追悼・スマイリー原島
2026年1月6日、スマイリー原島逝く。SMILEY'SのXより。65歳だった。
原島宏和(スマイリー原島)は1982年、G後藤昌彦、G樋口博、D廣橋昭幸、B井上克之とともにアクシデンツを結成、メンバーを変えながらもアクシデンツは博多第三世代の代表格として急速に頭角を表していく。
1984年7月にジューク・レコード/ヴィヴィッドから4曲入り45rpm12インチ『Nite Time』をリリース(右の画像)。福岡のレコード店ジューク・レコードからの第一弾リリースでプロデューサーは店主の松本康、19レコーディングスタジオで録音。ビートの効いたナンバーが並ぶ中で、レゲエテイストの「Night Time」が耳に残る。レコーディングメンバーは、
Vo:原島宏和
G:後藤昌彦
G:樋口博
B:穴井仁吉
D:宮本秀二
で、ギターの二人とドラムはレコードデビュー前のザ・モッズのメンバー、ベースは元ザ・ロッカーズというメンツ。全曲の作詞は原島が担当した。
1984年8月5日、福岡スポーツセンターで行われたイベント「ジャンピング・ジャム」に出演、この時の模様はオムニバス・アルバム『JUMPING JAM REBEL STREET III』として同年12月にジャパン・レコードからリリースされ、アクシデンツは「Break On Through」(ドアーズのカヴァー)と「Hold Me Tight」の2曲を収録している。
1985年5月にメジャーのジャパン・レコードからファーストアルバム『ヒューマン・ズー』をリリース。
プロデュース:柏木省三、アートディレクション:鏑木朋音、ゲストキーボード:安藤広一、レコーディングはフチガミ・レコーディング・スタジオ、エンジニアはデイト・オブ・バースという1985年頃のルースターズ〜後のポートレートレコードのスタップで制作された。ベーシストが柴田正彦に交代している。ゲストコーラスでゼルダのサヨコが数曲参加。アニマルズ「When I Was Young」のカヴァーや再録した「Night Time」などを収録。作詞作曲:原島でタイトルトラックの「Human Zoo」は物憂げなムードとスライドギターのルーズな響きながら緊張感があるナンバー。この曲はPVも作られた。演奏力の安定した演奏陣に原島宏和のハッキリした発音のヴォーカルがアクシデンツの持ち味。シングルにもなった「雨のメインストリート」は一時期音楽活動を離れていた山部善次郎がこの曲をラジオで聴いて音楽活動を再開するきっかけになったという。
早くも1985年12月にセカンドアルバム『知らない世界』をジャパン・レコードよりリリース。
ファーストとほぼ同じ体制で制作され、作曲や編曲で下山淳が参加、花田裕之も作曲で1曲参加。ビート感は増してタイトな印象を受ける。ポール・リヴィア&ザ・レイダース「Hungry」を柴山俊之の日本語詞でカヴァー。
1986年10月サードアルバム『POWER HOUSE』をジャパン・レコードよりリリース。下の画像は1991年1月にCD化された際のジャケット。アナログ盤リリース時の裸の大将的なジャケットがなぜかこのように変わっていた。
クレジットされたメンバーはVo原島、G後藤昌彦、D宮本秀二の3人のみになった。アディショナル・ミュージシャンで下山淳、穴井仁吉、安藤広一が参加、プロデュースは安藤広一。柴山作詞、花田作曲の「Love」は柴山俊之のソロアルバム『センチメンタル・フール』に収録されていた曲のアクシデンツ・ヴァージョンでハードな演奏がかっこいい。“Sweet Jane”なアレンジの「Dreamer」がシングルカットされた。ラスト「So Alone」は柴山俊之作詞、デイト・オブ・バース重藤功作曲のバラード。
1987年10月に久保田麻琴プロデュースで4枚目のアルバム『DESTINY』をリリースするが、その後アクシデンツは解散した。1990年頃ポートレート・レコードからリリースされたオムニバスアルバム『FUK THE ROCK』に「ナイトタイム '90 Dub Mix Track」が収録されている。ファースト『HUMAN ZOO』に収録した「Nite Time」のテイクをオーヴァーダブ加工したヴァージョンのようだ。
1990年頃にThe Doctors(D大島治彦らによって結成)のヴォーカルが脱退したことによりスマイリー原島が加入、Smiley & The Doctorsとしてライヴ活動を精力的におこない、1991年にはアルバム『Beatin' Groovin' Movin'』をナツメグよりリリースしている。
続いて1992年10月にPSY-CHO MUSICよりアルバム『CROSS WORD』をリリースした。
Vo:スマイリー原島
G:中島芳生
K:伊藤ミキオ
B:工藤和彦
D:大島治彦
プロデュースはバンドと下山淳。アクシデンツのシングル「雨のメインストリート」のカップリング曲だった「Over Heat」再録、ストーンズ「Connection」やエルヴィス・プレスリーで知られる「Mystery Train」の日本語カヴァー(日本語詞はいずれもスマイリー原島)、気分がもやもやしていたら釣りに行こう、のんびりやろうぜと歌う「Fishin'」などを収録、ラストには原島節ともいえる「Blue Bird」。
1993年10月にはCHEST FEVERのアルバム『チェストフィーバー!』を日本コロムビア/ストーク・レーベルよりリリース。V原島、G榊原秀樹、B岡本有史、D藤井雅彦によるスーパー・ユニット。作詞とコーラスで水戸華之介が参加。
Smiley & The Doctorsでは、1994年9月にPSY-CHO MUSICからリリースされたライヴ・オムニバス『夜間徘徊助長演奏会 Vol.2』に2曲収録されている。
オールナイトのシリーズギグ「夜間徘徊助長演奏会」第21回からのライヴで「Cross Word」と「風来」を収録。G下山淳参加。いずれも1992年10月24日、新宿ロフトのライヴ・テイク。
1995年に日本晴レコードよりリリースされたライヴ・オムニバス『晴者II』にSmiley's Connections名義で参加。
Vo:スマイリー原島
B:岡本有史
G:山川のりお
D:森原光司
K:伊藤ミキオ
収録されているのは、熊本の伝説的バンド、メインストリートのカヴァーで名曲「今夜こそ」とSmiley & The Doctorsのアルバム『CROSS WORD』収録曲「Suki-Suki-Suki」の2曲。ライヴ・レコーディングは新宿ロフトでおこなわれた。
1996年に日本晴レコードよりリリースされた『MAIN STREET「TRIBUTE」』にスマイリー原島はヴォーカルで参加。
メインストリートは1976年に野田敏(Vo.G)、渡辺三希雄(Key)を中心に九州熊本で結成、1990年活動を停止した伝説のバンド。活動中に自主制作7インチシングル「今夜こそ c/w ガラスの生活者」をリリースしている。このCDはトリビュート盤という形で、スマイリー原島や山口洋、谷信雄らによりメインストリートの曲を演奏したもの(メインストリートの音源も1979年、1981年、1984年録音の3曲収録)。
スマイリー原島はCDブックレットの「〜MAIN STREET HISTORY NOTE〜」に “まさに、時代の狭間に埋もれてしまった感のあるメインストリートの素晴らしい楽曲の数々には、決して色褪せることのない音楽の普遍性が今も感じ取れるはずだ” と記している。スマイリー原島は「美しい夜に」、「あやまるべきか」、「Teenage Dream」のヴォーカルで参加した。いずれも素晴らしい仕上がりになっており、メインストリートの楽曲の魅力を引き出すことに成功している。
1997年11月にはスマイリー原島の企画・監修で筒美京平トリビュート・オムニバスアルバム『K.T.ゴールデン・リスペクターズ 筒美京平グレーテスト・カバーズ』をパイオニアLDCよりリリース。スマイリー原島はCONNECTION名義で「花とみつばち」と「また逢う日まで」の2曲でヴォーカルをとっている。
スマイリー原島はイベンター、オーガナイザー、プロデューサー、コ・プロデューサーといった活躍も目立ち、個人的にはザ・ルースターズの再評価が高まった90年代後半から、2枚のルースターズ・トリビュート盤のプロデュースやトークイベント「リスペクタブル・ルースターズ」の参加などザ・ルースターズ再評価の機運をさらに盛り上げ、2004年フジロックでのルースターズ復活を支えていたと思うし、2000年代初めのモダン・ドールズのベスト盤リリースやトリビュート盤プロデュース、2003年の陣内孝則監督映画『ロッカーズ』のサントラを含む音楽面のプロデュースなどが印象に残っている。
RIP...。
