PANTA & HAL『マラッカ』

1979年3月25日、Flying Dog /ビクター よりリリースのアルバム。

頭脳警察の活動を停止、豪快なソロ作を2枚発表、しかしセッション・バンドの物足りなさを感じていたパンタが、自らもグループの一員として活動を望み、組まれたバンドPANTA & HAL。グループ名はスタンリ-・キュ-ブリック監督の「2001年宇宙の旅」に登場するコンピュータ"HAL-9000"からとられた。それは、この名前の通りIBMの一字(一歩)先をゆくという先端を目指してなのか、それとも反逆するコンピュータに自分を重ね合わせて名付けたのか(”疾風”というバンド名も候補にあがっていたらしい)。

結成は1977年。集められたメンバーは、それぞれ違った音楽的バック・グラウンドをもっていたため、時間をかけてバンドとしてのミーティング、リハーサル、ライブを重ね、2年後の1979年に発表されたHALとしての1枚目のアルバムが『マラッカ』だ。プロデューサーの鈴木慶一(ムーンライダース)により”マラッカ”という言葉と、喚起されるイメージを核にして30曲ほどの中から選曲、アルバムを構成していった(ちなみに鈴木慶一は自身のバンドのアルバム『イスタンブール・マンボ』で中近東をテーマにしている)。

レコーディングは3ヶ月にわたり、鈴木慶一はこのアルバムのプロデュースで胃をこわし、突発性難聴にもなってしまったという。時間と手間をかけた甲斐もあり、硬質だがきらびやかなアルバムに仕上がっている。収録からもれた曲には「バクテリア」、「蘇る砂浜」、「夕陽のマラガ」、「鯱(シャチ)」などがある。
今回の全曲解説はアナログ盤の形となっています。

SIDE A :
1.  マラッカ(作詞・作曲/中村治雄)パンタが地図を見ながら書いたというタイトル・トラック。日本の生命線である、アラビアからマラッカ海峡を抜け東京へつながるオイル・ロードを、石油(アラビアン・ミディ)をたっぷり詰め込んだ20万トン・タンカーとともに航海する曲。ウミネコやマングローブ、スコール、南十字星といった言葉が熱帯を強烈にイメージさせるが、航海の終わりに待っているくそったれの街に対する苛立ちも歌に込められている。緻密に練り上げられたアレンジがサンバのリズムと溶け合う、20万トン級のロックナンバー。

2. つれなのふりや(作詞・作曲/中村治雄)
文民都市から大海原へと漕ぎ出してゆく船出の歌。レゲエのアレンジはソロ2枚目収録の"あやつり人形"でも聴かれたが、この曲ではさらに客席とのコール&レスポンスを想定したかのような曲づくり。ライブでは”おれの声が聞こえるか”と歌えば、客が”Yeah!”と答える、まさにバンドの音楽に揺られ、一体となって海をわたるような曲だ。この歌詞は、安土・桃山時代に作られた”つれない素振りや、すげないふりをしている人に限ってあっと驚くような恋をするものだ”という意味の歌を下敷きにしている。ここでは、つれないふりや、すげないふりをして暮らしている、現代の人々の秘めた可能性について歌っているのではないだろうか。

3.  ブリキのガチョウ(作詞・作曲/中村治雄)
前曲よりもテンポアップしたレゲエ調の曲。かみなり小僧とドッグ・ファイトをするブリキのガチョウとは?パンタの歌詞には常に隠喩が多いが、この曲もユーモラスな言葉の”遊び”に溢れている。”ドッグ・ファイト”、”ゼロ・ファイター”という歌詞から、Tin Goose=戦闘機、という感じも受けるが、誰か人物の事なのかもしれない。”駄菓子屋そだちの3枚目”で、くわせ者(Tin God)とは誰の事なのだろう?

4.  裸にされた街(作詞・作曲/中村治雄)
1960年代の終わりから1970年代の初めにかけて、日本各地でベトナム反戦運動、米原潜入港や日米安全保障条約の自動延長に反対する運動などが激しさを増し、民衆と機動隊の衝突が連日続いていた。全国では大学紛争が、成田(三里塚)では空港建設の反対運動も激化してゆく。1970年には赤軍派によるハイジャック事件、1972年には連合赤軍による立てこもり事件も起こる(その後、リンチ事件、内ゲバなどで急激に学生運動は収縮してゆくのだが...)。そんな時代の中、パンタ(頭脳警察)は1970年6月、1971年5月の日比谷での革共同集会、1971年8月には三里塚幻野祭において演奏をしている。
「裸にされた街」は、この激動と騒乱の時代と、その後の”白けっぱなし”の70年代を振り返ったバラード。都市や人々の心に残した傷と挫折、焦躁を歌詞に織り込んだ名曲だ。
キーボードと荒川少年少女合唱隊によるコーラスが、”闇の中を子供の群れが~死に場所をもとめて”のラインを悲しく厳かな印象にしている。演奏はドラムレス(途中シンセ・ドラムがアクセントで入るが)で、ベースの村上元二の奏でるフレーズに、きめ細かくアコーステック・ギターとエレキ・ギターが重なる。村上はこのアルバム発表の後、しばらくしてグループを脱退してしまうのだが、『マラッカ』全曲で凄く印象的な演奏をしている。
聴き終わったあと、数分間の流れ星を見ていたような余韻が残る、美しい曲。個人的には3番の歌詞”叫びを捨てたRock'n' Roller”という歌詞が後のスウィ-ト路線の時のパンタと重なって見えた。1998年にリリースされたアコースティック・ライブ盤『NAKED II』には”つかの間の宴に酔いしれ~”で始まる5番の歌詞が歌われている。

SIDE B :
1.  ココヘッド(作詞・作曲/中村治雄)
『マラッカ』に収録曲と同時期に書かれた「蘇る砂浜」、「夕陽のマラガ」といった曲が、ソフトすぎる、地中海方面はカット等の理由で収録されなかったのにくらべ、この曲は”腕に針をつきさす”、”ふるえる手つき”といった言葉がジャンキーでハードなイメージを作る、濃密なラブ・ソング。”月夜のジャンクの~”というところの、中近東的なメロディとギター・フレーズが印象的。ビブラフォンが効果的に使われている。

2.  ネフードの風(作詞・作曲/中村治雄)
フレットレスのベースが印象的なフレーズを弾くイントロは、まるで砂漠の中に立つ、アラビアのロレンスの着ている白いアラビア服が風にひるがえるのを見ているようだ。”ネフード”はサウジアラビア北部の高原上の広大な砂漠。のびやかなストリングスにつづくギター・ソロは、渇き切った砂漠に吹く風と蜃気楼、砂丘から見下ろす港町の情景を思わせる。中東情勢は導火線に引火する危険を常にはらみ、導火線のゆくえは日本の明日へも大きな影響をおよぼす。繊細なドラム・プレイも含め、ニュース・フィルムを見ているようなテンションの高い曲だ。

3.  北回帰線(作詞・作曲/中村治雄)
このアルバムでは唯一、ストレートなビートを持った曲。シンセ・ドラム、アコーステック・ギターのストロークと合唱隊のかけ声、ハンド・クラップの入ったポップなアレンジ。しかし、うらはらに歌われている内容は、(紛争により)塗り替えられる地図、難民として祖国を離れ彷徨う人々を描いている。越えられない北回帰線とは、日本の南の果て、石垣島、西表島の南のことだろうか。
  
4.  極楽鳥 マーク・ボランに捧ぐ(作詞・作曲/中村治雄)
1977年9月16日、霧の街の早朝に1台のミニが道路傍の木に激突。運転していた妻のグロリアは助かったが、助手席に乗っていたマーク・ボランは死亡した。薔薇が割れる音とともに。
1971年頃から始まったグラム・ロック・ムーブメントの特徴は、音楽的な指向性よりもラメやサテンのきらきら光るド派手な衣装と、顔に施した化粧に代表されるファッション的な側面が大きい。グラム・ロックの代表といえるマーク・ボランを、その外見のきらびやかさから、非常に美しい羽を持った鳥で、雄は特有の飾り羽を持つ極楽鳥に例えたのだろう。

パンタは、ティラノサウルス・レックス時代のマークとスティーブのアコースティック・ギターとパーカッションのデュオが、頭脳警察と同じ編成(パンタとトシ)だったので共感を覚え聴くようになったという。音楽的なものだけでなく、髪型などのルックスも似ているように思う。『Tanx』のジャケットなんてパンタそっくりだと思うのだが。
この曲はT.Rexのステージの熱狂と、突然訪れた悲劇の時をクロスさせた内容で、歌詞の中には”ユニコーン”(3枚目のアルバム・タイトル)や”金色の目”(アルバム『Zinc alloy And~』のジャケット)などT.Rexを思わせる言葉が出てくる。繰り返す転調にのった、アコースティック・ギターによる間奏が素晴しく、またエンディングのギター・ソロも2本のギターが入れ替わり、絡み合って、途中でツイン・リードになる美しい名演である。  

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