My Wandering MUSIC History Vol.67 早川義夫『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』
ジャックスの曲を初めて聴いたのは、たぶん小学校の上級生…四年か五年生頃だと思う…学校で聴いた気がする…。授業だったのかな…聴いたのはジャックスの「からっぽの世界」だった。なぜ学校で聴いたのか覚えていないし、タイトルやバンド名をその時覚えた訳じゃないけど “僕唖になっちゃった…” という強烈な歌は忘れられず記憶に残った。キャンディーズや百恵ちゃんや淳子ちゃんやらアグネス・チャンやジュリーなんかの華やかな歌をテレビで見聞きしていた10歳くらいの子供には、聴いてはいけない歌を聴いてしまったような気がしたものだ。深い井戸(表現が古いな)の闇の底から聴こえてくるような歌と演奏で、詳しい内容は分からないもののこんな歌があるのか、という強い印象を幼い心に植え付けられた。
1969年8月にジャックスは解散、70年代で既に伝説化し70年代後半ではレコードの入手が非常に困難であったが、自分でジャックスのレコードを聴いたのは1985年にリリースされた編集盤『レジェンド』だったし、 「からっぽの世界」を再び聴くことが出来たのはラジオ用のスタジオ・ライヴ音源ながら、1986年にソリッドがリリースしたシングル「からっぽの世界」まで待たねばならなかった。
『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』はジャックスのヴォーカリストだった早川義夫の初ソロ・アルバムで、URCから1969年11月にリリースされた。私が聴いたのは1980年にSMSがリリースした再発盤で、1982年~83年頃に確かKG君が貸してくれたんだと思う。
ピアノやギターやオルガンの伴奏のみの素朴な演奏に、みじめで情けない姿の歌を、けれど芯のしっかりした声で歌う。ハードでテクニカルな演奏やラウドな音を長く好んで聴いてきた耳に、すーっと入ってくる簡素なサウンド。スピーカーから流れたこのアルバムの音は、夜の静けさに染み込み、当時の私の部屋にしっくりと馴染んで、まるで家具のように収まっていた。カセットに録音して何度も聴いたなぁ…。ジャケットも奇妙でインパクトがある。
“まっ赤に燃える夕日をせなに”のところがキマっている、数え歌のような「わらべ唄」に始まり、ピアノのフレーズが切ない「もてないおとこたちのうた」、(俳優の)大河内伝次郎のためのエレジーと副題がついている「無用の介」は奇怪な音のリズムが刻まれる。高田渡作詞の「シャンソン」、もとまろが歌ってヒットした「サルビアの花」。この曲の作詞をした相沢靖子はジャックスのメンバーとも関連がある劇団パルチ座の劇団員で、ジャックスの曲の作詞もしている。NHKを見る・見ない、受信料を払う・払わないは古くからある問題でそのあたりをユーモラスに描いた「NHKに捧げる歌」。
アナログ盤ではここからB面になってアルバム中で唯一早川義夫作詞による「聖なるかな願い」、この後の5曲は作詞:出来里望、作曲:早川義夫による、まるで聴いている者を異界へと誘うような曲が並んでいる。ここまでの曲がシンプルとはいっても色々なタイプの曲を並べていたのに比べ、この5曲はひとつの物語を紡いでいくような印象をあたえるものだ。
物語の始まりのような「朝顔」、オルガンとダブル・トラックで録られたヴォーカルが印象的な「知らないでしょう」、情念に包まれた「枕歌」、ゆったりとしたメロディとヴォーカルに寂寥と諦念を感じさせる「しだれ柳」、波の音をSEにした「埋葬」は、強烈に死を意識させる後半の5曲の締めくくりでもありアルバムの最後の曲。7分に及ぶレクイエム。
かっこつけたものがかっこ悪いと生身のまま差し出したこのアルバムは、歌を作り出すということがどういうことか知っている者だけが制作可能な稀有なサウンドであり、いつの時代に聴いても有効で、聴く者の心を静かに震えさせる。