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サンハウス『55周年記念ボックス』DVD-1・2・5・6

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DVD-1『LIVE AT LIQUIDROOM Shinjuku 1998』 1998年11月2日、新宿リキッドルームで行われたライヴを収録した映像で、ステージ正面、左右、ドラムの後ろからと複数台のカメラで収録されている。また観客もよく映し出されており、ライヴ初っ端から熱狂する観客の様子が演奏をさらに盛り上げているのがわかる。鮎川がストラトキャスターを弾きスライドギターでソロをとる「キング・スネーク・ブルース」で始まり、鮎川の歌う「ねずみ小僧」と「おいら今まで」を途中に挟み、アンコールのフレッド・マクダウェルのカヴァー「Highway 61」まで全25曲を完全収録。鮎川は後半、ギターをヤマハSG-85(ボディ色がマホガニーでピックガードを外している)に持ち替えているのも見所聴きどころ。 この新宿リキッドルームの音源は17曲が2010年にSONRISE2000からリリースされたDVD『ムーンシャイン・ブギー』のボーナスCDとして発表されていた(曲順に変更あり)。 DVD-2『FUKUOKA TALK SHOW 1998』 1998年11月15日、福岡イムズでおこなわれたトークショーの模様を収録したDVD(ジャケット内側にはイムズホールと記載されているが実際はイムズ内のGAYAというスペースでおこなわれたようだ)。このトークショーの模様はFM福岡で11月19日に「イムズ・プレミアム・トーク」としてオンエアーされている。サンハウスのメンバー5人が聴衆を前にサンハウスの歴史や再結成について語るというもので、楽器やマイクを持たないメンバーがやや緊張した面持ち、手持ち無沙汰な感じで司会者の質問に答えるという内容。久しぶりの再結成のため仕方のない部分はあるが、やや“伝説の復活”に寄りすぎた感じでトークショーは進行していく。FMの収録だけあってメンバー各人にマイクがついているので音声は聞きやすい。後半には聴衆からの質問コーナーも設けられ、質問者とのやりとりを見ているとメンバーの様子もだいぶ緊張がほぐれたように思える。その中で柴山は1982年大晦日の新宿ロフトのライヴはサンハウス再結成ではないと語るところもある。 DVD-5『ROAD TO FIELD OF HEAVEN』 2010年7月30日、フジロック・フェスティヴァルのフィールド・オブ・ヘヴンに出演した時の模様全13曲を収録...

追悼・スマイリー原島

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2026年1月6日、スマイリー原島逝く。 SMILEY'SのX より。65歳だった。 原島宏和(スマイリー原島)は1982年、G後藤昌彦、G樋口博、D廣橋昭幸、B井上克之とともにアクシデンツを結成、メンバーを変えながらもアクシデンツは博多第三世代の代表格として急速に頭角を表していく。 1984年7月にジューク・レコード/ヴィヴィッドから4曲入り45rpm12インチ『Nite Time』をリリース(右の画像)。福岡のレコード店ジューク・レコードからの第一弾リリースでプロデューサーは店主の松本康、19レコーディングスタジオで録音。ビートの効いたナンバーが並ぶ中で、レゲエテイストの「Night Time」が耳に残る。レコーディングメンバーは、 Vo:原島宏和 G:後藤昌彦 G:樋口博 B:穴井仁吉 D:宮本秀二 で、ギターの二人とドラムはレコードデビュー前のザ・モッズのメンバー、ベースは元ザ・ロッカーズというメンツ。全曲の作詞は原島が担当した。 1984年8月5日、福岡スポーツセンターで行われたイベント「ジャンピング・ジャム」に出演、この時の模様はオムニバス・アルバム『JUMPING JAM REBEL STREET III』として同年12月にジャパン・レコードからリリースされ、アクシデンツは「Break On Through」(ドアーズのカヴァー)と「Hold Me Tight」の2曲を収録している。 1985年5月にメジャーのジャパン・レコードからファーストアルバム『ヒューマン・ズー』をリリース。 プロデュース:柏木省三、アートディレクション:鏑木朋音、ゲストキーボード:安藤広一、レコーディングはフチガミ・レコーディング・スタジオ、エンジニアはデイト・オブ・バースという1985年頃のルースターズ〜後のポートレートレコードのスタップで制作された。ベーシストが柴田正彦に交代している。ゲストコーラスでゼルダのサヨコが数曲参加。アニマルズ「When I Was Young」のカヴァーや再録した「Night Time」などを収録。作詞作曲:原島でタイトルトラックの「Human Zoo」は物憂げなムードとスライドギターのルーズな響きながら緊張感があるナンバー。この曲はPVも作られた。演奏力の安定した演奏陣に原島宏和のハッキリした発音のヴォーカルがアクシデンツの持ち味。シン...

雑誌『昭和40年男 2026年2月号 vol.95「俺たちを直撃したパンク/ニューウェイヴの衝撃」』

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今年の正月休み、届いたばかりのサンハウス・ボックスを聴いて観て、TVK1月2日放送『ライブ帝国Revival RCサクセション 80's』(去年11月の再放送)とEテレ1月3日放送『AKIRA』(大友克洋監督)を録画したのを観て、一瞬いったい今は何年だっけ?と思ったが、さらにその気分を深くする雑誌が発売された。『昭和40年男 2026年2月号 vol.95「俺たちを直撃したパンク/ニューウェイヴの衝撃」』で2026年1月9日(株)ヘリテージより刊行。 この『昭和40年男』という雑誌、本屋でたびたび見かけて手にとることもあったが購入することはなかった。今年3月に田口トモロヲ監督映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ』が公開されるタイミングでオリジナル・パンクやニューウェイヴの特集、東京ロッカーズ関連の記事もあり、これはちょっと読んでみたいな、と思い購入。アーティスト、作家、デザイナー、フォトグラファー、プロモーターなどが自身の受けたパンク、ニューウェイヴからの影響を語っている。 インタビュー対象は、 ・小山田圭吾 ・KERA ・高木完 ・ハービー山口 ・ブレイディみかこ ・北村信彦 ・高橋ツトム ・麻田浩 ・S-KEN ・地引雄一 ・仲野茂 ・田口トモロヲ ・大貫憲章 それぞれ興味深い・面白いエピソードを語っているが、特にハービー山口のジョー・ストラマーとのエピソードがいい。ジョーが亡くなってすぐシンコーミュージックから出た追悼本に使われていた列車内のジョーの写真はそういう経緯だったのか。プロモーター麻田浩(トムス・キャビン)のインタビューでは、かつて勤めていたジェニカ・ミュージックでルースターズを担当、今では当たり前のように使われる“めんたいロック”というネーミングについて語っている。鮎川誠のアンプを借りた話もいい。ヒステリックグラマー創設者の北村信彦が語るパティ・スミスのポラロイド写真集を制作した時の逸話もいかにも。S-KEN、地引雄一と田口トモロヲが東京ロッカーズ、今回の映画周辺の話題について語っている。映画の原作者・地引雄一を写した写真(65ページ)で地引の後ろに写っているのは映画内で使用したLP盤なのだろうか、トカゲのアルバム(リザードのファーストアルバムがオリジナル)、ノー!ノー!バンド(ノンバンドの10インチがオリジナル)が確認できる。6...

サンハウス『55周年記念ボックス』CD-1『YOUNG KILLER LAST DAY 1971』

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今回のボックスリリースの告知を見て、これは聴いてみたいな!と購入するきっかけにもなった音源。サンハウスが博多のダンスホール「ヤングキラー」箱バン(専属バンド)時代の演奏。ほぼブルースのカヴァーで17曲を収録。 マディ・ウォーターズ、ジョン・リー・フッカー、ボ・ディドリー、オーティス・ラッシュ、エルモア・ジェイムスなどの面々に混じり、キンクス好きなんだな「Waterloo Sunset」と「Sunny Afternoon」、フリートウッド・マック「Rollin Man」、「Albatross」、ジェフ・ベック・グループ「Spanish Boots」、それにボブ・ディランの「Positively 4th Street」 も。 驚いたのは「Summer Time」で、ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーのヴァージョンを元にしているが、サンハウス(というか鮎川と篠山)ってこんなギターアンサンブルで演奏するんだ?というほど2本のギターが絡む、素晴らしい、面白い。こういう曲もやるんだというのがゼップの「Tangerine」で、アコースティックでフォーキーな原曲をややヘヴィなムードにアレンジ。   ブルースメン、それにジミー・ペイジ、ジェフ・ベック、ピーター・グリーン、なによりブルースへの愛情が伝わる録音である。

田口トモロヲ監督映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ』(原作:地引雄一)公開!

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『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ』トレーラー 地引雄一著『ストリート・キングダム』が田口トモロヲ監督で映画化されるということを前からちょくちょくニュース見て気になってたんだけど、これほんとに出来るのね。映画のオフィシャルホームページを見ると著者の地引、エスケン、モモヨ、レック、チホ、サヨコ、ミチロウ、アケミの配役わかるね。 以下 「パピネット」のHP より。 『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ』 スタッフ 監督:田口トモロヲ 原作:地引雄一「ストリート・キングダム」 脚本:宮藤官九郎 音楽:大友良英 キャスト 峯田和伸 若葉竜也  吉岡里帆 仲野太賀 間宮祥太朗 中島セナ 大森南朋 中村獅童 監督:田口トモロヲ 脚本:宮藤官九郎 峯田和伸(銀杏BOYZ)×若葉竜也 W主演で贈る青春映画! 1978年、たった1年で世界を変えた者たち 彼らはこう呼ばれたーー「東京ロッカーズ」 【物語】 これは事実を基にした物語。1978年、偶然ラジオから流れたセックス・ピストルズに衝き動かされ、田舎から上京した青年カメラマンのユーイチは、小さなロックミニコミ雑誌「ロッキンドール」に出会い、とあるライブハウスへと足を運ぶ。そこで出会ったボーカルのモモ率いるバンド「TOKAGE」のライブに衝撃を受け、無我夢中でシャッターを押した。そこは音楽もバンドも観客たちも何にも縛られない生のエネルギーに溢れた異空間だった。正式にカメラマンとしてライブの撮影を依頼されたユーイチはモモたちと交流を重ねる。やがて彼らの音楽は瞬く間に若者たちを熱狂させ、そのムーブメントは“東京ロッカーズ”と呼ばれ、日本のロックを塗り替えていく。世界を変えたのは、才能だけじゃない。音に賭けた、名もなき若者たちの衝動だった。 『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ』Official Site 劇場公開日:2026年3月27日 製作年:2025年 時間:131分 製作国:日本

サンハウス『55周年記念ボックス』DVD-4『CRAZY DIAMONDS YAON 1983』

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“それはARBの社長が仕掛けて、出来るんならやるよって、サンハウスとARB、ルースターズで野音をやった” ー柴山俊之ー(『Bollocks presents 日本パンク・ロッカー列伝』シンコーミュージック・エンタテイメント刊・2015年) 1983年、Vo柴山、G鮎川、B奈良敏博、D浦田賢一という篠山抜きのオリジナルメンバーの四人でサンハウス再結成。同年6月18日渋谷Live Inn、8月7日博多小戸公園「スーパー・ライヴ'83」、9月11日仙台スポーツランドSUGO「ロックンロール・オリンピック'83」でライヴをおこない、9月23日に日比谷野外音楽堂で「CRAZY DIAMONDS」と銘打たれたライヴでこの時の再結成を締め括った。 野音のライヴでは新曲として「ステディ・ドライバー・マン」、「センテ」、「ダイナマイト」がセットリストに組み込まれアンコールを含め20曲を演奏。同年ビクターよりリリースされたLP 『CRAZY DIAMONDS』は12曲入りだったが、カセット『CRAZY DIAMONDS <Absolutely Live>』(VCF-20033)には20曲を完全収録していた。1990年には18曲入りでCD化(オミットされたのは「ロックンロールの真っ最中」と「ミルクのみ人形」)され、2008年には20曲入完全収録(2枚組)でCD化されている。1983年リリース時には収録曲の「ステディ・ドライバー・マン」の一部(“俺は狂った”、“赤信号でも”など)を逆回転に加工・歌詞も伏せ字となっていた。CDでは通常のサウンドに戻され歌詞も印刷されているが、なぜこんなことしたのか不明(話題作り?)。レコードで聴いた時はちょっと興醒めだったな。 その野音のライヴ映像がサンハウス『55周年記念ボックス』に収録された。鮎川誠秘蔵のビデオ・アーカイヴからレストアされ、当日演奏された20曲が収録されている。この映像も1台のカメラで客席の後方から撮影されており、ステージ全体とズームを使用してプレイヤーのアップはあるものの、カメラの切り替えはない、おそらく資料用に撮影したものなのだろう。撮影を前提としていないので照明も不足してぼんやりした映像であることは否めず、収録時間1時間28分を通して観るにはちょっと辛いものもあるが貴重な映像である。オープニングSEにピン...

サンハウス『55周年記念ボックス』DVD-3『LIVE AT SHINJUKU LOFT 1982.12.31』

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“サンハウスのマネージャーやってた柏木って奴から、ルースターズのイベントで1日だけ歌ってくれって言われてさ。やりたくなかったから、諦めてもらうためにギャラの金額を吹っかけたら『分かった』って言うから、『じゃ、今払え』って言ったらその場で払ったけんさ(笑)。それでしょうがないからやった” ー柴山俊之ー(『Bollocks presents 日本パンク・ロッカー列伝』シンコーミュージック・エンタテイメント刊・2015年) “その大晦日のサンハウスも最初は柴山さんを柏木がブッキングしただけの話で、花田たちがバンドでバックする話やったみたいなのが、柏木やったか柴山さんやったか忘れたけれど、ドラムとベースを川嶋と浅田に頼みたいちゅう話になってね。それやったら僕も出らんか?ってことになって、いいよっちなって” ー鮎川誠ー(『月刊 鮎川誠 新宿ロフトの思い出』シーナ&ロケッツ・オフィシャル刊・2021年) 1982年12月31日・新宿ロフト。その日のスケジュールを見ると「LOFT SPECIAL '82-'83」1984 ゲスト・柴山俊之、とある。出演はこの頃体調不良の大江慎也を除いたルースターズの別ユニットとして活動していた1984。当初は1984(花田等)をバックに柴山俊之がサンハウスのナンバーを歌うという企画だったのだろう。しかし上記鮎川の話のようにリズム隊をB浅田孟、D川嶋一秀の当時シナロケ組(70年代サンハウス最終メンバーでもある)に依頼することになり、鮎川も参加することになったことでサンハウス復活+G花田裕之というメンツでライブがおこなわれた。花田は篠山哲雄の代役といった趣でリズムギターに徹している。その時の映像は後に未公認VHSビデオ作品『Previous Live』としてリリースされた。今ではYouTubeで観ることができる。 今回リリースされた55周年ボックスのDVDには12月31日のライヴ映像が2ステージ分収録されており、かつてVHSでリリースされた『Previous Live』の映像は2ステージ目だったことがわかる。いずれも映像は1台の手持ちカメラで収録されており、テープの保存状態のためか1ステージ目はところどころステージ上ではない映像(バンドロゴなど)を映した部分や音が揺れている部分がある。まぁブート映像を観るのに慣れている人なら問...

サンハウス55周年記念ボックス リリース!

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サンハウスの13枚組ボックスがAYU RECORDSより2025年12月25日リリースされた。 リリースのアナウンスを見て、花田裕之が参加した1982年大晦日の新宿ロフトでのライヴ映像2ステージ分(2ステージあったんだ!)、1983年日比谷野音(クレイジーダイアモンズ収録時)のライヴ映像!、これ2つだけでも購入即決した! 届いてひとまず開封したが、まだ未聴・未視聴。数日遅れたがクリスマスプレゼント、いや少し早い年賀か。 以下、SHEENA & THE ROKKETS Official Shopのインフォメーションより 【サンハウス55周年記念BOX】 内容 ・監修:鮎川誠、柴山俊之 ・CD7枚 / DVD6枚(全13ディスク) ・未公開写真を多数収めた 大判豪華ブックレット付属(88ページ) ・全紙ジャケット仕様+三方背スリーブケースの初回限定パッケージ ・全107曲中、完全未発表音源101曲(全初出) ・初DVD化映像6作品をまとめた豪華13枚組【完全限定生産】 サンハウス55周年記念ボックス2025年12月25日発売!トレーラー サンハウス55周年記念ボックスの 特設サイト あり。

THE BEATLES「FREE AS A BIRD (2025 MIX)」

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2025年12月3日、ユニバーサルミュージックよりリリースのCDシングル。 2023年にザ・ビートルズ「Now And Then」がリリースされたとき、ジョンのヴォーカルと後付けの演奏の一体感に感心、以前リリースされた「Free As A Bird」と「Real Love」も同様の最新技術デミックスを使用して制作して欲しいなぁと思ったが、その願いは叶えられた。 1995年版と比べてまず気がつくのは、ギターのストロークやアルペジオ、オブリのフレーズが前面に出ていることで、ややベースの音は抑えられたように思う。演奏のバランスを考えるとこれは賛否あるかも。ジョンの歌声は、もともとが自宅で録音したデモテープが素材なので通常のレコーディングとは違って大きな声で歌っているものではない。それをバンドとしてレコーディングされたダイナミックな音圧のある演奏とミックスするのだから違和感を感じるのは否めない。しかし今回ジョンのヴォーカルはよりくっきりと浮かび上がり、自然に演奏に溶け込んでいると思う。 鳥のように自由に 最高とはいかないけどその次に素敵なことさ 鳥のように自由に 無事に終わって 寝ぐらに帰る鳥のように僕は飛ぶ 翼を持つ鳥のように かつて僕たちが慣れ親しんだ暮らしはすっかり変わってしまった 僕たちは本当にバラバラの状態で生きていけるのだろうか どこで触れ合うことを失くしたのだろう あれほど大事に思えたのに つながりはいつも僕には大切なことだったんだ いつも僕が自由を感じていた かつての僕らの暮らしはどうなってしまったんだ 「Free As A Bird」Original Composition by John Lennon カップリングには同様にデミックス技術を使用し、新たにミックスした「Real Love(2025MIX)」。ジョンのヴォーカルはややはっきししたものの、ヴォーカルと演奏との一体感がいまひとつという意味では今回の2025年版でもそれほど改善されていない印象をうける。

私の放浪音楽史 Vol.125 AZTEC CAMERA『KNIFE』

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1984年12月21日、ワーナー・パイオニア/WEAからリリースのアルバム(イギリスでは1984年9月21日リリース)。 アズテック・カメラのスタジオアルバム第2作。プロデュースはマーク・ノップラー(ダイアー・ストレイツ)、メンバーはヴォーカル・ギターのロディ・フレイムの他、 ベース:キャンベル・オーエンス ドラム:デイヴィッド・ラフィー の前作と同じメンバーに、 ギター:マルコム・ロス(オレンジ・ジュース)が参加、 キーボード:ガイ・フレッチャー というメンバーでレコーディングされた。印象的なジャケットのイラストレーションはリンダ・グレイによるもの。ロディ・フレイムはこのアルバムタイトルを「ふたつに分けるものの象徴」と語っているが、このイラストも雨の降っている/降っていない空がナイフで裂かれたように白い部分で分けられている。収録曲にも様々な分離についてが描かれているようだ。  アルバムのオープニングはジャキジャキとしたパワフルなギターのカッティングと、心の情熱を持ち続けようと力強く歌う「Still On Fire」で、シングルとしてリリースされている。 “用心深さのしがらみを打ち破ってくれる全てのものに惹かれる  僕らが立ち上がり、より良い日々へと抜け出そうという時に  それでもこう言う人がいる  貧しい状況から自由になるにはお金が必要だって  ふーむ、それはどこかに転げ落ちた場所から見上げた時の嘘だよね  なぜなら 太陽の光が証明してくれる   炎を絶やさぬために 過ごしたすべての時間は僕たちのものだってことを ” 『Still On Fire』 words by Roddy frame 続いて、 ”僕は誘惑を称えるだろう その栄光も その末路も  だけど僕は空回りして先に進めず、堂々巡り  まるでUSAみたいだ” という歌詞をポップに歌った「Just Like The USA」、しっとりとした曲調で頭脳と心の感情の分離をリリカルに描いた「Head Is Happy(Heart's Insane)」は、歌詞の“You know I'm coming. You know I'm coming. You'll feel me coming like a gun from below”にセク...

私の放浪音楽史 Vol.124 THE SMITHS「HOW SOON IS NOW?」

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1985年1月、ラフトレードよりリリースの12インチシングル。 ボ・ディドリーに肖りトレモロのエフェクトをかけたギターがボ・ビートを刻む。マイク・ジョイスのドラムは16ビート。硬質なアンディのベース。そのサイケデリックな演奏にモリッシーの浮遊感のあるヴォーカルが重なる。マーのスライドやハーモニクスのフレーズも印象的。ほぼワン・コードで6分43秒に及ぶエキサイティングだが催眠効果と中毒性を併せ持った曲だ。 シングル「William, It Was Really Nothing」制作時に作られ、シングルA面として発売も検討されたがラフ・トレードによって見送られ「William,〜」の12インチのカップリングとして収録、その後コンピ・アルバム『ハット・オブ・ホロウ』にも収録された。ラジオ・プレイが多かったことから結局シングルA面曲としてリリースされることになったが、すでに2枚のレコードに収録済みということありチャート的には全英24位だった。 “How soon is now?(今っていつ来るの?)”というタイトルそのままの言葉は歌詞の中にはないが、相当する箇所はある。 ”僕が受け継いだのは犯罪的にひどく内気な性格だって  僕が受け継いだのは何の取り柄もないことだって  黙れ  よくそんなことが言えるな  物事を間違ったやり方で進めてしまう 僕だって人間なんだ  他のみんなと同じように誰かに愛されたい  今に起こるよって君は言うけど  それって“いつ”のことなの?  ねぇ、僕はもうずっと待ち続けてきたんだよ  そして僕の希望は何ひとつ残っていない” ジャケットには第二次大戦中のイギリス軍撤退作戦を描いたレスリー・ノーマン監督の映画『ダンケルク (原題;Dunkirk)』(1958年公開)から俳優ショーン・バレットの写真(おそらく浜辺で跪いている姿)が使用された。12インチのカップリングにはインスト曲「Oscillate Wildly」と、この後リリースされるオリジナル・セカンド・アルバム『ミート・イズ・マーダー』に収録される「Well I Wonder」。7インチ「How Soon Is Now?」シングルには3分41秒に編集したエディット・ヴァージョンが収録された。 下の画像はアメリカ...

私の放浪音楽史 Vol.123 THE SMITHS『HATFUL OF HOLLOW』

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1984年12月16日、徳間ジャパン/ラフ・トレードよりリリースのコンピレーション・アルバム(イギリスでは1984年11月リリース)。 ザ・スミスの2枚目にリリースされたアルバムで、シングル収録曲6曲と4回のBBCセッションから10曲を収録したコンピレーション。寄せ集め感はなくバンドの初期衝動と進化していく様を見事に捉えた内容で、このアルバムも繰り返し繰り返しよく聴いた。 ジャケットにはフランスの雑誌「リベラシオン(Libération)」1983年7月号に掲載されたジャン・コクトーの線画をもとにしたタトゥーを左肩下にいれた青年の写真が使用され、その白黒写真をかこむカラーは涙色。アルバムのタイトルは『虚しさで溢れた帽子』。 収録曲は下記(アナログでは9曲目からB面)。  1. William, It Was Really Nothing  2. What Difference Does It Make?  3. These Things Take Time  4. This Charming Man  5. How Soon Is Now?  6. Handsome Devil  7. Hand In Glove  8. Still Ill  9. Heaven Knows I'm Miserable Now 10. This Night Has Opened My Eyes 11. You've Got Everything Now 12. Accept Yourself 13. Girl Afraid 14. Back To The Old House 15. Reel Around The Fountain 16. Please, Please, Please, Let Me Get What I Want Track 1, 5, 16 from 12inch single「William, It Was Really Nothing」 Track 2, 6, 15 from BBC Radio 1 JOHN PEEL Show first broadcast 31/5/83 Track 3, 11 from BBC Radio 1 DAVID JENSEN Show ...

私の放浪音楽史 Vol.122 THE SMITHS「HEAVEN KNOWS I'M MISERABLE NOW」

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1984年8月25日、徳間ジャパン/ラフ・トレードよりリリースの12インチ・シングル(イギリスでは1984年5月リリース)。 ザ・スミス4枚目のシングル。タイトルはサンディ・ショウの60年代の楽曲「Heaven Knows I’m Missing Him Now」にかけている。 まず目を引くのはジャケットのヴィヴ・ニコルソンの肖像。サッカー賭博で大金を手にし(実際に当選したのは彼女の夫らしい)、その後浪費によって財産を失い無一文になったというイギリス人女性。彼女はこの後もザ・スミスのシングルのカヴァーアートに登場した。プロデュースはジョン・ポーター。エンジニアはボブ・ポッターと記載があるが、1988年リリースのCDシングル(RTT156CD)ではエンジニアはスティーブン・ストリートとクレジットされている。 “呑んだくれているうちは楽しかった  だけど僕が今惨めなのは言うまでもないこと  仕事を探して、どうにか見つかった  そして僕が今惨めなのは疑いようもない  僕が生きていようが死んでいようが気にもしない奴らに  なぜ僕の人生の貴重な時間を使わなければならないのか” ジョニー・マーのギターのチャイムのようにキラキラとしたフレーズ、スムーズなカッティングにのせて、ニセモノで紛らわすな、自分の価値を貶めるな、とストレートなメッセージが歌われる。1984年1月初めて訪れたニューヨークでサイアー・レコードと契約し、ジョニー・マーがシーモア・スタインに買ってもらった(それも契約条件のひとつだったという)、赤の59年製ギブソン355をホテルに持ち帰り最初に作った曲。全英チャートで初のトップ10ヒットとなったシングル。 カップリングには女の子と男の子のすれ違いを描いた「Girl Afraid」と、ファーストアルバム『ザ・スミス』から「Suffer Little Children」を収録。シングル発売後にたまたまこのシングルB面の「Suffer Little Children」を聴いたサドルワース・ムーア事件(連続児童誘拐殺人事件)の遺族はザ・スミスに対して抗議、一部のショップでこのシングルが回収、アルバム『ザ・スミス』は発売中止となる事態に。その後、ザ・スミス側から“この曲は犠牲になった子供達への追悼曲であり、金儲け目的に悲劇を利用...

私の放浪音楽史 Vol.121 SANDIE SHAW「HAND IN GLOVE」

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1984年7月25日、徳間ジャパン/ラフ・トレードよりリリースの12インチシングル(イギリスでは1984年4月リリース)。 モリッシーの敬愛する60年代の歌姫・サンディ・ショウがザ・スミスの楽曲を歌った3曲入りの12インチシングルで、当初は「I Don't Owe You Anything」がA面に予定されていたがスミスのデビュー曲「Hand In Glove」がA面としてリリースされた。 ザ・スミス・ヴァージョンで印象的だったイントロのハーモニカは使用されておらず、サンディ・ヴァージョンにリアレンジされ、ややザラっとしたサンディのヴォーカルで歌われる。ザ・スミスの輝かしいデビュー曲で、“ギャング仲間のスピリット”(byモリッシー)を高らかに宣言した「Hand In Glove」を再び世に問うかたちとなったこのシングルは、全英チャートで27位をマークした。 “ぴったり息のあったふたり  私たちは世界の中心で光り輝く  ぐるのようなふたり   善良な奴らは笑っているわ  確かに私たちはボロを着ているけど  あいつらには決して手に入らないものを持っているのよ” 「Hand In Glove」 カップリングにはファーストアルバム『ザ・スミス』収録曲の「I Don't Owe You Anything」。 7thコードを多用したクリアなギターサウンドとキーボードの響きが爽やかな夏の夜のバックグラウンドミュージックとも言えそうな演奏だけどモリッシーの歌詞が歌われればそれはザ・スミスの世界。 “盗んだワインで誘惑され  うなずいたのが全ての始まりだった  次に何が来るのかあなたはよく知っていた  私はあなたに借りはないけど、あなたは私に借りがあるのよ  今すぐ返してちょうだい  人生は決して優しくはない  人生は厳しいもの  でも今夜何があなたを笑顔にするのか私は知っているわ” 「I Don't Owe You Anything」 カップリングにはもう1曲「Jeane」。ザ・スミスのシングル「This Charming Man」のカップリングに収録されていた曲で、サンディのヴァージョンはアコースティック・ギターの響きをメインにしたアレンジになっている。...

私の放浪音楽史 Vol.120 THE SMITHS「HAND IN GLOVE」

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1983年5月、ラフトレードよりリリースの7インチシングル。 ザ・スミスの初音源は7インチのみでリリースされた。 A面の「Hand In Glove」は当時のマネージャーのジョー・モスがおよそ200ポンドの資金を出し、1983年3月にバンド(というかジョニー・マー)のセルフ・プロデュース、マンチェスター・ストックポートのストロベリー・スタジオでレコーディングされ、3テイク目がシングルになった。ジョニー・マーはギターに加え、イントロ(とアウトロ)にハーモニカをダビングし、モリッシーもバックコーラスをダビングしている。モリッシーはヴォーカルパートに満足出来ず、ジョー・モスが費用を負担しヴォーカルを再録音している。 このフェイドインで始まるシングル・ヴァージョンの「Hand In Glove」はワイルドなミックスでアンディ・ルークのベースが極端に大きく、ギター、ドラム、ヴォーカルも塊となって襲ってくるラウドなヴァージョンだ。後にファーストアルバム『ザ・スミス』にジョン・ポーターのリミックスで収録されるが、そこではベースの音は引っ込み、ヴォーカルと各楽器がバランスよく、聴き易くなっている。確かにバンド(特にモリッシー)がデビューシングルのような荒々しい仕上がりをデビューアルバムに求めていたとすれば『ザ・スミス』の音に満足するものではなかったと思う。 B面には1983年2月4日、マンチェスターのハシエンダで行われたライヴ・ヴァージョンの「Handsome Devil」を収録。こちらもベースが強調された性急で緊張感に満ちた迫力ある演奏だ。 私はこのシングルをファースト『ザ・スミス』の後に聴いたと思う。手元にある7インチのバックスリーヴにコンタクト先(ラフトレード)の住所がロンドンとプリントされているがこれは1984年にリイシューされた盤であるとDiscogsに説明されている。スリーヴはメタリックなシルヴァー、モリッシーによって採用(クレジットはSleeve by The Smiths)された写真はジム・フレンチによるものでブルーに加工されている。このお尻ジャケット初めて見た時は結構インパクトあったな。歌詞の中の“the sun shines out of our behinds”に関連しているのかも。 ドイツでリリースされた12インチシングル「Still Ill」のジャケットに...

私の放浪音楽史 Vol.119 THE SMITHS「WHAT DIFFERENCE DOES IT MAKE ?」

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1984年6月25日、徳間ジャパン/ラフ・トレードよりリリースの12インチ・シングル(イギリスでは1984年1月リリース)。 ザ・スミス3枚目のシングル。 ジャケットのアートワークは当初映画『コレクター(The Collector)』(監督:ウィリアム・ワイラー・1965年)の主演俳優テレンス・スタンプの写真が使用されたが許諾が取れておらず、モリッシーが同ポーズをとるアートワークに変更されている。右の画像は日本盤で最初からモリッシー版だったと思う。ザ・スミスのジャケット・アートは映画俳優や歌手、作家などの肖像が使われているからバンドメンバーの登場するジャケットはむしろレアと言ってもいいかも。 ラウドでワイルドでパワフルでソリッドでメタリックな印象もあるギターリフとリズムにのせて、君のために命をかけたのに君は僕を裏切り、僕から去っていった、”でも僕はまだ君が好き、それで何が変わるっていうの?”とモリッシーが歌う「What Difference Does It Make?」。ファーストアルバム収録曲。 カップリングには、あの住み慣れた古い家に戻りたくない、君はまだあそこに住んでいるだろうか、引っ越したかな? あの古い家に帰りたいけど決して戻らない。と揺れる心をアコースティックギターにのせて歌う「Back To The Old House」で、”キュッ・キュッ”と響くギターのポジションチェンジの音が切なさを増す。もう1曲は、時間をかけることを嫌って待ちきれない相手に“鮮やかな絶頂期に君は僕を置き去りにするだろう”とここでも諦めと悲しみを歌う爆走ロックンロールナンバー「These Things Take Time」を収録。

私の放浪音楽史 Vol.118 THE SMITHS『THE SMITHS』

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1984年、徳間ジャパン/ラフ・トレードよりリリースのアルバム(イギリスでは1984年2月リリース)。 以前 モリッシー自伝 を取り上げた時にも紹介したが、1997年にアルバム『マルアジャステッド』を発表後しばらくしてモリッシーは“ 黒板のような空 ”のイギリスを離れ、“毎朝間違いなく寝室の窓に日光が射し込む ”アメリカ・ロサンジェルスのウエスト・ハリウッドに家を購入し移り住む。 1984年の初め、リリースされたばかりのザ・スミスのファースト・アルバム『THE SMITHS』を友人のHちゃんに借りて繰り返し繰り返し聴いていた時に私が持った印象は、やはり冬のどんよりとして寒々とした曇り空、雪がちらつく灰色の空だった。 1曲目の「Reel Around The Fountain」、イントロには短くドラムの抑えた演奏、そしてモリッシーが歌い始める。 “今、物語を語る時が来た どうやって子供を連れ去りあなたが使い古しにしたのか  噴水のまわりをぐるぐると回る  中庭で僕を叩いて  僕は受け入れる  あぁ、君との15分間  僕は嫌だと言わないだろう”   ヴェルヴェット・アンダーグラウンドに共通するようなイメージに満ち、メランコリックなアルペジオのギターにのせて淡々と歌うモリッシー。途中からポール・キャラックのピアノとオルガンが加わり、さらに憂いは増す。 アナログでA面のラストにおかれた「The Hand That Rocks The Cradle」は、   “僕たちは共に横たわり、共に祈りを捧げる  だから切ない願いを君の瞳に宿すことはないんだよ  揺りかごを揺らす手が僕の手である限りは” と幼い子供とともに過ごすことを淡々とした揺らぐような歌声で歌い、楽曲のラストにはアル・ジョンソンの楽曲「Sonny Boy」から歌詞の引用 をしている (インナースリーブに”Quotation from  Sonny Boy”と クレジットがある)。   “僕の膝の上に登っておいで坊や  君はまだ3つだよね、坊や ” 「The Hand That Rocks The Cradle」は、モリッシーとマーが出会って最初に作られた曲でもある。 ブルーな雰囲気はアルバム・ラストに...

私の放浪音楽史 Vol.117 THE SMITHS「THIS CHARMING MAN」

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1984年6月25日、徳間ジャパン/ラフ・トレードよりリリースの12インチシングル(イギリスでは1983年10月リリース)。 “その朝、どこかとても明るそうな曲のアイディアとともに目が覚めた。レーベル・メイトでもあるアズテック・カメラの陽気な曲がラジオでしょっちゅう流れていたことが関係していたのかも、と後で思ったものだ ”と「This Charming Man」誕生のきっかけについてジョニー・マーが回想している(『ジョニー・マー自伝 』丸山京子訳・シンコーミュージック刊・2017年)。 マーの自伝には、それは2回目のジョン・ピール・セッション(1983年9月)前のことと記載があるから1983年の夏頃か。アズテック・カメラのどの曲をマーが聴いたのか不明だが(すでにアズテック・カメラのアルバム『 ハイランド・ハードレイン 』はリリース済)、パンクに影響を受けたバンドやアーティスト達のアコースティックな響きやクリーンなギターサウンドを取り入れた作品が目立ち始めた頃でもあった。 1983年9月にザ・スミスは2度目のBBCジョン・ピール・セッションに出演し「This Charming Man」を含む新曲4曲が放送された。スミスの2枚目のシングルは「Reel Around The Fountain」が予定されていたが、この新曲の出来にヒット間違いなしと確信したラフ・トレードは「This Charming Man」を次のシングル候補にする。まずロンドンのマトリックス・スタジオでレコーディング、さらに十分な時間をかけ磨きをかけてマンチェスターのストロベリー・スタジオで再レコーディングをおこないシングルとしてリリースされた。7インチは「This Charming Man c/w Jean」、12インチは「This Charming Man (Manchester) / This Charming Man (London) c/w Accept Yourself / Wonderful Woman」と4曲入りで「This Charming Man」はロンドンでの録音とマンチェスターでの録音の2ヴァージョンが収録された。ロンドン・ヴァージョンはややエコー感の強いモヤッとした仕上がり、マンチェスター・ヴァージョンはギターとリズム隊のサウンドが引き締まり、ミックスもタイトで耳に残る仕上がり。...

日比谷野音(日比谷公園大音楽堂)休止

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日比谷野音が明日10月1日から再整備工事のため使用休止、建て替えをし2029年頃の再開となるそうだ。休止前のラストライヴはエレカシだったとニュースでみた。 野音はパンタの「 SATURDAY NIGHT CLASH 」と題したライヴを観たのが最初だったが、数える程しか野音には行ってない。他には1985年のジュリアン・コープ VS ルースターズ、2001年の頭脳警察、2005年のロックンロール・ジプシーズ(+大江慎也)くらいか。イベント的なのが多いな。でもあの独特の空間は好きだった。緑もあるけど、ビルに囲まれて、ビルの窓の灯りを見て、都会でロックを観る・聴く・感じる、ということを意識した。明るい時間から徐々に夕闇に包まれ、暗くなり照明でステージが彩られていく過程も楽しめるものだった。 やっぱり野音といえばRCでしょ。 『THE TEARS OF A CLOWN』のライヴ映像(1986年) 冒頭で空撮の野音の景観が見られる。夕方の薄暗がりにステージから客席を映したショットもいいよね。

私の放浪音楽史 Vol.116 AZTEC CAMERA『HIGH LAND HARD RAIN』

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1983年、ジャパンレコード/ラフ・トレードよりリリースのアルバム(イギリスでは1983年4月リリース)。 アズテック・カメラのファースト・アルバム。日本盤の帯には”アコースティックな青春を瑞々しく称えるアズテック・カメラ。ポスト・テクノにこのような音楽が流行ることを注目している”とムーンライダーズの鈴木慶一が推薦文を寄せている。 ジャケットのイラストとデザインはこれまでもラフ・トレードからのシングルのジャケットデザインを手掛けていたデイヴィッド・バンドによるもので、雨、女性、木、列車、ラッパを吹く人が描かれ、アルバムの内容のイメージをうまく表現していると思う。演奏メンバーは「 Oblivious 」と同じでキャンベル・オーエンスのベースは聴きどころ多し。 シングル曲「Oblivious」でアルバムが始まり、ホグマネイ(Hogmanay)というスコットランドの年越し祭りも歌詞に登場する「The Boy Wonders」はイントロがスコティッシュな軽快な曲。アルバムタイトルが後半のコーラスに歌い込まれている。 「Walk Out To Winter」は、“ジョー・ストラマーの顔写真が君の壁から落ちて 掛かっていた場所には何も無い”という歌詞が特別印象に残る曲。ロディ・フレイム自身パンクに共感し、バンドを始めた当初はクラッシュの「White Riot」や「Gargeland」を演奏していたそうだ。このアルバム『ハイランド・ハードレイン』がリリースされた1983年当時もはやクラッシュは空中分解寸前(ミック・ジョーンズ解雇直前)、パンクの掲げた権威への反抗とクラッシュの掲げた平等への理想は脆くも崩れ去り、パンクの理想の後に壁に掲げるものは何もないと歌ったこの「Walk Out To Winter」によりリスナーはあらためてパンクの終焉を認識することになったのである。 不穏な歌詞を歌うロディのヴォーカルが悲しげに聴こえる「The Bugle Sounds Again」。  “吸血鬼達が殺人を犯す   奴らのポケットは小銭で溢れ   誰かが代償を払わなければならないと言う” と現代にも通じるラインがある。 続いてポストカードからのデビューシングル(「Just Like Gold」)のB面曲の再録「We Could Send Letters」はアルバム...