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私の放浪音楽史 Vol.113 ECHO & THE BUNNYMEN『HEAVEN UP HERE』

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1981年5月30日、KOROVAよりリリースのアルバム(UK)。 鮮烈なデビューアルバムと楽曲のスケールを拡大した『ポーキュパイン』に挟まれた第2作。ややいぶし銀的な印象を受けるが、1曲1曲は硬く芯まで凍りつき、それぞれの曲から痙攣するような振動が感じられるだろう。まるで抜き身の刃のような青白い妖気を漂わせる緊張感に満ちた名盤である。 アルバムのオープニングは1980年11月BBCのジョンピールセッションでは「That Golden Smile」として演奏していた「Show of Strength」で“Your golden smile would shame a politician”という歌詞が歌われている。うねりのあるギターフレーズがかっこいい。続いてスピード感のあるパンキーな印象の「With A Hip」、ライヴEP『シャイン・ソー・ハード』に収録されていた「Over The Wall」はもくもくと湧き上がる灰色の雲のような不穏なイントロからタイトでパーカッシヴなドラミングがダイナミックな曲。ファンキーな印象の「It Was A Pleasure」、シングル曲の「A Promise」。アナログ盤ではここまでがA面。 ノイジーなギターが炸裂するタイトルトラックの「Heaven Up Here」、シンプルかつサイキックな小品「The Disease」、ライヴEPでは「Zimbo」というタイトルだった「All My Colours」、ユニークな印象もある「No Dark Things」、粉砕するように攻撃的なサウンドの「Turquoise Days」、“私が望むもの全てが私は欲しい 私が愛しむもの全てを私は愛す 間違いを犯したとしても、誰がそれを責められよう”(大意)と歌われる「All I Want」がラスト。バニーメンの歌詞って全体的にフィロソフィーとメランコリーが混在しているよね…。 スパイキーでタイトな演奏が充実したこのアルバムはイギリスでトップテンヒットとなった。 このアルバムを含むバニーズ初期4枚の美しいアルバムジャケットを撮影したフォトグラファー、ブライアン・グリフィン(Brian Griffin)は2024年に亡くなっている。

映画『狂い咲きサンダーロード』公開45周年記念復活上映決定!

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石井聰亙監督作品『狂い咲きサンダーロード』が公開45周年を記念して再上映される。 以下 (株)トランスフォマー公式HP より。 石井岳龍(ex.聰亙)監督が、日本大学藝術学部映画学科在籍時、23歳の若さで卒業制作として発表した日本が世界に誇る近未来バイオレンス映画『狂い咲きサンダーロード』。今なお伝説として語り継がれ、各界に影響を与え続ける本作ですが、公開から45周年を記念して特別再上映が決定しました! 東京・シネマート新宿では、8月22日(金)より2週間の限定上映。そのほか、北は北海道から南は沖縄まで全国各地で順次爆走予定です! 新しい復活上映のトレーラーも公開された。 この映画に関しては以前にも何度か書いている。 映画『狂い咲きサンダーロード オリジナルネガ・リマスター版』 Blu-ray(2016年11月) 朝日新聞 be on Saturday 映画の旅人『狂い咲きサンダーロード』 (2006年3月)

私の放浪音楽史 Vol.112 ECHO & THE BUNNYMEN『SHINE SO HARD』

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1981年、KOROVAよりリリースの12インチライヴEP(UK)。 1981年1月17日、ボクストンのパヴィリオン・ガーデンズでおこなわれたライヴを収録した短編映像作品『SHINE SO HARD』のサウンドトラックとしてリリースされた。ファーストアルバム『クロコダイルズ』から「Crocodiles」と「All That Jazz」が、後のセカンドアルバムに収録される「Zimbo」(後の「All My Colours」)と「Over The Wall」の4曲を収録している。 この12インチ、ジャケットはかっこいいし、バニーズのライヴ演奏が聴きたくてぜひとも入手したかったが1980年代中旬、新宿のコレクターズショップではかなり高額で売られていてなかなか手に入れられなかった。私が『SHINE SO HARD』を聴いたのはリリースから随分経ってからで、これはお茶の水にあったシスコで購入したと記憶している。私の12インチはニュージーランド盤で、買った値段は覚えてないけどコレクターズ価格ではなかったと思う(オリジナルUK盤は文字がグリーンなんだよね…)。 ラフでフリーキーになった「Crocodiles」、Zimboという言葉が繰り返し歌われ催眠的な効果を生みだしている「Zimbo」。そして特にピート・デ・フレイタスのパーカッシヴなドラミングは、アタックの強いドラムロールで高揚感をもたらす「Over The Wall」や「All That Jazz」、エキゾチックなムードを演出する「Zimbo」で印象に残る。「Zimbo」の歌詞がアルジャーノン・ブラックウッドの小説『ジンボー』(原題:Jimbo: A Fantasy)にインスパイアされたのではないか、ということを読んだのは日本では1983年12月に来日記念盤としてリリースされた『エコー・アンド・ザ・バニーメン(ネヴァー・ストップ)』に封入されていた大野祥之のライナーノーツだった。そこには“主人公のジンボー少年の肉体と心が分離して、心が閉じ込められながらも、最後には閉じ込められた部屋の外へ飛び出す”というストーリーが紹介されている。今回セカンドアルバムに収録されている「All My Colours」の歌詞を読んで、“Flying”ではじまり、“What d'you say when your heart's i...

私の放浪音楽史 Vol.111 ECHO & THE BUNNYMEN『CROCODILES』

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1980年7月18日、KOROVAよりリリース(UK)。 私がこのバニーズのデビューアルバムを聴いたのは3枚目のアルバム『ポーキュパイン』の後だから、1983年後半頃か。最初に入手したのは日本盤のアナログだった。オレンジやグリーンに照らされた夜の森に佇むメンバーを写したジャケットがアーティステック(フォトグラファーはブライアン・グリフィン)。シャープで躍動感のある粒揃いでコンパクトな曲が並んでいる。ブロデュースはビル・ドラモンドとデイヴィッド・バルフの変名ザ・カメレオンズと、一部イアン・ブロウディ。 フィードバックノイズの霞の中からリズムがフェイドインしてくる「Going Up」、後にリリースするライヴEPのタイトル『Shine So Hard』になる“Stars are stars and they shine so hard"という歌詞の一節があるメランコリックな「Stars Are Stars」、“キーモン、キーモン”というモンキーを逆さ言葉にして繰り返し歌う「Monkeys」、ライヴでは長尺になるがアルバムではザクザク、ジャキジャキのギターがかっこいいスピーディなタイトルトラック「Crocodiles」、シングル曲「Rescue」とその12インチのカップリング曲「Pride」(この2曲のプロデュースがイアン・ブロウディ)、ピアノの旋律が印象的な「Villiers Terrace」、ZOOからのファースト・シングル収録曲の再演「Pictures On My Wall」、躍動感に満ちた「All That Jazz」と「Happy Death Men」でアルバムは終了。 タイトでパワフルなピート・デ・フレイタスのドラムとグルーヴィーなレス・パティンソンのベースは鉄壁のリズム隊。そして鋭利なフレーズを奏でるウィル・サージェントのギター、艶やかな響きのイアン・マッカロクのヴォーカル。スペシャルなクリエイティヴティはこの4人ならではのものだ。キーボードはデイヴィッド・バルフが弾いている。 この日本盤はUKリリースと同仕様10曲入りで、バンドの代表曲のひとつ「Do It Clean」とジュリアン・コープとイアン・マッカロクの共作「Read It In Books」はアルバムに収録されていなかった。イリギス盤にはその2曲を収録したシングルが付属している限定盤がある...

追悼・渋谷陽一 『季刊 渋谷陽一 BRIDGE』

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雑誌名に自分の名前を冠した『季刊 渋谷陽一 BRIDGE』。創刊号1994年2月号の冒頭「創刊にあたって」で渋谷陽一は“雑誌業界から編集者の顔が失われている”危機感を訴え、この本を“徹底した個人誌、同人誌以下の個人的作業で作ってみよう”と思い、”全てのインタビューを自分で行なったし、かなりの写真も自分で撮った”、“『ROCKIN' ON JAPAN』は若手のミュージシャン中心だが、この本はベテラン・ミュージシャンを中心に構成”、そして“今の日本の音楽シーン支えている大物ミュージシャン達が主体となるメディアが存在していない”状況を“音楽雑誌業界の持つ構造的な問題”それは”情報をいびつなものにしてまっているのは確かだ”と記載している。 創刊号は忌野清志郎、カールスモーキー石井、浜田省吾、佐野元春、大沢誉志幸、CHAR、少年ナイフ、いまみちともたか、山下達郎、吉川晃司のインタビューを掲載、先にも書いたが全てのインタビュアーは渋谷陽一。どれも読み応えあり、少年ナイフの会社勤めしながらバンド活動&パックツアーで海外ライヴの話で盛り上がるインタビューが微笑ましい。 第2号は1994年4月号で「佐野元春の10曲」と題し「アンジェリーナ」、「サムデイ」、「コンプリケーション・シェイクダウン」、「約束の橋」といった代表曲10曲を選定、その曲を通して渋谷陽一が佐野元春というアーティストに迫るという企画。もっともCDが売れていた時期の強気のユーミン、阿久悠に作詞を依頼した時期(シナロケ のアルバム『ROCK ON BABY』)の鮎川誠、バンド名通りの神経質な内容のナーヴ・カッツェ、その他に仲井戸麗市、シュークリムシュ、久保田利伸、サンプラザ中野、EPO、松浦雅也、平沢進、MIX NUTS。すべて渋谷陽一がインタビューしている。渋谷陽一が撮影した写真も前号に比べて増え、佐野、シュークリームシュ、ユーミン、久保田以外はすべて渋谷の写真が使われている。 第3号1994年7月号も10曲を選び、その曲からアーティストに迫る企画の第2弾「浜田省吾の10曲」。「路地裏の少年」、「片想い」、「愛の世代の前に」といった代表曲10曲が選ばれた。2025年の現代にそのまま通じる内容をもつ「愛の世代の前に」は、広島と核兵器をテーマにし8月6日に作ったと語られている。ほかに2・3'Sが活動休止した...

追悼・渋谷陽一 『ROCKIN'ON JAPAN』&『Cut』

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1980年代中頃、雑誌『rockin'on』で日本のアーティストを取り上げた記事が多くなって来たなぁと思っていたら、ついに邦楽専門の雑誌『ROCKIN' ON JAPAN』を『rockin'on』増刊という形で刊行。創刊号は1986年10月号、初代編集長は渋谷陽一。初期〜A4変形版で刊行されていた時期のアーティスト写真は邦楽誌のなかでも群を抜いたクオリティだと思う。 画像の右上は創刊第2号の1987年1月号。表紙は花田裕之(ちょっと分かりにくい?)。カメラマンは鋤田正義。花田のインタビューあり(インタビュアーは広瀬陽一)。ルースターズ『KAMINARI』リリース時期のインタビューだがアルバムに関する話はなく、“ルースターズは僕の敵”というややネガティブな内容。。渋谷陽一は浜田省吾、桑田佳祐、ストリート・スライダーズ、山下達郎、大沢誉志幸と5つのインタビューを受け持つ活躍ぶりだ。 左上は創刊第3号で1987年3月号。表紙は忌野清志郎。渋谷陽一は、清志郎の2万字インタビュー、モッズの森山達也、坂本龍一、デーモン小暮、矢沢永吉とここでも5本のインタビューを担当。清志郎のインタビューは、やはり渋谷陽一じゃないとこうはならないと思う内容で必読(清志郎が亡くなった2009年に刊行されたROCKIN'ON JAPAN特別号『忌野清志郎 1951-2009』に再掲されている)。坂本龍一のインタビューも渋谷ならではの内容。 左下はインターナショナル・インタビュー・マガジン『Cut』の第6号(Rockin'on 1990年11月増刊号)。表紙はジャック・ニコルソン。外国から版権を獲得したインタビューが多く、『ワイルド・アット・ハート』、『ツイン・ピークス』公開時期のデイヴィッド・リンチのインタビューあり。渋谷陽一はイッセー尾形のインタビューを担当、他数本の記事を執筆している。右下は『Cut』1997年5月号。デイヴィッド・リンチ『ロスト・ハイウェイ』の特集あり、このころは渋谷陽一は編集長ではなくインタビュアーの担当も執筆記事もない。雑誌『Cut』は創刊号から毎号購入していたが今はデイヴィッド・リンチ関係と興味のある音楽関係を残して処分してしまった(すまん)。『Cut』は『マルホランド・ドライブ』公開時にデイヴィッド・リンチのインタビュー(インタビ...

追悼・渋谷陽一 21ST CENTURY SCHIZOID MAGAZINE『rockin'on』

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7月14日、音楽評論家・渋谷陽一逝く。74歳だった。 雑誌『rockin'on』を読み始めたのはいつ頃かな…1980年代に入ってからだと思う。1970年代後半にロックを聴き始めた田舎のリスナーにとってアーティスト・バンドの情報源はラジオと雑誌だった(テレビはもちろん論外)。一時期は毎月のように購入していた『rockin'on』だが、だいぶ処分してしまって(すまん)今手元に残っているのは僅か、これだけ。 私の手元にある最も古い『rockin'on』。1978年5月号。これは表紙の写真が気に入ったので古本屋で買ったもの。 1980年3月号。これも表紙の写真がジョー・ストラマーなので古本屋で買った。大友克洋の漫画「大友克洋の栄養満点!」(2ページ)掲載。 1980年7月号。『軋轢』リリース当時のフリクションのインタビュー掲載。インタビュアーは渋谷陽一。“日本のロック…”と言う渋谷に対して、レックが日本のロックなんて雑誌の上にあるだけ。ステージ上や部屋で聴くレコードではなく、生活(日常)にこそロックがある(必要)という趣旨の発言が興味深い。 1980年10月号。表紙はジョー・ストラマー。ピート・タウンゼントのインタビュー、ジョン・ライドンのインタビュー掲載。 1981年8月号。表紙はデボラ・ハリー。坂本龍一のインタビュー掲載。インタビュアーは渋谷陽一。アヴァンギャルドについての対話が面白い。 1981年9月号。エルビス・コステロのインタビュー。ジョー・ストラマーのインタビュー掲載。モノクロ写真ページに石垣の上のザ・ルースターズあり。サザンの桑田のインタビュー(インタビュアーは渋谷陽一)。 1982年4月号。来日したザ・クラッシュのミック・ジョーンズのインタビュー掲載(インタビュアーは渋谷陽一)。当時の新譜『サンディニスタ!』に関することなど。「クラッシュ批判に答えて」という渋谷陽一の記事掲載。クラッシュの政治的メッセージを“音楽と政治は無縁であり音楽には政治的有効性はない”という批判に対して渋谷は”ラブ・ソングに肯定的な連中に聞きたい。歌には恋愛的有効性があるというのか。失恋の歌を百回歌えば以後失恋しなくてすむのか。クラッシュの政治主義に対する批判はせいぜいがその水準でしかない”と断じている。 1982年9月号。表紙はRCのチャボ。忌野清志郎のインタ...

追悼・OZZY OSBOURNE

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オジー・オズボーン逝く。 ついこの間7月5日にはオリジナル・ブラック・サバスのラスト・コンサート『Back To The Beginning』がバーミンガムで開催、オジーはソロで5曲、サバスで4曲を歌っていたとネットで読んでいたので思いがけない訃報だった。 さよならオジー、それでもかつて突然別れた愛しき相棒に再会だね…。 RIP…。

浅川マキ『black』

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1991年、東芝EMI・EASTWORLDよりリリースのアルバム。  浅川マキの『LIVE・夜のカーニバル』と『STRANGER'S TOUCH』に参加し数曲が収録されていた下山淳、池畑潤二、奈良敏博。この『black』は彼らが本格的に参加したスタジオ・アルバム。2枚組CDアルバムの1枚目で全面的に参加している。 下記はDisc 1の演奏者クレジット。 下山淳:Guitar、Piano(4) 奈良敏博:Bass、Rhythm Guitar(3) 池畑潤二:Drums、Percussion 他にBarbara Bayer:Vocal(4)、須田ヒカル:Keyboard(3) 作曲では6曲を担当。 1. 「憂愁 (II)」詩:浅川マキ 曲:下山淳 2. 「憂鬱なひとり歩き」詩:清水俊彦 曲:池畑潤二、奈良敏博、下山淳 3. 「少年 (II)」詩:浅川マキ 曲:奈良敏博、浅川マキ 4. 「FLASHDARK」詩:JOHN SOLT 日本語詩:浅川マキ 曲:下山淳 5. 「今夜は自由に眠らせてくれ」詩:清水俊彦、浅川マキ 曲:下山淳、奈良敏博、池畑潤二 6. 「blackにgood luck」詩:清水俊彦、浅川マキ 曲:奈良敏博、池畑潤二、下山淳 7. 「また、ね」詩・曲:浅川マキ 「憂愁 (II)」は、深海を漂うような浮遊感がある導入部から徐々にスピードアップ、バキッとしたリズム、淡々とだがリズミカルに詩を朗読する浅川マキに対して演奏は熱を帯びてゆく。ネオ・サイケデリック・ミーツ・ドアーズといったシャープな演奏を聴かせる12分の長尺曲で、アルバム『こぼれる黄金の砂』(1987年)に収録されていた「憂愁」とは別物。セカンドラインのリズムを強調・変容したファンキーな「憂鬱なひとり歩き」、セカンドアルバム『II』(1971年)に収録されシングルリリースもされた「少年」の再演ともいえる「少年 (II)」は重厚でブルージーな演奏で、ここではマキの歌はほぼ語りとなって、“少年はわたし わたしは少年〜”以降の歌詩が追加されている。作曲には奈良の名前がクレジットされていてリズムギターも奈良が弾いている。 John Soltの詩を取り上げた「FLASHDARK」は下山淳らしい、空間を作り出すギターフレーズが連続する演奏に、バーバラ・ベイヤーと浅川マキが詩を朗読するミステリアスなムー...

浅川マキ『STRANGER'S TOUCH』

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1989年、東芝EMI・EASTWORLDよりリリースのアルバム。  前作『LIVE・夜のカーニバル』に引き続き、浅川マキ25枚目のこのアルバムにも下山淳、池畑潤二、奈良敏博、野島健太郎が参加、アルバム『アメリカの夜』(1986年)に収録されていたロックンロールナンバー「あいつが一番」と「CHROME STAR」をメドレーで演奏している。 『STRANGER'S TOUCH』について浅川マキ自身は、“このアルバムを聞き終えたとき、ちょうど1本のシネマを観たような印象を受けるのなら、私は嬉しい”と記している通り、原田芳雄が出演した短編映画『男からの声』の音声が挿入されたり、マキの語りあり、モダン・ジャズ、前衛的な演奏、ヘヴィなロック、ポップなアレンジ、と多様な感触の曲が収められ、各曲はトラック分けされているがクロスフェードやコラージュ的にミックスされて繋げられているものもありトータルな印象も感じさせる。 「あいつが一番〜CHROME STAR」は、曲の冒頭に短編映画『男からの声』に使用されていたTristan Honsingerのチェロ演奏や原田芳雄と浅川マキが地下のバーの階段を降りてゆく場面のサウンドが1分ほど挿入され(地下のライヴハウスへ降りてゆくイメージか)、歓声のあと「CHROME STAR」の池畑潤二のダイナマイト・リズムに下山の激しくフィードバックするギターからリフにのせ浅川マキは「あいつが一番」をさわりのみ歌って、すぐにT-REXのカヴァー「CHROME STAR」がメドレーで演奏される。原曲で歌われていた歌詞“Life is just a joke”を“明日の事など いつだって いつだって吹く風まかせね”と、うまく意訳した日本語詩が素晴らしい。ヘヴィーなアレンジで、下山淳の爆音ギターがここでも堪能できる。このアルバムにはレコーディング場所のデータ記載がないのだけれど、このテイクはライヴ録音のようだ(1988年12月の文芸坐のライヴか…?)。

浅川マキ『LIVE・夜のカーニバル』

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1989年、東芝EMI・EASTWORLDよりリリースのライヴ・アルバム。 池袋文芸坐(1988年12月24日) 新宿紀伊國屋ホール(1987年3月7日) 京大西部講堂(日付記載なし) の3会場でおこなわれたライヴからセレクトされている。 1988年12月の文芸坐はオールナイト公演で、 下山淳:Guitar 池畑潤二:Drums 奈良敏博:Bass 野島健太郎:Keyboards の四人が参加した。ルースターズやシナロケ好きにとってはたまらん人選だよね。1988年は、下山にとっては7月にルースターズが解散、泉谷しげる with LOSERのメンバーとして活発に活動、池畑にとっては5月にゼロスペクターから脱退という時期だった。 このライヴ・アルバムはブックレットに収録会場、収録会場の演奏ミュージシャンのクレジットはあるが、曲毎に会場のクレジットは無いので各曲がどこで収録されたのかがはっきりと分からない。浅川マキ自身によるライナーノーツにはこう書かれている。 ”文芸坐から、京大西部講堂、紀伊國屋ホール、そしてまた、文芸坐へと交錯する。  コラージュと云ったら僭越だけれども、そんな感じも取り入れた。  だが実際には欲ばらず、1980年代のライブからスライスした断面とでも云おうか、  大きく二つの場面だけを取り上げ、じっくりと聞いてもらおうと、  そんなアルバムになった” 1曲目に収録されている「KALEIDOSCOPE」は13分に及ぶ長尺のサイケデリック・ナンバーで、下山たちメンバーが浅川マキにより紹介されている。エキゾチックなフレーズを奏でる野島のキーボード、爆音で極彩色に彩られた下山のギターは自由に奔放に空間を飛び跳ね、奈良のベースはスリリングに絡まり、ダイナマイト・ドラムが炸裂する。浅川マキは“気儘に、思いつくことばを遠くへ翔ばした”とブックレットに記している。続く「あんな女ははじめてのブルース」は、歌詞にも登場する“ミシシッピ”デルタ・ブルース・スタイルで、アタックの強いドラムとジョニー・ウィンターばりに弾きまくるギターを聴かせる、やはりこの四人と思われる演奏。 3曲目の「暗い眼をした女優」からは浅川マキが山内テツを呼び入れていることから、 坂田明:A.Sax 向井滋春:Trombone 渋谷毅:Keyboards セシル・モ...

NHK総合『あさイチ』・2025年7月4日(金)「プレミアムトーク」に佐野元春が出演!

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NHK総合『あさイチ』(午前8:15〜午前9:55)。 博多華丸・大吉と鈴木奈穂子アナがキャスターの情報番組だが、2025年7月4日(金)の「プレミアムトーク」に佐野元春が出演決定。生放送、どんなトークになるのか楽しみだ。佐野元春による朝ドラ受けはあるのか? 以下 『あさイチ』HP より。 プレミアムトーク 佐野元春 ▽デビュー45周年目にして初の生放送トーク番組出演! ▽スガシカオが語る佐野元春の魅力とは?! ▽今回、番組のためだけに用意してくれた初公開映像!伝説の♪SOMEDAY ▽およそ20年ぶりとなる大規模全国ツアーにのぞむ思いとは?  佐野元春HP・Moto's Web Serverの最新ニュースページは こちら 。 画像はデビューシングル「アンジェリーナ c/w さよならベイブ」。1980年3月21日リリースの7インチ。

浅川マキ『浅川マキがいた頃 東京アンダーグラウンド -Bootlegg-』

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2010年にリリースされた浅川マキのDVD作品『浅川マキがいた頃 東京アンダーグラウンド -Bootlegg-』が2025年5月に再発された。以前から見たかったんだけど、廉価盤となったこともありようやく視聴。 浅川マキが生前より企画・監修・編集をしていたというドキュメンタリー。 黒髪、黒服、黒いサングラス…黒の上を途切れることなく流れる煙草の煙…形を変えて広がってゆく。男達が演奏する音の断片…泉谷しげる、山内テツ、山下洋輔、向井滋春、日野皓正、セシルモンロー、渋谷毅、植松孝夫、川端民生、下山淳…代わる代わる…スタイルを変えジャンルを飛び越えて。 浅川マキは唄から間奏になるとしゃがみ込み煙草に火をつける。長いインプロになりソロはサックスからトロンボーン、そしてピアノへ。浅川マキは演者へ拍手を送り、深々と吸い込み煙を燻らせる…音の感触を確かめるように、音の行方を見定めるように。 複数の会場で撮影されたライヴ/リハーサルの映像は、ほとんど手持ちのビデオカメラで撮影、付属のマイクで音声収録していると思われ、ノイジーな映像と音は副題のとおり公式ブートレグといった趣だ。浅川マキも当然登場するが、むしろ主となる登場人物は共演者の男達だろう。細切れの演奏者たちの映像をコラージュのように繋ぎ合わせ、アンダーグラウンドに身を潜める浅川マキの姿と音へのこだわりを浮かび上がらせていく。 下山淳、池畑潤二、奈良敏博、野島健太郎のルースターズ+シナロケ組によるサイケデリック爆音ライヴ映像は約7分。ダイナマイト・キックス池畑とストラトやファイヤーバードを爆音で掻き鳴らす下山。手持ちカメラを下山の前で撮影しているため異常にギターの音がウルサイ。「Kaleidoscope」、「Zero Hour」2曲の断片で映像も荒く処理されているが個人的にはこれを見るためだけでも価値あり。ベースはダンディな奈良、キーボードにニューウェイヴな佇まいの野島健太郎。 下山は文芸坐ル・ピリエのリハーサル映像にもアコギをスライドで弾く姿が映っている。 モノクロの映像は8mmカメラだろうか。浅川マキが監督した、原田芳雄がプロデューサー役、浅川マキが歌うことに懐疑的な気持ちを持つ歌手役で登場する短編映画『男からの声』を含む。

私の放浪音楽史 Vol.110 小山卓治『微熱夜』

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1985年10月21日、CBSソニーからリリースの12インチ・シングル。 アルバム『PASSING』から4ヶ月後にリリースされた小山卓治初の12インチ・シングル。A面にはダンサブルなタイトルトラック「微熱夜」を収録。イメージは“真夜中の喧騒”ということで、特定1日の情景というより、多数の人々が行き交う都市の日常の喧騒を描いたものだろう。パーカッション(演奏はペッカー)を多用したアレンジでざわざわした群衆が無秩序にうねる感じと、微熱気味の夜からヒートアップした夜へ移りゆく様をよく表している。”今夜最初のいけにえが出た サイレンが勝ち誇ったように 人の群れをふたつに裂いた”という俯瞰したような視点の歌詞と、今夜はがっかりだったけど、明日また会おう、という内容のリフレインがいい。ファーストアルバムで“ちっぽけなカーニバルに乾杯”と歌った、名もなき路上の劇場で繰り広げられる高揚感をダイナミックにさらにパワフルに表現した。 B面の1曲目は「Show Time」。“俺のショーの始まり”とショータイムを告げる主人公の男は、“俺は夜のテロリスト Yes, it's a show time このままじゃくたばらないぜ”となかなか物騒に自身の“モノクロの夢”を売り込む。が、曲調はしっとりとアーバンなテイスト。矢口博康の吹くサックスがいい。 B面2曲目は「Passing Bell」の1985年9月7日、渋谷LIVE INNでのライヴ・ヴァージョンを収録。当時徐々に盛り上がっていた小山卓治の人気を伝えるサンプルとしても重要。 バックバンドにはDADと名前がつけられ、この12インチ盤からバンド名がクレジットされている。 ジャケットは「東京湾の埋め立て地で横殴りの雨と風の中で撮影した」( オフィシャルHP RED & BLACK の小山のコメント)という状況で井出情児が撮影した写真だが、ややぼんやりしたデザインになっているのが残念だ。左端に写る車はシトロエン2CVか。 PVも作られた。 小山卓治「微熱夜」PV 小山卓治「Show Time」PV 参考文献:ミニコミ『OYAMA TIMES VOL.6』(1985年りぼん)

私の放浪音楽史 Vol.109 小山卓治『PASSING』

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1985年6月21日、CBSソニーからリリース。 前作から約1年ぶりに発表された小山卓治のサード・アルバム。デビュー以来レコーディング、ライヴを共に活動したTHE CONXと別れ、自身のバンドとするべくメンバーを集めレコーディングした。 ドラムは引き続きTHE CONXのカースケこと河村智康。ギタリストにはSASの松田弘のソロ作や大沢誉志幸等のレコーディングに参加していた原田末秋。キーボードは小柴大造&エレファントや葛城ユキのバックで演奏していた三国直文。サックスは藤井正弘でパンタのスウィート路線時にバックで演奏していた。このアルバムでは1曲のみクレジットされている(他のサックスはリアルフィッシュの矢口博康)。ベースは山下好男で、サックスの藤井と同時期にパンタのバックを務めていたバンドT-BIRDのメンバーだった。 ミディアムなロックナンバー「気をつけたほうがいいぜ」に始まり、ジャングリーでリリカルなアレンジの「Night After Night」、映像を喚起させるリズミックな「裏窓」、アナログではA面のラストで8分に及ぶ感動的な力作「Passing Bell-帰郷」、原田末秋作曲の「Time」、ヘヴィでジャジーな雰囲気の「Lucky Guy」、アコースティックでハードな感触がある「Dogs」、原田のギターが活躍する「Escape」、穏やかな曲調の「もうすぐ」の9曲を収録。プロデュースは小山卓治と原田末秋。 なんといっても、友人の死をきっかけに昔仲間が集い、思い出を語る情景を歌った「Passing Bell-帰郷」が圧巻。この曲で歌われる“若さなんて棒に振るもの 俺達の口癖だった”というフレーズには影響されたな…そのまま人生を棒に振ったけどね…。 「Lucky Guy」はチキンレースと思われる男子が陥りがちな度胸試しの顛末を描いた、少しジェームス・ディーンの『理由なき反抗』を思い出す内容で印象に残る曲。 「もうすぐ」は男女の歌というより、少年と少し歳が離れた“君”が孤児院のような施設を抜け出し二人で生きて行くことを選んだ、という歌かなと思う。霞んだ空気に光が差し込むような穏やかなアレンジが好き。 小山の書く歌詞は都市に生きる人々の情景や感情を鋭く描き出す。コラムを読んでいるようでもあり、ハードボイルド小説や映画の登場人物のようなセリフもある。それにムーヴィーカメラの...

安田潤司著『パンクス青の時代』

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2025年2月7日、DU BOOKS刊 ジャパニーズ・ハードコア・パンクのドキュメンタリー映画『ちょっとの雨ならがまん』(1984年)等を監督した安田潤司の自伝的エッセイが刊行された。ハードコアの記録というと武勇伝的な内容が多いから、どうしようかなと思っていたけど、結局購入。事件並みヴァイオレンス、パフォーマンスの逸話もあるが、“暴力騒ぎの先に未来はない”と考え、“初期衝動のその先へ” を問い続けた著者の視点から描かれているように思う。 冒頭の石井聰亙監督『狂い咲きサンダーロード』やパンク・ハードコアとの出会いから8mmカメラを手に取り、自らジャパニーズ・ハードコア・シーンに飛び込んで撮影を始めるところは、東京ロッカーズとの出会いを描いていた地引雄一著『ストリート・キングダム』(1986年刊)のハードコア編だな、と感じた。 安田潤司監督デビュー作『ちょっとの雨ならがまん』は1984年3月、池袋文芸坐ル・ピリエで公開された。 1990年に頭脳警察が復活、朝霞の米軍基地跡で行われたライヴを記録したビデオ作品『万物流転』が安田潤司監督だったと改めて認識。確かにアグレッシブなカメラワークと編集の作品である。 頭脳警察『万物流転』(1991年・VHS・ビクター) 監督・安田潤司 その後、GISMの活動再開、MASAMI追悼GIG、GISM永久凍結ライヴ、クラブ・DJカルチャーへの接近、そして親しい者たちが他界した。東日本大震災、新型コロナウィルス・パンデミックの過酷な状況を経て、最近の活動が綴られている。 『ちょっとの雨ならがまん』の上映が決まってからは、“たとえどんなにハードなことが起きても、その状況を笑いながら楽しむこと”を“初期衝動の先”に見ていたという著者だからこそ幾つものタフな現場を潜り抜け撮影してこられたのだろう。やはり映画監督だけあって場面の編集の仕方がうまく、全体を通して読み易い。 G.I.S.M.『+R Regicide Reverberation』(2002年・VHS・Beast Arts)  DIRECTED BY JUNJI YASUDA

『ユリイカ 2025年4月号*特集デヴィッド・リンチ 1964-2025』

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2025年4月、青土社刊 雑誌ユリイカで先日亡くなったデイヴィッド・リンチの特集。 特集のトップは2018年に『ニューヨーク・マガジン』に掲載された11ページのインタビュー。リンチの自伝/伝記『夢見る部屋』が出版されたタイミングでのインタビューでリンチの正直さが伝わる。“作品を作っていなかったら刑務所行きになっていましたか?”という意味の質問に対するリンチの答えなど、このインタビューは非常に興味深い内容だった。 他には、映画監督の山中瑤子(『ナミビアの砂漠』など)や、文筆、文学、文化、映画批評、哲学、精神病理、の専門家によるリンチ映画の批評、考察、分析…。まぁこの雑誌は“詩と批評”だからというのもあるけど、ややアカデミックに過ぎるか。特に『ロスト・ハイウェイ』、『マルホランド・ドライブ』、『インランド・エンパイア』(LA三部作というらしい)に対しての言及が多い気がする(このあたりをリアルタイムで観た評者が多いのかもしれない)。なんというかリンチ映画を人に見立て繰り返し繰り返し精神分析をおこなっている感じ。こういう内容も嫌いじゃないけど、量的にちょっと多いかな…思い出話だけでも物足りないと感じるだろうけど。 鷲谷花「デヴィッド・リンチの拡張されたメロドラマ」や、アンジェロ・バダラメンティの音の低速化・低音化などについて記載した荒川徹「ミュージックビデオ映画としてのデヴィッド・リンチ」などが興味深く読めた。

Eテレ『浦沢直樹の漫勉neo』・大友克洋

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3月29日(土)の午後10:00から放送されたEテレ『浦沢直樹の漫勉neo』は大友克洋(!)をゲストに迎えて代表作のひとつ『童夢』(単行本は1983年刊行)を取り上げ、モニターに映した原画を二人で確認しながら革命的な作品『童夢』制作の裏側に迫るものだった。 私が大友克洋の漫画を読み始めたのはたぶん『AKIRA』の連載が始まってからだと思う。友人のH君が連載されていた漫画雑誌を買っていて、遊びに行っては読ませてもらってたけど、なかなか物語が進まない連載にじりじりしてたな。この『童夢』の単行本も最初H君に借りて読んだかも。その後自分でも購入した。大友の他の単行本も買ったし、大友が監督した自主映画『じゆうを我らに』も観に行ったな。 番組『漫勉neo』では普段から会っている(カラオケに行くらしい)浦沢と大友ならではの会話で、映画からの影響(カメラワーク等)を語るところは非常に興味深かったし、聞きたいところもツボを押さえたものになっていた。いろいろと元ネタを聞き出そうとしてたかも。大友自身は映画『エクソシスト』からのインスパイアや大林宣彦監督『HOUSE』を観て“日本でホラーは洋館じゃないな”と団地を舞台にすることを着想したことが語られていた。番組内でも言及があったが“大友以前、大友以後”といわれるほど大友克洋の作品は大きなインパクトがあった。番組内でその影響を語る漫画家のなかには江口寿史、上條淳士も含まれる。 あらためて『童夢』を読んでみたが、容赦ない描写、ストーリー展開、ハードでクールな筆致、凄い!面白い!というしかない。全1巻、SFでホラー、サイコスリラー的な要素もありつつ、結構いろいろサイドストーリーを詰めこんでる感はあるが、マンモス団地が舞台なだけに様々な人物が登場して描かれているし、それぞれの役どころ、キャラクターも面白い。窓ガラスが割れた部屋を調べに入った警官が見つけた小さな指輪が事件の深淵を覗く糸口になるのもよくできていると思う。 どうやら大友克洋は新作漫画に取りかかるらしいが、発表はいつになるやら?

THE STALIN『LAST LIVE 絶賛解散中!!』

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2025年3月12日、いぬん堂よりリリースのDVD。 ザ・スターリンの解散ライヴから40年、石井聰亙が監督した本編60分の他に、徳間に保存されていた4カメラ分の映像素材から新たに編集した約36分のボーナス映像を追加収録したDVD。初回限定特典で「ワルシャワの幻想」のアナザーミックスCDが付属した。しかし…税込5,000円とやや高めの価格。 2002年リリースの解散ライヴDVDは持ってるし、2012年の解散ライヴ完全版CD『I was THE STALIN 絶賛解散中〜完全版』もあるので購入するのを躊躇っていたのだが、ちょっとディスクユニオン近くに行く用事があって、用事の後にディスクユニオンに行ってDVDの現物を見たらそのまま購入してしまった。うーむ。 本編は暗闇と部分的なライティングを効果的に使用したステージ演出の「虫」で始まる。サイケデリックでダークなサウンド。「おまえの犬になる」ではザ・スターリンを葬り去る日に菊の花を抱え、喰いちぎるミチロウ。大量の紙屑が撒き散らされ舞いあがる美しさ、激しいナンバーで客の後方からステージを捉えた圧倒的な熱量の映像は石井聰亙ならではのものだ。 で、ボーナス映像は、 1. 廃魚  2. 猟奇ハンター  3. 渚の天婦羅ロック 4. 下水道のペテン師 5. STOP GIRL 6. 仰げば尊し 7. 解剖室 8. Fish Inn 9. エンディング:カノン を収録している。以前ビデオ『YOUR ORDER!』に1.と5.の未完奏の映像が収録されていたが、今回は完奏ヴァージョンで収録。その『YOUR ORDER!』にやはり未完奏で収録されていた「爆裂ヘッド」は今回は未収録で、DVDの解説(ジャケ裏だけど)によると今回確認した映像素材にも完奏ヴァージョンがなかったためと記載がある。6.も以前のDVDではコラージュ的な映像だったのを今回はライヴ映像のみで収録。エンディングの「カノン」は終演後に会場で流されたもので、ライヴ終了後の客の表情を追った映像。 石井聰亙監督のプロモヴィデオ3曲はこれまでもDVD化されていたものの、オープニングとエンディングの映像付きで今回初の完全収録というが、その違いはまぁマニア向けのものと言っていいと思う。 10. ロマンチスト 11.アレルギー  12.STOP JAP 初回特典付属CDはライヴ当日にP...

MY PLAYLIST 15 『THE VERY BEST OF ARB 1979-1989』

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ARBの私的ベスト盤を作ってみようと思ったが、1997年からの再結成後のディスクは一部しか持ってないのでアルバムでいうとファーストから最初に活動を停止する1989年までのスタジオ・アルバムと一部シングル盤からCD-R1枚分で選曲した。パンキッシュなベストを作りたいなと思って物語的な曲(例えば「ファクトリー」、「Murder Game」とか)は外した(「トラブルド・キッズ」は入れた)が、選んでいるうちにパンク色だけではなくなったけどスピード感のあるベスト盤にしたつもりだ。 以下、私の選んだベスト・オブ・ARB 1979-1989。  1. Deep Inside  2. ラ・ラの女  3. Believe In R&R  4. Tokyo Cityは風だらけ  5. One Way Trip  6. ピエロ  7. Private Girl  8. ウィスキー&ウォッカ  9. イカレちまったぜ!! 10. 発破 11. 乾いた花 12. ワイルド・ローティーン・ガール 13. トラブルド・キッズ 14. The Worker 15. そして明日から 16. 魂こがして 17. OK! OK! 18. Happiness 19. After '45 20. Owe My Own 21. Classical Harmony Track1.  14. 19. アルバム『砂丘1945年』(1985年) Track2. 11. 17. アルバム『BAD NEWS』(1980年) Track3. 10. アルバム 『BOYS & GIRLS』(1981年) Track4. 16 シングル「 Tokyo Cityは風だらけ c/w 魂こがして 」 (1979年) Track5. アルバム『YELLOW BLOOD』(1984年) Track6. 13. アルバム『トラブル中毒』 (1983年) Track7.  アルバム『ONE and ONLY DREAMs』 (1986年) Track8. アルバム『W』 (1982年) Track9. アルバム『指を鳴らせ!』(1981年) Track12. アルバム『ARB』(1979年) Track15. ...