My Wandering MUSIC History Vol.36 頭脳警察『頭脳警察セカンド』

1972年5月、ビクター・MCAよりリリースのアルバム。

前回のPANTA『KISS』リリースとほぼ同時期に頭脳警察のセカンド・アルバムが再発されている。当時この再発はファンとしては、まぁパンタがラヴソング集を出すのと同じくらいの事件ではあったんじゃないか。なにしろ1972年5月にリリースされ1ヶ月で発売中止。それからどんな過激な内容なんだという噂が長らく語り継がれてきた幻のレコードだった。9年あまり市場から姿を消していたこのアルバムは1981年8月21日、つまりシングル「悲しみよようこそ」と同じ日、アルバム『KISS』リリースの1ヶ月前に再発売された。

このタイミングがパンタのスウィート路線論争をさらに過熱させる事になるのだが、まぁそれは前回の話だ。ただパンタによれば『頭脳警察セカンド』は1981年以前からレコード会社側から再発の話があって、頭脳警察の存在ばかりが大きいうちは嫌だとパンタ側が断っていたそうだが、PANTA&HALの存在が大きくなってPANTA&HALが解散した時点でパンタが再発をOKしたそうだ。伝説の『頭脳警察セカンド』が聴ける!その再発盤を早々と購入した友人のH君に借りて聴いたと思う。

パンタはヴォーカルとギター。ドラムは全編通してトシが演奏、ベースは増尾光浩がこの時期に加入し、サポートには初期メンバーだったギターの山崎隆志、フルートやピアノ、オルガンで吉田美奈子が参加している。「銃を取れ!」の歪んだ音色のベース・ラインのうねり、ギターの鋭いエッジのカッティング、メドレーでなだれ込む「マラブンタ・バレー」のコンガの響き、赤く/青く毒を吐くパンタのヴォーカル。冒頭の2曲を聴いただけでも頭脳警察のサウンドは異形のモンスターを思わせるものだった。ヘルマン・ヘッセの詩(植村敏夫訳、原題:Leb wohl, Frau Welt)に曲をつけたリリカルな「さようなら世界夫人よ」は頭脳警察を代表する曲で、吉田美奈子のフルートが印象的なフレーズを奏で、オルガンが荘厳に響く。後に内田裕也がカヴァーする軽快なロックンロール「コミック雑誌なんか要らない」。パンタの私小説的な「それでも私は」や「暗闇の人生」も魅力的な曲。 トシのコンガが活躍するヘヴィ・ロック「軍靴の響き」、人を喰ったような歌詞とサウンドの「いとこの結婚式」ではパンタはたて笛も演奏。この曲は「いとこの結婚式 c/w 軍靴の響き」として1972年6月シングルリリースもされている。曲の展開が面白い「ふりかえってみたら」、ラストはパンタとトシで録音された前のめりで攻撃的な「お前と別れたい」。

何が発売中止にさせたのか。ひとつはこのアルバム録音時の1972年2月に連合赤軍によるあさま山荘事件が、同年5月には日本赤軍によるテルアビブ空港乱射事件と銃を使用した事件が続いた事に対する「銃を取れ!」の歌詞への反応だろう。それに「お前と別れたい」の歌詞“マリファナだけが慰める”の部分と「軍靴の響き」の“幼子の息吹きを真っ赤な血に染めて捨てる”が残虐だということが原因と言われている。

時代とのすり寄りでも呼応でもなく、あの時代の尖鋭であったこと。それが発売中止・禁止という反応を呼び起こした。1981年再発。1972年の尖鋭としての鮮度は失われている。約10年前の事なのだから当然だろう。だから再発できた。だが内容についてはどうだろう。それは2014年、42年後の今、聴いてわかる。何も変わっちゃいないんだと。戦場で幼子は血を流し、世界は今もがらくたの中に横たわり、今も彼の手は引き金にかかっている。人々は自らを問い続け、生活を振り返り、慰めを求めている。まわりは歴史の怖さを知らない奴とピエロばかりなんだから。

参考文献:「パンタ自伝 歴史からとびだせ」、ミニコミ「日本ロック第1号」

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