井上尭之「一人」

1976年、ATLANTIC/ワーナーよりリリースのアルバム『ウォーター・マインド』より。

花田裕之が2015年にリリースしたDVD『NAGARE KYUSHU 2014』には北九州市、久留米市、熊本八代市、鹿児島出水市へと流れ、ひとりホームで電車を待つシーンや文庫本片手に電車に揺られ移動するドキュメントを挟みながら、小さなライヴ会場で歌う花田の姿が収められている。2014年11月21日北九州市門司PENNY LANEでのライヴでは、
“チュチュチュチュ誰も いない チュチュチュチュひとりだけでただ歩く”
という印象的なフレーズの曲が歌われていた。

クレジットを見ると「一人」という曲で、作詞:岸部修三、作曲:井上尭之とある。調べてみたら井上尭之がリリースしたアルバム『ウォーター・マインド』に収録されている曲だとわかった。筋肉骸骨腕ジャケットが印象的な『ウォーター・マインド』というアルバムは何度かアナログの中古を見かけて手に取ったことはある。井上尭之と言えば「傷だらけの天使」のテーマや「太陽にほえろ!」のテーマ曲演奏なんかで名前を知っていたから、内容はインストっていうか劇伴なんだろうな、と思いこんでいて購入することはなかったのだが、実際は1曲(ラストの「さよならログ・キャビン」)を除き井上尭之のヴォーカル入り、歌ものアルバムだ。

それにこの「一人」という曲、ドラマ『傷だらけの天使』の挿入歌としても使われていた。『傷だらけの天使』の本放送は1974年~1975年だが私はリアルタイムでは見てない。まだ小学生だったからね。再放送は何度か見たなぁ。特にオープニングの映像に影響された。あれ見てトマトに塩かけて丸ごと食べるようになった。腹が減ったら牛乳に丸ごとトマト、それにコンビーフ、魚肉ウィンナー。あと修と亨が住んでいた屋上の部屋、あんな所に住みたいなぁと思ったものだ。

つい先日までTVKで再放送していた『傷だらけの天使』が終了した。
あらためて見ると、ショーケンはアドリブが多いなとか、出演者のセリフと共に白い息が映る事が多く、寒いところで撮影してるんだなぁとか細かいところに気付く。
最終回、修がヌード写真が敷き詰められた部屋で死んでいる亨を見つけるシーンはやはり強烈だった。ラスト、夢の島でドラム缶をのせたボロボロのリヤカーをひくショーケンの姿はやはり圧倒的に迫ってきた。そのドラム缶に入れた亨の亡骸が映るシーンはやはり衝撃的だった。 ここで流れている曲が「一人」だ。使われているのはデイヴ平尾が歌ったヴァージョン。1972年にリリースしたシングル「僕達の夜明け c/w 一人」のB面に収録されたものだった。

私が入手した井上尭之初のソロアルバム『ウォーター・マインド』は2017年リマスター盤で税抜1,500円と廉価盤。その一曲目に「一人」が収録されている。デイヴ平尾のヴァージョンでは効果的にオルガンが使われているの対して、 こちらはピアノをメインにしたアレンジ。
 “夢のような 過去は消えて行く
 ひとりだけで ただ歩く
 もう誰も いない”

紙クズが舞う埋め立て地を背を丸めリヤカーをひく男…寂寥としているが妙にリアリティの感じられる映像。このシーンの為に書かれたとも思えてしまう曲である。
探偵社に雇われ、少々ヤバい仕事もこなす、女に目がないアウトローの修と亨。だが所詮は二人とも使い走りで操り人形、鉛の兵隊だった。高度経済成長と大量消費の時代に使い捨てられた大量のモノと同じように夢の島に運ばれる亨の姿を映し出したシーンはこの時代のひとつの象徴でもあったのではないか。
修と亨のコンビはアメリカン・ニューシネマ『真夜中のカーボーイ(原題:Midnight Cowboy)』(1969年公開)がヒントになっているというが、アンハッピーエンドな幕切れはなるほどと思わせる。

「一人」は最終回の前の回でも使われていて、ラスト、記者に囲まれた小松方正(名演!)を狙うテロリストのようなショーケンの佇まいが印象的なシーンで使われていた。

このブログの人気の投稿

TH eROCKERS「可愛いあの娘」

NICO『LIVE IN DENMARK』

ザ・ルースターズ「PLAYLIST from ARTISTS」