細野晴臣「STELLA」
2005年9月4日狭山稲荷山公園「ハイドパーク・ミュージック・フェスティバル」。
午後3時過ぎから降り出した雨は激しく降り続き、観客は雨に打たれ、ぬかるんだ土の上か、 坂になっているコンクリートの上を流れてゆく雨水に足を浸けて立ってステージを見るしかなかった。もちろん出演者達も、豪雨と対峙していたことはいうまでも無い。雨粒に向かって叫び、雨音と競演し、雨風を通じて観客と一体化していた。
観客達のためにセットリストを変えた佐野元春のステージが終わるころ、4時間近く降り続いた雨がようやく止もうとしていた。 佐野の最終曲「インディビジュアリスト」が熱狂的に終り、アンコールを求める歓声が主催者の“アンコールはありません”のアナウンスに よって収まると、観客を静寂と虫の声が包んでいた。
あの豪雨の中で誰もが“最後まで続けられるのか”と思ったことだろう。 観客は“見続けられるのか”、スタッフや出演者達は“予定通りに全出演者のライブを終了させられるか” と考えたに違いない。過ぎ行く夏の日にレジャーシートの上で横になり、のんびりとライブを見ようと思ってやって来た人達、 またそんなライブを創りあげようとしてきたスタッフ、出演者にとってこの長時間の豪雨はまったく予想外だった。 そして予想外の緊張を生んだ。
この『東京シャイネス』の本編(特典ディスクではなく、福岡と京都でのライブ)に付属しているブックレットの「ろっかばいまいべいびい」 の細野自身による解説で、その日の細野の気持ちというか考えが語られていて興味深い。
“普通であれば中止になるような危険なほどの雨が降って、僕自身試されていた”が、雨が上がりライブが出来て“奇跡的なライブだった”。しかし状況的にも心情的にも“危ない橋を渡ったという感じです”と言う発言をしている。
福岡、京都のライブでは落ち着いて、リラックスした表情を見せているが、この特典ディスクで見られる狭山での細野の表情はどこか緊張している。 もちろん昔の曲を、自身の新しいバンドにより大勢の前で演奏するという緊張感はあるだろうが、 やはり先に引用したような気持ちがあったのだろう。
当日私はステージとミキサー卓の中間あたりで見ていて、細野の表情は見えなかったが、今回の特典ディスクの内容は、 こんな表情で歌っていたのかと興味深かった。
この特典DVDに収録されている9曲全てが素晴らしい。
この特典DVDに収録されている9曲全てが素晴らしい。
さりげなく始まる「ろっかばいまいべいびい」、ゆったりとした「僕は一寸」や「終わりの季節」、 この日一番の元気な「Pom Pom蒸気」、細野が“暑い...”と言って始めた「夏なんです」(ちょっとギターのチューニングが怪しい)、 狭山の情景を歌った「恋は桃色」、べらんめえで、ほのぼのとした「幸せハッピー」、小坂忠との「ありがとう」、 そして最後に演奏した「Stella」。
DVDでは抑えられているが、当日の音はアコーディオンのループが大きく夜空に響き、まるでミラーボールが廻っているように思えた。 ペダルスティールの音がコズミックに広がり、ボウで弾くウッドベースの音が公園の森を抜けてゆく。 よく聴けば細野たちの演奏が虫の鳴き声に包まれているのがわかるだろう。
高橋幸宏とのユニット・Sketch Showのアルバム『Loophole』収録曲で、アルバムでは福沢諸に捧げられていたが、 この日の細野は、ライブの中でも語っていた西岡恭蔵、高田渡、洪水のルイジアナにも思いをはせていただろう。そして細野晴臣を待ち続けていた私たちの、どんな土砂降りの雨でも消せなかった、静かに燃えていた音楽に対する心にも捧げられていたと思いたい。