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Japanese Punk and New Wave関連書籍 Vol.4 巻上公一著『宇宙の右翼 水中の左翼』

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日本のパンクとニューウェイヴの関連書籍をいくつか紹介。 1982年、PARCO出版より刊行されたヒカシュー・巻上公一の初めての著書(エッセイ)。劇団出身だけに演劇についての話は多い。音楽についての話はむしろ少ないかも。これについては巻上がこの本のあとがきで“意識的に音楽に関する記述を避けたようにも見うけられるが、そんなことはない。無知なのである。無知でも音楽をやれる生き証人なのだ”としている。音楽に関する話題では、ニューヨークで見たロックコンサートの逸話、ダンサーのベアトラン・レゾンの舞台やテキスタイル/ファッション・デザイナーのヨーガン・レールのファッション・ショーや石井聰亙監督の映画『シャッフル』の音楽を担当した経緯などが記されている。 巻上の幼少期〜高校時代〜東京キッドブラザースのロンドン公演、その時に誘われてルミエール&サン(ロンドンのアンダーグラウンド劇団)の舞台参加、ミスタースリムカンパニー〜自身の劇団ユリシーズの活動やその公演の概略などを掲載、また大森一樹監督の映画『風の歌を聴け』に俳優として参加した経緯も。巻末には野田秀樹との対談を掲載。 タイトルは、巻上公一がこの時点で全く新たな価値観の獲得に向けて突き進むイメージを言語化したものと思われる。

Japanese Punk and New Wave関連書籍 Vol.3 真保みゆき・小嶋さちほ著『乙女のロックだんご』etc...books about ZELDA

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日本のパンクとニューウェイヴの関連書籍を紹介。今回はまるまる一冊全てではないが、ゼルダ関連をいくつか。 右の画像で右上は、ミュージック・マガジン社から1985年に刊行された『乙女のロックだんご』。真保みゆきと小嶋さちほの共著。「にっぽん」、「アメリカ」、「ヨーロッパ」の当時のロックシーン・アーティストを二人の対談、インタビュー、評論で取り上げている(「にっぽん」の章ではインタビューは無し)。小嶋さちほはジョニー・サンダースとユーリズミックスのインタビューを掲載。四つ目の章では「二人のロックだんご」として「真保みゆきのロック半世紀」と「小嶋さちほのパンク半世紀」を掲載している。「小嶋さちほのパンク半世紀」は上・下に分かれていて、上が“ゼルダのリーダーになるまで”と題され、幼少期から女子美附属高校時代のエピソード、高校卒業後からのロック漬け生活〜ミニコミ『Change 2000』発刊くらいまで約9ページ。下は“お母さんになっちゃた”と題された出産〜育児について約10ページほど。表紙の二人のイラストは霜田恵美子によるもの(右の上の画像では小嶋さちほの顔が隠れちゃってるけど)。この本はミュージック・マガジンの“コンパクト・ブックス”シリーズの1冊として刊行されているが、巻末の続刊予定に地引雄一著『東京のパンク・ロック』が“10年の総括、写真多数”として紹介されている(後の『ストリート・キングダム』)。 小嶋さちほが作ったミニコミ『Change 2000』は画像だと下部分の2冊で1号と12号。1号(1979年4月30日発行)では、モモヨへのインタビュー、映画『ROCKERS』の製作・監督の津島秀明へのインタビュー、ヒカシューへのインタビュー(AUNT SALLYを絶賛)の他、”NOISE VOX”というニュースやゴシップを中心にしたコーナーでは“ボーイズ・ボーイズからチホが脱退、彼女はニューバンドを作るにあたってメンバーを募集”と後のゼルダとなるバンドメンバー募集記事、モモヨやツネマツなどの飼い猫紹介、それにS-KENも好きだというハーラン・エリスン著『世界の中心で愛を叫んだけもの』(ハヤカワSF文庫)の紹介があり、私も購入して読みましたよ。12号はチャンス・オペレーションのヒゴへのインタビュー、アコとフキエにメンバー交代直後のゼルダの近況、ツアーレポート、舞踏・山海塾へのイ...

松山晋也監修・別冊ele-king『J-PUNK/NEW WAVE-革命の記憶』

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2026年3月31日、Pヴァインより刊行。 映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』、いくつかレビューを読んだけど、当時を経験した世代、または東京ロッカーズ周辺を日本のロック史として知っている(聴いている)人たちは、ああしたらよかった、これが足りないみたいなレビューもあったが、当時の音楽シーンを知らない若者、世代には概ね好評のようだ。それは監督や原作者が望んでいたことでもあると思うので、なんか安心した。 その映画ではとりあげていなかった関西パンクシーン、関西NO WAVEと呼ばれたバンド・アーティスト群も1978年〜1979年には活躍し東京でもライヴをおこなっていたが、その代表的なバンドのひとつであるアーント・サリーを表紙にした、別冊ele-king『J-PUNK/NEW WAVE-革命の記憶』が出版された。 映画『ストリート・キングダム』が公開され、ここにきて書籍『ストリート・キングダム 最終版』、写真集『JIBIKI YUICHI FRICTION 1978-1985』と購買意欲を刺激される出版が続き、この他にもフリクションのシングル「Crazy Dream」や「I Can Tell」のアナログ再発もあり、さすがにシングルの音源はCD等数種持ってるので買わなかったけど。この『J-PUNK/NEW WAVE-革命の記憶』は、かつて雑誌『ロック画報』08号で吉祥寺マイナーについて回想録を書き、“何よりも「東京ロッカーズ」などといういちゃついたネーミングに嫌悪感を抱いていた”という松山晋也が監修している(『ロック画報』08号に掲載されていた記事は、松山晋也のブログに「 吉祥寺マイナーのこと 」として公開されている)。 地引雄一へのインタビューでは、地引が田舎の生活を撮影した写真が見られる(1枚だけど)。見たかったんだよねぇ…地引雄一が東京のロックシーンを撮影する以前の写真。福島県の農村を撮影した写真には、傾いた土壁の納屋と頰かむりをした農夫が写る。写真雑誌にも掲載されたというが他も見てみたい。インタビューはその頃の話題から最近のインディーズ・シーンとの関わりまでを語る、写真を含め16ページ。S-Kenのインタビューは写真を含め12ページで、ポジティヴな波動に満ちた内容。 小嶋さちほのインタビューは短いけど(写真を含め8ページ)、自身の音楽活動がパンクからスピ...

地引雄一著『ストリート・キングダム 最終版 東京ロッカーズと80’sインディーズ・シーン』

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2026年3月27日、SLOGAN/indies Pressより刊行。 1986年に ミュージックマガジンより 刊行された初版から40年、 2008年に K&Bパブリッシャーズより刊行された改訂版 『ストリート・キングダム 東京パンク/インディーズ・シーンの記録』から18年、 田口トモロヲ監督・映画『ストリート・キングダム自分の音を鳴らせ。』公開と同日に映画の原作『ストリート・キングダム』が最終版として刊行された。 巻頭に掲載された著者撮影のライヴやオフショット写真は、2008年版から若干追加あり紙質も見易いものになっている。本文の下部にある補足資料・画像も追加されている。最終章としてあとがきに2009年以降の事柄を記載、雑誌『ミュージック・マガジン』1985年3月号から13回にわたって掲載された「地引雄一の現場報告」が再掲載されリザード、フリクション、オート・モッド、くじら、G-シュミット、A-MUSIKなどを取り上げている。巻末には当時のチラシ、ポスター、ファンジンを掲載した「パンクアート・ギャラリー」で、こちらも2008年版から幾つか追加されている。 地引雄一はこの本のまえがきで「ストリート・キングダム」とは、 “何者にも従属しない自由な活力にあふれた異世界”であると記している。それは都市の地下に、路上に、ビルの中に、都市と対峙しながら生きる者達の生活空間に出現したのだと私は思う。 映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』はバンドの再現シーンについつい目が行きがちだが、この本を読み返して主人公ユーイチの物語だったんだなとあらためて思ったのである。 私が購入したタワーレコードではオリジナル特典があった。 タワーレコード購入特典:ポストカード(ザ・スターリン) タワーレコード購入特典その2:スマホサイズ・ステッカー(ノンバンド)

小出亜佐子著『ミニコミ「英国音楽」とあのころの話 1986-1991』

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2019年12月DU BOOKSより出版。 青山学院大学の音楽サークル“ 英国音楽愛好会 ”が発行していたミニコミ「英国音楽」に4号〜12号まで関わった小出亜佐子による当時の回顧録が出版された。 自らが発行人となった1986年春の「英国音楽」5号発行から1991年12月31日に小出が企画(バンドの選定)したオールナイト・イベント“ Hello 1992 ”(at クロコダイル)開催までをひとつの括りとしているようだ。小山田圭吾やペニー・アーケードの佐鳥葉子らが参加した座談会や仲真史(Big Love Records)のコラムなども楽しく読める。内容を簡単に紹介すると…。 著者は1965年生まれ。音楽の嗜好はサザンオールスターズから、ジャム、スタイル・カウンシル、その流れから東京モッズ系のバンドのライヴに通い、キュアー、アズテック・カメラ、バニーメン、ニューオーダー、ジュリアン・コープなどの来日公演に足を運び、スミスやオレンジ・ジュースなどUKポスト・パンク、ニューウェイヴへ移り、大学2年でサークル“ 英国音楽愛好会 ”に勧誘され入会。 ほぼ出来上がっていた「英国音楽」4号(1985年)から小出はミニコミ制作に参加、発行が危ぶまれた5号(1986年春)からは自らが発行人となり、6号(1986年夏)から小出の“ 完全私物化 ”となり、7号(1986年冬)からは、英国音楽だけではなく、東京モッズシーンやネオGSのバンドも取り上げ、ロンドン・タイムスやファントムギフトのインタビューも掲載、それらのバンドのライヴでミニコミを手売りしていたようだ。 8号(1987年春)は小出が英国へ留学のため後輩に託し、9号(1987年夏)ではブルーハーツのインタビューを掲載している。10号(1987年冬)をはさんで、11号(1988年夏)ではロリポップ・ソニック等を収録した初のフレキシ・ディスク付きとなった。続いて12号(1989年5月)もフレキシ付きだったがこれが最終号となる。 オレンジ・ジュースやジャズ・ブッチャー、パステルズ、TVパーソナリティーズ、ヴィック・ゴダードなどのイギリスの音楽を紹介しながら、日本のビート系、東京モッズ、ネオGSという当時の日本の旬なシーンも紹介し、ペニー・アーケイド(ポートレート・レコードから1988年にリリースされたオムニバス『NEO?』に参加)、ロリポッ...

ZELDA『はじまりのゼルダ 最初期音源集1980-1982』

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2019年4月20日、いぬん堂からリリースのアルバム。 ゼルダの初期音源というと2枚の自主制作シングル盤。1980年ジャンクコネクションからEP「Ash-Lah c/w ソナタ815 / BE-POP」、1981年アスピリン・レコードからソノシート「MACKINTOSH-POPOUT c/w マッチングシュール / 灰色少年」がリリースされていたが、この2枚のシングルからこれまで音源が復刻、CD化されたのは、1982年12月15日にジャパンレコードからアナログ盤でリリースされたコンピ『レベル・ストリート』に「ソナタ815 」が収録され、後年数度CD化。2003年3月19日にソニーからリリースされた『GOLDEN☆BEST ZELDA time spiral』に「Ash-Lah」と「ソナタ815 」が収録、 2003年10月1日にテイチクからリリースされた『DOLL Presents GET THE PUNK J PUNK&NEW WAVE 1972-1991』に「マッチングシュール」が収録されていた。 今回いぬん堂からリリースされた『はじまりのゼルダ 最初期音源集1980-1982』は、ゼルダ“最初期”の記録を集めたというCD2枚組アルバム。 Bチホ、Dマル、Gヨーコ、Voサヨコというメンツでリリースした自主制作盤の初期2枚のシングル収録曲全曲を初めて収録、ヴォーカルにサヨコが参加して約5ヶ月後の1980年8月〜メジャーデビューアルバムをリリースして約1ヶ月後のドラム・マルが脱退する1982年9月までの未発表ライヴを収めた全38曲入り。ライヴテイクは年代順に収録されており、1980年のライヴをDisc1に、1981年と1982年のライヴをDisc2に収録している。 Disc1-track1〜2にジャンクコネクションからリリースEP収録曲「Ash-Lah」と「ソナタ815」を収録、 Disc1-track3以降はシングル盤収録曲を含め全てライヴ・テイクになる。収録されたライヴがおこなわれた年月日と会場を記しておくと、 1980年8月24日渋谷ワルツ(Disc1-track3)=ジャンクコネクションからリリースEP収録曲「BE-POP」 1980年8月31日早稲田すぺーすJORA(Disc1-track4〜13) 1980年9月25日渋谷屋根裏(Disc1-tr...

私の放浪音楽史 Vol.26 YELLOW MAGIC ORCHESTRA『増殖:MULTIPLIES』

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1980年6月アルファよりリリースのアルバム。 洋楽ではストラングラーズ、クラッシュ等、邦楽ではリザード、ヒカシュー、パンタ等を聴いていた1980年頃。世間的にヒットしていたのはYMOだった。1979年リリースの『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』に収録されている「ライディーン」はシングル盤でもリリースされ大ヒット。当時はこの曲にあわせて踊るのが流行ってた。原色の竹の子族的な衣装で、長い鉢巻とかして。高校の運動会とかでもこの曲を使って踊って応援してる人がいましたよ。そういうのを見るのが嫌だったし、それでYMOは当時聴かなかった。聴こうとしなくても耳に入ってきたけど。『ソリッド・ステイト~』もファーストのUS版もどこかで聴いていた(ファーストUS版のジャケットは好き)。 このアルバム『増殖:Multiplies』は面白いギャグが入ってるからって借りた覚えがある。アナログ・リリース盤は10インチで、このサイズが変わってるなと思ったが、その10インチのジャケットを12インチサイズにあわせるため段ボールで外枠を作ってるのも奇妙だった(ずらり並んだ人形のジャケも)。 そんな訳で『増殖』を借りたものの音楽は特に興味がなくまともに聴くこともせず、“スネークマン・ショー”と題された幾つかのギャグ/コント目当てだった。小林克也と伊武雅刀のやり取りが爆笑というかニヤリな内容だった。英語コンプレックスを題材にしたものや、 “開けろ!” “だ・だあ~れ~?”が流行った警察ネタもの、林家三平のパロディ(中国での落語公演、時間差爆笑)、なんといってもロック評論をネタにした“良いものある、悪いものもある”が最高だった。普遍的な内容だ。 だけど後々あらためて楽曲を聴き素晴らしいと思った。プラスティックでエロティックでゴシックな歌詞に時事ネタを織り込んだポップな「Nice Age」、アーチー・ベル&ザ・ドレルズのカヴァー「Tighten Up (Japanese Gentleman Stand Up Please!)」はスカを意識したグルーヴィーな演奏もさることながら、キテレツな小林克也のヴォイスも面白い。ソリッドで近未来的なイメージの「Citizens of Science」、シャープなスカの「Multiplies」(「荒野の七人のテーマ」がモチーフに使われている)。この4曲はどれも大村...

私の放浪音楽史 Vol.20 P-MODEL『IN A MODEL ROOM』

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1979年8月ワーナーよりリリースのアルバム。 1973年から活動していたプログレッシヴ・バンド“マンドレイク”がパンク/ニュー・ウェイヴに影響を受け1978年に解散。マンドレイクのメンバー3人(平沢進Vo&G、田中靖美Key、田井中貞利Ds)にベーシスト(秋山勝彦)を加えP-モデルを結成、1979年に発表したのがこのデビュー・アルバム。このアルバムを聴いたり、テレビの特集で見たパンキー・テクノなバンドの前身がプログレ・バンドだったとは当時知る由もなかった。後にリリースされたマンドレイク『アンリリースド・マテリアルVol.1』(1997年)のライナーには、"70年代中期に新月、美狂乱と並び称され” ていたと書いてある。新月のアルバム(1979年リリース)は聴いていたけれど、 どこかで名前くらいは見ていたのだろうか。 平沢進はパンクのヴィジュアルから大きく影響を受けたと語っている通り、ジャケットの配色はピストルズの『Never Mind The Bollocks, Here's The Sex Pistols』を意識したような色使いでヴィヴィッドなイエローとピンクが使用されている。初回プレスはピンク・ヴィニールだった。 シングルになった「美術館で会った人だろ」を始め、スカのリズムを取り入れた「ホワイト・シガレット」や「サンシャイン・シティー」など キーボードがカラフルでパンキーなスピード感のあるナンバーが多いけれど、ドラムのリズム、フィルの多彩さと安定感はさすが前身がプログレ・バンドだけのことはある(当時はそんな聴き方してなかったけど)。その分ベースはシンプルなルート音の演奏が多い。秋山はベース初心者だったようだが「偉大なる頭脳」ではベースのフレーズが効いている。平沢の出身地近郊をタイトルにした「Kameari Pop」の電子音のダンサブルな心地よさも特筆もの。この場合の“Pop”は“Population”の略だろうか、亀有の住人を観察したセカンド・シングル。後年歌詞が変更されている。 初期の攻撃的なパンキッシュなサウンドは3枚目のアルバムからは徐々に内向的な音作りになるが、その前触れとも(マントレイクの手法に戻っていくとも)いえる「偉大なる頭脳」、「アート・ブラインド」、「ソフィスティケイテッド」も面白い。歌詞の内容は「美術館で~」や「子供...

私の放浪音楽史 Vol.19 ヒカシュー『ヒカシュー』

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1980年2月イーストワールド/東芝EMIよりリリースのアルバム。 ヒカシューで強く印象に残ったのは、メンバーが真っ赤なブレザーに白いパンツスタイルの東京オリンピック(1964年)日本選手団制服を着ていたヴィジュアル。 “金曜娯楽館”だったか“ステレオ音楽館”だったか定かではないが1980年頃のテレビ番組のニュー・ウェイヴ/テクノ・ポップ特集を見た時だ。それに巻上公一のユーモラスで不気味な表情と強い発声、コミカルなイメージがありながらも機械的でユニークな楽曲も印象に残った。バンド名の“ヒカシュー”も奇妙ですぐ覚えられる。武満徹の “悲歌” に由来するが、無意味化するためカタカナにし、無意味な “ヒカ” として様々な楽曲を演奏する、そういった意味を無化する“集” 合体であることから、 “ヒカシュー”と名付けたと巻上が語っている(ばるばら著『ナイロン100%』アスペクト社発行)。 オリンピックの制服はファースト・アルバムのジャケットでも着用している。このアルバム・ジャケットで使用されている椅子は渋谷にあったニュー・ウェイヴ・バー“ナイロン100%”(ヒカシューのメンバーも訪れ、ライヴもしている) で使われていたものと同じものらしい。だけどこのアルバム・ジャケットはイメージが散漫な気がする。裏ジャケの滝本淳助による“路上でこたつに入りインターフェースのケーブルを抜き差しするヒカシューの面々”のほうが このグループの特徴を良くとらえていると思うけど。 当時ヒカシューはドラムレスでリズム・ボックスを使用していたが、ファースト・アルバム(プロデュースは近田春夫)では、ゲスト・ミュージシャンで泉水敏郎(8 1/2、ハルメンズ)や高木利夫(近田春夫&BEEF、ジューシー・フルーツ)がドラムで参加している。ドラムスのクレジットがないのは「20世紀の終りに」、「プヨプヨ」、「炎天下」、「ヴィニール人形」、「幼虫の危機」だが、「20世紀の~」はスネアだけ入れようとかリズム・ボックスのレコーディングには苦心したようだ。 アルバムの内容はどの曲も個性的。「レトリックス&ロジックス」や「ルージング・マイ・フューチャー」はロックンロール・ベースな スピード感があるナンバー、Xレイ・スペックスを彷彿とさせる。「モデル」はクラフトワークの日本語カヴァー。怪奇大作戦なムードの「ヴィニー...

中西俊夫著『プラスチックスの上昇と下降、そしてメロンの理力・中西俊夫自伝』

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K&Bパブリッシャーズより、2013年7月出版。 1956年生まれ57歳、プラスチックス、メロンの中心メンバーであり、メジャー・フォース・レーベルの設立者でもある中西俊夫の自伝が出版された。英題 " THE RISE AND FALL OF PLASTICS AND MELON, MAJOR FORCE BE WITH YOU " はデヴィッド・ボウイのもじりか。 これを読むと、プラスチックスが佐久間正英を除き素人というかイラストレーター、デザイナー等のクリエイターが遊び半分で結成云々…というものではなく、中西自身かなりの音楽マニアであり、中西に関してはもともとミュージシャン志向だったのだろう。なにしろ中3でグランドファンクの来日公演に行き、エレキ・ギター(グヤトーン製)とアンプとファズを手に入れ、翌年ゼップの来日公演に行き、高校の修学旅行を欠席してデヴィッド・ボウイの来日公演に行くくらいだ。高校卒業後にはセツ・モードセミナーに通いつつ原宿キディ・ランドでメロディ・メーカー、NMEなどの音楽紙や洋書の音楽雑誌を手に入れてたと書いてある。 1976年にはプラスチックスを結成、パーティ・バンドとしてボウイやヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ロキシー・ミュージックなどのカヴァーを演奏していたが、決定的だったのは取材に行ったボウイから「オリジナル曲を作れ」という助言を受けたこととセックス・ピストルズの登場。もちろん色々なところから影響は受けたと思うが、中西はこれからはクラフトワーク+ピストルズという考えになったらしい。 1977年には日本コロムビアのスタジオでデモを録音している。録音されたのは5曲で、この自伝の付属CDに収録されている(今回が初リリース)。収録曲は以下の通り。 「Anti Christmas」 「Digital Watch」 「I Am Plastic」 「Tokyo Banzai」 「Hate」 このデモのプロデューサーは何故か本文中では「山***」と伏字になっているが、2005年のタワーレコード・オンラインの記事 『中西俊夫のニューウェイヴな世界』 で中西は別に隠さず「山下達郎がプロデュースしてる」とコメントしている。 ヴォーカル、ギター、ベース、キーボード、ドラムス、コーラス×3の計8人という初期のバンドサウンドが録音され...

OMNIBUS a Go Go Vol.34 『極東最前線』

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“極東最前線”はイースタンユース主催で1994年11月から現在まで続くシリーズギグ。 このアルバムはシリーズ30回目のライブ(2000年8月渋谷クアトロで3日間行われた)を記念して2000年7月にリリースされた。 収録バンドはいずれも“極東最前線”出演歴のあるバンドで、かつイースタンユースと同郷(札幌)のバンドも多い。シリーズギグ主催者のイースタンユースは「曇天と面影」を収録。バンド結成当時のOi、スキンズ系の強面なサウンド・表現から日本的なわびさび・叙情的な表現をエモーショナルなサウンドにのせたものに変化し、より多くの人々へ浸透した。この「曇天と面影」もふさぎこむ感情にそっと、だけど少し力強くノックする名曲。 “極東最前線”には第1回目から参加している怒髪天も感情を掘り起こす歌を聴かせてくれるバンドだ。個人的にはARB(田中一郎在籍時)を継ぐバンドと言いたい。このアルバムには「サムライブルー」を収録。孤独の魂をこがす歌がここにもある。DMBQは探偵物か刑事物のテレビドラマのテーマ曲のような「極東最前線のテーマ」。 DMBQが“極東最前線”というテーマをインストゥルメンタルで表現したのなら、NUMBER GIRLの「TOKYO FREEZE」は“極東最前線”という言葉にがっぷり四つに取り組んだ重要なナンバーといえる。DUBのサウンドにラップをつぶやく。そこにはギター1本つかみとり、最前線で冷凍都市=TOKYOと対峙し重音楽を鳴らす姿が描かれる。 “キックとベースが生みだすフレイズ 8ビートのスキマに広がるスペース  1弦から6弦へ 1フレットから24フレットへ  この広大な思索の荒野を着流しで練り歩くオレ  6本の狂ったハガネの振動 R・O・C・Kでお前を扇情  戦場 いってみればこの街あたりもそう  戦場 果てることのない暴力衝動  諸行無常 武装した夕暮れが行き着くところ  極東最前線” 他にはいきなり“ケツから...”で始まるfOUL「wax&wane」、変幻自在なあぶらだこ「横隔膜節」、NAHTの美しい「as karma goes」、メロコア系のMOGA THE ¥5、それまでの英詞メロコアから日本語の太いロックを鳴らすバンドに変わっていったHUSKING BEE、素朴な演奏のピジョンズ、 ベース×2にドラムという珍しい編成のバンドのsquashed...

OMNIBUS a Go Go Vol.32『PASSED DAYS』

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副題を “ZK records pre-released songs compilation 1992-1997” という、ZKレコードのサンプラーで1998年のリリース。 ヘヴィ・ミクスチャーのWRENCH、BACKBONE、ATOMIC FIREBALLや、最速コアCOWPERS、ノイズの肉自動車、打ち込みハードコアなHAMMER BROS.、ファンキーなTHE マニラ帰り、ニューウェイブな音像ながらコーラスが印象的なCONVEX LEVEL等が収録されているが、個人的にはこのサンプラーで初めて聴いたCOALTAR OF THE DEEPERSの「CELL」。 激しいギターサウンドに繊細なアレンジ、コントラスト際立つ線の細いボーカル。浮遊するスピード感ともいうべき疾走感&表現力が素晴らしい。この「CELL」は1997年、2回目にリリースされた『CAT EP』(ZIKS-047)、俗に言う “CAT EP2” からの収録だが、カタログ番号で2つ前の『CAT EP』(ZIKS-045)のまとまったサウンドとはひとつひとつの音の激しさが(音粒の激しさが)違う仕上がりになっている。 他、そのDEEPERSに後に参加するイチカワマキコが在籍したBPの「カウント」、ストイックな演奏にクールな女性ボーカルのGAJI「hoop loop」、芯の太いサウンドを聴かせるRUFFIANS「FOR LIFE」、痛郎のそれぞれの楽器が良く鳴っているサウンドに切ない歌が重なる「春夏秋冬」等々、17バンド18曲を収録。

OMNIBUS a Go Go Vol.21『TASTE OF WILD WEST 3』

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“西部無法地帯の味”と題された関西地方のノイズ系コンピレーションでシリーズ3作目。1990年、徳間ジャパンからリリースされた。 タイトルはアルケミーからリリースされたLP『WEST PSYCHEDELIA』や1988年8月大阪エッグプラントでおこなわれたライブ“WALK ON WILD WEST”を収録した『WEST PSYCHEDELIA 2』の流れをくむものだ。 山塚アイ・Unrimited Freak Out or Dieの正にワイルドな演奏や、ユーモラスかつキケンなボアダムズ、そのボアダムズにも在籍した山本精一・思い出波止場のフリーキーな楽曲、インキャパシタンツの不安感を増す音響、ソルマニアのハイパーに捻れた演奏、このコンピのオーガナイザーでもあるJOJO広重率いるキングオブノイズ・非常階段の27分に及ぶノイズと絶叫...と物凄い無法地帯ぶりだが、轟音、雑音、騒音、爆音、奇声と怒号、唸り、叫び声の狭間に、ひっそりと静かに、しかし色彩豊かに咲いたエンジェリン・ヘヴィ・シロップの演奏がとても魅力的だ。 表情豊かなベース、多彩なリズムを刻むドラムス、澄んだ音とノイジーな音を使い分けるギター、透明感のある歌声・スキャット、それらが一体となり、SEで水の音を使用しているからか、音で水面に波紋を描いているような印象を与える「Crazy Blues」は、エンジェリン・ヘヴィ・シロップとしての初レコーディング曲。アレンジは多面的だ。 エンジェリンは板倉峰子(Vo&B)、中尾峰(G)、マンドレイクヨウコ(Ds)により1989年に結成され、このコンピに1曲を提供した後、1991年にファーストアルバムをリリースした。アメリカ・カリフォルニアの“Subeterranean Records”からリリースされたエンジェリンのファーストアルバムには、この「Crazy Blues」がボーナストラックとして収録されている。 アルケミーレコードHP内 JOJO広重こころの歌・最後の歌 第99回 には、再発されたAngel'in Heavy Syrupのベスト盤をJOJO広重が推薦している。このベスト盤には『TASTE OF WILD WEST』収録とはバージョン違いの「Crazy Bules」(セカンドアルバムからの選曲)が収録されている。

OMNIBUS a Go Go Vol.20『TECHNOLOID』

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副題を“JAPANESE 80's NEW WAVE SAMPLER”、日本でもっとも80'sニューウェイブな漫画家の一人といっても良い江口寿史のイラストによるジャケットで徳間ジャパンから2006年にリリースされたコンピレーション。監修はいぬん堂で『Impossible!』の姉妹編といってもいいかも。 オープニングはPLASTICS「PATE」でシングル「GOOD」のB面曲。緊張感&焦燥感あふれる演奏にボーカルはHOT&COOL!。ゲルニカ「戒厳令」デモトラックは元々8 1/2の曲。ゲルニカの『IN MEMORIA FUTURI』に収録トラックだが、このBOXは現在入手不可・再発希望。 ヒカシュー「プヨプヨ」のライブバージョン(ベストアルバム『ヒカシュースーパー』収録曲)迫力あり。GATE BALLによるクラフトワークのカバー「THE MODEL」(ヒカシューもカバーしてた)はユニーク。SHAMPOO「Tonight」はシングルA面曲。ストロベリースィッチブレイドの先駆けサウンドと言ってもいい感じだ。 8 1/2の曲をリメイクMUSCLE BEAT「Bed-Room Queen」は「暗いところへ」タイプの曲だが、ハードなアレンジになり際どさが薄まった気がする。 8 1/2は「踊れない」を収録。8 1/2をここまでプッシュするいぬん堂から『メモアール』再発してくれないものか。 このコンピで初めて聴いた尾道の女の子バンドGROOPY「かさをさしてライトで照らして」は、1985年PICNIC RECORDSからリリースの6曲入り8インチ『I LOVE YOU』から。これ全部聴きたいなぁ。DIE OWAN「さびた組曲」もこのコンピで初めて聴いた。EP-4「5・21」はソノシートから収録。

OMNIBUS a Go Go Vol.19『IMPOSSIBLES!』

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1980年代日本のロック再評価ということもあって、2000年代に入り作られた様々な80'sコンピレーションのうちの1枚。『REBEL STREET』シリーズから続くジャパニーズ・パンク・ニューウェイブ・コンピの歴史を持つ徳間ジャパンから2002年にリリースされたコンピレーションで、監修は“いぬん堂”。収録されたアーティストも徳間・WAXに限らず選ばれている。 平沢進プロデュースで1982年に徳間音工からリリースされた足立真理と折茂昌美のユニット、SHAMPOOのデビューシングルB面曲「ストック」収録がうれしい。シュールかつテクノかつパンキーな曲だ。アーント・サリー「ローレライ」は1974年4月30日京大西部講堂のライブで 『LIVE 1978-1979』リリース時のディスクユニオン限定特典カセットから。フールズ「わけなんかないさ」は80'sコンピなのに収録時期は1990年12月だが名古屋ハックフィンの未発表ライブテープからで、パブロッキンなバッキング・ギター&グルーヴィーな演奏に痺れる。ヤプーズ「フリートーキング」(ハルメンズのカバー)はクラブチッタ川崎1988年12月2日のライブテープから収録。 他には近田春夫、野元貴子(ガールズ/Pinups)等のGATE BALLによるキンクスのカバー「You Really Got Me」には脱力。突然ダンボール「くそまみれ」は突段の3枚組アルバム『アイ・ラブ・ラブ』(OZ Discリリース)で初めて聴いた時は突段にもこんなパンクチューンがあるのか、とびっくりした。久保田真吾、泉水敏郎、ブラボー小松等のバンドMUSCLE BEATによる8 1/2のリメイク「暗いところへ」(『東京ニュー・ウェイブ '79』に8 1/2のライブ・トラックが収録されていた)は、グラム!で “ゲットイットオン” な仕上がり。 SHAMPOOは今も折茂昌美がKCという男性と共に活動を続けており、2011年5月にはアルバム『BLIZZARD DRIVE』がリリース。 SHAMPOO HP この後もテイチク系インペリアルからは雑誌DOLLの相川和義監修でCD4枚組『Get The Punk』(2003年)、ビクターからはCD2枚組で『爆裂!ニュー・ウェイヴ1980』(2006年)など80'sジャパニーズ・パンク・ニューウェイ...

OMNIBUS a Go Go Vol.15『SOME GIRLS ~REBEL STREET Ⅳ~』

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1987年4月25日リリース。REBEL STREETシリーズの第4弾はGirlグループ、またはボーカルが女性のバンド・アーティストを集めたオムニバス。 プロデュースは前作『JUMPING JAM』に続いて柏木省三だった。リリース当時MID80'sのニューウェイブ色が濃いが、ハードロック・グループも収録している。 発売に先立って4月1日~3日には新宿ロフトで発売記念ライブがおこなわれ、VIGRIN ROCKS、蟻プロジェクト、葛生千夏、BARBARA、RITAN、 CLAN、麝香猫、STILLが出演した。 DATE OF BIRTHの前身MIND CONTROL名義のエキゾチックな「赤いエナメル」、そのDATE OF BIRTHがバックアップしていたNANA(インディーのアイドル的な 売り出し方だった)の「ガラスの涙」、ZELDAのオリジナルメンバーでギタリストだったヨーコのCLAN「FALLEN' ANGEL」、GIRLS~ピンナップスのRITA(野元貴子)のRITANはギターのダビングにのって囁くようなボーカルを聴かせる。 THE COMESのチトセ率いるVIRGIN ROCKS「HEY!」。サウンドはハードロック化。 最初期の蟻プロジェクト、日の丸ファクトリー(ゲーム音楽を作っていた模様)の打ち込みサウンドも良いし、恒松正敏プロデュースから離れサウンドが変化しキュートでポップなSTILL「彼女はアドバルーン」もコケティッシュな魅力。麝香猫は近頃沢田研二のツアーにも参加しているGRACE(Chiho Hayashi)がドラムだった。葛生千夏のエドガー・アラン・ポーの詩に曲をつけた「ANNABRL LEE§2」は、1分27秒と短い曲だが演奏(彼女自身)歌声ともに荘厳な響き。素晴らしい。他MENS、BARBARAを収録。

OMNIBUS a Go Go Vol.10『くっついて安心』

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1984年12月にバルコニーからリリースされたオムニバス・アルバム。 チャクラ、キリング・タイムの板倉文プロデュースで、“4バンドを素材にしたエクスペリメンタル・アルバム” ということだ。しかし実験的といっても“小学生のための楽しい実験セット”のたぐいのもの、と付属ブックレットには説明されている。 その“素材”として収録されているのは、 少年ナイフ サボテン D-DAY コクシネル の4バンド。 インディーズ・シーンではパンク・ハードコアといった強面なバンド達とは対照的に素朴な演奏を楽しませるニューウェイブなバンド(たとえば洋楽だとYOUNG MARBLE GIANTSのような)達も人気を集めていた。ここに集められたバンドも、そういった趣きを持っていると思う。1984年10月~11月にかけてレコーディングされたが、少年ナイフのみ既発音源をリミックスしたようだ。 バルコニーレコードはジャケット、内容、ブックレット、音質も含めトータルに良質なレコードを送り出す事を追求したレーベルといわれたが、これはそのエポック的な作品といえる。 独特の世界観をもったコクシネル、ガールズ・グループの先駆的な少年ナイフ、それに D-DAYのポップでキュートな魅力が楽しめる。“実験セット”的といえるのはサボテンか。 

OMNIBUS a Go Go Vol.9『時の葬列』

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1983年12月から「時の葬列・終末の予感」と題されたシリーズギグを開始したのにあわせ、SMSから1984年8月にリリースされたオムニバス・アルバム。 タイトルは『時の葬列 Selections From Excommunicated Monument』。サブタイトルは“社会から除外・破門された音楽の記念碑”という意味か。 「時の葬列」、「Wandering Child」がAUTO-MODの2曲だが、共に反モラル、反権力な意志を感じさせる。特に「Wandering Child」の一節が問題とされて歌詞カードが当て字 “母”→ “葉々”になっているし、2002年のCD化の際には音に修正が加えられている模様(アナログしか持っていないので確認していない)。ドアーズ「The End」に通じるものを感じさせて、聴き応えのある曲だ。この頃のAUTO-MODにはBOOWYのG布袋、D高橋まことが参加。サックスもフリーキーな色を添えている。 個人的には目当てのG-SCHMITT、「Kの葬列」はデビューソノシートに収録されていた曲の再録(アレンジはほぼ同じ)、ダンサブル、クールでビューティな演奏の「Catholic」は聖戦という名の背信。 SADIE SADSの2曲は強力にダンサブルでメタリックかつインダストリアルなトラック。あと1バンドはMadame Edwardaを収録。

OMNIBUS a Go Go Vol.4『GOZIRA SPECIAL DINNER』

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これまた“EDPS Complex” のコンテンツでも紹介しているが、ミラーズ、ミスターカイト等のシングルをリリースしていたゴジラ・レコードのオムニバス・アルバムで、リリースされたシングルから選曲して収録した他、各バンドのライブトラックを収録して1983年8月に発表された。 初期にエンジニアとして関わっていたリザードのモモヨ、数枚のレコーディングで使用されたのは六本木S-Kenスタジオ、後にフリクションに参加するツネマツのシングルリリースなど、東京ロッカーズ総力戦・集大成とも言えるのではないか。 1978年にゴジラ・レコード主宰ヒゴのミラーズのシングルを皮切りに、ミスターカイト、ツネマツマサトシのシングルを、翌1979年には高木完のFLESH、ミラーズの2枚目、ジュネのMARIA023のシングルをリリースした。録音・制作が完全に手作りで、技術・機材も満足できるものとは言えなかった1978年に比べ、1979年リリースのものは音質が格段に良くなっている。 その中でも音質が良くないながら、かえってそれがアンダーグラウンド感を増幅させるミスターカイトの「共犯者」が出色と思う。『東京ロッカーズ』で取り上げたミスターカイトの「EXIT B9」のスタジオ・バージョンをカップリングにしたシングルだった。 “いいモノを持って夜の街へ、ビルの屋上へつれてってよ、恋人じゃなくていいわ”と歌われるこの曲は “秘密” がキーワードか。ネオンの海を見渡すふたりのヴァンパネラ、目撃者は無言の月(ディアナ)だけ…。ここでもキレのいいギターとボトムの太いリズムを従えて歌うジーンが魅力的だ。 プリミティヴな魅力にあふれたミラーズなど、もちろん他のバンドも聴き所は多い。テレグラフレコードからリリースのアナログ盤には収められていた鳥井ガク率いるPAINのトラックは、その後数回のCDリイシューには未収録。PAINはゴジラ・レコードからシングルリリースの予定があり録音済みだがグループの解散によりお蔵入りとなった。

OMNIBUS a Go Go Vol.3『REBEL STREET』

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これも“EDPS Complex” のコンテンツでも紹介しているが、東京ロッカーズ後のオムニバスとなると、これか。『REBEL STREET』のリリースは1982年12月だから、既にパンクロックの初期衝動から次へ発展・移行していった、という時期。 下に紹介した2枚のオムニバス・アルバムがリリースされた1979年は、Public Image Ltd『Metal Box』、The Pop Group『Y』、The Slits『Cut』、Joy Division『Unknown Pleasures』が、1980年にはThe New Age Steppers『The New Age Steppers』、Bauhaus『In The Flat Field』が、1981年にはA Certain Ratio『To Each...』、Rip Rig & Panic『God』といったアルバムが発表されている。 フリーキーかつアヴァンギャルド、エクスペリメンタルで、あるものは重く、あるものはファンキーでもあるこれらのアルバムが、日本国内アーティスト達にも少なくない影響を与えたのではないか、と想像する。 1982年、直線的なパンク・ロックからフリーフォームなニュー・ウェイヴへライブハウス・ロッカーズ達は変貌していた。そのショウ・ケース的なアルバムだ。 EDPSのトラックは突出して素晴らしいが、他のチャンス・オペレーション、NON BAND、P-MODEL、アレルギー、SHAMPOOも好トラックと思う。平沢進がプロデュースしたSHAMPOOの「Rondhe」は、折茂昌美と足立眞理2人組時代の数少ないレコーディング・トラック。 突然ダンボールも楽しい曲だ。吉野大作は録音が他と比べて悪いのが残念。 町田町蔵はINU解散後初のレコーディング作品になるが、どうもボーカルと演奏がマッチしないというか、ボーカルが浮いて聴こえるのは、ここから始まっている気が個人的にはする。 リザード、ゼルダは選曲をもう少し練って欲しかった。