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Japanese Punk and New Wave関連書籍 Vol.1 菅原庸介著『蜥蜴の迷宮 −若き爬虫類にささぐ−』

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日本のパンクとニューウェイヴの関連書籍をいくつか紹介。 (株)ドールより1987年に刊行された、東京ロッカーズの代表的バンドであるリザードのモモヨ(菅原庸介)が執筆した自伝的小説『蜥蜴の迷宮 −若き爬虫類にささぐ−』。 映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』が当時のアーティスト・関係者達の、主にピュアな部分を抽出して作り上げられた物語だとしたら、このモモヨが“視た夢幻をつらつら書き写した”という”自伝的小説”は、同じ時期を描いた部分もありながら、時にけしの森で迷い囚われ、享楽と邪な情念が渦巻く狂おしい人間関係の中に生きた経験を振り返った物語であり、破局の後に日本の古の歌人とロックンロールを重ね合わせていくことで新たな道を探り出し再生を告げた書でもある。 モモヨの中学・高校時代のエピソードや、もちろん<通底器><幻想鬼><エレクトリック・モス>といったバンドを経た後、紅蜥蜴を結成しリザードと改名した音楽活動の足跡も知ることができる(リザードとして1986年に発表した4曲入りミニアルバム「Book of Changes」まで)。 モモヨ自身が”自伝もどき”と記しているが、レコードのリリース、記された事件や事故の一部は他の出版物に記録されたものと表面的には変わらない事実であり、多くの人物やバンド名は変名となっているが実名で登場している箇所もある。もちろん書かれている修羅場と化した人間関係は知る由もないが、日本のアンダーグラウンドシーンやパンクロックシーンの裏側で何があったのかを知る・夢想するには格好の書だ。 “まず、この道に至らんと思わん者は、非道を行ずべからず” と世阿弥『風姿花伝』の言葉を引いた後、こう記している。 “ただ、ひたすらロックン・ロールするばかりでよい、他に示すべき何もない”(「あとがき 夢現」より)。

松山晋也監修・別冊ele-king『J-PUNK/NEW WAVE-革命の記憶』

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2026年3月31日、Pヴァインより刊行。 映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』、いくつかレビューを読んだけど、当時を経験した世代、または東京ロッカーズ周辺を日本のロック史として知っている(聴いている)人たちは、ああしたらよかった、これが足りないみたいなレビューもあったが、当時の音楽シーンを知らない若者、世代には概ね好評のようだ。それは監督や原作者が望んでいたことでもあると思うので、なんか安心した。 その映画ではとりあげていなかった関西パンクシーン、関西NO WAVEと呼ばれたバンド・アーティスト群も1978年〜1979年には活躍し東京でもライヴをおこなっていたが、その代表的なバンドのひとつであるアーント・サリーを表紙にした、別冊ele-king『J-PUNK/NEW WAVE-革命の記憶』が出版された。 映画『ストリート・キングダム』が公開され、ここにきて書籍『ストリート・キングダム 最終版』、写真集『JIBIKI YUICHI FRICTION 1978-1985』と購買意欲を刺激される出版が続き、この他にもフリクションのシングル「Crazy Dream」や「I Can Tell」のアナログ再発もあり、さすがにシングルの音源はCD等数種持ってるので買わなかったけど。この『J-PUNK/NEW WAVE-革命の記憶』は、かつて雑誌『ロック画報』08号で吉祥寺マイナーについて回想録を書き、“何よりも「東京ロッカーズ」などといういちゃついたネーミングに嫌悪感を抱いていた”という松山晋也が監修している(『ロック画報』08号に掲載されていた記事は、松山晋也のブログに「 吉祥寺マイナーのこと 」として公開されている)。 地引雄一へのインタビューでは、地引が田舎の生活を撮影した写真が見られる(1枚だけど)。見たかったんだよねぇ…地引雄一が東京のロックシーンを撮影する以前の写真。福島県の農村を撮影した写真には、傾いた土壁の納屋と頰かむりをした農夫が写る。写真雑誌にも掲載されたというが他も見てみたい。インタビューはその頃の話題から最近のインディーズ・シーンとの関わりまでを語る、写真を含め16ページ。S-Kenのインタビューは写真を含め12ページで、ポジティヴな波動に満ちた内容。 小嶋さちほのインタビューは短いけど(写真を含め8ページ)、自身の音楽活動がパンクからスピ...

地引雄一撮影・写真集『JIBIKI YUICHI FRICTION 1978-1985』

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2026年3月25日、Record shop BASEより刊行。 地引雄一が1978年から1985年にかけて撮影したフリクションの写真集が発売された。フリクションの写真集というとレック撮影写真集+佐藤ジン・地引雄一・広瀬忠司らによる撮影のフリクション写真集という2冊組(+ライヴCD)『ZONE TRIPPER / FRICTION 1978-2008』(カラーフィールド刊・2008年)があったし、地引雄一の写真集は様々なバンド・アーティスト写真を収録した『TOKYO STREET ROCKERS 1978→1981』(リトルモア刊・2009年)があったが、地引雄一単独の撮影によるフリクション写真集は初の刊行となる。 巻末に掲載されたRecord Shop BASE・飯嶋俊男の「制作、発刊にあたって」によると、“あくまで主役は地引氏”と記されている。映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』と同じく主役はユーイチ、そのファインダー越しの眼差しだ。オンステージでは強烈に放射されるエネルギーが感じられ、オフステージではリラックスしユーモラスにも感じられる写真の数々。フリクションのバイオグラフィーと写真のINDEXを含む160ページ、A4サイズの写真集だ。 地引雄一の写真の魅力というとなんだろう…臨場感、それに被写体/バンドとの近さ…かな。音圧を感じるような接近戦といってもいいかも。 A4サイズなのでこれまで見たことのある写真もドーンと大きく見ることができる。恒松の弾くギター、ダブルカッタウェイのレスポールジュニアのヘッドには「Burny」のロゴ。 写真集には未発表の5曲入りCDが付属している。 曲目は下記、 1. I CAN TELL 1978年5月28日 六本木S-KEN スタジオ(レック、チコ・ヒゲ、ラピス) 2. CRAZY DREAM 1979年4月22日 新宿ロフト 3. ニューセンセーション 1980年9月6日 新宿ニューヨークシアター 4. CYCLE DANCE 1980年9月6日 新宿ニューヨークシアター (Track 2, 3 & 4 レック、チコ・ヒゲ、ツネマツ・マサトシ) 5. ニューセンセーション 1981年1月10日 市ヶ谷法政大学学生会館大ホール(映像では既発) (レック、チコ・ヒゲ、ゲスト:ノン G&Key ) 『J...

地引雄一著『ストリート・キングダム 最終版 東京ロッカーズと80’sインディーズ・シーン』

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2026年3月27日、SLOGAN/indies Pressより刊行。 1986年に ミュージックマガジンより 刊行された初版から40年、 2008年に K&Bパブリッシャーズより刊行された改訂版 『ストリート・キングダム 東京パンク/インディーズ・シーンの記録』から18年、 田口トモロヲ監督・映画『ストリート・キングダム自分の音を鳴らせ。』公開と同日に映画の原作『ストリート・キングダム』が最終版として刊行された。 巻頭に掲載された著者撮影のライヴやオフショット写真は、2008年版から若干追加あり紙質も見易いものになっている。本文の下部にある補足資料・画像も追加されている。最終章としてあとがきに2009年以降の事柄を記載、雑誌『ミュージック・マガジン』1985年3月号から13回にわたって掲載された「地引雄一の現場報告」が再掲載されリザード、フリクション、オート・モッド、くじら、G-シュミット、A-MUSIKなどを取り上げている。巻末には当時のチラシ、ポスター、ファンジンを掲載した「パンクアート・ギャラリー」で、こちらも2008年版から幾つか追加されている。 地引雄一はこの本のまえがきで「ストリート・キングダム」とは、 “何者にも従属しない自由な活力にあふれた異世界”であると記している。それは都市の地下に、路上に、ビルの中に、都市と対峙しながら生きる者達の生活空間に出現したのだと私は思う。 映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』はバンドの再現シーンについつい目が行きがちだが、この本を読み返して主人公ユーイチの物語だったんだなとあらためて思ったのである。 私が購入したタワーレコードではオリジナル特典があった。 タワーレコード購入特典:ポストカード(ザ・スターリン) タワーレコード購入特典その2:スマホサイズ・ステッカー(ノンバンド)

映画・田口トモロヲ監督作品『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ』

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映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ』。最寄りの映画館では上映なし。少し離れた町のシネコンまで電車で出かけた。公開直後なので少しだけ。 映画の冒頭、監督の田口トモロヲがナレーションを務めるNHKドキュメンタリーを模したような主人公ユーイチ(峯田和伸)の語りから始まりクスッと笑わせてくれる。1978年というあと少ししたら半世紀前になろうかという出来事をもとにした作品のため全体的にやや説明が多いと感じるものの、日本パンク黎明期の熱意と熱気、シーンの高揚と喪失、そして拡散をうまく捉えていると思う。 フォトグラファーという表現者でありながらもシーンを客観的に見ているという立場でもあり、交渉ごとや清算など実務的なものにルーズになりがちなバンドの人間に代わってそれらを担当せざるを得なくなったユーイチ役を峯田和伸が好演。印刷屋の娘という設定でミニコミを発行しているサチ(ゼルダのチホがモデル)を吉岡里帆が明るくパワフルにそして爽やかに演じている。吉岡里帆から「リディア・ランチ」という言葉を聞いたときは新鮮だったなぁ。それに若葉竜也が演じるバンド・TOKAGEのモモ(リザードのモモヨがモデル)の3人を中心に物語は進む。 どうしてもモデルのバンドの再現力に興味がいってしまうところだけど、ロボトメイア(ゼルダがモデル)が「うめたて」を演奏するライヴシーンはなかなか感動的な再現力。吉岡がベースを弾く姿も絵になっていてかっこいい。音はオリジナルの音源を使用した当て振りだが映画館の大音量で聴けるのもうれしい。それに新宿ロフトの外観の再現力は驚異的だ。ロフトの建物はもちろん、隣の家とその奥の建物を完全再現(VFXか)。素晴らしい。 1978年から1981年頃までのシーンをギュッと圧縮、同時進行していなかった事柄も並列で描いており、パンフレットには事実にフィクションを織り交ぜドラマ性を高めて観客が理解し易くした、と監督が語っている。宮藤官九郎が脚本ということで何となく想像できたがややコミカルなタッチ、でもホロリとさせる部分もあり、リアリティをキープしながらポジティブな作品となっている。原作にあったエピソードで幾つか入れてもよかったんじゃないかとか、あのバンドのこの曲を使って欲しかったと思うところはあるけど、まぁ、おっさんのノスタルジーというより現代の若者が観てどう感じるかが重要だ。

小中和哉著『僕たちはこうして映画監督になった 8ミリ映画時代を語る』

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2026年2月6日、文藝春秋より刊行。 「文春オンライン」 連載「僕たちは8ミリ映画作家だった」に増補・加筆した本が出版された。『星空のむこうの国』などを監督した小中和哉が13人の映画監督にインタビューし、幼少期の映画への興味から創作の原点、それぞれが8ミリカメラを手に取っての映画制作、または助監督経験、またはテレビ番組の制作やヴィジュアル作品制作、そして監督してきた映画作品を語る。特に8ミリ映画や自主映画に特化した内容ではなく過去から現在(インタビュー当時)までが語られている。 インタビューは ・石井岳龍 ・金子修介 ・手塚眞 ・犬童一心 ・大林宣彦(夫人・恭子と娘・千茱萸にインタビュー) ・黒沢清 ・塚本晋也 ・河崎実 ・今関あきよし ・庵野秀明 ・緒方明 ・蓮實重彦 ・安田淳一 他に小中和哉と弟で脚本家・小説家の千昭の対談と、小中和哉の妻で小中兄弟の会社・Bear Brothersのプロデューサーの明子との対談、それに2024年の是枝裕和とのトークイベントでの対談を番外編として収録している。 まず読みたかったのは石井岳龍との対談。『高校大パニック』、『1/880000の孤独』、『突撃!博多愚連隊』といった8ミリ作品、傑作16mm『狂い咲きサンダーロード』、『爆裂都市』、『逆噴射家族』あたりまでが話の中心。1990年代〜2000年代の作品や、聰亙から岳龍に改名後の2010年以降の作品にも触れてほしかった気はする。『爆裂都市』制作時のエピソードは他でも読んだり聞いたりしていたがやはり壮絶だ。撮影時もハードだったが公開日という締め切りが迫り“使いたい撮影済みフィルムがどこにあるかも分からないような状態”で『爆裂都市』を”未完のまま”公開、そしてスタッフは誰もいなくなったという非常に過酷な状況に追い込まれていったことを話している。 『狂い咲きサンダーロード』制作直前の石井岳龍(聰亙)に出会い、いきなり同作の助監督となった緒方明のインタビューも興味深い…。『狂い咲き〜』の後ピンク映画の助監督で仕事を覚え、8mm作品『東京白菜関K者』を初監督(撮影は石井聰亙)した後に再び石井聰亙『爆裂都市』の助監督をつとめるが、現場や制作進行をコントロール出来ない監督に見切りをつけ、続く『アジアの逆襲』では石井監督に向かって放った言葉が強烈。 金子修介監督が見た日活版『高校大パニック』(...

地引雄一著『ストリート・キングダム』再刊!

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3月27日公開、田口トモロヲ監督・映画『ストリートキングダム自分の音を鳴らせ。』の原作、地引雄一著『ストリート・キングダム』が最終版として再刊。タイトルは、 『ストリート・キングダム 最終版 東京ロッカーズと80’sインディーズ・シーン』 刊行はSLOGAN / indies pressより。 下記はSLOGAN HPのインフォメーション。 https://www.slogan.co.jp/streetkingdom/ 上の画像は『ストリート・キングダム』2008年改訂版刊行時のフライヤー ミュージックマガジンより1986年に刊行された初版 『ストリート・キングダム 東京パンク/インディーズ・シーンの記録』 K&Bパブリッシャーズより2008年に刊行された改訂版 『STREET KINGDOM 東京ロッカーズと80'sインディーズシーン』

JEAN-JACQUES BURNEL with LIZARD and ARB

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1978年10月、ジャン=ジャック・バーネルは空手修行のために来日、住む所を探していたところ紹介されてARB(まだシングル「野良犬」でデビューした頃)のドラマー、キースのアパートに泊まることになった。ジャン=ジャックは池袋の極真会館本部へ行き、修行中に負傷、キースが手当するが翌日医者に行くと肋骨が4本折れていたという。 1978年10月27日、六本木S-KENスタジオでリザードとミラーズが「二大怪獣!? 世紀の大激突」と銘打ったライヴをおこなった。この時のリザードのライヴテープを、ジャン=ジャックがキングレコード担当者の紹介でS-KENスタジオを訪れた際に聴いて興味をもち、自ら働きかけて1978年12月に六本木のパブ・カーディナルでモモヨと会見、リザードのアルバムプロデュースを申し出た。 LIZARD『LIVE AT S-KEN STUDIO'78 and more !』(Magnet Records 2002年) 上の画像はジャン=ジャックが聴いてアルバムプロデュースのきっかけになった1978年10月27日、S-KENスタジオでのリザードのライヴを収録したCD『LIVE AT S-KEN STUDIO '78 and more !』。モモヨ所有のTEAC 4チャンネルテープレコーダー(オープンリール)でライン録音された8曲が収録されている(他は1978年〜1979年にS-KEN STUDIOで録音した5曲)。 1979年2月、ストラングラーズ初来日。2月10日にはリザードが出演した新宿ロフトのライヴにヒューとジャン=ジャックが客として訪れている。ストラングラーズが2月15日に京大西部講堂でおこなったライヴにはリザードがフロントアクトとして演奏した。他の会場ではフロントアクトのバンドがサポート料として招聘会社に1ステージ10万円を支払うよう要求されて実現しなかったといわれている。京大西部講堂はモモヨが“商業的保身”から最も縁遠いライヴ会場としてジャン=ジャックに紹介した場所だった。この来日中にジャン=ジャックからリザード側に正式にプロデュースの申し入れがあり準備が進められていった。 リザードのメンバーは渡英費用を自前で用意、自主原盤という形でロンドン録音しキング・レコードからリリースするという契約を結ぶ。1979年7月20日イギリスへ渡りロンドンに到...

『ジャン=ジャック・バーネル自伝(ストラングラー・イン・ザ・ライト)』取材・アンソニー・ボイル、訳・伴野由里子

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2025年7月26日、シンコーミュージック刊。 2022年にオリジナルのフランス語版が出版、2023年にはエリザベス・ケイによって英語版、2025年に伴野由里子により日本語版が出された。編集はジェズ・ドレイクとJ.J.バーネルとクレジットされている。 原題は『JEAN-JACQUES BURNEL STRANGLER IN THE LIGHT CONVERSATIONS WITH ANTHONY BOILE』、題名のあとに“アンソニー・ボイルとの対話”とあるとおり、自伝といってもアンソニー・ボイルによるジャン=ジャックへのインタビュー形式で語られたものだ。コロナ・ウィルスの影響と距離の問題でその対話は2021年2月から翌年3月までZoom上でおこなわれた。冒頭に幼少時やステージ上、オフステージなどの写真を36ページ掲載、本文はテーマ毎に12章に分けて生い立ちや母国(ジャンの両親はフランス・ノルマンディーからの移民でジャンはイギリス生まれ)、影響を受けた音楽、自身の作り出した音楽、バンドメンバー、武道、暴力、神話や三島由紀夫、ドラッグ、セックス、モーターサイクルなどについて語られている。 ジャン=ジャックはバンクが革命だったとし、次第に“パンク革命から弾き出され”、“俺たちは抹消され”、“完全に孤立し”、“「革命」の担い手であることのプレッシャーから解放された”という。しかしそれはストラングラーズが独自路線を歩むことに繋がり良かったと語っている。ジャン=ジャック自身が他のパンクバンドや客やジャーナリストとトラブルを起こしたり、フィンチリーボーイズというストラングラーズ親衛隊がらみの暴力沙汰など武勇伝多し。 原語にもあったんだろうが、気になるのはジャンの発言の後に(ニヤリ)が多用されてることで、これ必要なのかな。まぁともかく口語体で書かれているのでとても読みやすい。ストラングラーズのメンバーのヒューやデイヴ、ジェットとの出会い、その音楽的変遷、ヒューの脱退、デイヴとの別れ、ジェットの引退と、バンドとしての栄枯盛衰、近年のバンドの状態についても語られている。ジャンは知識豊富で、政治的、地政学的な会話、文学、芸術に関する会話はとても面白く読める。 ザ・ストラングラーズの結成は1974年、ヒュー、ジェット、ジャン=ジャックの3人にハンス・ウォームリングというギター/キーボード...

私の放浪音楽史 Vol.127 EVERYTHING BUT THE GIRL「NIGHT AND DAY」

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1982年、Cherry Redよりリリースのシングル。 チェリーレッドからシングル「Cant」を1981年にリリースしていたベン・ワットと、当時マリン・ガールズに在籍していたトレイシー・ソーン。この二人でシングルを出そうとチェリーレッドのマイク・オールウェイが画策、かくして同じハル大学に入学することになったベンとトレイシーは急接近し音楽的にも親密になる。マイクの思惑通りというか、二人が最初のクリスマス休暇に西ケンジントンのアルヴィック・スタジオでレコーディングしたのがこのシングル曲で、二人のユニットはEVERYTHING BUT THE GIRL(女の子以外ならなんでも)と名付けられた。 コール・ポーターのスタンダード「Night And Day」を取り上げたのは“ジャズを復活させようというヴィック・ゴダードの些か物騒な試みに、微力ながら加担しよう”というのが理由だったとトレイシーは自伝に記している。カップリングにはベン・ワット作「Feeling Dizzy」とマリン・ガールズがリリースしていたトレイシー作「On My Mind」のEBTGヴァージョン。上の画像はおそらく1990年代前半にリリースされたと思われるCDシングル。スリムケースでインサート(ジャケ)は白で曲名などのレタリングのみ。オリジナル・アナログ盤リリース時のジャケットであったトレイシーとベンの写真はCD盤にプリントされている。 エヴリシング・バット・ザ・ガールのシングル「Night And Day」は英インディ・チャート1位を獲得、エルヴィス・コステロ等がこのシングルを気に入り、特にポール・ウェラーはロンドンのICAで行われたETBG初ライヴに飛び入り参加するほどの熱の入れようだった。当時のセットリストをトレイシーの自伝から抜き出してみよう。 at London, Institute of Contemporary Art (ICA) 「Rock Week」5th January, 1983  1. On My Mind  2. Nevertheless (cover : The Mills Brothers etc..)  3. Waiting Like Mad  4. English Rose (cover : The Jam)  5. Nigh...

私の放浪音楽史 Vol.126 TRACEY THORN『A DISTANT SHORE』

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1982年、チェリーレッドよりリリース、トレイシー・ソーンのソロ・アルバム。 オリジナル・パンクに影響を受けギターを手に取ったトレイシー・ソーンが、マリン・ガールズでのギタリストとしての活動に迷いを感じ、自分の書いた曲を自らの声で歌うことに未来を見出していた頃、1981年の冬に書き溜めていた曲を、以前マリン・ガールズのアルバム『ビーチ・バーティー』を録音したパット(パトリック・バーミンガム)所有の物置スタジオ(物置に設置された移動式録音スタジオ)で録音。全てを2日か3日で録音し費用は179ポンド、トレイシーはデモのつもりだったがチェリーレッドのマイク・オールウェイの勧めもあり、そのままの形でリリースすることになった。この時トレイシー二十歳。 アルバムはトレイシーの“歌声とギターに、時折パットがリバーブをかけているだけ”の最小限のサウンドだが、その耳心地の良さで聞き流されることにトレイシーは、“バックグランド・ミュージックの類と一緒にされてしまうことは、正直言って気に食わないの”と厳しい言葉で反発している。そのサウンドはトレイシーがジョナサン・リッチマン&モダン・ラヴァーズやパトリック・フィッツジェラルドを評した “喧しいほどの音を立てることなどせずとも生々しくかつ挑戦的であることは可能なのだ” という言葉に通じていると思う。 リリース時の日本盤解説などにはニューセンシティヴィティー(New Sensitivity)と言われたように、苦く不安定に揺らぐ繊細な気持ち・感性が歌われている。 “日が暮れて暗くなると気持ちが昂って(言わなくていいこともあるのよ)  感情だけ 取り残されてしまうことがある  だから、あなたの愛はそのままにしておいて、私も胸にしまっておくわ  あなたの愛はそのままにしておいて、私の愛も胸にしまっておくから  小さな田舎町の生き方から今も抜け出そうとしてるけど  私の大部分は過去の恥ずかしい出来事で形作られているの  あなたは気にしないっていうけど  その場にいなかったのにどうしてそんなことが言えるの?  そしてこれら全ては、小さな田舎町の女の子にとっては手に余るのよ  ただ立ちすくむだけ  私が見る、 あなたの世界 全てに私は戸惑ってしまって ...

サンハウス『55周年記念ボックス』DVD-1・2・5・6

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DVD-1『LIVE AT LIQUIDROOM Shinjuku 1998』 1998年11月2日、新宿リキッドルームで行われたライヴを収録した映像で、ステージ正面、左右、ドラムの後ろからと複数台のカメラで収録されている。また観客もよく映し出されており、ライヴ初っ端から熱狂する観客の様子が演奏をさらに盛り上げているのがわかる。鮎川がストラトキャスターを弾きスライドギターでソロをとる「キング・スネーク・ブルース」で始まり、鮎川の歌う「ねずみ小僧」と「おいら今まで」を途中に挟み、アンコールのフレッド・マクダウェルのカヴァー「Highway 61」まで全25曲を完全収録。鮎川は後半、ギターをヤマハSG-85(ボディ色がマホガニーでピックガードを外している)に持ち替えているのも見所聴きどころ。 この新宿リキッドルームの音源は17曲が2010年にSONRISE2000からリリースされたDVD『ムーンシャイン・ブギー』のボーナスCDとして発表されていた(曲順に変更あり)。 DVD-2『FUKUOKA TALK SHOW 1998』 1998年11月15日、福岡イムズでおこなわれたトークショーの模様を収録したDVD(ジャケット内側にはイムズホールと記載されているが実際はイムズ内のGAYAというスペースでおこなわれたようだ)。このトークショーの模様はFM福岡で11月19日に「イムズ・プレミアム・トーク」としてオンエアーされている。サンハウスのメンバー5人が聴衆を前にサンハウスの歴史や再結成について語るというもので、楽器やマイクを持たないメンバーがやや緊張した面持ち、手持ち無沙汰な感じで司会者の質問に答えるという内容。久しぶりの再結成のため仕方のない部分はあるが、やや“伝説の復活”に寄りすぎた感じでトークショーは進行していく。FMの収録だけあってメンバー各人にマイクがついているので音声は聞きやすい。後半には聴衆からの質問コーナーも設けられ、質問者とのやりとりを見ているとメンバーの様子もだいぶ緊張がほぐれたように思える。その中で柴山は1982年大晦日の新宿ロフトのライヴはサンハウス再結成ではないと語るところもある。 DVD-5『ROAD TO FIELD OF HEAVEN』 2010年7月30日、フジロック・フェスティヴァルのフィールド・オブ・ヘヴンに出演した時の模様全13曲を収録...

追悼・スマイリー原島

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2026年1月6日、スマイリー原島逝く。 SMILEY'SのX より。65歳だった。 原島宏和(スマイリー原島)は1982年、G後藤昌彦、G樋口博、D廣橋昭幸、B井上克之とともにアクシデンツを結成、メンバーを変えながらもアクシデンツは博多第三世代の代表格として急速に頭角を表していく。 1984年7月にジューク・レコード/ヴィヴィッドから4曲入り45rpm12インチ『Nite Time』をリリース(右の画像)。福岡のレコード店ジューク・レコードからの第一弾リリースでプロデューサーは店主の松本康、19レコーディングスタジオで録音。ビートの効いたナンバーが並ぶ中で、レゲエテイストの「Night Time」が耳に残る。レコーディングメンバーは、 Vo:原島宏和 G:後藤昌彦 G:樋口博 B:穴井仁吉 D:宮本秀二 で、ギターの二人とドラムはレコードデビュー前のザ・モッズのメンバー、ベースは元ザ・ロッカーズというメンツ。全曲の作詞は原島が担当した。 1984年8月5日、福岡スポーツセンターで行われたイベント「ジャンピング・ジャム」に出演、この時の模様はオムニバス・アルバム『JUMPING JAM REBEL STREET III』として同年12月にジャパン・レコードからリリースされ、アクシデンツは「Break On Through」(ドアーズのカヴァー)と「Hold Me Tight」の2曲を収録している。 1985年5月にメジャーのジャパン・レコードからファーストアルバム『ヒューマン・ズー』をリリース。 プロデュース:柏木省三、アートディレクション:鏑木朋音、ゲストキーボード:安藤広一、レコーディングはフチガミ・レコーディング・スタジオ、エンジニアはデイト・オブ・バースという1985年頃のルースターズ〜後のポートレートレコードのスタップで制作された。ベーシストが柴田正彦に交代している。ゲストコーラスでゼルダのサヨコが数曲参加。アニマルズ「When I Was Young」のカヴァーや再録した「Night Time」などを収録。作詞作曲:原島でタイトルトラックの「Human Zoo」は物憂げなムードとスライドギターのルーズな響きながら緊張感があるナンバー。この曲はPVも作られた。演奏力の安定した演奏陣に原島宏和のハッキリした発音のヴォーカルがアクシデンツの持ち味。シン...

雑誌『昭和40年男 2026年2月号 vol.95「俺たちを直撃したパンク/ニューウェイヴの衝撃」』

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今年の正月休み、届いたばかりのサンハウス・ボックスを聴いて観て、TVK1月2日放送『ライブ帝国Revival RCサクセション 80's』(去年11月の再放送)とEテレ1月3日放送『AKIRA』(大友克洋監督)を録画したのを観て、一瞬いったい今は何年だっけ?と思ったが、さらにその気分を深くする雑誌が発売された。『昭和40年男 2026年2月号 vol.95「俺たちを直撃したパンク/ニューウェイヴの衝撃」』で2026年1月9日(株)ヘリテージより刊行。 この『昭和40年男』という雑誌、本屋でたびたび見かけて手にとることもあったが購入することはなかった。今年3月に田口トモロヲ監督映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ』が公開されるタイミングでオリジナル・パンクやニューウェイヴの特集、東京ロッカーズ関連の記事もあり、これはちょっと読んでみたいな、と思い購入。アーティスト、作家、デザイナー、フォトグラファー、プロモーターなどが自身の受けたパンク、ニューウェイヴからの影響を語っている。 インタビュー対象は、 ・小山田圭吾 ・KERA ・高木完 ・ハービー山口 ・ブレイディみかこ ・北村信彦 ・高橋ツトム ・麻田浩 ・S-KEN ・地引雄一 ・仲野茂 ・田口トモロヲ ・大貫憲章 それぞれ興味深い・面白いエピソードを語っているが、特にハービー山口のジョー・ストラマーとのエピソードがいい。ジョーが亡くなってすぐシンコーミュージックから出た追悼本に使われていた列車内のジョーの写真はそういう経緯だったのか。プロモーター麻田浩(トムス・キャビン)のインタビューでは、かつて勤めていたジェニカ・ミュージックでルースターズを担当、今では当たり前のように使われる“めんたいロック”というネーミングについて語っている。鮎川誠のアンプを借りた話もいい。ヒステリックグラマー創設者の北村信彦が語るパティ・スミスのポラロイド写真集を制作した時の逸話もいかにも。S-KEN、地引雄一と田口トモロヲが東京ロッカーズ、今回の映画周辺の話題について語っている。映画の原作者・地引雄一を写した写真(65ページ)で地引の後ろに写っているのは映画内で使用したLP盤なのだろうか、トカゲのアルバム(リザードのファーストアルバムがオリジナル)、ノー!ノー!バンド(ノンバンドの10インチがオリジナル)が確認できる。6...

サンハウス『55周年記念ボックス』CD-1『YOUNG KILLER LAST DAY 1971』

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今回のボックスリリースの告知を見て、これは聴いてみたいな!と購入するきっかけにもなった音源。サンハウスが博多のダンスホール「ヤングキラー」箱バン(専属バンド)時代の演奏。ほぼブルースのカヴァーで17曲を収録。 マディ・ウォーターズ、ジョン・リー・フッカー、ボ・ディドリー、オーティス・ラッシュ、エルモア・ジェイムスなどの面々に混じり、キンクス好きなんだな「Waterloo Sunset」と「Sunny Afternoon」、フリートウッド・マック「Rollin Man」、「Albatross」、ジェフ・ベック・グループ「Spanish Boots」、それにボブ・ディランの「Positively 4th Street」 も。 驚いたのは「Summer Time」で、ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーのヴァージョンを元にしているが、サンハウス(というか鮎川と篠山)ってこんなギターアンサンブルで演奏するんだ?というほど2本のギターが絡む、素晴らしい、面白い。こういう曲もやるんだというのがゼップの「Tangerine」で、アコースティックでフォーキーな原曲をややヘヴィなムードにアレンジ。   ブルースメン、それにジミー・ペイジ、ジェフ・ベック、ピーター・グリーン、なによりブルースへの愛情が伝わる録音である。

田口トモロヲ監督映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ』(原作:地引雄一)公開!

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『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ』トレーラー 地引雄一著『ストリート・キングダム』が田口トモロヲ監督で映画化されるということを前からちょくちょくニュース見て気になってたんだけど、これほんとに出来るのね。映画のオフィシャルホームページを見ると著者の地引、エスケン、モモヨ、レック、チホ、サヨコ、ミチロウ、アケミの配役わかるね。 以下 「パピネット」のHP より。 『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ』 スタッフ 監督:田口トモロヲ 原作:地引雄一「ストリート・キングダム」 脚本:宮藤官九郎 音楽:大友良英 キャスト 峯田和伸 若葉竜也  吉岡里帆 仲野太賀 間宮祥太朗 中島セナ 大森南朋 中村獅童 監督:田口トモロヲ 脚本:宮藤官九郎 峯田和伸(銀杏BOYZ)×若葉竜也 W主演で贈る青春映画! 1978年、たった1年で世界を変えた者たち 彼らはこう呼ばれたーー「東京ロッカーズ」 【物語】 これは事実を基にした物語。1978年、偶然ラジオから流れたセックス・ピストルズに衝き動かされ、田舎から上京した青年カメラマンのユーイチは、小さなロックミニコミ雑誌「ロッキンドール」に出会い、とあるライブハウスへと足を運ぶ。そこで出会ったボーカルのモモ率いるバンド「TOKAGE」のライブに衝撃を受け、無我夢中でシャッターを押した。そこは音楽もバンドも観客たちも何にも縛られない生のエネルギーに溢れた異空間だった。正式にカメラマンとしてライブの撮影を依頼されたユーイチはモモたちと交流を重ねる。やがて彼らの音楽は瞬く間に若者たちを熱狂させ、そのムーブメントは“東京ロッカーズ”と呼ばれ、日本のロックを塗り替えていく。世界を変えたのは、才能だけじゃない。音に賭けた、名もなき若者たちの衝動だった。 『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ』Official Site 劇場公開日:2026年3月27日 製作年:2025年 時間:131分 製作国:日本

サンハウス『55周年記念ボックス』DVD-4『CRAZY DIAMONDS YAON 1983』

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“それはARBの社長が仕掛けて、出来るんならやるよって、サンハウスとARB、ルースターズで野音をやった” ー柴山俊之ー(『Bollocks presents 日本パンク・ロッカー列伝』シンコーミュージック・エンタテイメント刊・2015年) 1983年、Vo柴山、G鮎川、B奈良敏博、D浦田賢一という篠山抜きのオリジナルメンバーの四人でサンハウス再結成。同年6月18日渋谷Live Inn、8月7日博多小戸公園「スーパー・ライヴ'83」、9月11日仙台スポーツランドSUGO「ロックンロール・オリンピック'83」でライヴをおこない、9月23日に日比谷野外音楽堂で「CRAZY DIAMONDS」と銘打たれたライヴでこの時の再結成を締め括った。 野音のライヴでは新曲として「ステディ・ドライバー・マン」、「センテ」、「ダイナマイト」がセットリストに組み込まれアンコールを含め20曲を演奏。同年ビクターよりリリースされたLP 『CRAZY DIAMONDS』は12曲入りだったが、カセット『CRAZY DIAMONDS <Absolutely Live>』(VCF-20033)には20曲を完全収録していた。1990年には18曲入りでCD化(オミットされたのは「ロックンロールの真っ最中」と「ミルクのみ人形」)され、2008年には20曲入完全収録(2枚組)でCD化されている。1983年リリース時には収録曲の「ステディ・ドライバー・マン」の一部(“俺は狂った”、“赤信号でも”など)を逆回転に加工・歌詞も伏せ字となっていた。CDでは通常のサウンドに戻され歌詞も印刷されているが、なぜこんなことしたのか不明(話題作り?)。レコードで聴いた時はちょっと興醒めだったな。 その野音のライヴ映像がサンハウス『55周年記念ボックス』に収録された。鮎川誠秘蔵のビデオ・アーカイヴからレストアされ、当日演奏された20曲が収録されている。この映像も1台のカメラで客席の後方から撮影されており、ステージ全体とズームを使用してプレイヤーのアップはあるものの、カメラの切り替えはない、おそらく資料用に撮影したものなのだろう。撮影を前提としていないので照明も不足してぼんやりした映像であることは否めず、収録時間1時間28分を通して観るにはちょっと辛いものもあるが貴重な映像である。オープニングSEにピン...

サンハウス『55周年記念ボックス』DVD-3『LIVE AT SHINJUKU LOFT 1982.12.31』

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“サンハウスのマネージャーやってた柏木って奴から、ルースターズのイベントで1日だけ歌ってくれって言われてさ。やりたくなかったから、諦めてもらうためにギャラの金額を吹っかけたら『分かった』って言うから、『じゃ、今払え』って言ったらその場で払ったけんさ(笑)。それでしょうがないからやった” ー柴山俊之ー(『Bollocks presents 日本パンク・ロッカー列伝』シンコーミュージック・エンタテイメント刊・2015年) “その大晦日のサンハウスも最初は柴山さんを柏木がブッキングしただけの話で、花田たちがバンドでバックする話やったみたいなのが、柏木やったか柴山さんやったか忘れたけれど、ドラムとベースを川嶋と浅田に頼みたいちゅう話になってね。それやったら僕も出らんか?ってことになって、いいよっちなって” ー鮎川誠ー(『月刊 鮎川誠 新宿ロフトの思い出』シーナ&ロケッツ・オフィシャル刊・2021年) 1982年12月31日・新宿ロフト。その日のスケジュールを見ると「LOFT SPECIAL '82-'83」1984 ゲスト・柴山俊之、とある。出演はこの頃体調不良の大江慎也を除いたルースターズの別ユニットとして活動していた1984。当初は1984(花田等)をバックに柴山俊之がサンハウスのナンバーを歌うという企画だったのだろう。しかし上記鮎川の話のようにリズム隊をB浅田孟、D川嶋一秀の当時シナロケ組(70年代サンハウス最終メンバーでもある)に依頼することになり、鮎川も参加することになったことでサンハウス復活+G花田裕之というメンツでライブがおこなわれた。花田は篠山哲雄の代役といった趣でリズムギターに徹している。その時の映像は後に未公認VHSビデオ作品『Previous Live』としてリリースされた。今ではYouTubeで観ることができる。 今回リリースされた55周年ボックスのDVDには12月31日のライヴ映像が2ステージ分収録されており、かつてVHSでリリースされた『Previous Live』の映像は2ステージ目だったことがわかる。いずれも映像は1台の手持ちカメラで収録されており、テープの保存状態のためか1ステージ目はところどころステージ上ではない映像(バンドロゴなど)を映した部分や音が揺れている部分がある。まぁブート映像を観るのに慣れている人なら問...

サンハウス55周年記念ボックス リリース!

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サンハウスの13枚組ボックスがAYU RECORDSより2025年12月25日リリースされた。 リリースのアナウンスを見て、花田裕之が参加した1982年大晦日の新宿ロフトでのライヴ映像2ステージ分(2ステージあったんだ!)、1983年日比谷野音(クレイジーダイアモンズ収録時)のライヴ映像!、これ2つだけでも購入即決した! 届いてひとまず開封したが、まだ未聴・未視聴。数日遅れたがクリスマスプレゼント、いや少し早い年賀か。 以下、SHEENA & THE ROKKETS Official Shopのインフォメーションより 【サンハウス55周年記念BOX】 内容 ・監修:鮎川誠、柴山俊之 ・CD7枚 / DVD6枚(全13ディスク) ・未公開写真を多数収めた 大判豪華ブックレット付属(88ページ) ・全紙ジャケット仕様+三方背スリーブケースの初回限定パッケージ ・全107曲中、完全未発表音源101曲(全初出) ・初DVD化映像6作品をまとめた豪華13枚組【完全限定生産】 サンハウス55周年記念ボックス2025年12月25日発売!トレーラー サンハウス55周年記念ボックスの 特設サイト あり。

THE BEATLES「FREE AS A BIRD (2025 MIX)」

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2025年12月3日、ユニバーサルミュージックよりリリースのCDシングル。 2023年にザ・ビートルズ「Now And Then」がリリースされたとき、ジョンのヴォーカルと後付けの演奏の一体感に感心、以前リリースされた「Free As A Bird」と「Real Love」も同様の最新技術デミックスを使用して制作して欲しいなぁと思ったが、その願いは叶えられた。 1995年版と比べてまず気がつくのは、ギターのストロークやアルペジオ、オブリのフレーズが前面に出ていることで、ややベースの音は抑えられたように思う。演奏のバランスを考えるとこれは賛否あるかも。ジョンの歌声は、もともとが自宅で録音したデモテープが素材なので通常のレコーディングとは違って大きな声で歌っているものではない。それをバンドとしてレコーディングされたダイナミックな音圧のある演奏とミックスするのだから違和感を感じるのは否めない。しかし今回ジョンのヴォーカルはよりくっきりと浮かび上がり、自然に演奏に溶け込んでいると思う。 鳥のように自由に 最高とはいかないけどその次に素敵なことさ 鳥のように自由に 無事に終わって 寝ぐらに帰る鳥のように僕は飛ぶ 翼を持つ鳥のように かつて僕たちが慣れ親しんだ暮らしはすっかり変わってしまった 僕たちは本当にバラバラの状態で生きていけるのだろうか どこで触れ合うことを失くしたのだろう あれほど大事に思えたのに つながりはいつも僕には大切なことだったんだ いつも僕が自由を感じていた かつての僕らの暮らしはどうなってしまったんだ 「Free As A Bird」Original Composition by John Lennon カップリングには同様にデミックス技術を使用し、新たにミックスした「Real Love(2025MIX)」。ジョンのヴォーカルはややはっきししたものの、ヴォーカルと演奏との一体感がいまひとつという意味では今回の2025年版でもそれほど改善されていない印象をうける。