月