剛田武著『地下音楽への招待』
ライヴ・スポット吉祥寺マイナーにまつわるミュージシャン達をひとつの軸にしながら、1970年代後半~1980年前半にかけての日本のアンダーグラウンド・ミュージック・シーンを振り返る本が刊行された。
著者の剛田武は1962年生まれ。アメリカン・ポップス→ハード・ロック、ブルース・ロック、プログレ→パンク・ロック→前衛ロック→フリージャズ、現代音楽と聴く音楽の趣味が変わり、 自身も高校時代にはパンク・バンドでギターを弾き、浪人生活中には宅録、大学入学後にはアルト・サックスを手に入れジャズ研に入部しフリー・ジャズを目指すが“体育会的な気質が肌に合わず”離脱、自身のサックスにギターを加えたユニットOTHER ROOMを結成、と表現活動も行っていた。1982年5月頃に吉祥寺のライヴ・スペース“ぎゃてい”でアルバイトを始め、夜ごと行われた自由な表現活動を“大抵一桁”の観客と見聴きする。
ライヴ・スペース“ぎゃてい”の店長へのインタビューには店の出演者について語っている部分がある。
(他の店は)“ブッキングの基準が出来ていて、店のテイストに合うかどうかオーディションしたりするのでしょうが、マイナーやぎゃていは何でもOK。表現する意思があれば誰でも出演できる。音楽だけじゃない幅の広さを持ち、お金儲けや道楽が目的じゃない、自己表現にこだわりのある人たちが多かった”
ぎゃていは1981年6月開店~84年5月閉店。時期は少し前になるが同じ吉祥寺にあったマイナーは1978年3月開店~1980年9月閉店のライヴ・スペースだった。ぎゃていやマイナーで演奏された、見に来ていた人が大抵一桁か、ゼロの時もあった表現活動(ここでは主に音楽)を関係者の証言から検証、記憶を記録し、詳細な脚注(加藤彰による)と当時のフライヤーなども交え、さらに当時の音源を収録したCDを付属し読者を地下音楽へと招待する、416ページの読み応えのある本だ。
この本でインタビューを受けるのは演奏者・パフォーマーとしては、
園田佐登志(明大現代の音楽ゼミナール主宰/アナルキス、他)
藤本和男(第五列)
鳥井賀句(ワースト・ノイズ/ペイン)
武田賢一(大正琴奏者/ヴェッダ・ミュージック・ワークショップ主宰)
白石民夫(サックス奏者/不失者、他)
工藤冬里(ワースト・ノイズ/ノイズ/マシンガンタンゴ、他)
原田淳・増田直行(陰猟腐厭)
山崎春美(ガセネタ、他)
ライヴ会場の提供者として、
安井豊作(法政大学事業委員会ロックスオフ)
レコード販売・制作として
生悦住英夫(レコード店モダーンミュージック店長)
雑誌との関わりとして
山崎尚洋(雑誌マーキームーン編集長)
また当時を回顧して、
成瀬という仮名で著者の大学の先輩と、
ぎゃてい店長の我妻がインタビューを受けている。
演奏者だけではなく、イベントの企画者、音盤販売や雑誌編集者などにインタビューを重ねることで、重層的に当時のアンダーグランド・ミュージックの蠢きを現代に伝える。
私はそれほどここで取り上げられているようなフリー・ミュージック/前衛音楽を聴いている訳ではないが、どの章も興味深く読めた。パンクロック好きとしては、鳥井賀句のニューヨーク・パンクとの出会いのエピソードなんかも面白かったし、アルバム『ゴジラ・スペシャル・ディナー』のCD化の際にペインの楽曲がオミットされている件も謎が解けた。まぁこのマイナー系のパフォーマー達と東京ロッカーズ周辺はほぼ反目した関係にあったというのがこの本のなかでも確認できるわけだが…。
第五列の藤本のインタビューで自分達の音楽を非楽、アンチ(反)ではなくノン(非)だ、といっているのがなるほどなぁと思わせる。私がこういった音楽を聴くのも、メロディにノン、ビートにノン、テクニカルな演奏にノン、ブルースをルーツにした演奏にノン、ギターのチョーキングにノン、コードにノン、チューニングにノン、コマーシャリズムにノン、…そんな様々な約束事を非とする音に解放感を感じているのだと思う。この本の帯には “パンクよりも自由な世界へ” とあるが、非楽にノンという自由もあるんだろうね…。極上のメロディにテクニカルな演奏もまた解放感を味わわせてくれるものだ。
園田佐登志についてはフリー・ミュージックの人脈との関わりが深いことからインタビューは複数回におこなわれており、三つの章に分けて収録されている。白石民夫の章はニューヨーク滞在という事でメールでのやりとり。工藤冬里の章はインタビューの答えを間接話法で記述、 山崎春美の章ではインタビューの答えに山崎春美自身が大幅に加筆しているものが掲載されている。
18トラック入りで収録時間76分を超える付属CDには、第五列がアノード/カソードという架空のアメリカ西海岸ロックバンドを装って“幻の音源”として発表した曲や、ロリータ順子こと篠崎順子をヴォーカルに迎えて白石民夫が組んだバンド“白石民夫とダメなあたし”(このバンド名最高)のライヴ音源、ハイライズの未発表ミックス・ヴァージョン、ラクリモーザ、著者のバンドOTHER ROOM等々、聴きどころ満載だ。