荒井由実「ひこうき雲」

1973年11月リリースのアルバム『ひこうき雲』より。

宮崎駿の作品を観るようになったのはいつ頃からだろうか。思い返してみると、友人の下宿で読んだ宮崎駿・作のコミック『風の谷のナウシカ』が最初じゃないかな。たぶん2巻くらいは出ていたころじゃないだろうか、まとめて読んだ覚えがある。後に映画として観られる綺麗な線描とは違う、ややグロテスクにも思える画風で描かれ、登場人物達の活躍やストーリーも魅力のあるものだが、はるか過去の戦争によって汚染された世界と、汚染を浄化するために毒を吐き出す自然の治癒・再生能力(それが人間にとって脅威となった)という ベースにあるテーマに強く惹かれたものだった。または『カリオストロの城』をテレビで観たか、のどちらかだと思う。あ、『未来少年コナン』も時々見てたかな…。

アニメーション映画監督の宮崎駿が『風立ちぬ』(2013年公開)を最後に長編監督から引退すると記者会見を行った。
その『風立ちぬ』のエンディングで流れるのがユーミンの「ひこうき雲」。

ユーミンの1983年に出版された語りおろし本『ルージュの伝言』には「ひこうき雲」 を筋ジストロフィーを患った小学校の同級生が亡くなったときの事をモチーフにして作った、ということが書いてある。掃除の時に“机を持てない”と言うその男の子に“足の悪いふりをしないで”と言っていたというユーミン。その言葉は“優しさ”だと思っていたという。小学校以来会うこともなく、高校1年のときにその子は亡くなり、お葬式に呼ばれて見た成長した故人の写真、集まった同級生たちとの再会、そこで小学生のまま止まっている時間の感覚を強く意識したという。高校3年の時に近くで起きた心中事件をきっかけにこのお葬式の時の事を思い出し「ひこうき雲」が作られた。曲が作られた時期は高校3年の終わり~大学1年の初め、1年の終わりにはアルバムの録音が始まるが、キャラメル・ママのアレンジ/演奏があるにしても18歳にしてこの完成度は凄い。

もちろん出来上がった歌に具体的な病名や年齢や性別等は描かれていない。バロック/プロコル・ハルム調のアレンジにのせ、同級生の早逝という出来事を振り返り、普遍的な言葉を選び、イノセントな情景にして儚い“あの子の命”を描く。少女ならではの死への憧憬を含みつつ、現実に発した冷徹ともいえる視線と厳しい言葉は、 “何もおそれない”、“けれどしあわせ”という優しさ≒励ましの言葉となってあの子の死に寄り添っているようだ。

映画を観終わってなぜユーミンの「ひこうき雲」なんだろう、飛行機がメインでもあるし、空を駆ける夢を描いた映画でもあるからかな、と思っていたのだが、いろいろネットを見ていてこの曲は、主人公の恋人で、身体を病んでもなお懸命に生きようとした菜穂子の為に捧げられた曲なのではないか、と思ったらユーミンの曲に込めた思いと宮崎駿の思いがピタリと合った気がした。
ニューズウィーク日本版『映画『風立ちぬ』のヒロインが「菜穂子」である理由 』で冷泉彰彦の興味深いコラム(多少映画のネタバレあり)が読める。

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