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追悼・大滝詠一「さらばシベリア鉄道」

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2013年末、日本のロック・ポップスの巨星が逝ってしまった。あまりに突然に…。 大滝詠一。1981年のアルバム『A Long Vacation』。リリース当時、パンク・ニューウェイヴに傾倒していた自分にとっても、その歌声は届いた。だけど、2001年の20周年記念盤かな、その偉大さをあらためて認識したのは。「雨のウェンズディ」は自分のテーマ・ソングと思うようになったり…。リリース当時「さらばシベリア鉄道」は太田裕美のヴァージョンも良く流れていたっけ。  伝えておくれよ  十二月の旅人よ  いついついつまでも待っていると 長らく途絶えていた大滝詠一の新作発表だが、“次”は永遠になくなってしまった。

HITOMI TSURUKAWA & PIRATE LOVE「I WANNA BE LOVED」

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2012年7月リリースの『SOLID GOLD』より。 出ていたんだ…鶴川仁美のバンドの音源。バンドは2012年の結成。 メンバーは、 鶴川仁美 Guitar/Vo 大島治彦 Drums (Zi:LiE-YA/THE PRODIGAL SONS) 玉井政司 Bass (THE RUDEBOYS/S.H.I.) の3人。 バンド名通りニューヨーク・ドールズ~ジョニー・サンダースのスピリットを受け継ぐバンド・コンセプトなのか、CDに収録された3曲は、 1.I Wanna Be Loved 2.Personality Crisis 3.Pirate Love といずれもジョニー・サンダース関連のカヴァー(1と3はハートプレイカーズ『L.A.M.F.』収録曲、2がニューヨーク・ドールズ『New York Dolls』収録曲)で、UNの時は短髪だった鶴川もロッカーズの頃を彷彿とさせる長髪金髪で原点回帰。ゲストプレイヤーとしてピアノでソウルフラワー・ユニオンの奥野真哉が参加。アートディレクションは伊勢田勇人(バトルロッカーズ)という念の入れよう。まぁ手練れの繰り出す音はソリッド、ロックンロールかつポップでキュート。単純に楽しめる。 と…思ったらもう解散だって…。

私の放浪音楽史 Vol.8 PINK FLOYD『ATOM HEART MOTHER』

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1970年ハーヴェスト/東芝よりリリースのアルバム。 1970年代中頃のハード・ロック中学生にとってメジャーな英米のハード・ロック・バンド群を一通り聴いた後、次に手(耳)をつけるのはプログレッシヴ・ロックだった(…まぁ私たちのまわりでは…)。ハード・ロック/ギター小僧の流れで邦楽の四人囃子を先に聴いていたから、プログレへの親和性はあり、曲が如何様にも変化し、1曲がアナログの片面全てを使った長い曲でも抵抗はなく、むしろどれだけ複雑な曲構成なのか、に痺れていったものだ。なかでもこのピンク・フロイドの『アトム・ハート・マザー(邦題:原子心母)』は私たちのまわりでとても親しまれたアルバムであった。 もちろんピンク・フロイド5枚目となるこのアルバムは、イギリスのチャートで初めて1位を獲得し、アメリカでも55位を記録したヒット・アルバムであり、ピンク・フロイドの名を一躍メジャーにした名作である。ヒプノシスによる緑の大地に立つ牛のユニークなジャケットと、 Atom・Heart・MotherというSF的とも思える単語を並べたアルバム・タイトル(当時の新聞記事から採られたという)は、さらにその音世界の神秘性を増している。 23分余りのアナログA面すべてを使った、歌は無く演奏のみのタイトル曲は、管弦楽器とコーラスを加えた重圧な演奏、繰り返し登場するテーマ、挿入された様々なサウンド・エフェクトと、クラシカルな要素も取り入れつつ、映画音楽的な手法や現代的な音響も取り入れ、ギター/キーボード等バンドとしての聴かせどころも含むものの、ロック/ロックンロールのフォームから大きく踏み出した“進歩的な”楽曲であった。但しそれが複雑な曲構成であっても、難解ではなく、解り易いテーマがあり、カタルシスを共有出来る、そんなポピュラーな聴き方ができる曲だ。当時の私たちの間ではピンク・フロイドといえば『狂気』でもシド・バレットのいた『夜明けの口笛吹き』でもなく『原子心母』であり、プログレといえば『原子心母』を原点とし、語られる様になったものである。 とはいうもののアナログでいえばB面にあたるアコースティックな楽曲群は(私に関して言えば)当時ほとんど無視され、この辺りを聴いて味わえるようになったのは数十年後であるが…。

頭脳警察「詩の朗読という詩」

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2013年12月リリースのアルバム『暗転』より。 副題に“~ZK結成45周年記念アルバム・寺山修司没30年によせて~”とあるように、収録曲のうち6曲が寺山修司作詩の作品となっている。 「詩の朗読という詩」は寺山修司の詩を朗読するパンタと灰野敬二のギターによるセッションというかバトルというかインプロビゼーション。比較的聴き易く3分程の曲が並ぶ中で、8分を超える詩の朗読とフリーキーなギター演奏のみのこのトラックはアルバムのハイライトとなった。 ブックレットにはスタジオで向かい合っているパンタと灰野の写真があるが、お互いの演奏、声、呼吸を感じながら録音されたものだろう。何もない空間に言葉と音を存在させようとする、何物かを生み出そうとする、二人の緊張感を持った創造性が感じられるテイクである。 “詩”というものが持つパワーと無力さを朗読するパンタの、頭脳警察結成から45年という時の流れに裏打ちされたヴォイスと、掛け合う灰野のインスピレーションに満ちたエレクトリック・ギターは圧倒的だ。ここでの寺山の言葉は聴く者との銃撃戦の様相となった。トシのコンガと三つ巴でもよかったかも。 他にはカヴァー・ヴァージョンが2曲あり、「あしたのジョー」(寺山作詩、八木正生作曲)は、リズムを強調したヴァージョンとフォーク・ロック調にした2つのヴァージョンが収められているが、どちらも味はあるものの、もうひと捻り欲しかったところ。むしろ原曲に近いアレンジでよりヘヴィにしたら良かったんじゃないかと個人的には思う。「戦争は知らない」(寺山作詩、加藤ヒロシ作曲)はカルメン・マキのヴァージョンで親しんでいるが、ここはストレートにフォーキーなアレンジ。この曲を頭脳警察名義で聴けるのはうれしい。コーラスには制服向上委員会が参加。 「いじわる猫」は1973年にリリースされたアルバム『寺山修司・イソップ物語』(歌・田中星児)にパンタが曲提供した作品のセルフ・カヴァー。田中星児のヴァージョンは聴いたことがないのだけれど、1973年は頭脳警察がアルバム『誕生』、『仮面劇のヒーローを告訴しろ』を発表していたころ。『誕生』や1972年末リリースのシングル「孤独という言葉の中に c/w 今日は別に変わらない」に似た雰囲気を感じさせるメロディを聴くことができる。田中星児ヴァージョンも聴きたくなってきた。 「時代はサーカスの象にのっ...

私の放浪音楽史 Vol.7 カルメン・マキ&OZ『カルメン・マキ&OZ』

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1975年ポリドール・レコードからリリースのアルバム。 友人達のバンドで四人囃子の「一触即発」とともに良く演奏されていたのがカルメン・マキ&OZの「私は風」。女性ヴォーカルの曲を男子が歌っていたのだが、たぶんオリジナル・キーで演奏していたと思うので、まぁ良く音域が合ったものだ。「私は風」は冒頭ハードなパートに続いて静かな歌のパートがあり、中盤にギターソロ、後半にもハードな盛り上がりを持っているなど曲構成では四人囃子の「一触即発」と似た構成となっているから(もちろん曲が似ているわけではない)、ギターキッズに人気の曲だった。スキャットの合いの手が入るのもユニークだった。11分超えの曲ながら、そんな長さを感じさせない作りとなっている。 寺山修司/天井桟敷の歌姫・アイドルとしてのキャリアを捨て、日本のロック黎明期、女性ロック・ヴォーカリストの草分け・パイオニアとしての決意表明とも受け取れる「私は風」の歌詞は、マキ本人(Maki Annette Lovelace)によって書かれたものだ。寺山のもとを離れ、試行錯誤を繰り返しながらロック・ヴォーカリストとしてのキャリアを積み、ギタリスト・春日博文とカルメン・マキ&OZを結成、ライヴを重ね幾多のレコード会社からの誘いを受けつつも“もっと上手くなってから…”との理由で契約を断り続けていたオズが結成から約3年後、満を持して発表したファースト・アルバムのラストを飾るにふさわしい曲で、カルメン・マキ&OZを代表する曲。 初めてこのアルバムを聴いた中学生のときはハード・ロック小僧なので「私は風」以外の曲がややアコースティック色が強いな、という印象を受けた。アルバム全体から工夫された多彩なイメージを受けつつも、ガキの私にとっては難解だったのだろう。後にこのアルバムを聴きかえして特に好きになったのはアルバム1曲め「六月の詩」。 イントロのもの悲しく沈鬱に響くピアノ、マキのパワーを秘めた繊細でワイルドでありながらどこか母性を感じさせる歌声、効果的なハモンド・オルガンやコーラス・ワーク、緩急のあるギター・ソロ、起伏に富んだ楽曲を支えるリズム隊、聴き応えのある抒情的なバラードだ。この曲の作詞は(ダディ竹千代こと)加治木剛で、夏の前のなまぬるい季節を切り取り、乾いた夏を切望する気分を込めたような歌詞は不思議な訴求力がある。このアルバムでも4曲に作詞のク...

『rockin'on 2014年1月号』

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何年振りだろうロッキンオンを買ったのは。 おそらく20年振りくらいなんじゃないか。ルー・リードの表紙&特集に惹かれて買ってしまった。 ルーの生前最後というインタビューは、ヴェルヴェッツにいた時と変わらない、辛辣で時にインタビュアーに噛みつく内容のもので、変わらぬワイルドサイド。ルーのキャリアを振り返ったディスク・レビューもカラーで見易い。ルーの特集冒頭の山崎洋一郎の追悼文のような思い入れたっぷりの文章がよかったが、このくらい思い入れのある記事を多く載せて欲しかったな。ロッキンオン・ジャパンとの関係もあるかもしれないが、日本のアーティストにルーを語ってもらうとか。 ただ他の記事は読むのかなぁ。ロジャー・ダルトリー、ポール・マッカートニー、ビリー・ジョー&ノラ・ジョーンズ…結構あるか。新しい良さそうなバンドでも探すか。

私の放浪音楽史 Vol.6 四人囃子『一触即発』

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1974年東宝レコードからリリースのアルバム。 中学生で友人達のバンドの演奏に影響され、洋楽のハード・ロック・アルバムを聴くようになったが、友人達は日本のバンドのコピーも演奏していた。そのひとつが四人囃子の曲「一触即発」で、その演奏を聴いて私も四人囃子を聴くようになった。 「一触即発」のプログレ的な曲の展開も面白かったけど、オープニング部分と間奏、エンディングでの森園勝敏のドライヴするギターソロがなんといっても魅力だった。その頃はとにかくカッコいいギターソロ、口ずさめるほど耳に残るギターソロを持った曲が良い曲、素晴らしい曲という価値観だったのだ。まぁ個人的には…。「一触即発」では歌のバッキングで確かEm7とF#maj7のセヴンス・コードを使ったカッティングしている部分があったと思うが、そんなところが良いなと思うようになるのはもっと後の事だ。 もちろん当時から末松康生のシュールな歌詞はクールに感じたものだ。「一触即発」は黙示録的なというか終末的な内容を含んでいたし、このアルバムの他の曲「空と雲」では気怠い昼下がりのような雰囲気を、「おまつり」では退屈とハレ(日常と非日常)の気分を独特の言葉で紡いでいた。末松の歌詞とジャケットの“ナマケモノ”のイラストがアルバム『一触即発』の持つ不思議な謎めいた印象に大きく貢献していると思う。 私たちの間では四人囃子のアルバムはどれも人気があった。東宝から出てたオリジナルの『二十歳の原点』こそ手に入らなかったが、『二十歳の原点』の楽曲部分と『一触即発』をカップリングした『トリプル・ミラー・オブ・四人囃子』も、発掘ライヴ『'73 四人囃子』も誰かが手に入れて皆が借りて聴いていた。佐藤ミツル在籍時の四人囃子はリアル・タイムだったから『プリンテッド・ジェリー』も『包』も良く聴いた。『NEO-N』はちょっと取っ付きにくかったかも…。 四人囃子は演奏面や楽曲で洋楽に引けを取らない日本のロックがあること、それに日本語を使って魅力的なロックを作り出せることを教えてくれたバンドだった。

私の放浪音楽史 Vol.5 DEEP PURPLE『PERKS AND TIT』

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おそらく1974年か1975年にTAKRL(The Amazing Kornyphone Record Label)からリリースされたブートレッグ・アルバム。 ハードロックを聴くようになってしばらくすると友人が妙なレコードを持ってきた。真っ白なジャケット・スリーブに単色印刷した色紙を貼り付けてある。空港に降り立ったディープ・パープルの面々の写真が使われ、曲名やデータが手書き文字、手作り感たっぷりのレコードだった。『パークス・アンド・ティト』、これが私が聴いた最初のブートレッグ・アルバムだった。この『パークス・アンド・ティト』はその頃出回っているパープルのライヴ・ブートの中でも特別音が良いと評判のもので、シンコー・ミュージックから出版されていたパープルの本にも紹介されていた。 収録曲は以下の内容だった。 A1 Burn A2 Might Just Take Your Life A3 Smoke On The Water A4 Emmereta(スタジオ・テイク) A5 Black Night(スタジオ・テイク) B1 Lay Down, Stay Down B2 Mistreated B3 When A Blind Man Cries(スタジオ・テイク) B4 I'm Alone(スタジオ・テイク) A1とA2、B1とB2は1974年4月9日サンディエゴ・スポーツ・アリーナでのライヴ、A3は1974年4月6日オンタリオ・モータースピードウェイで行われたカリフォルニア・ジャムでの演奏を収録、A4とA5、B3とB4は初期シングルやB面曲を含む正規シングル盤の音源を収録。 確かに音は良く、ラインで録音されたと思われる。正規盤の『メイド・イン・ヨーロッパ』と比べてもライヴの内容は遜色ないというか、臨場感があって、デヴィッド・カヴァーデイルとグレン・ヒューズ加入後、アルバム『バーン(邦題:紫の炎)』リリース直後のライヴを正に生々しく体感させてくれた。粗削りなミックスもミストーンも編集なしのMCも新鮮で、リッチー・ブラックモアは、結構フレーズを弾かないで単音で引っ張るソロが多いことも面白かった。こんなものが聴けるんだ…となるともっと聴きたくなる、というのは人情で…、気が付けば西新宿(主にキニーという店、洋楽雑誌に広告が載ってた)へ通うようになり、レインボーやブラック・サバ...

THE BEATLES「THERE'S A PLACE」

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2013年11月リリースの『On Air-Live at The BBC Volume 2』より。 ビートルズのBBC音源集の続編がリリースされた。 BBCの音源は様々なアーティストのものがリリースされているけど、自分の興味のあるアーティストのライヴ・パフォーマンス(厳密にはダビングすることもある)を聴くことが出来るのは魅力的だ。アンダーグラウンドなアーティストでは特にジョン・ピールによる“Peel Session”の音源は有り難いものだし、70年代後半から80年代にかけてのパンク・ニューウェイヴのアーティスト達のアルバム・リイシューにはBBC音源がボーナストラックとして収録されることも多く、私にとっては興味深い。 ビートルズのBBC音源第一集は1994年12月のリリースだからもう19年経っているのか…。今回リリースされた第二集はネットのニュースとかでは知っていたけど、特に凄く“聴きたい!”ということもなく“あー出るんだ”くらいで、何月何日にリリースされるのかも気にしていなかった。ただ発売日の新聞一面使っての広告を見て、“あー出てるんだ”となったら気になってその日に買ってしまった。第二集に収録されている最古の放送は1963年1月、もう半世紀前なんだな…。 今回の目玉は公式未発表カヴァー2曲「Beautiful Dreamer」と「I'm Talking About You」。ビートルズの様に多くのラジオ・プログラムに出演し同じ曲を何度か演奏している場合、マニアにとってはやはりBBC音源コンプリートで、と思うだろうが、日付違いの同じ曲を同時収録してリリースするのはなかなか一般的な商品として出し辛いと思う。そう言う意味では前回リリース時に収録もれとなっていたオリジナル曲やカヴァー曲(番組テーマ曲を除く)のBBC音源36曲のうち、25曲が今回は収録されているので、BBC音源の演奏曲目としてはある程度補完されている。まだ未収録なのは、 オリジナル曲では、 「I Call Your Name」 「I Should Have Known Better」 「I'm Happy Just To Dance With You」 「The Night Before」 カヴァー曲では、 「Dream Baby」 「Besame Mucho」 「A Picture of Y...

私の放浪音楽史 Vol.4 AC/DC『IF YOU WANT BLOOD YOU'VE GOT IT』

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1978年アトランティック/ワーナー(オーストラリアはアルバート)からリリースのライヴ・アルバム。 ハード・ロックを聴くようになってからライヴ・アルバムの魅力を感じるようになった。計算された音作りや綿密なアレンジで音を重ねられるスタジオ録音も良いんだけれど、一発・勢いで録音されたライヴ録音は、スピード感や聴いた耳触りがスタジオ盤とは違う魅力がある。まぁ厳密にはそうとは言えず歌や演奏をミスした箇所の修正はよくあることだけど、それでもライヴ感をそこなわず、商品として成立させるための修正だとすれば、それほど責められることでは無いと思う。 そのころ愛聴したライヴ盤といえば、 ディープ・パープル『ライヴ・イン・ジャパン』 レインボー『オン・ステージ』 イアン・ギラン・バンド『ライヴ・イン・ジャパン』 シン・リジー『ライヴ・アンド・デンジャラス』 スコーピオンズ『トーキョー・テープス(邦題:蠍団爆発!)』 UFO『ストレンジャーズ・イン・ザ・ナイト』 エアロスミス『ライヴ・ブートレッグ』 それにこのAC/DCの『If You Want Blood You've Got It』。 邦題は“ギター殺人事件AC/DC流血ライヴ”。なんというタイトルだ…。確かにネックの刺さったアンガス・ヤングのジャケは強烈。当時AC/DCの日本盤LPは『Let There Be Rock(邦題:ロック魂)』が最初にリリースされ、次が『パワーエイジ』、続いて3枚目としてこのライヴ盤がリリースされていたと思う(AC/DCの地元オーストラリアでは5枚目にあたる)。 メロディアスでも無く、様式美的なハード・ロックでは無い、ロックンロールの延長としてのハードネスでありヘヴィネス。ドラム、ベースに加えてサイドに徹した兄のマルコム・ヤングのギターを加えた強固なリズムに乗っかる形で暴れまわるアンガス・ヤングのギター、演奏をヒートアップさせるボン・スコットのヴォーカル。1978年のワールドツアーからの録音で、『T.N.T』(オーストラリアでの2枚目のアルバム)から『パワーエイジ』までのスタジオ・アルバムから選曲されたこのライヴ盤はどこから聴いてもAC/DCの魅力を感じさせてくれる。  なかでも「Whole Lotta Rosie」のイントロのギターリフと観客の“アンガス!”のコール・アンド・レスポンスのような模...

追悼・LOU REED「ROCK'N' ROLL」

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偉大なロックンロール・シンガーが逝ってしまった。ルー・リード、2013年10月27日没。 世界中のストリート・ロッカー達が今嘆き、大都会に住む孤独なリスナーや、田舎町の街道を車で走り家に帰り着いた者たちがヴェルヴェッツやルーの歌を聴いているだろう。失われた存在の大きさに改めて気付き、その人の長く歩んできたワイルド・サイドを思ってため息をつき、涙を流しているだろう。 私も今、大好きなアルバム『ライブ・イン・イタリー』を聴き終えたところだ。 1984年に発表されたこの作品は、ヴェルヴェッツから1983年の『レジェンダリー・ハーツ』まで広くルーのキャリアから選曲された、私が一番聴いたルーのアルバムでもある。1曲めの「Sweet Jane」のイントロのギターの響き、「Satellite of Love」の繊細なメロディ、アナログC面だった「White Light/White Heat」、「Some Kinda Love/Sister Ray」のフリーキー・サイド、続く名曲「Walk On The Wild Side」、「Heroin」そして「Rock'n' Roll」。  You know her life was saved by rock'n' roll  Despite all the computations  You could just dance to a rock'n' roll station それは私も同じだ。

私の放浪音楽史 Vol.3 BLACK SABBATH『TECHNICAL ECSTASY』

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1976年ヴァーテゴ/日本フォノグラムからリリースのアルバム。 初めて買った洋楽のアルバムはブラック・サバス『テクニカル・エクスタシー』だった。中学生ともなるとまわりにはフォークギターで弾き語る友人も出てきて、ちょっとしたギターブームがあり、やがてロック・バンドを組む友人達も出てきた。レパートリーはキッスやディープ・パープル、レッド・ツェッペリンなど。その友人のコピーバンドの練習や文化祭の演奏を見ていると次第に私自身も洋楽のロックを聴くようになっていった。パープル、ゼップ、キッス、クイーン等のレコードは友人達が皆持っているから、自分では友人の持っていないようなアーティストのレコードを買おう、と思って興味を持ったのがブラック・サバスだった。 まわりでサバスのレコードを持っている人はいなかった。まだヘヴィ・メタルという言葉がそれほど定着していない頃、他より重い、という触れ込みのサバスはどのアルバムが代表作なのか分からなかったし(おそらく曲でいえば「パラノイド」が知られていたかも)、そもそも田舎町に流通しているサバスのレコードは殆ど無いに等しかったが、地元のレコード屋に唯一置かれていたのが『テクニカル・エクスタシー』だった。つまりサバスのレコードを買おうと思ったらこれしかなかったということだ(もちろん国内盤。近くに輸入盤屋なんて無かった)。 当時サバスのアルバムの国内盤が他に流通していたか、というのは分からないが、おそらく注文しても手に入るのは『血まみれの安息日(原題:Sabbath Bloody Sabbath)』と『サボタージュ』くらいだったのではないかと思う。 それで買ってどうだったかというとこれが当たりだった(ヒブノシスのジャケはとっつきにくかったが)。1曲めの「Back Street Kids」ですぐにサバスが好きになった。特にオジーの駄々っ子のようなヴォーカルが気に入ったし、引っ掻くようなトニー・アイオミのギタープレイも独特だし、重たいリズム隊の叩き出すサウンドも良かった。2曲目の「You Won't Change Me」の様なヘヴィな曲も噂に違わぬカッコ良さだった。この2曲を聴いて自分の中ではまさしく“俺のバンド”って感じになったと思う。 このアルバムはポップな面も打ち出していたから「It's Alright」(ドラムのビル・ワードがヴォーカ...

ROGUE「終わりのない歌」

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1987年リリースのアルバム『VOICE BEAT』より。 2013年10月19日付け朝日新聞の朝刊に “頸椎損傷を乗り越え復帰するロックバンド歌手・奥野敦士さん(50)”という記事が掲載されていた。 1990年ローグ解散後も音楽活動を続けていたが、5年前にアルバイトの工事現場で屋根から落ち、胸から下が動かない、腕も肘から下は動かなくなった。腹に力が入らず、ベルトを強く締め声をだして歌う。数曲歌えるようになった今年の春に“ライブをしよう”と提案があり、10月19日グリーンドーム前橋でローグ復活ライブをおこなう。という内容の記事だった。 群馬から出てきて、音楽的にもBOOWYの弟分のような紹介のされかただったローグだが、器用なリズム隊と多彩なプレイが可能なギターは聴きどころがあるし、何よりバンドの特徴だったのは奥野の独特なビブラートを持った声だろう。時に夢見がちで、聴くものに語り掛けるかのような、だけどそれほどウェットさを感じさせない歌詞をビートナンバーやダンサブルな曲にのせて歌っていた(もちろんスローな曲も)。 1990年の解散までに発表したローグのアルバムはたぶん全て聴いたと思う。個人的にはファーストとセカンド・アルバム『VOICE BEAT』をよく聴いた。久しぶりにアルバムを取り出して聴いたけど、ビート・バンド然としたファースト、ポップ色を増したセカンドの中で、やはりというか特にこの「終わりのない歌」が心を打つ。 発表当時もこの歌は好きで、シングル盤も買った(「終わりのない歌 c/w Street Dancer」B面は『VOICE BEAT』には未収だった)。イントロの広がりのあるギターに続いて歌われる、シャイでツイてない男の描写に感情移入して聴いていたな…。だけど2013年の今、この曲を聴くとまるで24歳の奥野が50歳の奥野敦士へ向けて歌ったかのようにも思える。辛いことに変わりはないが、何だか歌というものの不思議さを感じてしまう。  ただ今降ってる 人生の雨やむまで  かさもささず僕は ずっと待ってる    終わりのない歌がきこえる 都会の音をもみ消して  悲しくても せつなすぎても  いつかは雨もやむだろう    さびしがりや にわか雨だよ 昨日の復活ライブは盛況のうちに終わり 奥野のブログ・『奥野敦士の気まぐれ日記』 、バンドは活動を続けていくようだ。

私の放浪音楽史 Vol.2 太田裕美『木綿のハンカチーフ』

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1975年CBSソニーからリリースのシングル。 私にとっては初めてジュークボックスを使ったという思い出の曲。どこへ行ったのかは覚えていないけれど家族旅行で泊まった旅館のロビー(だったと思う)に置いてあったジュークボックスでこの曲を選んだ。ジュークボックスは四角い箱型で、タイトルが手書きで、大きめの赤い選曲ボタンがついていた。たぶん50曲位は入っていたのではないかな。1曲幾らだったか覚えていないけど…。 この曲が気に入っていたのは、タイトルの “木綿のハンカチーフ” がサビとかで連呼されるのではなく、4番まで聴いて、それも最後のフレーズで登場するというのが他の歌と違って変わっていて面白く、子供心に気が利いてるなと感じたからと思う。それに都会で願望を叶えようとする彼と、あなたの他は何もいらないという彼女のやりとりが交互に歌われていく歌詞も面白かった。あなたに会いたい、君が恋しい、という心情吐露を強調するのでは無く、都会や田舎の風景、それに付随する小道具を使って松本隆が描き出した世界は、太田裕美のピュアな歌声と親しみやすい筒美京平のメロディ、軽快なサウンドと共に洗練されたポップスとなっている。 この歌詞がボブ・ディランの「Boots of Spanish Leather」に似ている、というのは知られた話だが、歌詞の構造を下敷きにしているだけで、松本隆はディランとは違うとても解りやすいかたちに独自の世界を作り上げていると思う。 「木綿のハンカチーフ」は1975年リリースのアルバム『心が風邪をひいた日』に収録され、のちにシングルとして発売するために再録音された。その際3番の “恋人よ君は素顔でくち紅もつけないままか” の歌詞が “恋人よいまも素顔でくち紅もつけないままか” に変更され、 “今も”という語句で昔とかわらない女性像を際立たせている。アレンジもアルバムのやや素朴なもの(編曲は荻田光雄)からシングルでは弦を強調、バックコーラスを加えるなど化粧し直されたヴァージョン(編曲は筒美京平と荻田光雄)となり、シングルはオリコンで2位を記録するヒットとなった。 *右上のジャケ写は2003年に発売されたタイムスリップ・グリコ・青春のメロディー食玩CD(TDDD9030 AR-G002)8cmシングル。表題曲のみ1曲入りだった。

私の放浪音楽史 Vol.1 葡萄畑『がきデカ 恐怖のこまわり君』

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1975年ポリドールからリリースのシングル。 私の音楽遍歴を振り返る超個人的シリーズ、“私の放浪音楽史”。まぁ、どうでもいい内容だと思うけど…。 音楽遍歴といっても、小さい頃買った(買ってもらった)ウルトラマンとか仮面ライダーとか何とかロボとか宇宙戦艦なんとかの音楽レコードやセリフが入ってるソノシートやレコードは外して思い出してみると、たぶん、このシングルレコードが最初に自分で買ったロック系のレコードではないだろうか。 小学生のころは多いと思うけど私は漫画好きで、特に石森章太郎のコミックを集めていた。近くの本屋に無いときは自転車に乗ってかなり遠くの本屋まで買いに行ってた。今はもう手元には無いけど『番長惑星』や『竜神沼』、『アガルタ』なんか特に好きだった。もちろん『009』も。周りの友人達も漫画好きが結構いて手塚治虫やジョージ秋山、横山光輝、永井豪なんかの作品も結構読んだ。 ただ同時代的に出てきた山上たつひこの『がきデカ』は衝撃的で、登場するナンセンスなギャグやキメのポーズ、エロというか下ネタのたぐいは、すっかり全国の子供を虜にしてしまった。私も虜になり、たぶん途中まではコミックを買っていたと思う。それで好きが高じてこんなレコードまで買ってしまっていた。近所の本とレコードを売っていた本屋で自分で金(500円)を払って買った記憶は確かにある。名前は思い出せないけどその本屋も今はもう無い。ついでに言うとうちの近所で3~4軒位あったレコード屋は今はすべて無くなった。 それで漫画好きの少年が葡萄畑の「がきデカ 恐怖のこまわり君 c/w スジ子のブルース」を聴いてどう思ったのか。あたりまえだけど葡萄畑のレコードが欲しかったのではなく、がきデカのレコードを買ったのだ。何を期待していたのだろう…。漫画と同じくらいの面白さを期待したのだろうか。漫画という音のない世界のこまわり君を音にするとどうなるのかに興味があったのだろうか。 こまわり君のギャグ “んが~” で始まり、エレキ・ギターのリフにのせて歌われるこまわり君のやや説明的な歌詞は山上たつひこが作詞したもの。途中にはさまる “こども電話相談室” のマネ部分が面白い(当時ラジオでやってた番組、今この曲を聴いてわかる人がどれだけいるのだろうか…)ノヴェルティ・ソングというかコミック・ソング。たぶん、聴いた当時は “ふ~ん、こんなものか...

DUSTY SPRINGFIELD「MAKE IT WITH YOU」

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1999年リイシューのアルバム『In Memphis - Deluxe Edition』より。 NHKの「ミュージック・ポートレート」を見て興味の湧いたもう1曲がダスティ・スプリングフィールドの「Make It With You」で、やはり“よしもとばなな×サンディー”の回でサンディーが3曲目に運命の出会い、として選んでいた曲。 ダスティ・スプリングフィールドはこれまでバカラック関連のオムニバスで聴くくらいで「The Look of Love」が凄く好きなんだけれど、オリジナル・アルバムを入手してはいなかった。この「Make It With You」が放送で紹介されたとき、ダスティ・スプリングフィールドの『イン・メンフィス』のアルバム・ジャケットが映し出されていたから、 “あ、この曲はこのジャケのアルバムに入ってるんだな”と頭にインプットされた訳だが、1969年リリースのオリジナル『イン・メンフィス』に「Make It With You」は収録されていない。 1999年にライノがリイシューしたオリジナル11曲にボーナス・トラックを14曲追加したデラックス・エディションに初めてこの「Make It With You」が収録された。…ということはサンディーが歌手なるきっかけの時(1970年代前半と思う)に歌った「Make It With You」はダスティのヴァージョンでは無いと思うのだが、オリジナルのブレッドによるものか、ほかの人のカヴァー・ヴァージョンを参考にしたのか。ダスティによる録音は1971年にニューヨークのスタジオでされており(『ブラン・ニュー・ミー』の次アルバム用に録音されたがリリースされなかった)サンディーはどこかで聴いていたのか…。 「Make It With You」のオリジナルはアメリカのバンド、ブレッドが1970年にシングルでリリース、全米1位、全英5位のヒットとなった。アレサ・フランクリンやシラ・ブラック、アースウィンド&ファイア、クロディーヌ・ロンジェ等、多くのアーティストにカヴァーされている。 ダスティのヴァージョンは、イントロのギター、リムショット、キレのよいベースフレーズ、続く魅惑的で深く、息遣いのように響く、だけど滑らかなダスティの歌声、歌われる蠱惑的な歌詞、流麗なストリングスと素晴らしいアレンジ。ブルー・アイド・ソウル/ソフト・ロッ...

MIKE OLDFIELD「MOONLIGHT SHADOW」

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1983年5月リリースのアルバム『Crises』より。 NHKのEテレで時々放送されている「ミュージック・ポートレート」(シーズン3が9月で終わった)は、これまでの人生で影響を受けた音楽10曲を2人の出演者が持ち寄って対談するという内容の番組だが、見ていると時々 “これ聴いてみたいな” という曲が紹介される。 この「Moonlight Shadow」は今年の5月に放送された“よしもとばなな×サンディー”の回で、よしもとばななが4曲目に作家デビューのきっかけ、として選んでいた曲。これを見たとき(聴いたとき)、“あーマイク・オールドフィールドってボーカル入りのポップな曲があるんだ”と思った。マイク・オールドフィールドといえば一部が映画『エクソシスト』で使われた『チューブラー・ベルズ』しか持っていなかったので、プログレ系インストの人、というイメージがあった。余談だけどこの『チューブラー・ベルズ』を購入したのも『エクソシスト』を観てすぐじゃなく(公開年に観た)、1990年代に車の中で聴いた小林武史のFMラジオ番組でアナログ1面分(約20分)がかかっていたのを聴いて面白いなと思って購入したものだ。 良い曲だ、とは思ったものの「Moonlight Shadow」はその後、どのアルバムに収録されているのか調べることもせず、CDを購入することもなく忘れていたのだが、先日友人から譲ってもらったCDの中にアルバム『Crises』が含まれていたという非常にうれしい出来事がありこの名曲が聴けることとなった。調べてみればアルバムと同じ時期に、この曲はシングル・リリースされてイギリスではトップテンヒットになっていることから、当時どこかでこの曲を耳にしていたのかもしれないが、その頃の私の興味ではなかったのだろう。 エイトビートをしっかり刻むサイモン・フィリップスのドラムにエコーのかかったマギー・ライリーの澄んだ歌声、歯切れの良いマイク・オールドフィールドのギター、それにフェアライトCMIの響き。幻想的なムードにつつまれた3分半の非の打ち所がない完璧なポップ・ソングとも思える。 だけど歌われている内容は、銃撃により突然亡くなった彼を想い、彼に会いたい、という歌詞で、曲の(一聴して)爽やかな感じと裏腹に悲しく切ないものだ。この歌詞については1980年のジョン・レノン殺害に影響を受け作られたとも言われ...

SEX PISTOLS「SOUNDCHECK at WINTERLAND, Jan. 1978」

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セックス・ピストルズ最後のライブとなった1978年1月14日サンフランシスコ・ウィンターランド公演だが、そのサウンドチェックの模様という音源がYouTubeにアップされている。 ウィンターランドは5千人の収容数というから声の響き方が気になったのだろうか、ジョニー・ロットンは“ハロー!”を連発。いつもこうやってサウンド・チェックしていたのかな。バンドは「Belsen Was A Gas」を演奏し始めるが、まるでチューニングが合っていないシドとスティーヴは演奏を中断、お互いのチューニングを合わせる(だけどいまいち合ってないし、「Pretty Vacant」の後では弾けてないシドにギターがチューニングを合わせてる気がする)。演奏が聴けるのは4曲で、 Belsen Was A Gas Pretty Vacant Problems(未完奏) Feelings(未完奏) ウィンターランドも今は無く1985年に取り壊され、跡地にはマンションが建っている。

『CROSSBEAT Special Edition THE CLASH』

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2012年12月に『THE DIG Special Edition THE CLASH featuring Joe Strummer』が出版されて間もないのだが、同じくシンコーミュージックからまたもやクラッシュのムックが2013年9月9日に出版された。 “月刊誌としては一旦休刊する”という発表が先月あった雑誌“クロスビート”のスペシャル・エディションで、9月10日に発売となる12枚組ボックスセット『サウンド・システム』のリリース直前というタイミングだ。そのボックス(結局国内盤は出なかった)は値段の割に初出の音源が少ないのと、そのうち幾つかはブートで聴いてしまっていることもあり、私は今のところ購入を見送っているのだけれど…。 まずは、そのボックスの内容解説とポール・シムノン最新インタビュー(勿論ボックスについても言及している)。その他インタビューは雑誌『ジャム』、『ミュージック・ライフ』、 『クロスビート』で過去に掲載されたクラッシュのメンバーに対するインタビューを再掲載しているが、いくつかは以前にシンコーミュージックから発売されたムックに掲載されていたものとダブりあり。 『動乱』発表後しばらくしてのインタビューだったジャム1979年7月号の水上はるこによるもの、『ロンドン・コーリング』リリース後のミュージック・ライフ1980年4月の東郷かおる子によるものの一部、ポーグス加入時のクロスビート1992年3月号の大谷英之によるもの、は2002年にジョーが亡くなってすぐに出版された『THE DIG Tribute Edition JOE STRUMMER 1952-2002』 に再掲されたものと同じ。 トッパーのインタビューはミュージック・ライフ1982年3月号の森田敏文による1982年のクラッシュ来日時のもので、2006年にシングル・ボックスがリリースされたときに出版された『THE DIG Special Edition THE CLASH』に再掲されたものと同じ。 また、ジャム1979年2月号の水上はるこによるジョー・ストラマー日本初インタビューは、2002年雑誌THE DIG No.30に再掲載されていた。 他の10本のインタビューは再掲載とはいえ、まとめて読めるのは有り難い。特にミックのBADもからめた1993年と2011年、クラッシュの思い出を語った2004年のイ...

荒井由実「ひこうき雲」

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1973年11月リリースのアルバム『ひこうき雲』より。 宮崎駿の作品を観るようになったのはいつ頃からだろうか。思い返してみると、友人の下宿で読んだ宮崎駿・作のコミック『風の谷のナウシカ』が最初じゃないかな。たぶん2巻くらいは出ていたころじゃないだろうか、まとめて読んだ覚えがある。後に映画として観られる綺麗な線描とは違う、ややグロテスクにも思える画風で描かれ、登場人物達の活躍やストーリーも魅力のあるものだが、はるか過去の戦争によって汚染された世界と、汚染を浄化するために毒を吐き出す自然の治癒・再生能力(それが人間にとって脅威となった)という ベースにあるテーマに強く惹かれたものだった。または『カリオストロの城』をテレビで観たか、のどちらかだと思う。あ、『未来少年コナン』も時々見てたかな…。 アニメーション映画監督の宮崎駿が『風立ちぬ』(2013年公開)を最後に長編監督から引退すると記者会見を行った。 その『風立ちぬ』のエンディングで流れるのがユーミンの「ひこうき雲」。 ユーミンの1983年に出版された語りおろし本『ルージュの伝言』には「ひこうき雲」 を筋ジストロフィーを患った小学校の同級生が亡くなったときの事をモチーフにして作った、ということが書いてある。掃除の時に“机を持てない”と言うその男の子に“足の悪いふりをしないで”と言っていたというユーミン。その言葉は“優しさ”だと思っていたという。小学校以来会うこともなく、高校1年のときにその子は亡くなり、お葬式に呼ばれて見た成長した故人の写真、集まった同級生たちとの再会、そこで小学生のまま止まっている時間の感覚を強く意識したという。高校3年の時に近くで起きた心中事件をきっかけにこのお葬式の時の事を思い出し「ひこうき雲」が作られた。曲が作られた時期は高校3年の終わり~大学1年の初め、1年の終わりにはアルバムの録音が始まるが、キャラメル・ママのアレンジ/演奏があるにしても18歳にしてこの完成度は凄い。 もちろん出来上がった歌に具体的な病名や年齢や性別等は描かれていない。バロック/プロコル・ハルム調のアレンジにのせ、同級生の早逝という出来事を振り返り、普遍的な言葉を選び、イノセントな情景にして儚い“あの子の命”を描く。少女ならではの死への憧憬を含みつつ、現実に発した冷徹ともいえる視線と厳しい言葉は、 “何もおそれない”、“けれ...