Japanese Punk and New Wave関連書籍 Vol.5 JOJO広重 美川俊治 JUNKO コサカイフミオ 野間易通 共著・『非常階段・A STORY OF THE KING OF NOISE』

日本のパンクとニューウェイヴの関連書籍をいくつか紹介。

K&Bパプリッシャーズから2010年に刊行された非常階段のヒストリー本。

メンバーのJOJO広重や美川俊治、ジュンコなどの生い立ち、音楽への傾倒を紹介しながら、JOJO広重の経歴を中心にバンドヒストリーが進められていく。広重は高校時代にベースギターを手に取り初めてのバンドSLOTHを結成、ビデとの出会い、ビデ&ジョジョ〜ウルトラ・ビデ結成、並行して螺旋階段を結成し活動するが広重は楽器をベースからギターに持ち替え1979年11月に非常階段が誕生(ライヴ・デビュー)する。このときは広重と頭士奈生樹のギター2本という編成だった。広重はウルトラ・ビデと螺旋階段から脱退(螺旋階段はイデオット・クロックとなる)するが、2回のライヴで非常階段もデュオ解消となった。

1980年春、広重は美川俊治を誘い、腐食のマリィというバンドを新に結成して活動を開始、1980年6月6日新宿ACBでライヴを行うがこのライヴ告知のバンド名は非常階段になっていた。この時のライヴを広重は気に入っており録音したテープを聴き返してはこれをレコードにできないかと考えていたが、美川を通じてアンバラス・レコードの林直人にレコード制作を持ちかける。演奏が30分程しかなかったため、他バンドとのオムニバスとなり『終末処理場』として1980年12月にリリースされた。

1981年4月19日、非常階段はザ・スターリン他と京都磔磔に出演。非常階段はこの時初めて生魚・納豆・放尿・嘔吐のパフォーマンスをおこない磔磔出入り禁止に。再びザ・スターリンと共演した6月27日の横浜・慶応大学日吉校舎、新宿ロフトでのイベント「FRIGHT 7 DAYS」の6日目(8月28日)、11月27日の同志社大学至誠館において、いずれもワイルド・ウエストなパフォーマンスを繰り広げ、1982年4月には初の単独アルバム『蔵六の奇病』をリリース、4月5日に新宿ロフトでアルバム発売記念ライヴを行うがその凶暴なパフォーマンスにより新宿ロフトを出入り禁止に。

その後もアルバムリリースやライヴ、バンドの歴史が綴られているが、JOJO広重の設立した輸入ビデオ卸会社「井上ビデオ」、インディペンデント・レーベル「アルケミーレコード」、野球カード専門店「ジョーズ・スポーツ・カード」の話も面白い。

この本の中で広重が、
”やっぱりルーツ的にも、ジミヘンとかリッチー・ブラックモアとか近いですね。あれがかっこよかったわけですよ。やっぱりロックの中で、ああいうギターを壊したりキィィーンとハウリングしたりっていうのが、いちばんハイ・テンションなとこでしょ。そこだけが延々と続く音楽があったらいいのに…と思ってたわけです” 
と語っているが、アートフォームとしての前衛音楽でもなく、ジャズ・インプロヴィゼーションの延長でもない、ロックの爆発した破壊衝動の連続・拡張・特化を目指したノイズ。非常階段はそのパイオニアであり、フリーフォームな音楽のなかでもそのサウンドは比類なきものであろう。

巻末にはライヴ年表に、非常階段のみならずメンバー参加ディスクを含む詳細なディスコグラフィーを掲載。非常階段のヒストリーを追いながら関西のアンダーグラウンド・シーンについての記述も多く読み応えのある内容だ。


下の画像は2013年8月にK&Bパプリッシャーズから刊行されたJOJO広重著『非常階段ファイル』。スター階段や原爆階段、JAZZ階段、頭脳階段、初音階段など、非常階段と他アーティストとの合体ユニットを取り上げたヒストリー本。


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