大滝詠一「Tシャツに口紅」
コニー・フランシスの「カラーに口紅」をもじったタイトルなんだろう、英語にするなら “Lipstick On Your T-shirt” になるんかな。コニー・フランシスの「カラーに口紅」は “ダンスパーティでソーダを買いに行ってくるって離れた彼氏が口紅を襟に付けて戻ってきた。 彼女(歌の主人公)はその口紅は誰のものなのか、その口紅の色からして親友のメリージェーンといちゃついてきたんじゃないでしょうね” って詰め寄る内容。
だけど「Tシャツに口紅」には、口紅が付いているから咎めるとか、それは誰の口紅なんだ、とか “口紅” にまつわる説明的な歌詞が無い。ただ “色褪せたTシャツに口紅” だけである。だからTシャツについた口紅が誰のものか、別れ話はTシャツについた口紅が原因なのか、すっきりしないものをずーっと感じていた。
大滝詠一が歌うヴァージョンを聴きながら、もしかしてこの曲は男と浮気相手の女性との関係を歌った/表現した曲なんじゃないか、と思うようになった(つまり「カラーに口紅」でいうところのメリージェーンと彼氏の関係)。
夏の夜明け、海辺で彼女をきつく抱きしめる男、彼女の口紅が男の色褪せたTシャツにつく…。 彼女は浮気相手、始まりは真剣じゃなかったはず…表向きの生活を忘れられる長い付き合いだが、いつまでもこの関係を続けられるはずもない。かなわぬ恋の相手を続けさせては彼女を不幸にしてしまうのは分かっている。だけど…離れられない…。てな内容なんじゃないだろうか。ずいぶん下世話な説明になったけど。この後、男の妻だか本命の恋人だかにTシャツの口紅を咎められるはめになるのか、は依然として不明だ。
まぁこんな事を個人的に考えてみたわけだが、松本隆の歌詞はスマートでメロディにのると耳馴染みが良いが意味深くもあり、人の心の奥深くに隠れている感情を掬い出してみせる時がある。「Tシャツと口紅」で言えば “不幸の意味を知っているの?なんて ふと顔をあげて なじるように言ったね” というところ。そう、微かな背徳を感じさせる。
ラッツ&スターのソウルフルなヴァージョンもいいが、大滝ヴァージョンはアコースティック・ギターのストロークが目立ち、コーラスが季節感ぴったり、曲の後半、大滝の静かなエモーションともいえるヴォーカルが聴きものだ。間奏もラッツのペットに変わってザイロフォン(と思う)の軽やかな響き。このサウンドに道ならぬ恋を歌う歌詞、先日NHKで放送した番組「SONGS」のなかで、1983年ラッツにこの曲を提供したとき、大滝はオールディーズだけじゃなく大人の世界を歌ってステップ・アップすることの重要さを鈴木雅之に伝えたというが、確かにアダルトな曲だ。
他収録曲では、同じくラッツに提供した「星空のサーカス」は、大滝が1982年にシングルのB面で発表した「ROCK'N' ROLL 退屈男」に通じるテイスト。ちと息苦しい「うれしい予感」。「リビエラ」は日本語詞の"冬”ヴァージョンで大滝歌唱は無かったんだろうか。薬師丸の「探偵物語」、「すこしだけやさしく」、KYON2の「怪盗ルビィ」、チェンパロ&ストリングスの「夢で逢えたら」もいいが、個人的には「Tシャツ~」と並んでベストトラックは「熱き心に」。のびやかなヴォーカルが魅力だ。松田聖子の「風立ちぬ」はヘッドフォンコンサートからだが、誰もがコンサート全体のCDを出せ~!と思ってるだろう。
初回限定盤のディスク2には「私の天竺(My Blue Heaven)」、「陽気に行こうぜ~恋にしびれて(Rip It Up~All Shock Up)」、「Tall Tall Trees~Nothing Can Stop Me」、「針切じいさんのロケン・ロール(The Purple People Eater)」の洋楽カヴァーを収録。
『DEBUT AGAIN』のリリースは、大滝が望む形ではなかったと思うが、おそらく膨大なレコーディング・ライブラリーが残されているだろうから、今後どんな発掘音源が出てくるのか…。