My Wandering MUSIC History Vol.62 PANTA&HAL『1980X』
『モダーン・ミュージック』、『カメラ=万年筆』を続けて紹介したが、同時期に最も愛聴したと言っていいPANTA&HAL『1980X』も紹介しないと。ギターとベースにメンバー交代があり、PANTA&HALとしては2枚目のスタジオ・アルバム。前作の広大、雄大なイメージは拭い去られ、東京という都市をミクロな視線で捉えた内容になり、そのタイトルは(昭和)天皇崩御を見据えたものだった。 “インターナショナルな国家としての東京、その裏の一断面。ビルの路地裏のほんの一瞬をスライスしたもの”を描き、もうひとつのテーマとしてパンタが予期した“X-DAY”は、アルバム・リリースから約9年後、1980X=1989として現実のものに。
1曲目はバレリーナが履く靴がタイトルの「トウ・シューズ」。路地裏に捨てられたトウ・シューズ、つま先立ちで踊るバレリーナにかけて“背のびしたなれの果て”と歌われているのが彼女の末路を想像させる内容だが、深読みすると4曲目の「Audi 80」に通じるものを感じる。コーラス部分、フランス語は全然分からないんだけど “パ・ド・ドゥを私と一緒に踊ろう” って感じか。調べてみるとパ・ド・ドゥは男女2人で踊るバレエ・スタイルだという。トウ・シューズと同じくバレエに関連したワードだったんだな。プロデューサーの鈴木慶一により削ぎ落とされたサウンドはシンプルでソリッドになった。キーボードは使われていないため、ギターサウンドに工夫が施されている。誰も見向きもしないが、そこに捨てられているのが不自然なトウ・シューズ。その不安を増幅させるような揺らぐ高音のギターが耳に残る。
「モータードライヴ」は現代から見るとストーカーまたはパパラッチ的な内容だけど写真週刊誌(フォーカス等)の創刊はもう少し後だ。スピード感のある演奏が聴き応えあり。カメラのシャッター音に続いてニューウェイヴ的なアレンジの「臨時ニュース」。 シンセ類を使ってたらもっとテクノっぽくなったろうなと思う。言葉の使い方はさすが。
前曲の緊張感を引き継ぐ「Audi 80」。個人的にはアルバムの中でも特にお気に入り。1977年西ドイツで起きたバーダーマインホフによるシュライヤー誘拐事件を下敷きにしている内容(実際の事件で使われたのはアウディ100)で、隙のない名曲。イントロのツイン・ギター、メロディ、アレンジ、曲中に挿入されるタイヤの軋む音を再現したギターサウンドは臨場感たっぷりだ。女性を誘拐し車のトランクに隠して雨のハイウェイを走るシチュエーションを描いた歌詞もこれ以上は望めないほどの出来だ。ラストの日本語によるコーラス“強風波浪注意予報”も異色の言葉選び。アナログA面のラストは鈴木慶一作詞作曲による「オートバイ」。鈴木慶一としてはマリアンヌ・ファイスフルが主演した映画『あの胸にもう一度』の原作本マンディアルグ著『オートバイ(原題:La Motocyclette)』を意識したという。マリンバの音色が印象的なスローナンバー。この曲は後に石井聰亙監督の映画『狂い咲きサンダーロード』に使われ“オートバイ 俺の鋼鉄の夢”というフレーズが映画にピッタリだった。
アナログ盤B面の始まりはイントロのギターの突き刺さるようなギターカッティングと歌いだしの“たたき割ったビールびん握りしめて”という歌詞が強烈な印象を残す「ルイーズ」で始まる。1978年に誕生した世界初の試験管ベビー、イギリスのルイーズ・ブラウンに材を取った曲で、デジタルでシャープな内容の歌詞からどうかなと思ってんだけど、テスト・チューブ・ベビーを肯定的に捉え、むしろ賛歌といっていいとパンタ自身は語っている。ややフリーキーなギターソロは平井光一が“335とブギーでジミヘンを”という遊びで弾いたテイクワンがその後のテイクで越えられず採用されたという。この曲はアルバムに先駆けて1980年1月21日に「ルイーズ c/w ステファンの6つ子」としてシングル・リリースされた(B面はアルバム未収録だった)。
「トリック・スター」は、東京で密かに進行するスパイ戦を描いたようなミステリアスな雰囲気を漂わせたナンバー。その女性エージェントの仕草の描写が極めて映像的。多彩なリズムアレンジが織り込まれているが、後半スカっぽいビートにのせたギターソロが美しい。トウキョウのノイズについて歌い、この都市を甘く見てるとケガをするぞという「キック・ザ・シティ」はアルバム中もっともストレートなビートを持った曲。2015年の今タイムリーな「IDカード」。この頃からあったんだよなぁ国民総背番号制の導入は。メタリックで単調で無機的なアレンジは管理された社会の象徴。 “俺を知りたかったらこいつに聞いてくれ” マイナンバーカードに。
衝動的な事件を描いた「ナイフ」。カミュ(「異邦人」と思われる)とブームタウン・ラッツの「I Don't Like Mondays」の延長線上にある。 “刃こぼれのナイフ抱いた錆びれ顔の群”に対する“アメ横でやっと手に入れた気に入りのナイフ”を持ったものによる午後の凶行。パンタによれば舞台は新宿東口のアルタ前周辺のイメージだという。間に挟まれたイコライジングした語りはドラムの浜田文夫によるもの。工夫されたドラミングと絡み合う2本のギターフレーズが美しいが、アルバムのラストソングはあまりに不条理で殺伐とした風景を描き、ずしりと胸に重たく響く。
参考文献:「パンタ自伝 歴史からとびだせ」、ミニコミ「日本ロック第1号」、PANTA&HAL BOXブックレット(2004年)