私の放浪音楽史 Vol.122 THE SMITHS「HEAVEN KNOWS I'M MISERABLE NOW」
1984年8月25日、徳間ジャパン/ラフ・トレードよりリリースの12インチ・シングル(イギリスでは1984年5月リリース)。
ザ・スミス4枚目のシングル。タイトルはサンディ・ショウの60年代の楽曲「Heaven Knows I’m Missing Him Now」にかけている。
まず目を引くのはジャケットのヴィヴ・ニコルソンの肖像。サッカー賭博で大金を手にし(実際に当選したのは彼女の夫らしい)、その後浪費によって財産を失い無一文になったというイギリス人女性。彼女はこの後もザ・スミスのシングルのカヴァーアートに登場した。プロデュースはジョン・ポーター。エンジニアはボブ・ポッターと記載があるが、1988年リリースのCDシングル(RTT156CD)ではエンジニアはスティーブン・ストリートとクレジットされている。
“呑んだくれているうちは楽しかった
だけど僕が今惨めなのは言うまでもないこと
仕事を探して、どうにか見つかった
そして僕が今惨めなのは疑いようもない
僕が生きていようが死んでいようが気にもしない奴らに
なぜ僕の人生の貴重な時間を使わなければならないのか”
ジョニー・マーのギターのチャイムのようにキラキラとしたフレーズ、スムーズなカッティングにのせて、ニセモノで紛らわすな、自分の価値を貶めるな、とストレートなメッセージが歌われる。1984年1月初めて訪れたニューヨークでサイアー・レコードと契約し、ジョニー・マーがシーモア・スタインに買ってもらった(それも契約条件のひとつだったという)、赤の59年製ギブソン355をホテルに持ち帰り最初に作った曲。全英チャートで初のトップ10ヒットとなったシングル。
カップリングには女の子と男の子のすれ違いを描いた「Girl Afraid」と、ファーストアルバム『ザ・スミス』から「Suffer Little Children」を収録。シングル発売後にたまたまこのシングルB面の「Suffer Little Children」を聴いたサドルワース・ムーア事件(連続児童誘拐殺人事件)の遺族はザ・スミスに対して抗議、一部のショップでこのシングルが回収、アルバム『ザ・スミス』は発売中止となる事態に。その後、ザ・スミス側から“この曲は犠牲になった子供達への追悼曲であり、悲しみを代償に金儲け目的で悲劇を利用したものではない”と言う内容の声明が出され、モリッシーと遺族との交流も生まれ、騒動は収拾した。
参考文献:『モリッシー&マー・茨の同盟』ジョニー・ローガン著・丸山京子訳(シンコーミュージック刊・1993年)、『ジョニー・マー自伝 』丸山京子訳(シンコーミュージック刊・2017年)、『モリッシー自伝』上村彰子訳(イースト・プレス刊・2020年)
