私の放浪音楽史 Vol.117 THE SMITHS『THIS CHARMING MAN』
1983年、徳間ジャパン/ラフ・トレードよりリリースの12インチシングル(イギリスでは1983年10月リリース)。
“その朝、どこかとても明るそうな曲のアイディアとともに目が覚めた。レーベル・メイトでもあるアズテック・カメラの陽気な曲がラジオでしょっちゅう流れていたことが関係していたのかも、と後で思ったものだ ”と「This Charming Man」誕生のきっかけについてジョニー・マーが回想している(『ジョニー・マー自伝 』丸山京子訳・シンコーミュージック刊・2017年)。
マーの自伝には、それは2回目のジョン・ピール・セッション(1983年9月)前のことと記載があるから1983年の夏頃か。アズテック・カメラのどの曲をマーが聴いたのか不明だが(すでにアズテック・カメラのアルバム『ハイランド・ハードレイン』はリリース済)、パンクに影響を受けたバンドやアーティスト達のアコースティックな響きやクリーンなギターサウンドを取り入れた作品が目立ち始めた頃でもあった。
1983年9月にザ・スミスは2度目のBBCジョン・ピール・セッションに出演し「This Charming Man」を含む新曲4曲が放送された。スミスの2枚目のシングルは「Reel Around The Fountain」が予定されていたが、この新曲の出来にヒット間違いなしと確信したラフ・トレードは「This Charming Man」を次のシングル候補にする。まずロンドンのマトリックス・スタジオでレコーディング、さらに十分な時間をかけ磨きをかけてマンチェスターのストロベリー・スタジオで再レコーディングをおこないシングルとしてリリースされた。7インチは「This Charming Man c/w Jean」、12インチは「This Charming Man (Manchester) / This Charming Man (London) c/w Accept Yourself / Wonderful Woman」と4曲入りで「This Charming Man」はロンドンでの録音とマンチェスターでの録音の2ヴァージョンが収録された。ロンドン・ヴァージョンはややエコー感の強いモヤッとした仕上がり、マンチェスター・ヴァージョンはギターとリズム隊のサウンドが引き締まり、ミックスもタイトで耳に残る仕上がり。楽曲の基本的な構成はほぼ同一だが、イントロのリズム隊が入る前にスネアの一打の有無やエンディングにも違いあり。
”荒涼とした丘の中腹でパンクした自転車
自然というものはまだ僕を一人前にするための試練をあたえるのか?
そこへ洒落た車に乗った魅力的な男
乗り心地のよい助手席にいる時になぜ人生の複雑さを気にする?
僕、今夜出かけるつもりだけど、着る服がないんだ
「君みたいな男前が着ていく服の事を心配するなんて馬鹿げてるよ」
その言葉にうぬぼれた少年、たまたま通りかかった車に拾われただけの身の程も知らず
彼は「今夜の約束は断るんだ」と少年に言う
(彼はこういう事をよく知っている、彼はこんな事をよくしている)
この魅力的な男は、この魅惑的な男は”
「 This Charming Man」words by Morrissey
ジャケットに使用したジャン・コクトー監督映画『オルフェ』のワン・シーン(主演のジャン・マレー)とともに、ホモセクシャリティを連想させると言われたモリッシーの歌詞、だいぶ意訳としたけど、こういうニュアンスでは。まぁ個人的訳ということで。
ラフ・トレードの目論み通りこのシングルは英インディ・チャートの首位を獲得、英ナショナル・シングル・チャートで25位となるヒット・シングルとなった。
12インチのカップリングにはシャキッとしたリズムで軽快な「Accept Yourself」と、これぞモリッシーの“アーハーハーアーハーハーハーハアー”とスキャットで歌われる「Wonderful Woman」はハーモニカも印象的だ。この12インチのプロデュースはロキシー・ミュージックやブライアン・フェリーのソロに参加していたジョン・ポーター。
「This Charming Man」はフランソワ・ケヴォーキアンがニューヨークのライト・トラック・スタジオでリミックスした「New York Vocal」と「New York Instrumental」を収録した12インチもリリースされたが、これはモリッシーの不評をかった。
参考文献:『モリッシー&マー・茨の同盟』ジョニー・ローガン著・丸山京子訳(シンコーミュージック刊・1993年)