E.D.P.S『BLUE SPHINX』
1980年12月Frictionを脱退した恒松正敏は、1981年3月にソロ12インチEP『TSUNEMATSU MASATOSHI』をPassからリリースし、打ち込みとギターのソロ・ライブを行っていた。この時期の音は、金属的で反復するリズムにフリーキーなギターワークをのせた、アバンギャルドな演奏だった。「もうバンドはやりたくない」と思いソロを始めた恒松だったが、もう一度「共同幻想」を見てみようと結成したバンドが『E.D.P.S』だ。
E.D.P.Sは1982年5月に結成、メンバーは恒松(ギター/ヴォーカル)に、元スピード(81年9月に解散していた)の二人、ヴァニラ(ベース)とボウイ(ドラム)。グループ名は、コンピュータ用語(おそらく情報処理関係の"Electronic Data Processing System")とギリシア神話の王の名オイディプス(Oedipus)=エディプスに由来している。バンド結成後ライブを重ね、1982年12月15日には初のEP『Death Composition』をテレグラフよりリリース、8インチで3曲入り、ジャケットにはグループ名の通り、恒松が1977年に描いたオイディプス王の絵画(自らの運命を嘆き、両目を刺して血を流している場面)が使用されていた。
E.D.P.Sの1stアルバム『Blue Sphinx』は1983年3月~8月にかけてレコーディングされ、同年11月25日にリリースされた。一時期グループを離れていたヴァニラに代わり(82年10月29日、芝ABCホールのライブ後に脱退)、チャンス・オペレーション、午前四時などでベースを弾いていた井手裕之がベースを担当している(一部恒松がベースを弾いている)。オリジナル・アナログ・リリースには、初回プレスのみ「Keep On」のソノシートが付属していた。こちらは恒松、ヴァニラ、ボウイのオリジナルE.D.P.Sの演奏。
ジャケットには恒松が描いた「変容-牙」と題されたテンペラ画(1977年作)が使用されている。1996年に徳間ジャパンから再発されたCDにはソノシートの演奏を追加収録。
今回の全曲解説はアナログ盤の形となっています。
SIDE A :
1. To Rule The Night(作詞・作曲/恒松正敏)
ボウイの叩くドラムと、井手のベースによるタイトなリズムでアルバムは幕を開け、恒松のノイジーだが流麗なギターが重なる。さらにシャープなカッティングが加わり、リズムが交差する。歌う事もギターを弾くことと同じくらい気持ちいいと語っていた恒松のヴォーカルは、感情や情景をナイフで切り取った様な、気取りのない歌詞をストレートに、そしてクールに歌う。E.D.P.S結成以前のソロで聴かせていた、アバンギャルドな面もそこかしこに、かつ骨太なロックの魅力も盛り込んだナンバー。ギターソロに入る所は何度聴いてもシビレる。
2. Death Composition(作詞・作曲/恒松正敏)
8インチEPと同タイトルの曲で、81年頃ソロの時から演奏されていた曲。切れのいいギター、ファンク・ビートにのせた歌詞は、流行りだけの軽薄な作品や、勘違いや思い込みだけの評論(この文章も!)についてと思われる、痛烈な言葉が繰り返し歌われている。こうした痛烈でクールな歌詞は恒松のゴジラ・レーベルからのファースト・シングル「Do You Wanna Be My Dog.g.g?」収録の「いいかげん」や8インチEP収録の「Turnin' Loose」等からの流れとも言える。
3. Be Your Slave(作詞・作曲/恒松正敏)
イントロのフィード・バックのギターから、NON baNdで活躍していた山岸騏之介の弾くバイオリンが中近東風なフレーズを奏でる。”おまえの犬になりたい”と歌ったのはイギー・ポップだが、E.D.P.Sの妖気漂う演奏にのせた歌詞は”おまえの奴隷になるしかないんだ”といったような強迫的なラブ・ソング(?)にも聴こえる。
4. This Time(作詞・作曲/恒松正敏)
Friction~ソロの頃の恒松を思わせる、フリーキーなナンバー。そして、迫力あるボウイのドラムが聴ける。
5. Ma Wa Re(作詞・作曲/恒松正敏)
前曲から一転して、やわらかな印象の曲。くりかえす井手のベース・ラインがタイトルを思わせる。恒松のアコースティック・ギター、山岸の流れるようなバイオリンが美しさを増す。
SIDE B :
1. Sphinx(作曲/恒松正敏)
太古のギリシア、テバイの地に、乙女の顔に身体は翼を持った獅子の姿をした怪物が丘の上に留まり、謎をかけては答えられない人々の命を次々に奪っていた。その怪物の名がスフィンクスであり、謎かけとは、「この地上に住み、2足にして4足、また3つ足の姿をしたものなにか?それが、もっとも多くの足に支えられ歩く時、力は最も弱く、歩く早さは最も遅い」という内容のものだった。放浪の旅の途中、デバイを訪れたオイディプスが、この謎を解き(=人間)スフィンクスは谷に身を投じたという。テバイの国を救ったオイディプスは亡き前王の後、王位につき、前王妃を妻とした。その不気味な怪物の姿をイメージさせる、インストルメンタル曲。恒松がベースを弾いている。
2. Namari No Yoni(作詞・作曲/恒松正敏)
恒松の書く歌詞は言葉を絵の具のように演奏に塗り込み、ひとつの作品になった時には、さまざまなイメージを聴くものに与えるものだ。この"鉛のように"も炎や雲、嵐、影、ふたごといった言葉が、ゆったりとしたワルツの調べに塗り込められ、聴くものを幻惑させる。
3. It's Your Kingdom(作詞・作曲/恒松正敏)
重く、張り詰めた曲の始まり。悲しみと苦痛に満ちた心を表したかの様な、耳に残るベース・ラインは恒松が弾いている。途中でテンポ・アップする部分で聴くことのできる、ベース・ソロは圧巻(ピーター・フックも顔負け)。極めてテンションの高い曲だ。歌詞は英詞だが、”心の闇の中に作り上げた王国を壊せ”という意味だろうか。
4. Too Much Dream(作詞・作曲/恒松正敏)
恒松のここまでの活動の一つの集大成ともいえる曲。夢、希望といった言葉がもたらす、安易なイメージに常に否定的な恒松のクールな歌詞に、演奏は叙情的ともいえるギターワークを含め、ダイナミックでエキサイティングだ。まるで空へ駆け昇ってゆくかのようなギターソロが名演。アルバムの締めくくりに相応しい名曲だ。