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日本脳炎「流線型」

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これは並べておきたい動画。 日本脳炎でもっともポップな楽曲「流線形」にのせて、石井聰亙監督『狂い咲きサンダーロード』のシーンをメインに、『Hard Hit Virus』や『Dead Heat Disco』に収録されている日本脳炎の演奏シーンやプロモ・ビデオも使用、さらに柳町光男監督・1976年公開のドキュメンタリー映画『ゴッド・スピード・ユー!BLACK EMPEROR』からのシーンも織り交ぜながら作られている。 『狂い咲きサンダーロード』のヴィヴィッドでスピーディなシーンと、ビルディングに切り取られた“流線形”の夜空の下を駆け抜けるモノクロの映像がマッチしている。

日本脳炎「BACILLUS BRAIN」

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よくできた『爆裂都市』のダイジェストともいえる。“We Want Battle!”から1984の「ソルジャー」をイントロに日本脳炎の「Bacillus Brain」にのせて。 “20000Vでぶち込め!” ラストの黒沼&ブルーのシーンで流れるのはThe Bacillus Brains「Temptation Feelin'」。

私の放浪音楽史 Vol.70 『爆裂都市 BURST CITY ORIGINAL SOUND TRACK ALBUM』

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1982年3月5日、SEE-SAW/キャニオンよりリリースのアルバム。 1982年3月に劇場公開された石井聰亙監督の映画『爆裂都市 バーストシティ』のオリジナル・サウンド・トラック・アルバム。映画は公開時には観に行ってないが(たぶん近くの映画館では上映されてなかったんだろう)、このサントラはリリースされてすぐに聴いたんじゃないかな。たぶんKBちゃんに借りたんだと思う。 ルースターズとロッカーズの混成バンド、バトル・ロッカーズの楽曲が7曲、ルースターズの花田、井上、池畑、当時ルースターズのプロデューサーだった柏木省三を中心にしたユニット1984の楽曲が3曲、ザ・ロッカーズの楽曲が3曲、陣内のソロ名義で1曲、という内容。収録曲は下記の通り。 1.ソルジャー/1984 2.セル ナンバー 8(第8病棟)/バトルロッカーズ 3.ワイルド・スーパーマーケット/バトルロッカーズ 4.シャープシューズでケリ上げろ!/ザ・ロッカーズ 5.プア ボーイ/ザ・ロッカーズ 6.ソロー/1984 7.シスターダークネス/バトルロッカーズ 8.視界ゼロの女(マチ)/陣内孝則 9.キックス/1984 10.マイト ガイ/ザ・ロッカーズ 11.バチラス ボンブ(細菌爆弾)/バトルロッカーズ 12.フラストレーション/バトルロッカーズ 13.ボロボロ/バトルロッカーズ 14.セル ナンバー 8(第8病棟)リプリーズ/バトルロッカーズ バトル・ロッカーズはVo.陣内孝則、G.鶴川仁美がロッカーズから、G.大江慎也、Ds.池畑潤二がルースターズから、B.伊勢田勇人がオーディションで参加、というメンバー(レコーディングではルースターズの井上富雄がベースを弾いているという話をロフトプラスワンで聞いた気がする、 まぁそりゃそうだろうね…)。 映画を代表する曲ともいえるバトル・ロッカーズの「セル ナンバー8(第8病棟)」はオープニングのバトル・ロッカーズの演奏シーンで使われている曲。 “注射器の味”や“カプセルの味”が忘れられないというドラッギーな内容が自主規制させたのか、サントラ盤には歌詞が掲載されていない陣内孝則作詞のナンバー。そのカッ飛んだかっこよさに度肝を抜かれたものだが、ある時小さなレコード評を目にする。 1995年に発売された『Rock'n'Roll』という雑誌クロスビートの増刊号...

DAVID BOWIE「I CAN'T GIVE EVERYTHING AWAY」

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2016年1月8日、ソニーからリリースのアルバム『★』より。 ボウイのアルバムを購入したのは1995年の『アウトサイド』以来だ。まぁ熱心なボウイ・ファンという訳でもなかったわけだが、最新作『★』はどの雑誌も高評価。これは聴いてみたくなる。 アルバムの制作に関してはいろんなところで書かれているが、現代ジャズ・ミュージシャンの起用は当たっている。緻密で尖鋭的なドラマー、マーク・ジュリアナの参加がサウンドへの影響大だ。ボウイとのマッチングはバッチリ。過去のエレクトロニカ/インダストリアルな作風も取り込みながら、ボウイ・クラシック的なスパイスもありつつモダンで緊張感のある刺激的な音作りに成功している。 ダークで息詰まるトーンのタイトル・トラック「★」。4分過ぎのスペイシーな展開が見事だ。 「'Tis A Pity She Was A Whore」はビッグ・バンドなポップソングという意味では1983年「レッツ・ダンス」の発展形・21世紀版といえるかも。PVも衝撃的だった「Lazarus」。ベースラインも耳に残る。インダストリアルな「Sue (Or In A Season Of Crime)」。エレクトロニカな「Girl Loves Me」。静謐でフォーキーな雰囲気もある「Dollar Days」は初期ボウイを思わずにはいられないメロディアスなナンバー。どれもバラエティに富んでいて飽きさせることがない。 このアルバムからとりあげた1曲は「I Can't Give Everything Away」。 流れるようなメロディをもったアルバムラストの曲だ。 この曲のタイトルが、よく“私は全てを与えられない”ってリスナーに向けたメッセージだって言うけど、すべてを与えられないことぐらいボウイ自身わかってることだし、わざわざ自分が病魔と闘いながら制作したアルバムの最後に、アルバムを買ったリスナーに向かって偉そうに言うか?という感じはする。単純にボウイの言葉ではなく曲の主人公の言葉としてとらえるべきかもしれないし、もっとボウイのパーソナルな人に向けたメッセージなのかもしれない。 私がこの曲を聴いて感じたのは、むしろボウイが死を予感した最後の言葉なら、命を奪う神/死神に向かって“私は最後となるかもしれない作品を残した。そして過去には多くの作品も。 その長い年月にリスナーとオーディ...

『CROSSBEAT Special Edition 増補改訂版 デヴィッド・ボウイ』

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2016年2月、シンコーミュージック刊。 2013年にシンコーミュージックが刊行したムック『CROSSBEAT Special Edition デヴィッド・ボウイ』をもとに、遺作となってしまった新作アルバム『★』の内容や亡くなった直後の情報、 追悼コメント、追悼文などを追加、2016年迄のボウイの辿った歩みを網羅し増補改訂版として緊急出版。 シンコーミュージックが発行していた、今はなき“ミュージック・ライフ”、“クロスビート”といった音楽雑誌の財産が活かされ、ボウイの73年初来日時のインタビューや写真(黒柳徹子と写るボウイ!)、78年、83年の来日時のインタビューを交えたボウイ・ヒストリーは読み応えあり。通算7回のボウイ・ライヴ・イン・ジャパンの記事も日程や、どの日のものかわからないがセットリストも記載され興味深い。大きめのジャケ写を使ったオリジナルアルバムのディスコグラフィ、その他ライヴ盤やビデオ作品なども紹介、関係者名鑑など、全216ページ。 ボウイが日本に滞在中、P-MODELやノー・コメンツをライヴ・ハウス(サーカスサーカスや拾得)へ見に行ってたとは驚き。平沢進がボウイに対してとった行動も意外なものだった…。 そんなミュージシャン達のコメントや、このムックを作った音楽ライター達それぞれのボウイとの思い出、ボウイからの影響、ボウイの作品やライヴに対する姿勢、ボウイへの感謝が表れた心からの追悼文が胸に沁みる。 2003年のインタビューでは、ボウイが“Changing horses midstream"と自己の性格を表現していたり、 “僕等は音楽に関してはジェネレーション・ギャップが一切存在しない初めての世代” と若い世代の音楽的な魅力に理解をし続けていたボウイならではの世代分析も興味深いものだ。

BAUHAUS「ZIGGY STARDUST」

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やはりボウイのカヴァーというとバウハウスだろう。1982年リリースのシングル。 たぶん少したってからテレビでプロモ・ヴィデオを見たのが最初と思う。ボウイのオリジナルよりこっちを先に聴いたかも。で、ここからデイヴィッド・ボウイへ辿って行ったと。バウハウスのヴァージョンはオリジナルに忠実なアレンジだけど、独特なピーター・マーフィーの声質と鋭利なサウンドでこの有名曲をバウハウスのものにするのに成功している。ボウイ愛にあふれているね。このプロモ・ヴィデオもダークな感じでかっこいい。 バウハウスのトレードマークの顔に(アラジン・セインの)稲妻を重ねたジャケのシングル。 私の持っているレコードは12インチでブライアン・イーノのカヴァー「Third Uncle」(7インチのB面収録曲)、オリジナルの「Party of The First Part」の他、ニコをゲスト・ヴォーカルに迎えたヴェルヴェッツの「Waiting For My Man」のライヴ・ヴァージョンを収録している。

『rockin'on 2016年3月号 追悼特集 デヴィッド・ボウイ 1947-2016』

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2016年2月、rockin'on社刊。 ロッキンオンでデヴィッド・ボウイの追悼特集。ついつい買ってしまう。表紙(フォトby鋤田正義)につられて。フォト多し。日本家屋の前でのボウイや阪急電車(?)の前のボウイ…うーんエイリアンな雰囲気。今年の誕生日(死の2日前)に写したというジミー・キングによるボウイのおどけた表情のフォトに強い生命力を感じるなぁ。 ロッキンオンがおこなったインタビューを2003年、2002年、1997年、1978年と4本再掲載。どれも面白いが1978年来日時のインタビューで、日本で歌う時の言葉の障害について聞かれ、 “言葉は日本に限らず総体的に障害になっています。言葉はコミュニケーションにおける最も不明瞭な方法です”って答えてるのが、さすがだなぁと。世界的なシンガー/パフォーマーは違う。 1997年のインタビューでは“僕のアイディアに相応しい服を着せるのが僕の音楽なんだ”というのが納得のチェンジズ・ボウイ。他は評論家・ライターが語るボウイ音楽との出会い、その影響力について。渋谷陽一が語るラスト・アルバム『★』。まぁロッキンオンなのでオリジナル・アルバム・ディスコグラフィは軽くジャケ写のみ。47ページの特集。 オヤジ達が買うのを見越してか、他には70年後半を振り返るストーンズのインタビュー。 それにルー・リードのアルバム『ベルリン』再現ライヴ時の2006年インタビュー。丁々発止なやりとりでルーのさまざま表現方法からドラッグ、替え玉コンサートについてまで語られた読み応えのあるインタビューだ。 オアシスのノエル・ギャラガー1997年のインタビュー。頂点に上り詰めた時の傲慢とも思える内容だが、以前このページでも紹介した「Don't Look Back In Anger」の歌詞 “Don't put your life in the hands of a rock and roll band”  のノエル自身の解説があって興味深い。このフレーズは気が利いたいい歌詞だよ、本当に。あぁオアシスもボウイの「ヒーローズ」カヴァーしてたっけ。シングル「D'You Know What I Mean?」のカップリングか。確か持ってたな、聴いてみるか。

『レコード・コレクターズ2016年3月号 追悼特集 デイヴィッド・ボウイ』

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2016年2月、ミュージック・マガジン社刊。 レコード・コレクターズでデイヴィッド・ボウイの追悼特集。 基本のオリジナル・アルバム・ディスコグラフィ、日本のミュージシャンや音楽評論家によるボウイ私の一枚、ニュー・ミュージック・マガジンの1979年2月号に掲載されていたボウイと坂本龍一の対談の再掲載、鋤田正義のフォトメモリー(73年と78年の日本のステージ写真が特にいい!)など、約70ページの特集。 個人的には日本盤7インチがカラーで掲載されているのが見どころだった。 表紙の神秘的な表情のボウイは、デッカがジャケットを差し替えて1973年に再リリースしたコンピ『The World of David Bowie』のジャケットで使われた写真。そういえば映画『クリスチーネ・F』で主人公がボウイのレコード(『ChangesOneBowie』)をプレゼントされるものの、 “これ持ってるし.…”という感じでレコードをしまうシーンでチラリと『The World of David Bowie』が映っていた。一度見ると忘れられない印象的なジャケットだった。 ミュージック・マガジンからは過去のレココレやミュージック・マガジンの記事を集めた追悼増刊号も3月に出版される予定。

『ユリイカ 2016年2月臨時増刊号*総特集 江口寿史』

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2016年1月、青土社刊。 雑誌『ユリイカ』で江口寿史をまるまる1冊取り上げた増刊号が発売された。 江口漫画がどんな文章で解析されているか興味あって購入したが、「ちばてつや×江口寿史の対談」、「集英社歴代担当編集者の座談会」、「江口寿史・音楽と漫画を語る・インタビュー」は川崎や明大で開催されていた展覧会関連で行われたイベントを掲載したもの。ちばてつやとの対談は江口のルーツと漫画に対する姿勢を、編集者座談会は漫画雑誌編集の裏側を、江口へのインタビューはエンケン、拓郎、DEVO、XTC、ムーンライダーズ、ユーミン、佐野元春、アイドルまで名前が挙がる音楽遍歴を知ることが出来る。コマ割りから視線の動き、セリフの読ませ方などコミュニケーション論でアカデミックに分析したものから、同業者の愛あるリスペクト文、リスペクト・イラスト、山上たつひことの往復FAX書簡、お約束の江口漫画年表など、ボリュームたっぷりの内容。 多くの評者が江口の手法について、江口自身の興味があるものを漫画を通して紹介するDJ的、自身の好きなものを取り込むサンプリング的、またそれらを自身の表現として再構成するリミックス的な手法の先駆けと位置付ける。 これらの評価はなるほどと思わせるものだが、日本の漫画文化が手塚治虫から綿々と続いている先人たちの真似(リスペクトというんじゃなくコピー表現、江口の場合その端緒はちばてつや)をすることによって磨かれていった表現でもあることが言えると思う。2015年にNHK Eテレで放送された『浦沢直樹の満勉』を見ていても思ったが、自分が先人達が描いた漫画からの影響を隠そうとしない、それを指摘されても否定しない、真似から始めた事をなんの衒いもなく言い切ることが潔かった。真似て真似て描き続け、消化し、自らの骨肉化し、やがて作者独自の表現へ、さらに洗練されたオリジナルな表現へ。江口に限らず多くの優れた漫画家が辿る道筋じゃないのかな。このあたりパクリ論争が喧しい音楽・楽曲関係とは読者・受け手の意識(その文化に対する歴史観・ルーツ意識かな)が違うんだろう。 個人的にはバンド・デシネ(フランス語圏の漫画)からの影響を考察した原正人「江口寿史とバンド・デシネ」も面白かった。 それにしてもパイレーツの “人はわしを畑のパンクロッカーと呼ぶだよ”♪あ けんけんのぉ♪さていすふぁくしおん♪ あけちゃ♪あ...

私の放浪音楽史 Vol.69 サンハウス『ストリート・ノイズ』

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1980年10月、日本コロムビアよりリリースのアルバム。 1980年代前半、サンハウスは既に伝説のバンドで音源が入手困難だったと思う。『有頂天』も『仁輪加』も『DRIVE』も聴いたことがなかった。最初の再結成ライヴが行われ、そのライヴ盤がリリースされた1983年頃にベスト・アルバム『ポイズン』がリリース、そのあたりで再発されたオリジナル・アルバムを聴いたんじゃないかな。 なのでこの未発表曲集という形で1980年にリリースされた『ストリート・ノイズ』が私にとって初めて聴いたサンハウスのレコードだった。たしか友人のKBちゃんに借りたと思う。レコード盤は10インチで縦長のスリーブに入っていた。当時は知らなかったけど1977年春に博多で録音したデモが7曲と1976年のライヴ2曲が収録(雑誌「ロック画報17」より)されている。だから音質はいまひとつ、だけどドライヴ感は抜群って印象だった。 パンキッシュで後に映画『爆裂都市』にも使われるスピード感のある「カラカラ」はレフト側にミックスされている鮎川のギターが強烈なサウンド。ラモーンズ・ライクでこれもパンキーな「キザな奴」と続いて、ミディアムな「悲しき恋の赤信号」、シナロケでも取り上げた「アイ・ラブ・ユー」、シャッフル・ビートの「魅惑の宵」、ブギーな「傷跡のロックンロール」、前回紹介した曲「夜は恋人」、ここまでがギターの篠山が脱退してから、菊・鮎川・奈良・鬼平の4人で録音されたデモ。  ラストの2曲は篠山を含めた5人の録音でブルージーな「ぬすっと」とボ・ビートの「恋をしようよ」。 “すけこまし”というタイトルを変更した(リリース当時は問題だったんだろう)「恋をしようよ」は、まぁ要するに“I Just Want To Make Love To You”で“やりたいだけ”な訳だが、このタイトル変更は、サンハウスから影響を受けたルースターズからのブーメラン現象ともいえる。 私が持っているのは1991年に再発されたCDで、ジャケットに関する詳しい記載は無いんだけど、裏ジャケに“写真:アサヒグラフ(朝日新聞社刊)より” の記載があるが、今回改めてネットで探してみたら、このジャケット、二・二六事件で大渋滞する新橋を写したものだったんだな。 探検コム  写真と証言で綴る「二・二六事件」 の中にこの写真がある。私はこのジャケ、日本じゃない...

サンハウス「夜は恋人」

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2015年11月23日、SON RECORDSからリリースのアルバム『HAKATA』より。 2015年11月28日にシーナのバースディを記念するライヴが博多で開催されることになった。出演はシーナ&ロケッツとサンハウス。そのライブの為にサンハウスの菊・鮎川・篠山・奈良・鬼平というメンバーが2015年10月12日博多・ハートストリングス・スタジオに集まり、リハ―サルを行った。その時のリハーサル音源が2枚組CD化されリリースされた。ライヴ会場と通販のみの販売だが、AMAZONでも取り扱いがあり入手した。歌詞カードや解説書なんかはなくダブルジャケットにCDをそのまま入れた簡素なつくりだが、まぁ廉価盤といことで。 このリハーサルは柴山(菊)が曲名を告げ次々とプレイするというもの。鮎川によれば、1曲目の「爆弾」の途中からスタジオのルーム・サウンドを録音するレコーダーの録音ボタンを押した、ということだ。ラインやミックス卓を使わないルーム・サウンドを録音したものなので音質はそこそこ。でもリハーサル・ライヴの緊張感と醍醐味を感じる事が出来るし、なによりCDを聴いて感じるのは、曲名を告げられ、せーので演奏したとは思えない完成度だ。曲がメンバーそれぞれの体に染み込んでるんだなぁ~と感心してしまう。徐々に菊のヴォーカルがこなれてきて、奈良のベースもグイグイとグルーヴを生み出し、バンドのノリが出てくるのがわかる。 「夜は恋人」は1980年に未発表音源集としてリリースされたアルバム『ストリート・ノイズ』に収録されていたナンバーで、イントロのギターのカッティングから“ほら夜が~”で始まるメロディがスケール感を感じさせる力強いナンバー。歌詞の内容も柴山の世界を簡素に表現したようで面白い。この曲、他のライヴ・アルバムなんかではあまり聴けない曲なんじゃないかな。 HELLO!! SONHOUSEでCDの紹介。 sonhouse 'HAKATA' New2CD 2015/11/23 on sale! プレス・キットや紹介動画もあり。

DAVID BOWIE『LIVE AT TOKYO NHK HALL 1978.12.12 "YOUNG MUSIC SHOW"』

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1978年12月12日、東京NHKホールの公演を収録したNHKの番組「ヤング・ミュージック・ショー」。 ボウイの凛々しくダンディでクールな表情、そしてエキサイティングなヴォーカル。ボウイを支えるメンバーも強力。ギターのエイドリアン・ブリューとキーボードのロジャー・パウエルのトリッキーなプレイ、カーロス・アロマーのキレたカッティング、それにリズム隊もファンキー。音に彩を添えるヴァイオリンにサイモン・ハウス、もう一人のキーボードにシーン・メイズ。 1. Warszawa 2. Heroes 3. Fame 4. Beauty And The Beast 5. Five Years 6. Soul Love 7. Star 8. Hang On To Yourself 9. Ziggy Stardust 10. Suffragette City 11. Station To Station 12. TVC15 蛍光灯を使ったステージが未来的というかスタイリッシュ。時々挿入される訳詞の場所が邪魔だったり、訳がいまいち?な箇所があるがそんなことは無視して必見・充実の内容。 追記:1.17に貼りつけた動画は削除されてしまったので、他の動画を貼りつけ。 これは1978年4月10日ダラス・コンベンション・センターのステージから6曲を収録したアメリカのTV番組が先に流れる。 1. What In The World 2. Blackout 3. Sense of Doubt 4. Speed of Life 5. Hang On To Yourself 6. Ziggy Stardust NHKのヤング・ミュージック・ショーは21分07秒くらいの箇所から。

追悼・DAVID BOWIE「ZIGGY STARDUST」

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ジギーは自らの星に還っていった。 もう戻ることはない。 地球の時間で2016年1月10日のこと。 彼が歌う時は目をしかめ髪を長くたらし、まるで日本から来たクールな男のようだった、という記録がある。 それに彼は日本においては “出火吐暴威” として知られていた。 さようならデイヴィッド。 もう一度『ジギー・スターダスト・アンド・スパイダース・フロム・マーズ』を最初から聴くよ。 Now Ziggy plays guitar…

私の放浪音楽史 Vol.68 THE ROLLING STONES『STILL LIFE (AMERICAN CONCERT 1981) 』

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1982年6月、ローリング・ストーンズ・レコードよりリリースのライヴ・アルバム。 かつて東京の情報誌で “シティロード” という雑誌があった。私が音楽や映画の情報や流行を(まぁ今よりは)積極的に追っていた80年代~90年代初めにかけて購読していた情報誌だ。そのシティーロードが1982年7月頃の号(もう切り抜きしか残ってないので正確に何月号かわからない)で、ルースターズの大江慎也にインタビューしている。内容は1982年7月4日に千代田公会堂で行うライヴに向けたインタビューだが、この中で大江慎也がこのストーンズのライヴ・アルバム『スティル・ライフ』に言及している。 “ストーンズの一番新しいライヴ・アルバムを聴いてまたびっくりしたんだけど、彼らのライヴでのリズム・アレンジは凄い。例えば「アンダー・マイ・サム」なんかスタジオ盤では座ったリズム、今度のライヴ盤では完全に立ったリズムなんだな” と語り、ライヴに向けてリズム・アレンジの参考にしたいと言っている。 この大江のコメントを読んで、“立ったリズム”かぁ、ルースターズのサウンドはこういう研究から生まれるんだなぁ、なるほどなぁ…などと当時思ったものだ(話が逸れるが、数度にわたる引っ越しの度に処分してしまったので、私が所有しているシティーロードも数冊しか残っていないが、シティーロードに関してはいつか別枠で取り上げてみたいと思っている)。 少し前にこのページに書いたが、1981年頃に『ラヴ・ユー・ライヴ』を聴いてストーンズに興味を持った私は、80年代初頭のスタジオ・アルバム『エモーショナル・レスキュー』(1980年)、『刺青の男』(1981年)は友人か貸しレコード屋から借りて聴いたけれど、それほど聴きこんだっていう程でもなかった。1981年北米ツアーのライヴからセレクトされ1982年にリリースされた『スティル・ライフ』も誰かに借りたと思うが、このアルバムはカセット・テープに録音して繰り返し聴いたお気に入りのライヴ・アルバムだ。 まぁ先の大江のコメントにも少なからず影響されたが、コンパクトな楽曲を並べ、トータルで約40分という聴き易い収録時間、カズ・ヤマザキによるカラフルなヴィジュアルのジャケットも鮮烈な印象だった。 イントロに使われたデューク・エリントンの「Take The A Train(邦題:A列車で行こう)」の軽快なリズム...

『私たちが熱狂した 80年代ジャパニーズロック』執筆陣集合・80年代邦楽ロック鼎談

先日紹介した『私達が熱狂した80年代ジャパニーズロック』に寄稿している小野島大、中込智子、兵庫慎司の特別座談会が総合カルチャーサイト・Real Soundに掲載された。 この本を読み終わった後に、80年代ジャパニーズロックを振り返る評論家や当事者による座談会が載っていればよかったのになぁ、と思っていただけにタイムリー。 80年代邦楽ロック鼎談(前編 ) 80年代邦楽ロック鼎談(後編) んー読んでも今一つ “80年代ジャパニーズロック” というものが何だったのか見えてはこないが、この座談会での結果は “何でもありの面白い時代で、日本のロックの思春期、青年期” ということになっている。

『芸術新潮 特集This is 江口寿史!!』

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2015年12月、新潮社刊。 雑誌『芸術新潮』で江口寿史特集。『芸術新潮』の漫画家特集で購入したのは大友克洋の特集以来だ。表紙の“2 Cow Girl”は、楠見清著の単行本『ロックの美術館』のカバーイラストからで、アンディ・ウォーホル “ダブル・エルヴィス” へのオマージュ作品。誌上「江口寿史」展や大友克洋との対談、「パパリンコ物語」第一話再録など約60ページほどの内容。 誌上「江口寿史」展では “The 10th Music Revolution”(2015年)のポスターがカッコいい。ヤマハが主催しているだけあって、持ってるギターがヤマハSGで、カラーがホワイトっていうのもセンスいいなぁ。あと江口寿史が手がけたCDジャケットを集めた写真もあるけど、Shiggy Jr.やスカパラの最新シングル「嘘をつく唇」は写ってないな…。 一番の読みどころは大友との対談。楽しくもお互いにリスペクト感のある対談となっている。それと「パパリンコ物語」第一話の再録は面白い!この作品単行本未収録なんだ? “白いワニの事件簿”も掲載時のスリルと驚愕を思い出させてくれる。アート誌だけあって図版は大きくて綺麗。だけど、もうちょい特集のボリューム欲しかったなぁ。

『私達が熱狂した80年代ジャパニーズロック』

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2015年12月、辰巳出版刊。 1980年代の日本ロック・シーンを当時のバンド・メンバー、関係者の証言から振り返る。 注目のインタビューは、 仲井戸麗市:7ページ 杏子:3ページ 町田康:6ページ 梶浦徹也:4ページ 谷川千央(ブルーハーツの元マネージャー):6ページ 寺田恵子:4ページ 道下善之(元R&R Newsmaker誌編集者でBOOWYについて語る):4ページ というページ数(いずれも写真ページは除く)でちょっと少ない印象。文字も大きめだし。もうちょっとページ数増やして掲載してもよかったんじゃないのかなぁ。 また、証言・懐古談として、 森川欣信(キティ・レコードでRCサクセションの元担当ディレクター) 角田光代(作家・RCのファン代表か…) 田口トモロヲ ケラリーノ・サンドロヴィッチ に取材し4~5ページにまとめた文章。 他には、 ジャパメタや佐野元春やTMネットワークやインディーズブームや80年代後期バンドブーム、ネオGS、ガールズロックなどを音楽ライター達が振り返るコラムや考察、第1~5章までの各章には総論もある。まぁメジャーなところが主な内容の本だけど、このあたりには色んなバンド名も登場する。 んーこうして一冊読んでみて、アーティストのインタビュー/証言では仲井戸、町田、田口あたりは “熱狂” というよりは冷静な視線のほうが伝わってくる。BOOWYのブレイク、ブルーハーツ以後、インディーズ・ブーム、バンドブームの到来を “熱狂した” 80年代といったほうがよいかも。 町田康はこの本のインタビューで “なんとなくですが85年辺りまでと86年以降とでは、80年代もかなり違うかなと” と語っている。 総合カルチャーサイト・Real Soundにこの本のインタビューの一部が掲載されている。 町田康が語る80年代邦楽ロック 元ブルーハーツ梶原が証言するバンドブーム前夜

LOU REED, JOHN CALE & NICO『LE BATACLAN '72』

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2015年11月13日、ロック・ミュージック…バンドとオーディンス…を直接ターゲットにした攻撃から1ヶ月。 先日CDラックを何気なく見ていたら、バタクランはこの演奏が収録されたところだったんだな、と気付いた。 1972年1月29日、パリで再会したルー・リード、ジョン・ケイル、ニコが、ヴェルヴェッツ時代の曲とそれぞれのソロ曲を持ち寄ったアコースティックな一夜。公演はパリのテレビ局によって記録され、2003年になってAlchemy EntertainmentからCDがリリースされている。

私の放浪音楽史 Vol.67 早川義夫『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』

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1969年11月10日、URCよりリリースのアルバム。 ジャックスの曲を初めて聴いたのは、たぶん小学校の上級生…四年か五年生頃だと思う…学校で聴いた気がする…。授業だったのかな…聴いたのはジャックスの「からっぽの世界」だった。なぜ学校で聴いたのか覚えていないし、タイトルやバンド名をその時覚えた訳じゃないけど “僕唖になっちゃった…” という強烈な歌は忘れられず記憶に残った。キャンディーズや百恵ちゃんや淳子ちゃんやらアグネス・チャンやジュリーなんかの華やかな歌をテレビで見聞きしていた10歳くらいの子供には、聴いてはいけない歌を聴いてしまったような気がしたものだ。深い井戸(表現が古いな)の闇の底から聴こえてくるような歌と演奏で、詳しい内容は分からないもののこんな歌があるのか、という強い印象を幼い心に植え付けられた。 1969年8月にジャックスは解散、70年代で既に伝説化し70年代後半ではレコードの入手が非常に困難であったが、自分でジャックスのレコードを聴いたのは1985年にリリースされた編集盤『レジェンド』だったし、 「からっぽの世界」を再び聴くことが出来たのはラジオ用のスタジオ・ライヴ音源ながら、1986年にソリッドがリリースしたシングル「からっぽの世界」まで待たねばならなかった。 『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』はジャックスのヴォーカリストだった早川義夫の初ソロ・アルバムで、URCから1969年11月にリリースされた。私が聴いたのは1980年にSMSがリリースした再発盤で、1982年~83年頃に確かKG君が貸してくれたんだと思う。 ピアノやギターやオルガンの伴奏のみの素朴な演奏に、みじめで情けない姿の歌を、けれど芯のしっかりした声で歌う。ハードでテクニカルな演奏やラウドな音を長く好んで聴いてきた耳に、すーっと入ってくる簡素なサウンド。スピーカーから流れたこのアルバムの音は、夜の静けさに染み込み、当時の私の部屋にしっくりと馴染んで、まるで家具のように収まっていた。カセットに録音して何度も聴いたなぁ…。ジャケットも奇妙でインパクトがある。 “まっ赤に燃える夕日をせなに”のところがキマっている、数え歌のような「わらべ唄」に始まり、ピアノのフレーズが切ない「もてないおとこたちのうた」、(俳優の)大河内伝次郎のためのエレジーと副題がついている「無用の介」は奇怪な音...

早川義夫著『たましいの場所』

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2012年12月、筑摩書房刊。 早川義夫の本は1990年代に再刊された『ラブ・ゼネレーション』、そのあと古本で買った『ぼくは本屋のおじさん』を読んでたけど、音楽活動を再開した頃1994年からのエッセイをまとめた『たましいの場所』(初刊行は2002年)の文庫本を最近入手して読んだ。 これまでの本も、時に辛辣、時に心のずーっと奥を見つめないと見つけられないような表現で、自分の感情に素直な文章を書く人だなぁと思っていたけど、この『たましいの場所』はさらに包み隠さず赤裸々と思える。音楽活動を再開することによって気付いたこと、早川書店を閉店することで気付いたこと、まぁこのあたりは早川のパブリックな面の延長だから抵抗なく読めるのだが、章が進むにつれて妻、子供、兄弟という家族に関する内容には驚くこともしばしば。さらに早川の恋/恋人に対する事柄もあけすけ。 以前からの深い洞察力は不変。それが広く日常の事柄にもおよんでいるので、多くの人に読まれてもいるし、共感も得られているのだろう(性に対するアナーキーさも不変だ…)。アルバム『ひまわりの歌』(1995年)のプロデュースをした佐久間正英とのエピソードも面白かったし、早川義夫が母の病室で歌を歌うエピソードは歌の持つ不思議で特別な力を感じることが出来た。 早川義夫のパーソナルな出来事も刺激的な読み物だが、個人的には音楽活動に関連したエッセイがもうちょっと読みたいなとも思う。でもそのパーソナルな出来事が早川の作る音楽の創作のもとになるんだと思うとやはり興味深いのだが…。それでも “まだまだ、僕は本当の事は、ちっとも言っていない” と書く早川義夫。「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」を変わらず追及して音楽や言葉を生み出している。この本の他にも数冊ちくま文庫から出てるので読んでみようか…。 “あなたが一流で、私が三流なのではない。あなたの中に一流と三流があり、私の中に一流と三流があるのだ” 「今を生きる」より。