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追悼・MARK STEWART

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尖ったギター・カッティング、うねるベース、鋭い16ビート、フリーキーなサックス、時にリリカルに響くピアノ…ザ・ポップ・グループのファースト・アルバム、『Y』(1979年)、さらにリズムが強靭になりトライバル感も増したセカンド『ハウ・マッチ・ロンガー』(1980年)。 ザ・ポップ・グループのサウンドは衝撃的だったが、マーク・スチュアート(アンド・ザ・マフィア)のソロはさらに過激だった。 闘争的なジャケのソロ2枚目『AS THE VEENER OF DEMOCRACY STARTS OF FADE』(1985年)は、ダンサブルなリズムの上を銃弾のように激しく飛び交い、砲撃のように響くサウンド・エフェクト、カット・アップ/コラージュ、ノイズ。そしてマーク・スチュワートのスクリーム/アジテーション。もはやメロディらしきものはなくリミックス・アルバムのようだが、そのサウンドには焦燥感と不思議な高揚感が混じり合っていた。 2023年4月21日、マーク・スチュワートが逝去。 ザ・ポップ・グループが発したメッセージは今も世界へ問い続けている。 HOW MUCH LONGER DO WE TOLERATE MASS MUDER ?

MY PLAYLIST Vol.4『THE VERY BEST OF ROCK'N'ROLL GYPSIES』

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ロックンロール・ジプシーズは当初1995年〜1997年にかけて、花田裕之のソロ活動に際し名付けられたプロジェクト的なバンド名称だったが、2001年10月14日「北九州博覧会 Rock'in Expo 2001」にロックンロール・ジプシーズのバンド名義で出演。続いて2002年3月1日には渋谷ON AIR EASTでライヴ、その後もライヴを重ね、 2003年6月18日には スタジオ・アルバム 『I FIRST』をリリースしロックンロール・ジプシーズが継続的なバンドであることを印象付けた。 メンバーは、 花田裕之 Vocal & Guitar 下山淳 Guitar & Vocal 井上富雄 Bass &Vocal 池畑潤二 Drums で始まったロックンロール・ジプシーズだが、ベースの井上 が2003年末に脱退、奈良敏博をゲスト・プレイヤーとして活動を続け、後任ベーシストには市川勝也(元POTSHOT)が加入している。アルバム『II』では井上が8曲、市川が4曲でベースを担当した。 2003年〜2016年でスタジオ・アルバムは4枚。他に映画『ロッカーズ』サントラ盤に参加、ボ・ガンボスのトリビュート盤(2005年)に甲本ヒロト&ROCK'N'ROLL GYPSIESで1曲参加している。なかなか寡作なロックンロール・ジプシーズであるが、主にオリジナル・アルバム4枚から自分の好きな曲を選びベスト盤を作ったのは、2019年頃と思う。まぁライヴ・アルバムもあるのだがスタジオ録音のみで選曲。発表順ではなく全体のバランスとCD-Rに焼いて聴くことを考えた曲順にした。 以下、私の選んだ、THE VERY BEST OF ROCK'N'ROLL GYPSIES。  1. Frame Up Boogie(作曲:ROCK'N'ROLL GYPSIES)  2. 渇く夜(作詞・作曲:花田裕之)  3. 只の夢(作詞:柴山俊之 作曲:下山淳)  4. そろそろ(作詞・作曲:花田裕之)  5. 風の跡(作詞・作曲:花田裕之)  6. You won't be my friend(作詞・作曲:下山淳)  7. Hō Train Boogie(作詞:柴山俊之 作曲:花田裕之)  8. Hey DJ(作詞・作曲:花田裕之

Guitar Magazine 2023年5月号『特集・鮎川誠/トム・ヴァーレイン』

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2023年4月13日、リットーミュージックより刊行。 ギター・マガジン買ったのは何十年振りだろうな…。なにしろ鮎川誠とトム・ヴァーレインの2大特集。それに“鮎川誠の1969年製レス・ポール・カスタム原寸大ポスター付きだ!これは買うよね…(ポスター壁に貼るのか?)。 鮎川の特集は写真、記事含めて53ページ。大鷹俊一による鮎川の活動を振り返る文章、過去のインタビュー再掲載3本、愛機1969年レス・ポール・カスタムをはじめとして鮎川所有ギターの紹介、愛用のマーシャル・アンプ紹介、鮎川が通った楽器店のオーナーへのインタビュー、ディスコグラフィ、様々なミュージシャンからのメモリアル・メッセージを掲載。 どの記事も興味深く読めるが、なかでも愛機1969年レス・ポール・カスタムの詳細な紹介は驚異的だった。確かにブラックの塗装は剥がれているが、フレットやブリッジ、ピックアップや電装系、スイッチなどは使い易いように、常に良い音が出せるようにメンテしているんだろうな、と思っていたが、いやいやそうじゃなかった。錆で固まったテールピース、ブリッジ、割れたピックアップ・カバー…錆びついて回るネジは1本もないというギター…恐るべしパーツを換えないオリジナルの音へのこだわり。ほかに所有ギター24本がカラー写真で紹介。レス・ポール・カスタムは6本、ギブソン・レス・ポール・ジュニア・ダブルカッタウェイTV、アルフィーの高見沢にプレゼントされたというブルーのフライングV、『クール・ソロ』のタイトルの由来となったグヤトーンLG-120Tも。機材関係の紹介文は小林弘昂によるもの。 ディスコグラフィは前田栄達と小川真一が担当。ミュージシャンからのメモリアル・メッセージには、最も好きな曲という質問があるが、これは難しすぎる…「ユー・メイ・ドリーム」、「レモンティー」、「DEAD GUITAR」、「キング・スネーク・ブルース」…といった曲が選ばれているが…チャーが「ビールス・カプセル」を選んでる!カヴァーして欲しい! トム・ヴァーレインの特集は20ページ。五十嵐正によるバイオ記事、ディスコグラフィは行川和彦、トム愛用ギター紹介は川上啓之によるものでステージ写真も交えながらダンエレクトロ、ジャズマスター、ジャガー、ダン・アームストロング、STタイプなど12本を紹介。 トムのソロ〜再結成テレヴィジョンを支えたギタリ

片岡たまき著『あの頃、忌野清志郎と』

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2023年3月9日、ちくま文庫より刊行。 2014年に宝島社から刊行された単行本『あの頃、忌野清志郎と』が、加筆、再編集、“ボーナストラック”として「リンコさん」の章を追加し文庫化。 中学生12歳(1972年と思われる)でRC好き、清志郎好きになり、“いつかきっとRCと仕事をするんだ”という将来の夢を抱き、それを叶えてしまう著者片岡たまきの実行力というか忍耐力というか執着心に驚く。1982年、RCの当時の事務所「りぼん」に入社、ついにRCの衣装管理専任・衣装係になりライヴ、ツアーに同行する(ファンクラブ会報の仕事もあり)。1985年、RCが「りぼん」から独立し新事務所「うむ」を立ち上げてしばらくして衣装係からマネージャーに就任、1990年最後のツアー前までRCのマネージャーを務めた。このRC末期、片岡たまきにかけた清志郎の言葉がこの本のひとつのハイライトだろう。 その後、片岡たまきは1991年冬から金子マリのマネージャーになり、1999年からは友人5人と小さな飲み屋「8039」を開店、2004年からは再び清志郎のライヴ衣装を手がけるようになる。そして2009年5月…五百羅漢寺でおこなわれた清志郎の葬儀、告別式から青山葬儀所で行われたお別れの会「青山ロックン・ロール・ショー」までの様子が記され本編終了。 副題は“ボスと私の40年”。片岡たまきから見た清志郎、RCの姿が描かれ、ゴーストライターを頼まれた『忌野旅日記』、清志郎ソロのブロックヘッズとの交流、タイマーズの活動、RC最後のヒリヒリとした雰囲気など、RCと清志郎の側にいたからこそ書ける内容でもある。辛いエピソードもウェットにならず、シリアスなりすぎず、さらりと書かれているので読みやすい。“ボーナストラック”「リンコさん」もホロリとする。竹中直人による解説というか“スペシャル・ボーナストラック”も楽しい。清志郎が音楽を担当した竹中直人監督『119』ビデオで観たな。DVD化されてないんだ…。企画段階で終わったおやじバンド(ヴォーカル沢口靖子)の映画『太陽のあたる場所』観たかったなぁ。 図版は白黒だけど、チケットの半券やチラシ、清志郎自筆のメモ、FAX原稿などが少しだけど掲載されている。 この本で知ったんだけど片岡たまきは、小山卓治がデビュー後に一緒に演奏していたバンドTHE CONXのキーボード奏者ロケット・マツの奥

追悼・坂本龍一

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坂本龍一が逝去。2023年3月28日、71歳だった。 4月2日、日曜日の夜10時頃飛び込んできた臨時ニュース。 今年1月にNHKで放送された『Playing the Piano in NHK & Behind the Scenes』で映し出されていたのは病と闘う坂本龍一の姿、そして体力と気力を振り絞りピアノに向かって自分の愛する音を紡ぐ姿であった、 私がYMOを聴き直すきっかけとなった、サイバーパンクを先取りしたともいえるジャケットに包まれたUSリミックス仕様のファースト(1979年)。坂本龍一作の東風(Tong Poo)収録。たぶん買ったのは1980年代後半。 映画『戦場のメリークリスマス』はロードショーで観たと思っていたが思い返してみると、どこか名画座の大島渚監督特集で観たと思う。(一時期大島渚映画に嵌まってた)。武士道精神の塊、生粋の日本軍人ヨノイ大尉を坂本龍一が演じるというのも意外だったが、ボウイ演じる捕虜のセリアズに惹かれていく、憎むべき敵への好奇心/憧れという裏腹な感情を表現した秀逸な演技だった。言わずもがなの名作サントラ『戦場のメリークリスマス』(1983年)はヨノイ・ジャケ。デヴィッド・シルヴィアンの歌う「Forbbden Colours(禁じられた色彩)」収録。 クールでアヴァンギャルドな『B-2 UNIT』(1980年)。ダブに興味を持った時期に入手した。デニス・ボーヴェルやアンディ・パートリッジ参加の非常にかっこいい先鋭作。 一時期ボサノヴァにハマった時期に買ったモレレンバウム2/サカモトのアルバム『ア・デイ・イン・ニューヨーク』(2003年)。ヴォーカルのパウラ・モレレンバウム、チェロのジャキス・モレレンバウム、ピアノ坂本龍一のユニット作。ジョビン作品を多く取り上げているが、坂本龍一作「タンゴ」も収録。「サンバ・ド・アヴィオン」では戦メリのテーマもちらり。 『グルッポ・ムジカーレ』は『千のナイフ』(1978年)〜『ラスト・エンペラー』(1988年)までのベスト盤で13曲を収録。1988年→1978年に遡る曲順で収録。 CDシングル「RESCUE c/w RYDEEN 79/07」は2007年リリース。HASYMO名義の「RESCUE」はアニメ映画『EX MACHINA エクスマキナ』テーマ曲で作詞:細野晴臣、高橋幸宏、CHIHO SH

近田春夫著『グループサウンズ』

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2023年2月17日、文藝春秋より刊行(文春新書) “GSとは何だったのか” 私がテレビの歌番組やドラマを興味を持って見始めた頃には沢田研二はソロで歌っていたし、萩原健一はマカロニ刑事で傷だらけの天使だった。しかし…ブルー・コメッツの♪もりとんかつ、いずみにんにく、かこーまれてんぷら♪…という「ブルー・シャトウ」の替え歌は歌っていたな。この歌どこで知ったのだろう? 中学生頃に聴き始めた日本のロックは、四人囃子やカルメン・マキ&OZなどで、だいぶGSから時代が下っていたけど、GSの有名曲はテレビやラジオなどから聴こえてきて幾つかは覚えた。先の「ブルー・シャトウ」、「花の首飾り」、「エメラルドの伝説」「想い出の渚」、「長い髪の少女」といったところ。しかしハードロック、プログレ、その後パンク、ニューウェイヴと興味は移っていったが、GSというのは既に懐メロな感じで、少女趣味的な歌詞やルックスもねぇ、まぁ関心はなく当時私の周りにGS好きという知り合いもいなかったな…。 それからしばらくして1983年に小山卓治がデビューアルバム『NG!』でモップスの「朝まで待てない」をカヴァーしているのを聴いて、モップスのベスト盤を借りて聴いた。1980年代中頃からネオGSと呼ばれるバンド群が登場し1980年代後半にはネオGSムーブメントとして盛り上がる。ネオGSはパンクによるロックンロール復権とニューウェイヴによるサイケデリック再評価を受けて日本ロックのルーツとしてGSに再注目、またカルトなGSバンドをナゲッツ/ガレージ・ロック的に掘り起こすという面もあったと思う。いくつかのネオGSバンドのアルバムは聴いたが、オリジナルGSはコンピで聴くくらいだった。 “ 誰もが知るヒット曲でお馴染みの、素人にもそれと名のわかるグループに出来得る限り焦点を絞り、ムーブメント/ブームの検証を試みる” という近田春夫の思いから始まり出版された『グループサウンズ』。“GSとは何だったのか”というテーマはこの本のプロローグで3つの特徴を近田が語っている。 ・バンド自作自演ではなく職業作家による楽曲を演奏して大ヒット。 ・テレビ局と芸能プロダクション主導によるブーム。 ・ロックに興味のない作家の楽曲が醸し出す不思議な魅力。 これを本書は掘り下げていくのだが、第一部は近田春夫とライターの下井草秀の対話によるグループサウ