PANTA「DAMASCUS~ダマスカス」
「ダマスカス」は、パンタがアルバム『RED』制作時に書き始めた小説『闇からのプロパガンダ』(未完)に登場するモサドの女エージェント・ナディアとフォトジャーナリスト・滝野の出会いと別れをモチーフにした、三部作の三作目となる曲。長らく未発表だったが新録されてのリリースとなった。私にとっては1988年に渋谷LIVE-INNで聴いて以来(“♪ダマ~スカス”というサビの部分が印象的だった)。
動乱の東南アジアで出会い、お互いの立場を超えて愛し合った二人。やがて訪れた成田空港での別れとベルリンでの再会を誓うシーンを描いた「Again & Again」(アルバム『RED』収録曲)。
高いコンクリートで東西に分断されていたベルリンで再びめぐり会った二人だが、 ナディアは“ダマスカス”と書いた置き手紙を残し去って行ってしまう。「Nacht Musik」(アルバム『クリスタル・ナハト』収録曲)。そして「Damascus~ダマスカス」。
モサドのエージェントにとってシリアの首都ダマスカスは敵地であろう。 高地にあるこの乾いた砂漠の都会は、イスラエルと敵対する中東のさまざまな民族解放/革命組織の活動の場でもある。そこで二人がひと時を過ごした後、滝野はベオグラード行きの飛行機に乗り、ダマスカスを後にする (ベオグラードは当時ユーゴスラビアの首都で、1988年にはゴルバチョフによる新ベオグラード宣言が発表され、この宣言はベルリンの壁崩壊~東欧革命への足掛かりとなった )。
“海を裂いて 渡れもせず ただ祈り続けてる”
モーゼのエグゾダスを思い起こさせる歌詞だが、 2人が平穏のうちに暮らす事は奇跡でも起こらない限り叶う事はなく、 ナディアの過酷な未来を思い、彼女の無事を“ただ祈り続け”るしかない滝野の想いだろうか。
パンタ自伝『歴史からとびだせ』の中に『RED』の後12インチシングルで発表した「プラハからの手紙」を “ベルリンに向かう旅の途中の歌”とパンタが語っているとの記述があるが、 この「プラハからの手紙」の
“夜が明けて、そしてまた陽が暮れて” を繰り返す部分(“冬~春”や“死~生”など言葉は変わるが)は、 「ダマスカス」の
“繰り返す昼と夜を いつまで見てればいいんだろ”
に引き継がれている様に思う。
パンタが書き始めた小説『闇からのプロパガンダ』は未だ物語のプロローグ部分しか書き上げていないそうだが、 この三部作のポリティカルかつロマンティックな雰囲気を味わえるのが、春江一也・著『プラハの春』、『ベルリンの秋』。 共に上下巻でボリュームがあるが、ぜひ一読を。
それにしても滝野に“託されたキミのメッセージ”とは?