My Wandering MUSIC History Vol.93 ARB『トラブル中毒』
1983年4月1日〜3日、新宿ロフトでARB3Daysライヴを終えた後、ギタリストでリーダーの田中一郎がARBから脱退を表明、このアルバムのレコーディングは1982年12月〜1983年3月におこなわれたと付属リーフレットに記載があるが、このレコーディング時、既にバンド内の雰囲気はとげとげしいものだった、とも言われている。
ARBでは自由に曲作りが出来ない、ベーシストが気に入らない、事務所の体制が嫌だ 、さらに、少し前から石橋凌を通じて活発となっていた “ 役者との付き合いがつらかった ” と田中一郎はARBから離れた理由を説明している。田中一郎の脱退を知ったのはいつだったか覚えていないが、このアルバムがリリースされた時は知らなかったと思うし、そんな内部事情など当時知る由もなかった。凌、一郎、サンジ、キースの4人体制で活動してきたARBのひとつの高み、到達点となったアルバムという感想を持ち、繰り返し聴いたARBの6枚目のスタジオ・アルバム。
強烈に映像を喚起させる酔いどれた男と少年の真昼の邂逅。ひとときのふたりの会話と男の長い過去を捉えた秀逸な歌詞が歌われるパワフルで緊張感を持った石橋凌作詞作曲「Do It! Boy」でアルバムは始まる。ややクラッシュ「This Is Radio Clash」のリズムを思わせるダンサブルな「Give Me A Chance」はパーカッションや女性コーラスもフューチャー。この時期ベトナムなどから小型の船で流れ着いた難民がボート・ピーブルと呼ばれニュースに取り上げられていたが、その難民の心情を優しいメロディとアレンジで歌った「ボート・ピーブル」。
ヘヴィなリズムのブルース「Black Is No.1」。ARBは、さまざまな社会的出来事を歌の中に取り込み、サウンドは基本的にはシンプルなR&R。そのイメージは黒。カラフルなサウンドや浮ついた歌詞とはかけ離れたイメージだ。理不尽な規制からの解放と自由を叫び、社会の不正と不条理、腐敗に実直に抗ったARBの姿勢は、こう言われることも多かったろう、TOO DARK!! アナログ盤だとA面のラストは、サンジの弾くベース・ラインのイントロが印象的な「ピエロ」。幾重にも重ねられたギター、パーカッションと練られたリズム・アレンジが流れ者の悲哀を蒼白く浮かび上がらせる。このアルバムで特に好きな曲。1982年11月にシングル「さらば相棒」のカップリング曲としてリリースされていた(アルバム・ヴァージョンと同じと思う)。
ここからアナログではB面になり「War Is Over」は、ジョンとヨーコの“War Is Over If You Want It”というフレーズが背景にあると思うが、それが “ 戦争は終わる、あなたがそれを望むなら ”と意味するのに対して、ARBの曲では “戦争は終わった” だけど…、という意味合いで作られているようだ。ひとつの戦争(例えばベトナム)は終わった、だけど、アフガニスタンでフォークランドでパレスチナでまだ戦争は続いているじゃないか、そして新たな火種が…という内容だ。2022年7月の今、1983年のこの歌から現実の世界はまるで進歩していない…。
ケネディとモンロー、アメリカ大統領とセックスシンボルの人気女優との密会はただの火遊びじゃ済まなかった。そしてモンローの死。かつてデイヴィッド・リンチ監督が『女神(GODDESS)』として映画化を考えた題材でもある。レゲエのビートにのせて歌われる「モンロー日記」は、ポリティカルでありつつもユーモアも感じさせるARBらしい曲。フィールグッズでパブロックな「ギターを持った少年」は、“ 職安通りを横切って ”(小滝通りを旧新宿ロフトへ向かうのかな…)というフレーズがあるバンドマン讃歌。ロッキン!!なギターが聴ける。
半音ずつ降下していく印象的な音階にのせて、弾けすぎた孤独な少年を思う「トラブルド・キッズ」は、アルバムと同時にイントロを短くしたエディット・ヴァージョンでシングル・リリースされた(カップリングは「Give Me A Chance」)。ARBのアルバムに1曲は収録されていた石橋凌のストーリーテリングを発揮する曲だが、このアルバムには工場の経営者と労働組合のリーダーとなった息子の親子対立を描く「ファクトリー」。映画『レッズ』や『理由なき反抗』に影響されているという。ハンチングとサスペンダー、コーヒーとサンドウィッチという小道具が効果的に使われている。
右上の画像はアナログ盤のジャケ写で、石橋凌が描いた、爆弾を背負い、半ズボンを穿き、迷彩服にヘルメットを被りライフル銃を持ち、眼鏡をかけた少年のイラストが使われている。このジャケットが象徴するようにメッセージとポリティカルな内容に満ちた1枚。だけど決して堅苦しくはなく聴き易い内容で、捨て曲なし、全曲名曲。
下の画像はアナログ盤に付属していたリーフレットで、同じく石橋凌により描かれた登校時?のトラブルド・キッズ(同時発売のシングル「トラブルド・キッズ」にはこちらのイラストがジャケットに使われた)。
海と陸の違いはあるが、約40年前に凌が歌った情景が今もウクライナで繰り返されている。
戦(いくさ)に追われた人達が
今夜も波間を漂うよ
家を焼かれて 故郷(ふるさと)を離れ
子供を抱いた女は何を見つめる
作詞:石橋凌「ボート・ピーブル」より
参考文献:石橋凌監修『表現者 石橋凌』(キネマ旬報社・1999年)、生江有二著『渾身・石橋凌』(シンコー・ミュージック・1989年)、『THIS IS ARB』(八曜社・1984年)