My Wandering MUSIC History Vol.54 巻上公一『民族の祭典』
ヒカシューの巻上公一のファースト・ソロ・アルバム。発売当時かなり聴きこんだなこれ。
童謡、歌謡曲、異国の民謡やポップス、ヒカシューの曲の再演、オリジナルの新曲まで全10曲。ヴァラエティに富んでいてコンパクトにまとまっている。民族 “歌の” 祭典といったところ。アナログの帯には “聴く奴の偏差値が暴かれる!…とはいうものの若者達の心に滲みる名曲の数々” と書かれてる。そう “カヴァー” なんて気の利いた言葉は使ってなかったんだ、この頃は。アナログ盤には歌詞カードの裏に巻上・上杉清文・南伸坊・鈴木祐弘による曲解説のような座談会が載っているが、ここでもカヴァーなんて単語は一度も出てこない。
演奏はヒカシューで、ゲストに立花ハジメ、ゲルニカの上野耕路と戸川純、チャクラの板倉文明が参加、何故ヒカシューとしてではなく巻上のソロ名義としてリリースしたのかは分からないが、大正後期~昭和終戦直後くらいの間に発表された曲を取り上げた巻上の趣味的な面があったからだろうか。いにしえの名曲をエレクトリックでシンセなども使いながらフリーキーでアヴァンギャルドも織り交ぜたアレンジ。当時音楽に限らず映画やイラスト、デザインなどにも現れ始めていたレトロ・フューチャー的な表現方法と言える。
エキゾチックな雰囲気のフェードインによる「森の小人」でアルバムは始まる。前年の1981年にリリースしたヒカシューのアルバム『うわさの人類』は映画『フリークス』に影響を受け制作されたものだが、その流れともいえる選曲。小人たちのカーニヴァル。これもちろん元の歌を知っていて取り上げたんだろうな…。久しぶりにこのアルバム(アナログ)聴いたけどベースのフレーズとドラムの音がくっきりしっかり録音されていて、いい音だなと感じた。
続く昭和初期の満州/ソ連の国境的イメージの「国境の町」。または巻上にとっては夢野久作「氷の涯」がイメージとしてあるという。読んでみるかな。これは知っている人が多いと思う軽快なアレンジの「桑港のチャイナ街」。続いてヒカシューのアルバム『夏』のオープニング・ナンバーだった「アルタネイティヴ・サン」の再録。チャクラの板倉文明がギターで参加。インド・ラーガ的とも取れるアレンジで原曲とは違った魅力がある。これもお馴染み、アメリカのスタンダード・ナンバー「私の青空」は鉄琴の夢見心地の音色で始まり、ヴォーカルはヒカシューのギタリスト海琳正道がとっている。後半スピードアップしエルヴィス風パンク・ヴァージョンに。
アナログではB面に移って「イヨマンテ(熊祭)の夜」。アイヌの儀式に材をとった歌謡曲をシンセと巻上の声量を活かしたパワフルで迫力あるヴァージョンに仕上げ、このアルバムを代表する曲となり「イヨマンテの夜 c/w 不滅のスタイル」としてシングルカットされている。あらためて聴くと熊祭りの夜に村の掟破る熱き恋の歌なんだな。「イヨマンテ~」に続いて不穏なシンセの響きで始まる「おおブレネリ」はゲスト・ボーカルに戸川純を起用。フリーキーかつドラミングが印象的なリズミカルなアレンジ。
不思議な魅力に満ちた「マヴォの歌」は大正末期のダダイスト集団の愛称歌で、この歌の起源はインドネシアのモルッカ群島のひとつタウウド諸島であると対談で巻上が語っている。歌の冒頭、語り(?)の部分はヒカシューのドラム泉水敏郎によるもの。E BOWギターで立花ハジメが参加。歌の最後にこのアルバムの時代考証をした横沢千秋の声が入っている。ご存じ「赤い靴」は、ほぼウッドベースとピアノのみの沈痛な響き。ラストはオリジナルでこの時は新曲として収録された「不滅のスタイル」。アルトサックスで立花ハジメが参加。ラララとコーラスも入った、陽気だがもちろん捻りの効いたポップ・ソング。自惚れ、インテリ、カラクリ、浮気、弱気、こだわり、本音…誰もが求める不滅のスタイル。
さてと、スッキリするため歌を歌おうか。