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ニーナ・アントニア著・新井崇嗣訳『ジョニー・サンダース イン・コールド・ブラッド・完全版』

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2022年7月15日、シンコーミュージックより刊行。 ニーナ・アントニアにより書かれたジョニー・サンダースの伝記本『ジョニー・サンダース イン・コールド・ブラッド』。日本では1988年に鳥井賀句による邦訳で日本語版が刊行されて以来、絶版となり長らく入手困難だったが、ジョニー・サンダース生誕70年という記念の年に、それもジョニーの誕生日(1952年7月15日)に新しく新井崇嗣の訳により完全版として復活した。奥付には翻訳協力としてHiroshi The Golden Arm Nakagomeのクレジットがある。 『ジョニー・サンダース イン・コールド・ブラッド』のオリジナルは1987年に英ジャングル・ブックスより刊行、日本版は1988年シンコーミュージックより鳥井賀句訳で刊行されているが、この時はまだジョニー・サンダース存命中の出版であり、パティ・パラディンとのアルバム『コピー・キャッツ』(1988年)制作前という時期だった。 その後、2000年に英チェリーレッドから改訂英語版が、2015年には伊パイプラインからイタリア語版が刊行された(こちらも改訂されている様だ)。今回の日本語訳完全版は、 おそらく2019年にJungle Recordsからリリースされた電子書籍版(英語)『 Johnny Thunders - In Cold Blood ebook 』をもとにしていると思われる。 今回の邦訳では、パティ・パラディンとのアルバム『コピー・キャッツ』制作から、訪れていたニューオーリンズでのジョニーの最期(1991年4月23日)とその後、さらにジョニーの盟友ジェリー・ノーランの死(1992年1月14日)を記した新たな章が加えられた。それまでの章にもインタビューを含む取材や考察により大幅に加筆されており、1988年日本語版とはほぼ別物と言っていいと思う。またカラー写真を含む多くの図版が掲載されている。 邦訳初版巻末にあったディスコグラフィは無くなり、今回の日本語版にはニーナ・アントニアがジョニー・サンダース関連の音源リリース時に執筆(インタビュー含む)した下記のライナーノーツが掲載されている。 ・ニューヨーク・ドールズ『MANHATTAN MAYHEM:A History of New York Dolls』(2003年) ・ジョニー・サンダース&ザ・ハートブレイカーズ『L...

私の放浪音楽史 Vol.95 四人囃子『二十歳の原点』

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1973年10月25日、東宝レコードよりリリースのアルバム。 高野悦子著『二十歳の原点』(新潮社刊・1971年)を原作に大森健次郎監督が映画化(東京映画・1973年)した際に制作されたサウンドトラック・アルバム。オリジナル盤は、主演の角ゆり子のセリフ(朗読)と、映画のテーマ曲『二十歳の原点のテーマ』(小野崎孝輔作曲、アンサンブル・ブーケ演奏)、四人囃子の楽曲が収録されていた。 このアルバムの制作は、バンド側からすると来るべき自分達のファースト・アルバム制作を自分達が思うように作業するための、東宝レコード側からすると担当ディレクターが四人囃子のファースト・アルバムを自社からリリースすることを会社側に説得する材料とするための、交換条件としての仕事だった。レコーディングはポリドールのスタジオで2日間、森園のみ別スタジオでヴォーカルのダビング、と実質的なレコーディング期間は3日〜4日間であったという。 私が四人囃子の『二十歳の原点』の楽曲を聴いたのは、1976年9月に東宝レコードからリリースされた編集盤『TRIPLE MIRROR OF YONINBAYASHI』だった。1973年のオリジナル盤(Tam AX-6006)は当時既に入手困難だったと思う。『TRIPLE MIRROR〜』はアルバム『一触即発』+シングル「空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ c/w BUEN DIA」+『二十歳の原点』の楽曲部分(小野崎孝輔作曲、アンサンブル・ブーケ演奏『二十歳の原点のテーマ』を含む)を2枚のLPに収録したもの。たぶん1977年頃に友人から借りて聴いたと思う。 この編集盤により『二十歳の原点』という映画、高野悦子の日記というものがあるのを知った。映画はその頃に観ることは出来なかったが(まぁ名画座で上映していたとは思う)、原作の日記はベストセラーになったこともあり、おそらく古本屋で単行本を買った。1969年、新左翼運動へ傾倒するも、自ら命を絶った立命館大学生高野悦子の愛と孤独と闘争の日々。二十歳の誕生日から自殺の二日前まで(1969年1月2日〜6月22日)の日記を書籍化している。 サウンドトラック『二十歳の原点』には四人囃子の曲が下記の8曲収録されている。 ・今朝は二十歳 ・学園闘争 ・あなたはわたし ・涙の年令 ・青春 ・夜 ・? ・四人囃子から高野悦子さん江 全作曲・編曲は四人囃子。 「今...

追悼・坂下秀実

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四人囃子のキーボーディスト、坂下秀実が2022年7月31日に逝去。 ザ・サンニンに坂下が参加後、四人囃子として活動、アルバム『NEO-N』(1979年)を除けば常に四人囃子のサウンドを彩っていた坂下のキーボード・プレイ。上の動画はアルバム『一触即発』(1974年)収録の「空と雲」。 坂下が弾くローズの音色が心地よく響く。 RIP

私の放浪音楽史 Vol.94 鮎川誠『クール・ソロ』

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1982年2月21日、アルファ・レコードよりリリースのライヴ・アルバム。 以前に少し書いたが、SHEENA & THE ROKKETSのセカンド・アルバム『真空パック』は購入したものの、その頃はテクノ化したロックンロールが理解できず。借りて聴いたその後の2枚、同じ体制で制作された『チャンネル・グー』しかり、YMOを離れミッキー・カーチスのプロデュースで制作された『ピンナップ・ベイビー・ブルース』はテクノ色は払拭されたが、フューチャーされたサックスの音色がややオールドな雰囲気を感じた(今はどのアルバムも抵抗なく聴けるけど)。 鮎川誠ソロ名義の『クール・ソロ』は1982年にリリースされ、すぐに聴いたと思う。混じり気も飾り気も無し、純度100%のロックンロール・アルバムだった。ジャケットは白地にポーズを決める鮎川の姿(フォト by 半沢克夫)と右上に縦書き明朝体で鮎川誠。初の鮎川名義のアルバムとして、そのデザイン(by 原耕一)は名刺代わりのよう。レコードの帯には “ 百万人のロックンロール ”の文字。 このアルバムは、1981年10月17日、日比谷野音でおこなわれたSHEENA & THE ROKKETSの“ピンナップ・ライヴ ”の録音から、鮎川のヴォーカル曲をセレクトして収録したものだ。当日は30曲が演奏され、全曲録音されていたらしいが、シーナが自分のところは嫌だといって、鮎川のところだけ選んでリリースしたという。 収録されているのは下記の9曲で、 1. JUKEBOXER 2. DEAD GUITAR 3. クレイジー・クール・キャット 4. どぶねずみ 5. アイラブユー 6. ビールス・カプセル 7. ブーンブーン 8. GOOD LUCK 9. ぶちこわせ 1〜3、5〜8は『SHEENA & THE ROKKETS #1』、『チャンネル・グー』、『ピンナップ・ベイビー・ブルース』のいずれかで鮎川が歌っていた楽曲。5〜7は『SHEENA & THE ROKKETS #1』で再録されていたサンハウス・ナンバー。6はルースターズが2ndアルバムで取り上げた曲だが、そのころはこの曲のサンハウスによる録音物は無く、サンハウスのオリジナル・メンバー鮎川のVo&G、サンハウス(再結成するまでの)最後期メンバーだったD川嶋一秀、B浅田孟...

RKB毎日放送・ムーブ 2022年第10回『74歳のロックンローラー 鮎川誠』

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鮎川誠、74歳。衰えることのないロックンロール魂。 鮎川がよく言ってたマディ・ウォーターズの「The Blues Had A Baby They Named It Rock And Roll」じゃないが、ブルースの子供ロックンロールもずいぶんと歳をとった。娘のルーシーとステージに立ち、可愛くてとてもしっかりしたお孫さんもいる。黒のレスポールもさらに塗装が剥がれ年季が入ってるな。 上の動画はYouTubeのRKB毎日放送公式チャンネルより、期間限定公開らしい。 以下、RKB毎日放送HPより。 1948年5月2日生まれの鮎川誠は今年74歳になった。 福岡県久留米市で米軍人だった父と母の間に生まれた彼はビートルズでロックに夢中になり、福岡のロックバンドの草分けと言われるサンハウスを経て妻とシーナ&ロケッツを結成し上京。バンドは「ユーメイドリーム」の大ヒットを飛ばし女性ロックボーカルの草分けとして多くの女性を勇気付けた。 しかし2015年、バンドのボーカルにして妻であり3人の娘の母でもあったシーナが亡くなる。 公私にわたるパートナーを失った鮎川だったが、バンドはそれまで以上にライブ活動に力を入れる。「ステージに立つとシーナがそこにいるから」という鮎川を、次女の鮎川純子がマネージャーとして支え、最近では末娘のルーシーがボーカルを務める。 彼を慕う人が多い理由の一つは、その温かい人柄と朴訥とした筑後弁で語られる真摯な言葉だ。 「ガキの頃に出会って夢中になった音楽のそばにずっとおれてよかったし、好きなことを変わらずにできることが嬉しい。これからもそんな俺をシーナに見せていきたい」 74歳になる鮎川誠はどこまでもシンプルでピュアなままだ。そんな音楽漬けの日々と家族との姿を追う。

MODERN DOLLZ『THE UNRELEASED TRACKS vol.3』

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2022年7月13日、HEROESよりリリースのコンピレーション・アルバム。 モダン・ドールズの未発表トラック集の第3集がリリースされた。 第1集 は2016年1月に、 第2集 は2017年12月にリリースされていた。こういった発掘音源はVol.1と銘打ったものの、その後が続かないというイメージがある。第2集から4年半ほど間が空いているが、うれしいリリースだ。 今回のCDでは、Vo佐谷光敏、G松川泰之、D下鳥浩一の他、ギタリストの平山克美が脱退し小峰勇治が加入、ベースは田中宏行が脱退し田浦祐蔵が加入後の1985年2月、7月の録音と、ベースが田浦祐蔵から池田淳一に交代しキーボードに高野尚登が加入した1986年2月の録音を収録している、 ほとんどは1985年7月5日と6日の録音が収録されていて、以前からのレパートリー「ジャスト・ア・ヒーロー」、「インスタント・ラブ」、「浮気なジャングルビート」は1985年メンバーでの録音。  “知らないんだろ? イエロー・ジャーナリズム ”という歌詞が意味深なヨコスカ・ベース・キャンプ・ソングでファンキーな「EXOTIC NOISE」、緊張感のあるアレンジの名曲「ヌーベルバーグにつまづいて」、ファンキーでダンサブルな「去年チェルシーのバーで」、バラードの「YOKOHAMA'S MEMORY」。この4曲は1986年6月にカメレオン・レコードからリリースされるモダン・ドールズ初のアルバム『ドゥ・イマジネイション』収録の楽曲。「去年チェルシーのバーで」と「YOKOHAMA'S MEMORY」の2曲は1986年2月の録音で、アルバム『ドゥ・イマジネイション』と同じテイクという気がする…。「EXOTIC NOISE」と「ヌーベルバーグにつまづいて」はアルバム『ドゥ・イマジネイション』とはメンバーが違う1985年7月の録音。 ポリス〜エルヴィス・コステロな雰囲気の「S.O.S」、ベース田浦の作曲によるクールなビート・ナンバー「カルチャー・クライシス」、ハートブレイク・ソングだけど軽快な「フライト505」、メロウなラヴ・ソング「ブールバードに車を停めて」、謎めいた歌詞の「ハムレットが消えた夜」、ロカビリーな「ニュー・エイジ・シンドローム」、ダンサブルなアレンジの「消えたシューティング・スター」、ややサイコビリーな雰囲気の「サイレント・...

私の放浪音楽史 Vol.93 ARB『トラブル中毒』

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1983年4月21日、ビクター/インビテーションよりリリースのアルバム。 1983年4月1日〜3日、新宿ロフトでARB3Daysライヴを終えた後、ギタリストでリーダーの田中一郎がARBから脱退を表明、このアルバムのレコーディングは1982年12月〜1983年3月におこなわれたと付属リーフレットに記載があるが、このレコーディング時、既にバンド内の雰囲気はとげとげしいものだった、とも言われている。 ARBでは自由に曲作りが出来ない、ベーシストが気に入らない、事務所の体制が嫌だ 、さらに、少し前から石橋凌を通じて活発となっていた “ 役者との付き合いがつらかった ” と田中一郎はARBから離れた理由を説明している。田中一郎の脱退を知ったのはいつだったか覚えていないが、このアルバムがリリースされた時は知らなかったと思うし、そんな内部事情など当時知る由もなかった。凌、一郎、サンジ、キースの4人体制で活動してきたARBのひとつの高み、到達点となったアルバムという感想を持ち、繰り返し聴いたARBの6枚目のスタジオ・アルバム。 強烈に映像を喚起させる酔いどれた男と少年の真昼の邂逅。ひとときのふたりの会話と男の長い過去を捉えた秀逸な歌詞が歌われるパワフルで緊張感を持った石橋凌作詞作曲「Do It! Boy」でアルバムは始まる。ややクラッシュ「This Is Radio Clash」のリズムを思わせるダンサブルな「Give Me A Chance」はパーカッションや女性コーラスもフューチャー。この時期ベトナムなどから小型の船で流れ着いた難民がボート・ピーブルと呼ばれニュースに取り上げられていたが、その難民の心情を優しいメロディとアレンジで歌った「ボート・ピーブル」。 ヘヴィなリズムのブルース「Black Is No.1」。ARBは、さまざまな社会的出来事を歌の中に取り込み、サウンドは基本的にはシンプルなR&R。そのイメージは黒。カラフルなサウンドや浮ついた歌詞とはかけ離れたイメージだ。理不尽な規制からの解放と自由を叫び、社会の不正と不条理、腐敗に実直に抗ったARBの姿勢は、こう言われることも多かったろう、TOO DARK!! アナログ盤だとA面のラストは、サンジの弾くベース・ラインのイントロが印象的な「ピエロ」。幾重にも重ねられたギター、パーカッションと練られたリズム・アレンジ...

ニーナ・アントニア著『ジョニー・サンダース イン・コールド・ブラッド』再刊!

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1988年に日本語版が刊行され、長らく入手困難だったジョニー・サンダースの伝記本、ニーナ・アントニア著『ジョニー・サンダース イン・コールド・ブラッド』が完全版と銘打って待望の再刊! シンコーミュージックから新井崇嗣による新訳で2022年7月15日発売。 以下、 シンコーミュージックのサイト より。 “ ニューヨーク・ドールズ、ハートブレイカーズ、そしてソロで活躍、パンク・ロック前夜から音楽シーンに絶大な影響を与え続けた孤高のギタリスト、ジョニー・サンダース。日本では長らく絶版だった伝記が、新たに日本版のみのテキストも追加した新訳・完全版で復活!! 公私ともにジョニー・サンダースと親しかった著者が入念に取材、ジョニー伝の決定版としてファンに愛されてきた『イン・コールド・ブラッド』。その改訂・最新版を、ジョニー生誕70年の節目に新訳で日本発売。日本版のみ、著者が過去に執筆したジョニー関連アルバムのライナーノーツと、今年取材した著者のインタビューを巻末に掲載。“伝説”に翻弄された天才ロッカーの真実を伝える、全ファン必携の1冊です!! ” 右上の写真は1988年版『ジョニー・サンダース イン・コールド・ブラッド』。邦訳は鳥井賀句だった。 ニューヨーク・ドールズのベスト盤『NIGHT OF THE LIVING DOLLS』と一緒に撮ってみた。

私の放浪音楽史 Vol.92 THE ROOSTERZ『COLLECTION 1980-1984』

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1985年7月21日、日本コロムビアよりリリースのベスト・アルバム。 ザ・ルースターズのヴォーカリストが花田裕之になった最初の音盤『SOS』とまったく同じ日にリリースされたルースターズ初のベスト盤。デビュー・シングル「ロージー」から1984年初めにリリースされたシングル「サッド・ソング」までが収録され、1985年初頭にルースターズを脱退したヴォーカリスト大江慎也在籍時の7インチ・シングルを総括するアルバムとなったが、突然の脱退による大江不在にとまどい、立ち上がったばかりの花田ルースターズを見守ろうとする当時のファンにとっては、なんとも複雑な気持ちにさせるリリースだった。 ザ・ルースターズが1980年から1984年にリリースした7インチ・シングルは下記の7枚。 1980年11月1日リリース「ロージー c/w 恋をしようよ」 1981年2月1日リリース「どうしようもない恋の唄 c/w ヘイ・ガール」 1981年5月1日リリース「One More Kiss c/w DISSATISFACTION」 1981年7月1日リリース「GIRL FRIEND c/w WIPE OUT〜TELSTAR」 1982年3月1日リリース「レッツ・ロック c/w ゲット・エヴリシング」 1983年10月21日リリース「THE AIR c/w DESIRE」 1984年1月1日リリース「SAD SONG (Winter Version) c/w HEART'S EDGE (Remix Version)」 この中から「DESIRE」と「HEART'S EDGE (Remix Version)」の2曲を除き、年代順に「DISSATISFACTION」までをA面に、「GIRL FRIEND」からをB面に収録し、「どうしようもない恋の唄」と「ヘイ・ガール」の間に当時未発表だった「LEATHER BOOTS」を収録した13曲の“ルースターズ・ベスト・シングルス”。 このベスト盤が出た当時「THE AIR」と「SAD SONG (Winter Version)」はまだ売っていたと思うが「レッツ・ロック」までは廃盤で入手困難。アルバム・ヴァージョンと比べると入念に編集されたデビュー・シングルの「ロージー」、エンディングがフェイド・アウトの「One More Kiss」、アルバム未収録でポップ...

BRUTUS No.964 「TATSURO'S MUSIC BOOK・山下達郎の音楽履歴書」

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2022年6月15日発売の雑誌ブルータス No.964は、新譜『SOFTLY』がリリースされる山下達郎特集。ブルータスで山下達郎特集というとサンソン25周年記念の2018年2月発売No.863以来だ(4年も前か… )。前回の特集は解説も細かな誌上サンソンだったが、今回の特集はクリス松村と達郎のロング対談を中心に、大貫妙子、細野晴臣、矢野顕子、林哲司、といった人々や、竹内まりやからの証言で振り返る山下達郎の音楽活動履歴、ジャケット・アート・ヒストリー、山下達郎全仕事リスト、さらに田島貴男、曽我部恵一、横山剣等による新譜『SOFTLY』楽曲解説、と私のようなコアな達郎ファンでなくても読みやすい内容。アーティスト写真も大きく掲載されていて良いね。 クリスとの対談の中で、ミュージシャンが亡くなった後にリリースされる未発表音源に関する、達郎のアーティストとしてはっきりした発言もある。 新譜『SOFTLY』のジャケットは、達郎自身が漫画家のヤマザキマリに依頼して描いてもらった肖像画を使用。私的にはなんとなく海外ドラマ『ツイン・ピークス The Return』(第3シーズン)に登場するクーパー捜査官(カイル・マクラクラン)みたいだなーと思っていたんだけど、印象変わった。

Arthur Rimbaud「Le Mal」(アルチュール・ランボー「戦渦」・堀口大學訳)

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言語道断な狂気沙汰のおかげで 幾十万の兵が、見るまに屍の山と変ってゆきつつあるというのに、 ___大自然よ、哀れじゃないか、夏草に埋もれ、 お前の歓喜のさなかに、死んでゆく者どもが、 お前はあれほど聖らなものに、人間を造っておいたのに!___ 『ランボー詩集』(新潮文庫)「戦渦」より抜粋

Les Rallizes Dénudés オリジナル・アルバム 3タイトル再リリース

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裸のラリーズのオリジナル・アルバム 『'67-'69 Studio et Live』 『Mizutani』 『'77 Live』 いずれも1991年にCDリリースされ長らく入手困難であったが、 オフシャルHP によると、 2022年晩秋、タフビーツから再発されるようだ。アナログ盤なのかな…。 上の画像はオフシャルから拝借した。

追悼・JULEE CRUISE「QUESTIONS IN A WORLD OF BLUE」

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Why did you go? Why did you turn away from me? How can a heart that's filled with love Start to cry? When did the day with all its light turn into the night? Was it me? Was it you? Questions in a world of blue Questions in a world of blue Lyric: David Lynch / Music: Angelo Badalamenti 映画『ツイン・ピークス ローラ・パーマー最後の7日間』でジュリー・クルーズが歌うシーン

桑田佳祐 feat. 佐野元春, 世良公則, Char, 野口五郎「時代遅れのRock'n'Roll Band」

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No More No War 悲しみの 黒い雲が地球を覆うけど 力の弱い者が 夢見ることさえ 拒むと言うのか? One Day Someday いつになれば 矛盾だらけの競争(レース)は終わるんだろう? 作詞・作曲;桑田佳祐

THE CLASH『COMBAT ROCK / THE PEOPLE'S HALL SPECIAL EDITION 』

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結局ザ・クラッシュの『コンバット・ロック / ザ・ピーブルズ・ホール』は迷った挙句、iTunes Storeから5曲をダウンロード購入するだけにした。まぁ日本盤で解説や歌詞、対訳も読みたいけど、歌詞はネット上にもあるしね。デジタルは2022年5月20日、Sony Musicよりリリースされている。購入したのは下記の5曲。 今回のパッケージで1番の売りである「Know Your Rights」未発表ヴァージョンは、マーチング風ドラムのイントロと、ジャキジャキした、なんて言うか、ダブ…たとえばリー・ペリーの曲で聴くような鉄板を叩いているような金属的なギター・カッティングの音色がカッコいいヴァージョン。 もうひとつの売りでもある未発表曲「He Who Dares Or Is Tired」は、モータウン調の曲でトッパーのドラムスが堪能できるインストゥルメンタル。ネット上に「Hisville UK」のインスト・ヴァージョンって書いてある 記事 があったけど、あきらかに「Hisville UK」のバッキングトラックとは違う演奏なので、もしかすると「Hisville UK」のプロトタイプか? 1983年にリリースされたニューヨークのグラフィティ/DJアーティスト、フューチュラ2000(ラップ)とクラッシュ(作曲・演奏)のコラボ曲「The Escapades of Futura 2000」の未発表 オリジナル・ ミックスという「Futura 2000」は、「Magnificent Seven」〜「This Is Radio Clash」から繋がるクールなラップ・チューン。 もともと“The Beautiful People Are Ugly Too” というタイトルで知られていた「The Fullham Connection」は南国風でトロピカルな楽曲だが、今回ネットで検索してみて、1985年にリリースされたトッパー・ヒードンのソロ・シングル「Leave It To Luck」のカップリングで「Casablanca」というタイトルのインストゥルメンタルで発表されていたという 記事 があった。トッパーのヴァージョンはギターの代わりにサックスが活躍、ベースラインは似ているように思う。「Casablanca」は1992年にCDリイシューされたトッパーのソロ・アルバム『ウエイキング・アップ...

私の放浪音楽史 Vol.91 THE ROOSTERZ『SOS』

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1985年7月21日、日本コロムビアよりリリースの12インチ・シングル。 ザ・ルースターズの結成者であり、リーターシップをとり、バンドを牽引してきた大江慎也が1985年3月15日東横劇場のライヴを最後に脱退した。続けて3月29日筑波29barのライヴを最後にキーボードの安藤広一が脱退してしまう。安藤が3月末をもって脱退(引退)するということは、バンド内では1984年末に決まっていたということだ。しかし大江慎也の脱退は突然のことだった。 アルバム『φPHY』制作時から大江は再び体調を崩し、1984年末〜1985年初頭にかけて不安定なまま活動を続けてきた。私が大江在籍時ルースターズのライヴを観たのは1984年12月31日シアターアプルが最後だが、2004年リリースのボックスセット『Virus Security』のDVD-1に収録されている石井聰亙プライベート8ミリフィルムに1985年1月、新宿ロフトのライヴから「Do The Boogie」の一部、DVD-4に収録されている1985年2月14日高知グリーンホールのライヴを観ることができる。立ちすくみ、うつむいて伏し目がちに、口元をときおり歪め、唇を噛み締めながら歌う大江慎也が映し出されているが、その姿は痛々しく、前年とはあきらかに体調が悪化しているのがわかる。 大江脱退当時の様子を後に振り返ったインタビューや書籍などから、大江、花田、下山の発言を抜粋してみよう(一部編集した)。 雑誌『宝島 1988年8月号』より、取材・文:市川清師 3月安藤脱退、そして4月大江が脱退する。 花田「気持ちとしては元気でまた戻ってきてほしいというのがありました。友達みたいな意味で。大江がどういう曲作ろうが、人間自体が俺は好きでしたから」 下山「俺は(大江は)プレイヤーってことでカリスマであってほしかったのね。コンサートでも、あれじゃ演奏でもなんでもないから。とにかくがまんできなかったのは、みんな大江の顔しかみてないのね。俺たちが何をしても全然反応がないわけよ」 雑誌『レコード・コレクターズ 1995年5月号』より、聞き手:岡野詩野 『φ』を最後に大江が休養という形でバンドを離れてしまう。正式に脱退表明が発表されたのは85年3月のことだった。 花田「実は(大江は)そのうち帰ってくるだろう、くらいの気持ちでいたんですよ…。先までライヴの予定も入...

THE ROLLING STONES『EL MOAMBO 1977』

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2022年5月13日、ユニバーサル・ミュージックよりリリースのライヴ・アルバム。 ローリング・ストーンズが1977年に唯一おこなったライヴ(2日間)で、シークレット(=ゴキブリス)・ギグ、しかも収容人数300のライヴ・ハウス・ショウという伝説の1977年カナダ・トロント、エル・モカンボにおけるライヴ盤がついに公式リリースされた。1977年3月5日のライヴ20曲を完全版で収録、3月4日の同所ライヴから5日に演奏されなかった3曲をボーナストラック収録、CDは2枚組全23曲のリリースとなった。ミックスはボブ・クリアマウンテン、マスタリングはスティーブン・マーカソンとスチュワート・ホイットモアによる。 エル・モカンボのライヴは1977年にリリースされたライヴ・アルバム『 ラヴ・ユー・ライヴ 』に「Mannish Boy」、「Crackin' Up」、「Around And Around」、「Little Red Rooster」の4曲が収録されていた。この4曲を比べてみると「Little Red Rooster」は明らかに演奏が異なるので『ラヴ・ユー・ライヴ』に収録されていたのは3月4日のライヴだったのだろう。他の3曲は5日のライヴだが、今回のリリースではベースの低音が出てるし、ストレートだったヴォーカルの音質も変わって演奏の音質はまろやかに聴きやすくなっていると思う。演奏中のオーディンスの声や手拍子はオフ気味。ドライでザワついた感じだった『ラヴ・ユー・ライヴ』とは違った聴感だ。 さて今回の『エル・モカンボ 1977』には「Honky Tonk Women」、「Brown Sugar」、「Jumping Jack Flash」、「Let's Spend Night Together」といった超有名曲や、『ブラック・アンド・ブルー』までの70年代のアルバム、70年代シングルからの選曲の他、ストーンズのファースト・アルバム(UK盤)の1曲目だったボビー・トゥループ〜チャック・ベリーのカヴァー「Route 66」、これもチャック・ベリーなど多くのカヴァー・ヴァージョンがあるビッグ・メイシオのブルース・スタンダードで、後にロンとキースのニュー・バーバリアンズでも取り上げてた「Worried Life Blues」のカヴァーなどを収録、3月4日のショウからは、メロウで...

カルメン・マキ「愛し合えるベッドに · · · · ·」

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愛し合えるベッドに連れて行って 愛し合えるベッドはどこにあるの あなたを捜して旅に出て 見知らぬ瞳にさらされて とても恐いわ世の中が変だわ 分かり合える夜はどこにあるの 分かり合える朝はいつ来るの こんなに寒さが身に染みる 見知らぬ歌にも慣らされて とても恐いわ世の中が変だわ 神様は知らない 真暗闇に放り出されてるの 魂達が唄ってる あの広場で明日も待っている 愛し合えるベッドに連れて行って 愛し合えるベッドはどこにあるの 愛し合えるベッドに連れて行って 作詞:忌野清志郎、春日博文 カルメン・マキ アルバム『SPLIT』より

NHK『映像の世紀バタフライエフェクト・ヴェルヴェットの奇跡 革命家とロックシンガー』

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NHK総合の番組 『映像の世紀 バタフライエフェクト』 が、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドとチェコスロバキアのビロード革命を取り上げる、 NHKの公式HPによると、 「ヴェルヴェットの奇跡 革命家とロックシンガー」 初回放送日: 2022年5月9日 ソ連に軍事侵攻をされながらも20年間、抵抗を続けた国・チェコスロバキア。人々は長く暗い冬の時代を耐え、1989年「ビロード革命・ヴェルベット・レボルーション」を果たす。その陰には、革命と同じ名を持つアメリカのロックバンドの存在があった。「ヴェルヴェットアンダーグラウンド」である。すべての始まりは、革命家がそのバンドのレコードを手に入れたことだった。音楽が、時空を越えて世界を変えた奇跡の物語である。 放送予定(東京)は、5月9日・午後10:00〜 非常に楽しみ。 右上の画像は文藝別冊『追号 ルー・リード』で、5ページほどだが北中正和が、 “ルー・リードとチェコのロックと「ビロード革命」の因縁について” を掲載している。

スティーヴ・ジョーンズ著・川田倫代訳『ロンリー・ボーイ ア・セックス・ピストル・ストーリー』

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2022年2月、イースト・プレスより出版。 セックス・ピストルズのギタリスト、スティーヴ・ジョーンズの自伝の邦訳が出版された(本書の最後に執筆協力者としてベン・トンプソンの名前が書かれている)。原書は『LONELY BOY・TALES FROM A SEX PISTOL』で、2016年に出ていたようだ。 ピストルズ関係では、これまでジョン・ライドン自伝『STILL A PUNK』(ロッキング・オン社・1994年)、シンコー・ミュージックや宝島社から出てたピストルズ関連本、写真集、ディスクガイドなど読んだり見たりしていたので、スティーヴ・ジョーンズの自伝か…どうするかなーと思っていたら、たまたま立ち寄った本屋にあったのでつい買ってしまった。 複雑な家庭環境で育ち、読み書きがほとんど出来ない事から学校で授業についていけず、貧困、小児性愛被害といったトラウマを抱え、それらを無かった事にするため、それから逃避するために、幼くして窃盗、飲酒、薬物に手を染めた。そこからひたすら盗・薬・女を延々と続ける事になる。盗んだのは自転車、バイク、ギター、服、靴…どれも一流のものを。キース・リチャーズやモット・ザ・フープルのアリエル・ベンダー、デイヴィッド・ボウイとスパイダース・フロム・マーズ、ブライアン・フェリーからも盗んだ。それに盗難車に無免許運転。非道で放蕩な私生活が赤裸々に綴られている。 子供の頃からコンプレックスとなっていた読み書き(本人によれば “今、学校に通っている子どもであれば、すぐに難読症やADHD[注意欠如・多動症]と診断されていただろう”)は、30代になって週に2度、1時間ほどの個人レッスンを約半年間続けて習得したそうだ。 もちろん本書には、セックス・ピストルズやその後のプロフェッショナルズ、ソロ活動などのミュージシャンとしての活動の記述もあるが、ほぼ最初から最後まで盗・薬・女の話題は通底している。それらの依存・中毒から抜け出すために12ステップ・プログラムに参加し、本書後半には悪癖との苦闘が描かれている。スティーヴ・ジョーンズも デイヴィッド・リンチの超越瞑想 が好きで、気持ちがとても落ち着くと記している。そして歳を重ねるにつれて他者に思いやりを持つようになっているという。 さて、本書にはピストルズ以前のバンドについてメンバーやバンド名の記載があるのでまとめてみると...