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私の放浪音楽史 Vol.5 DEEP PURPLE『PERKS AND TIT』

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おそらく1974年か1975年にTAKRL(The Amazing Kornyphone Record Label)からリリースされたブートレッグ・アルバム。 ハードロックを聴くようになってしばらくすると友人が妙なレコードを持ってきた。真っ白なジャケット・スリーブに単色印刷した色紙を貼り付けてある。空港に降り立ったディープ・パープルの面々の写真が使われ、曲名やデータが手書き文字、手作り感たっぷりのレコードだった。『パークス・アンド・ティト』、これが私が聴いた最初のブートレッグ・アルバムだった。この『パークス・アンド・ティト』はその頃出回っているパープルのライヴ・ブートの中でも特別音が良いと評判のもので、シンコー・ミュージックから出版されていたパープルの本にも紹介されていた。 収録曲は以下の内容だった。 A1 Burn A2 Might Just Take Your Life A3 Smoke On The Water A4 Emmereta(スタジオ・テイク) A5 Black Night(スタジオ・テイク) B1 Lay Down, Stay Down B2 Mistreated B3 When A Blind Man Cries(スタジオ・テイク) B4 I'm Alone(スタジオ・テイク) A1とA2、B1とB2は1974年4月9日サンディエゴ・スポーツ・アリーナでのライヴ、A3は1974年4月6日オンタリオ・モータースピードウェイで行われたカリフォルニア・ジャムでの演奏を収録、A4とA5、B3とB4は初期シングルやB面曲を含む正規シングル盤の音源を収録。 確かに音は良く、ラインで録音されたと思われる。正規盤の『メイド・イン・ヨーロッパ』と比べてもライヴの内容は遜色ないというか、臨場感があって、デヴィッド・カヴァーデイルとグレン・ヒューズ加入後、アルバム『バーン(邦題:紫の炎)』リリース直後のライヴを正に生々しく体感させてくれた。粗削りなミックスもミストーンも編集なしのMCも新鮮で、リッチー・ブラックモアは、結構フレーズを弾かないで単音で引っ張るソロが多いことも面白かった。こんなものが聴けるんだ…となるともっと聴きたくなる、というのは人情で…、気が付けば西新宿(主にキニーという店、洋楽雑誌に広告が載ってた)へ通うようになり、レインボーやブラック・サバ...

THE BEATLES「THERE'S A PLACE」

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2013年11月リリースの『On Air-Live at The BBC Volume 2』より。 ビートルズのBBC音源集の続編がリリースされた。 BBCの音源は様々なアーティストのものがリリースされているけど、自分の興味のあるアーティストのライヴ・パフォーマンス(厳密にはダビングすることもある)を聴くことが出来るのは魅力的だ。アンダーグラウンドなアーティストでは特にジョン・ピールによる“Peel Session”の音源は有り難いものだし、70年代後半から80年代にかけてのパンク・ニューウェイヴのアーティスト達のアルバム・リイシューにはBBC音源がボーナストラックとして収録されることも多く、私にとっては興味深い。 ビートルズのBBC音源第一集は1994年12月のリリースだからもう19年経っているのか…。今回リリースされた第二集はネットのニュースとかでは知っていたけど、特に凄く“聴きたい!”ということもなく“あー出るんだ”くらいで、何月何日にリリースされるのかも気にしていなかった。ただ発売日の新聞一面使っての広告を見て、“あー出てるんだ”となったら気になってその日に買ってしまった。第二集に収録されている最古の放送は1963年1月、もう半世紀前なんだな…。 今回の目玉は公式未発表カヴァー2曲「Beautiful Dreamer」と「I'm Talking About You」。ビートルズの様に多くのラジオ・プログラムに出演し同じ曲を何度か演奏している場合、マニアにとってはやはりBBC音源コンプリートで、と思うだろうが、日付違いの同じ曲を同時収録してリリースするのはなかなか一般的な商品として出し辛いと思う。そう言う意味では前回リリース時に収録もれとなっていたオリジナル曲やカヴァー曲(番組テーマ曲を除く)のBBC音源36曲のうち、25曲が今回は収録されているので、BBC音源の演奏曲目としてはある程度補完されている。まだ未収録なのは、 オリジナル曲では、 「I Call Your Name」 「I Should Have Known Better」 「I'm Happy Just To Dance With You」 「The Night Before」 カヴァー曲では、 「Dream Baby」 「Besame Mucho」 「A Picture of Y...

私の放浪音楽史 Vol.4 AC/DC『IF YOU WANT BLOOD YOU'VE GOT IT』

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1978年アトランティック/ワーナー(オーストラリアはアルバート)からリリースのライヴ・アルバム。 ハード・ロックを聴くようになってからライヴ・アルバムの魅力を感じるようになった。計算された音作りや綿密なアレンジで音を重ねられるスタジオ録音も良いんだけれど、一発・勢いで録音されたライヴ録音は、スピード感や聴いた耳触りがスタジオ盤とは違う魅力がある。まぁ厳密にはそうとは言えず歌や演奏をミスした箇所の修正はよくあることだけど、それでもライヴ感をそこなわず、商品として成立させるための修正だとすれば、それほど責められることでは無いと思う。 そのころ愛聴したライヴ盤といえば、 ディープ・パープル『ライヴ・イン・ジャパン』 レインボー『オン・ステージ』 イアン・ギラン・バンド『ライヴ・イン・ジャパン』 シン・リジー『ライヴ・アンド・デンジャラス』 スコーピオンズ『トーキョー・テープス(邦題:蠍団爆発!)』 UFO『ストレンジャーズ・イン・ザ・ナイト』 エアロスミス『ライヴ・ブートレッグ』 それにこのAC/DCの『If You Want Blood You've Got It』。 邦題は“ギター殺人事件AC/DC流血ライヴ”。なんというタイトルだ…。確かにネックの刺さったアンガス・ヤングのジャケは強烈。当時AC/DCの日本盤LPは『Let There Be Rock(邦題:ロック魂)』が最初にリリースされ、次が『パワーエイジ』、続いて3枚目としてこのライヴ盤がリリースされていたと思う(AC/DCの地元オーストラリアでは5枚目にあたる)。 メロディアスでも無く、様式美的なハード・ロックでは無い、ロックンロールの延長としてのハードネスでありヘヴィネス。ドラム、ベースに加えてサイドに徹した兄のマルコム・ヤングのギターを加えた強固なリズムに乗っかる形で暴れまわるアンガス・ヤングのギター、演奏をヒートアップさせるボン・スコットのヴォーカル。1978年のワールドツアーからの録音で、『T.N.T』(オーストラリアでの2枚目のアルバム)から『パワーエイジ』までのスタジオ・アルバムから選曲されたこのライヴ盤はどこから聴いてもAC/DCの魅力を感じさせてくれる。  なかでも「Whole Lotta Rosie」のイントロのギターリフと観客の“アンガス!”のコール・アンド・レスポンスのような模...

追悼・LOU REED「ROCK'N' ROLL」

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偉大なロックンロール・シンガーが逝ってしまった。ルー・リード、2013年10月27日没。 世界中のストリート・ロッカー達が今嘆き、大都会に住む孤独なリスナーや、田舎町の街道を車で走り家に帰り着いた者たちがヴェルヴェッツやルーの歌を聴いているだろう。失われた存在の大きさに改めて気付き、その人の長く歩んできたワイルド・サイドを思ってため息をつき、涙を流しているだろう。 私も今、大好きなアルバム『ライブ・イン・イタリー』を聴き終えたところだ。 1984年に発表されたこの作品は、ヴェルヴェッツから1983年の『レジェンダリー・ハーツ』まで広くルーのキャリアから選曲された、私が一番聴いたルーのアルバムでもある。1曲めの「Sweet Jane」のイントロのギターの響き、「Satellite of Love」の繊細なメロディ、アナログC面だった「White Light/White Heat」、「Some Kinda Love/Sister Ray」のフリーキー・サイド、続く名曲「Walk On The Wild Side」、「Heroin」そして「Rock'n' Roll」。  You know her life was saved by rock'n' roll  Despite all the computations  You could just dance to a rock'n' roll station それは私も同じだ。

私の放浪音楽史 Vol.3 BLACK SABBATH『TECHNICAL ECSTASY』

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1976年ヴァーテゴ/日本フォノグラムからリリースのアルバム。 初めて買った洋楽のアルバムはブラック・サバス『テクニカル・エクスタシー』だった。中学生ともなるとまわりにはフォークギターで弾き語る友人も出てきて、ちょっとしたギターブームがあり、やがてロック・バンドを組む友人達も出てきた。レパートリーはキッスやディープ・パープル、レッド・ツェッペリンなど。その友人のコピーバンドの練習や文化祭の演奏を見ていると次第に私自身も洋楽のロックを聴くようになっていった。パープル、ゼップ、キッス、クイーン等のレコードは友人達が皆持っているから、自分では友人の持っていないようなアーティストのレコードを買おう、と思って興味を持ったのがブラック・サバスだった。 まわりでサバスのレコードを持っている人はいなかった。まだヘヴィ・メタルという言葉がそれほど定着していない頃、他より重い、という触れ込みのサバスはどのアルバムが代表作なのか分からなかったし(おそらく曲でいえば「パラノイド」が知られていたかも)、そもそも田舎町に流通しているサバスのレコードは殆ど無いに等しかったが、地元のレコード屋に唯一置かれていたのが『テクニカル・エクスタシー』だった。つまりサバスのレコードを買おうと思ったらこれしかなかったということだ(もちろん国内盤。近くに輸入盤屋なんて無かった)。 当時サバスのアルバムの国内盤が他に流通していたか、というのは分からないが、おそらく注文しても手に入るのは『血まみれの安息日(原題:Sabbath Bloody Sabbath)』と『サボタージュ』くらいだったのではないかと思う。 それで買ってどうだったかというとこれが当たりだった(ヒブノシスのジャケはとっつきにくかったが)。1曲めの「Back Street Kids」ですぐにサバスが好きになった。特にオジーの駄々っ子のようなヴォーカルが気に入ったし、引っ掻くようなトニー・アイオミのギタープレイも独特だし、重たいリズム隊の叩き出すサウンドも良かった。2曲目の「You Won't Change Me」の様なヘヴィな曲も噂に違わぬカッコ良さだった。この2曲を聴いて自分の中ではまさしく“俺のバンド”って感じになったと思う。 このアルバムはポップな面も打ち出していたから「It's Alright」(ドラムのビル・ワードがヴォーカ...

ROGUE「終わりのない歌」

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1987年リリースのアルバム『VOICE BEAT』より。 2013年10月19日付け朝日新聞の朝刊に “頸椎損傷を乗り越え復帰するロックバンド歌手・奥野敦士さん(50)”という記事が掲載されていた。 1990年ローグ解散後も音楽活動を続けていたが、5年前にアルバイトの工事現場で屋根から落ち、胸から下が動かない、腕も肘から下は動かなくなった。腹に力が入らず、ベルトを強く締め声をだして歌う。数曲歌えるようになった今年の春に“ライブをしよう”と提案があり、10月19日グリーンドーム前橋でローグ復活ライブをおこなう。という内容の記事だった。 群馬から出てきて、音楽的にもBOOWYの弟分のような紹介のされかただったローグだが、器用なリズム隊と多彩なプレイが可能なギターは聴きどころがあるし、何よりバンドの特徴だったのは奥野の独特なビブラートを持った声だろう。時に夢見がちで、聴くものに語り掛けるかのような、だけどそれほどウェットさを感じさせない歌詞をビートナンバーやダンサブルな曲にのせて歌っていた(もちろんスローな曲も)。 1990年の解散までに発表したローグのアルバムはたぶん全て聴いたと思う。個人的にはファーストとセカンド・アルバム『VOICE BEAT』をよく聴いた。久しぶりにアルバムを取り出して聴いたけど、ビート・バンド然としたファースト、ポップ色を増したセカンドの中で、やはりというか特にこの「終わりのない歌」が心を打つ。 発表当時もこの歌は好きで、シングル盤も買った(「終わりのない歌 c/w Street Dancer」B面は『VOICE BEAT』には未収だった)。イントロの広がりのあるギターに続いて歌われる、シャイでツイてない男の描写に感情移入して聴いていたな…。だけど2013年の今、この曲を聴くとまるで24歳の奥野が50歳の奥野敦士へ向けて歌ったかのようにも思える。辛いことに変わりはないが、何だか歌というものの不思議さを感じてしまう。  ただ今降ってる 人生の雨やむまで  かさもささず僕は ずっと待ってる    終わりのない歌がきこえる 都会の音をもみ消して  悲しくても せつなすぎても  いつかは雨もやむだろう    さびしがりや にわか雨だよ 昨日の復活ライブは盛況のうちに終わり 奥野のブログ・『奥野敦士の気まぐれ日記』 、バンドは活動を続けていくようだ。

私の放浪音楽史 Vol.2 太田裕美『木綿のハンカチーフ』

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1975年CBSソニーからリリースのシングル。 私にとっては初めてジュークボックスを使ったという思い出の曲。どこへ行ったのかは覚えていないけれど家族旅行で泊まった旅館のロビー(だったと思う)に置いてあったジュークボックスでこの曲を選んだ。ジュークボックスは四角い箱型で、タイトルが手書きで、大きめの赤い選曲ボタンがついていた。たぶん50曲位は入っていたのではないかな。1曲幾らだったか覚えていないけど…。 この曲が気に入っていたのは、タイトルの “木綿のハンカチーフ” がサビとかで連呼されるのではなく、4番まで聴いて、それも最後のフレーズで登場するというのが他の歌と違って変わっていて面白く、子供心に気が利いてるなと感じたからと思う。それに都会で願望を叶えようとする彼と、あなたの他は何もいらないという彼女のやりとりが交互に歌われていく歌詞も面白かった。あなたに会いたい、君が恋しい、という心情吐露を強調するのでは無く、都会や田舎の風景、それに付随する小道具を使って松本隆が描き出した世界は、太田裕美のピュアな歌声と親しみやすい筒美京平のメロディ、軽快なサウンドと共に洗練されたポップスとなっている。 この歌詞がボブ・ディランの「Boots of Spanish Leather」に似ている、というのは知られた話だが、歌詞の構造を下敷きにしているだけで、松本隆はディランとは違うとても解りやすいかたちに独自の世界を作り上げていると思う。 「木綿のハンカチーフ」は1975年リリースのアルバム『心が風邪をひいた日』に収録され、のちにシングルとして発売するために再録音された。その際3番の “恋人よ君は素顔でくち紅もつけないままか” の歌詞が “恋人よいまも素顔でくち紅もつけないままか” に変更され、 “今も”という語句で昔とかわらない女性像を際立たせている。アレンジもアルバムのやや素朴なもの(編曲は荻田光雄)からシングルでは弦を強調、バックコーラスを加えるなど化粧し直されたヴァージョン(編曲は筒美京平と荻田光雄)となり、シングルはオリコンで2位を記録するヒットとなった。 *右上のジャケ写は2003年に発売されたタイムスリップ・グリコ・青春のメロディー食玩CD(TDDD9030 AR-G002)8cmシングル。表題曲のみ1曲入りだった。

私の放浪音楽史 Vol.1 葡萄畑『がきデカ 恐怖のこまわり君』

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1975年ポリドールからリリースのシングル。 私の音楽遍歴を振り返る超個人的シリーズ、“私の放浪音楽史”。まぁ、どうでもいい内容だと思うけど…。 音楽遍歴といっても、小さい頃買った(買ってもらった)ウルトラマンとか仮面ライダーとか何とかロボとか宇宙戦艦なんとかの音楽レコードやセリフが入ってるソノシートやレコードは外して思い出してみると、たぶん、このシングルレコードが最初に自分で買ったロック系のレコードではないだろうか。 小学生のころは多いと思うけど私は漫画好きで、特に石森章太郎のコミックを集めていた。近くの本屋に無いときは自転車に乗ってかなり遠くの本屋まで買いに行ってた。今はもう手元には無いけど『番長惑星』や『竜神沼』、『アガルタ』なんか特に好きだった。もちろん『009』も。周りの友人達も漫画好きが結構いて手塚治虫やジョージ秋山、横山光輝、永井豪なんかの作品も結構読んだ。 ただ同時代的に出てきた山上たつひこの『がきデカ』は衝撃的で、登場するナンセンスなギャグやキメのポーズ、エロというか下ネタのたぐいは、すっかり全国の子供を虜にしてしまった。私も虜になり、たぶん途中まではコミックを買っていたと思う。それで好きが高じてこんなレコードまで買ってしまっていた。近所の本とレコードを売っていた本屋で自分で金(500円)を払って買った記憶は確かにある。名前は思い出せないけどその本屋も今はもう無い。ついでに言うとうちの近所で3~4軒位あったレコード屋は今はすべて無くなった。 それで漫画好きの少年が葡萄畑の「がきデカ 恐怖のこまわり君 c/w スジ子のブルース」を聴いてどう思ったのか。あたりまえだけど葡萄畑のレコードが欲しかったのではなく、がきデカのレコードを買ったのだ。何を期待していたのだろう…。漫画と同じくらいの面白さを期待したのだろうか。漫画という音のない世界のこまわり君を音にするとどうなるのかに興味があったのだろうか。 こまわり君のギャグ “んが~” で始まり、エレキ・ギターのリフにのせて歌われるこまわり君のやや説明的な歌詞は山上たつひこが作詞したもの。途中にはさまる “こども電話相談室” のマネ部分が面白い(当時ラジオでやってた番組、今この曲を聴いてわかる人がどれだけいるのだろうか…)ノヴェルティ・ソングというかコミック・ソング。たぶん、聴いた当時は “ふ~ん、こんなものか...

DUSTY SPRINGFIELD「MAKE IT WITH YOU」

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1999年リイシューのアルバム『In Memphis - Deluxe Edition』より。 NHKの「ミュージック・ポートレート」を見て興味の湧いたもう1曲がダスティ・スプリングフィールドの「Make It With You」で、やはり“よしもとばなな×サンディー”の回でサンディーが3曲目に運命の出会い、として選んでいた曲。 ダスティ・スプリングフィールドはこれまでバカラック関連のオムニバスで聴くくらいで「The Look of Love」が凄く好きなんだけれど、オリジナル・アルバムを入手してはいなかった。この「Make It With You」が放送で紹介されたとき、ダスティ・スプリングフィールドの『イン・メンフィス』のアルバム・ジャケットが映し出されていたから、 “あ、この曲はこのジャケのアルバムに入ってるんだな”と頭にインプットされた訳だが、1969年リリースのオリジナル『イン・メンフィス』に「Make It With You」は収録されていない。 1999年にライノがリイシューしたオリジナル11曲にボーナス・トラックを14曲追加したデラックス・エディションに初めてこの「Make It With You」が収録された。…ということはサンディーが歌手なるきっかけの時(1970年代前半と思う)に歌った「Make It With You」はダスティのヴァージョンでは無いと思うのだが、オリジナルのブレッドによるものか、ほかの人のカヴァー・ヴァージョンを参考にしたのか。ダスティによる録音は1971年にニューヨークのスタジオでされており(『ブラン・ニュー・ミー』の次アルバム用に録音されたがリリースされなかった)サンディーはどこかで聴いていたのか…。 「Make It With You」のオリジナルはアメリカのバンド、ブレッドが1970年にシングルでリリース、全米1位、全英5位のヒットとなった。アレサ・フランクリンやシラ・ブラック、アースウィンド&ファイア、クロディーヌ・ロンジェ等、多くのアーティストにカヴァーされている。 ダスティのヴァージョンは、イントロのギター、リムショット、キレのよいベースフレーズ、続く魅惑的で深く、息遣いのように響く、だけど滑らかなダスティの歌声、歌われる蠱惑的な歌詞、流麗なストリングスと素晴らしいアレンジ。ブルー・アイド・ソウル/ソフト・ロッ...

MIKE OLDFIELD「MOONLIGHT SHADOW」

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1983年5月リリースのアルバム『Crises』より。 NHKのEテレで時々放送されている「ミュージック・ポートレート」(シーズン3が9月で終わった)は、これまでの人生で影響を受けた音楽10曲を2人の出演者が持ち寄って対談するという内容の番組だが、見ていると時々 “これ聴いてみたいな” という曲が紹介される。 この「Moonlight Shadow」は今年の5月に放送された“よしもとばなな×サンディー”の回で、よしもとばななが4曲目に作家デビューのきっかけ、として選んでいた曲。これを見たとき(聴いたとき)、“あーマイク・オールドフィールドってボーカル入りのポップな曲があるんだ”と思った。マイク・オールドフィールドといえば一部が映画『エクソシスト』で使われた『チューブラー・ベルズ』しか持っていなかったので、プログレ系インストの人、というイメージがあった。余談だけどこの『チューブラー・ベルズ』を購入したのも『エクソシスト』を観てすぐじゃなく(公開年に観た)、1990年代に車の中で聴いた小林武史のFMラジオ番組でアナログ1面分(約20分)がかかっていたのを聴いて面白いなと思って購入したものだ。 良い曲だ、とは思ったものの「Moonlight Shadow」はその後、どのアルバムに収録されているのか調べることもせず、CDを購入することもなく忘れていたのだが、先日友人から譲ってもらったCDの中にアルバム『Crises』が含まれていたという非常にうれしい出来事がありこの名曲が聴けることとなった。調べてみればアルバムと同じ時期に、この曲はシングル・リリースされてイギリスではトップテンヒットになっていることから、当時どこかでこの曲を耳にしていたのかもしれないが、その頃の私の興味ではなかったのだろう。 エイトビートをしっかり刻むサイモン・フィリップスのドラムにエコーのかかったマギー・ライリーの澄んだ歌声、歯切れの良いマイク・オールドフィールドのギター、それにフェアライトCMIの響き。幻想的なムードにつつまれた3分半の非の打ち所がない完璧なポップ・ソングとも思える。 だけど歌われている内容は、銃撃により突然亡くなった彼を想い、彼に会いたい、という歌詞で、曲の(一聴して)爽やかな感じと裏腹に悲しく切ないものだ。この歌詞については1980年のジョン・レノン殺害に影響を受け作られたとも言われ...

SEX PISTOLS「SOUNDCHECK at WINTERLAND, Jan. 1978」

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セックス・ピストルズ最後のライブとなった1978年1月14日サンフランシスコ・ウィンターランド公演だが、そのサウンドチェックの模様という音源がYouTubeにアップされている。 ウィンターランドは5千人の収容数というから声の響き方が気になったのだろうか、ジョニー・ロットンは“ハロー!”を連発。いつもこうやってサウンド・チェックしていたのかな。バンドは「Belsen Was A Gas」を演奏し始めるが、まるでチューニングが合っていないシドとスティーヴは演奏を中断、お互いのチューニングを合わせる(だけどいまいち合ってないし、「Pretty Vacant」の後では弾けてないシドにギターがチューニングを合わせてる気がする)。演奏が聴けるのは4曲で、 Belsen Was A Gas Pretty Vacant Problems(未完奏) Feelings(未完奏) ウィンターランドも今は無く1985年に取り壊され、跡地にはマンションが建っている。

『CROSSBEAT Special Edition THE CLASH』

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2012年12月に『THE DIG Special Edition THE CLASH featuring Joe Strummer』が出版されて間もないのだが、同じくシンコーミュージックからまたもやクラッシュのムックが2013年9月9日に出版された。 “月刊誌としては一旦休刊する”という発表が先月あった雑誌“クロスビート”のスペシャル・エディションで、9月10日に発売となる12枚組ボックスセット『サウンド・システム』のリリース直前というタイミングだ。そのボックス(結局国内盤は出なかった)は値段の割に初出の音源が少ないのと、そのうち幾つかはブートで聴いてしまっていることもあり、私は今のところ購入を見送っているのだけれど…。 まずは、そのボックスの内容解説とポール・シムノン最新インタビュー(勿論ボックスについても言及している)。その他インタビューは雑誌『ジャム』、『ミュージック・ライフ』、 『クロスビート』で過去に掲載されたクラッシュのメンバーに対するインタビューを再掲載しているが、いくつかは以前にシンコーミュージックから発売されたムックに掲載されていたものとダブりあり。 『動乱』発表後しばらくしてのインタビューだったジャム1979年7月号の水上はるこによるもの、『ロンドン・コーリング』リリース後のミュージック・ライフ1980年4月の東郷かおる子によるものの一部、ポーグス加入時のクロスビート1992年3月号の大谷英之によるもの、は2002年にジョーが亡くなってすぐに出版された『THE DIG Tribute Edition JOE STRUMMER 1952-2002』 に再掲されたものと同じ。 トッパーのインタビューはミュージック・ライフ1982年3月号の森田敏文による1982年のクラッシュ来日時のもので、2006年にシングル・ボックスがリリースされたときに出版された『THE DIG Special Edition THE CLASH』に再掲されたものと同じ。 また、ジャム1979年2月号の水上はるこによるジョー・ストラマー日本初インタビューは、2002年雑誌THE DIG No.30に再掲載されていた。 他の10本のインタビューは再掲載とはいえ、まとめて読めるのは有り難い。特にミックのBADもからめた1993年と2011年、クラッシュの思い出を語った2004年のイ...

荒井由実「ひこうき雲」

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1973年11月リリースのアルバム『ひこうき雲』より。 宮崎駿の作品を観るようになったのはいつ頃からだろうか。思い返してみると、友人の下宿で読んだ宮崎駿・作のコミック『風の谷のナウシカ』が最初じゃないかな。たぶん2巻くらいは出ていたころじゃないだろうか、まとめて読んだ覚えがある。後に映画として観られる綺麗な線描とは違う、ややグロテスクにも思える画風で描かれ、登場人物達の活躍やストーリーも魅力のあるものだが、はるか過去の戦争によって汚染された世界と、汚染を浄化するために毒を吐き出す自然の治癒・再生能力(それが人間にとって脅威となった)という ベースにあるテーマに強く惹かれたものだった。または『カリオストロの城』をテレビで観たか、のどちらかだと思う。あ、『未来少年コナン』も時々見てたかな…。 アニメーション映画監督の宮崎駿が『風立ちぬ』(2013年公開)を最後に長編監督から引退すると記者会見を行った。 その『風立ちぬ』のエンディングで流れるのがユーミンの「ひこうき雲」。 ユーミンの1983年に出版された語りおろし本『ルージュの伝言』には「ひこうき雲」 を筋ジストロフィーを患った小学校の同級生が亡くなったときの事をモチーフにして作った、ということが書いてある。掃除の時に“机を持てない”と言うその男の子に“足の悪いふりをしないで”と言っていたというユーミン。その言葉は“優しさ”だと思っていたという。小学校以来会うこともなく、高校1年のときにその子は亡くなり、お葬式に呼ばれて見た成長した故人の写真、集まった同級生たちとの再会、そこで小学生のまま止まっている時間の感覚を強く意識したという。高校3年の時に近くで起きた心中事件をきっかけにこのお葬式の時の事を思い出し「ひこうき雲」が作られた。曲が作られた時期は高校3年の終わり~大学1年の初め、1年の終わりにはアルバムの録音が始まるが、キャラメル・ママのアレンジ/演奏があるにしても18歳にしてこの完成度は凄い。 もちろん出来上がった歌に具体的な病名や年齢や性別等は描かれていない。バロック/プロコル・ハルム調のアレンジにのせ、同級生の早逝という出来事を振り返り、普遍的な言葉を選び、イノセントな情景にして儚い“あの子の命”を描く。少女ならではの死への憧憬を含みつつ、現実に発した冷徹ともいえる視線と厳しい言葉は、 “何もおそれない”、“けれ...

湯浅学監修・選『日本ロック&ポップス・アルバム名鑑1966-1978』

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ミュージック・マガジン社発行、レコード・コレクターズ増刊、2013年8月31日発売。 湯浅学監修・選による893枚のアルバムがほぼ発売順に掲載されている。以前やはりミュージック・マガジン社から発売された『日本のロック/フォーク・アルバム・ベスト100 1960-1989』のようなランキング本ではない。 序文で湯浅学いわく“生来の年表好き”なので“世の中に出た順番に見たい”、“音盤年表”ということだが、これはわかる。世の中に出た順番や年代は私も非常に気になる。ガイド本もわりかし見てきたので少々値も張るし、どうしようかなと購入をためらっていたのだが、この湯浅の序文を読み、こういう基準で選んでいるなら、と購入したのだが、なかなか面白い。 1966年(その前に前史として24枚が選ばれている)を起点として1978年まで、ジャケットは全てカラーで掲載されており壮観だ。ジャケの下にはオリジナル発売時のレーベルと番号が記載されているが、このあたりもCD化、未CD化といった事や、現行CD番号を掲載して入手の可否といった事にとらわれない、単純に年表的な並べ方を目指している事が徹底されていて良い。 それに200字程度の解説が掲載されている。盤によっては2枚分を使って解説。ロック・フォークに限らずポップス、というか歌謡曲・演歌系からも選盤されている。読み進めていくと“園まり”、”森進一”、“黛ジュン”、“伊東ゆかり”、“藤圭子”、“トワエモワ”、“野坂昭如”なんかのアルバムに興味が湧いてしまう今の気分。そうかと思えば、見た事も(勿論聴いたこともない)自主制作盤も載っていたり、とにかく幅広い。 1976年は英米でパンク・ムーブメントが勃興し、1977年には次々にパンク・アルバムがリリースされたが、こうして見ると日本では1978年までにアルバム単位でのパンクの出現は無かったんだなと改めて思う(もちろん影響はあったが)。むしろニュー・ウェイヴのとっかかりは見て取れる。巻末には“発掘盤”の括りがあり、そこにはガセネタのボックスやゴジラ・レコードのコンピ『ゴジラ・スペシャル・ディナー』が選出されている。 この本に紹介されている音盤で我が家にある最古の音盤はフォークルの『ハレンチ』(1967年)だった。CDだけど。2013年11月発売予定の続巻『1979-1989』も楽しみだ。

WILKO JOHNSON『TOKYO SESSION 2013 at REDSHOES』

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2013年8月3日 socketTVよりリリースのDVD。 2013年1月13日に南青山のレッドシューズで行われたウィルコ・ジョンソンを囲んだセッションの模様を収録したDVDで、当日の収益と同じようにDVDも全ての収益金を「BENEFIT FOR NIPPON」を通して福島県の震災被災者に寄付する「チャリティDVD」として販売された。リリース記念としてチャリティーTシャツもDVDとのセットで販売され、その収益金についても同様寄付されるということだ。 ウィルコの親友というベンジャミン・テホヴァルが器用に複数の楽器を操りながら歌う「San Francisco Bay Blues」が1曲めに収録されている。2曲めの「I Can Tell」からウィルコ登場。そこからは怒涛のロックン・ロール・セッション。バンドは鮎川誠、奈良敏博、川嶋一秀、シーナのシナロケ組に数曲で花田、チバ、浅井健一などが参加した。 演壇も客席との区切りもなく、観客の押し寄せる激狭のステージで演奏する姿は、見ているこちらがもっとやりやすい会場はなかったのか、と思うほどだが、レッドシューズはウィルコが指定した場所らしい。会場のスタッフは常に観客を押しとどめているため、もはやほぼ出演者となり映像にもその姿が常に映っている状態だ。 セッションだからぶっつけ本番みたいな、あるのはただロックンロールのルールだけ。 「Sneakin' Suspicion」、「Dr. Dupree」、鮎川が歌う「Roxette」などウィルコの持ち歌でキレた演奏を見せてくれる。観客をかき分け花田登場。「Little Queenie」を歌い、ウィルコのカッティングに花田がソロを決める場面も。ゲストも次々登場し、チバの歌う「Do The Boogie」は違う曲になりカオス状態、「Walking The Dog」、「Route 66」、「King Bee」等のロック・クラシックをゲストと共に爆奏。 再びフィールグッズの「Back In The Night」を聴かせ、「She Does It Right」をバッチリ決め、一旦退場。アンコールは「Bye Bye Johnny」。途中でスローダウンして“俺は俺のギターを弾く”と、ギターを掻き鳴らし、 “遠くの列車の音を聞け”と日本のミュージシャンと観客達にロックンロールとブルースのスピリットを...

追悼・山口冨士夫「ひとつ」

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山口冨士夫。私が音楽にのめり込んでいった1980年代の初め、既に伝説のギタリストだった。リリース数が少ないこともあるが、どうにか耳に出来るのは『ライブ村八分』だけ。だけど山口冨士夫は80年代徐々に伝説から現実の音楽シーンへと姿を現していく。 1983年テレグラフ・レコードからEP「RIDE ON!」がリリースされ、この頃にはタンブリングス等でライブ活動も再開。1984年には『ライブ村八分』がVIVIDから再発、1986年には長らく入手困難だったソロ・アルバム『ひまつぶし』がやはりVIVIDから再発。この年シーナ&ザ・ロケッツへのレコーディングとライブ参加も話題となった。 1974年にエレックからリリースされたオリジナル『ひまつぶし』のジャケットは、その頃付き合っていた彼女が当時の山口冨士夫を描いたと言う可愛らしいとも言えるイラストだったが、 1986年の再発に際しては、そのイラストを冨士夫の希望で使用せず、サイケデリックな、風景というか、心象風景というか、イメージを全面に描いたもの(龍や河童が塗り込められている)に変更されている。個人的には初めて手にしたこちらのジャケットの方が馴染み深いかも。 ダイナマイツのローディをしていた高沢光夫が多くの作詞を手掛け、高沢の友人の高橋清がドラムを担当。1986年に聴いたときには、既にロック・クラシックという感もありつつ、ポップな面もあり聴きやすいが、勿論毒気も充分感じられ、手応えのある曲の揃ったこのアルバムは、カセットテープに録音して随分愛聴したものだ。   『東京ニューウェイヴ'79』で自殺がカヴァーしていた「ひとつ」のオリジナルを聴けたのがうれしかったなぁ。花田裕之の1995年カヴァー・アルバム『レンタソング』に、2曲も冨士夫のカヴァー(『ひまつぶし』から「ひとつ」と「おさらば」)を収録していたのも当時は意外だった。2000年代のヤサグレ・バンド、日本脳炎も2004年のアルバム『狂い咲きサタデーナイト』でこのアルバムから「からかわないで」をカヴァーしていた。冨士夫のロックンロールはいつの時代にも継承されていた。 山口冨士夫が亡くなった。8月14日のことだ。そのひと月前に暴行を受け意識不明となり、いったんは意識が回復したということだが、14日9時30分に死去。警察が司法解剖を行った結果の死因は肺炎という。8月15日に新...

OMNIBUS a Go Go Vol.100『GUITAR POP JAMBOREE STEPPING (MORE)~レア・トラックス Warner Music Editon』

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“ギター・ポップ・ジャンボリー”シリーズは1999年~2000年にかけてソニー、ワーナー、BMG、東芝EMIの各社からリリースされたコンピレーション。もとはミュージック・マガジン社の増刊“CD BEST 100”シリーズ『ギター・ポップ・ジャンボリー』として刊行されたディスク・ガイド本を発展させた企画、といえるもので、各社あわせて計6枚のCDがリリースされた。1999年7月にリリースされた『Guitar Pop Jamboree Stepping (more)』は副題に『~レア・トラックス Warner Music Editon』とあるように、ワーナーが所有するレア音源を集めたものだ。 このコンピを購入したきっかけはただ一つ、ストロベリー・スウィッチブレイドによるヴェルヴェット・アンダーグラウンドのカヴァー「Sunday Morning」が収められていることだ。ジルとローズの女性二人組ストロベリー・スウィッチブレイドはエコー&ザ・バニーメンのギタリスト、ウィル・サージェントの個人レーベル、92ハッピー・カスタマーズから1983年デビューシングルをリリースした後、1984年にワーナー傘下のコロヴァからシングル「Since Yesterday c/w By The Sea」をリリースし全英5位のヒット、人気は日本へも波及して日本のみのミニ・アルバムやシングルもリリース、1986年には来日もしている。 そのヒット・シングル「Since Yesterday」の12インチのみカップリングに追加収録されていたのが「Sunday Morning」だった。まぁ12インチも友人に譲ってもらって持ってるんだけど…。 ヴェルヴェッツのファースト・アルバム『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ』の1曲目に収められている「Sunday Morning」は、ジョン・ケイルのチェレスタのキラキラとした音色と、次第に霧がたちこめるように表れるさまざまな楽器、エコーが深くなってゆくルー・リードのヴォーカルが幻想的な曲。 ストロベリー・スウィッチブレイドのヴァージョンは、ギターとオルガンの演奏に、ジルとローズのヴォーカルとハーモニーのみのシンプルなものだが、土曜の夜を眠らずに迎えた日曜の朝の気分を歌ったというヴェルヴェッツのフィーリングを損なうことなく表現している。ストロベリー・スウィッチブレイド...

OMNIBUS a Go Go Vol.99『NORTH OF NO SOUTH COMPILATION ONE』

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日本でスウェディッシュ・ポップ・ブームが起こる少し前、1992年にスウェーデンのジャカランダ・レコードからリリースされたコンピレーションCD『ノース・オブ・ノー・サウス・コンピレーション・ワン』。 タイトルはチャールズ・ブコウスキーの短編集『South of No North』をもじったものらしいが、いい音楽を南のストックホルムからではなく北のウメオ(Umea)から、という意味合いでつけられたのだという。その名の通り、多くの曲がウメオのトーンテクニックというレコーディング・スタジオで録られたもの、一部がウメオよりもっと北のルレオのゲイトウェイ・スタジオで録音されたものだ。カタログNo.はNONSCD-01で、ノース・オブ・ノー・サウス(NONS)の第一弾リリースとされている。 このコンピには日本でカーディガンズと人気を2分したバンド、クラウドベリー・ジャムが初期にレコーディングした楽曲が2曲収録されている。「Are You Happy?」はこれがあのジェニー嬢か?と思ってしまう、やけっぱち&やさぐれた感のあるボーカルが聴けるストレートでパンキーなナンバー。もう1曲の「Love Song」はアコースティックながらニューウェイヴィーな曲調。クラウドベリー・ジャムといえばジャズ・テイストのコード感があるギター・ポップ・バンドだったが、この頃というかこの2曲はポップというより、ややダークな面が強調されている感じの曲。クラウドベリー・ジャムは1992年この2曲を含むCDシングルをリリース(もう少しポップな曲もあった)、1994年トーレ・ヨハンソン・プロデュースのミニアルバム『アート・オブ・ビーイング・クール』で変貌と遂げる。 ジャカランダからシングルをリリースしていたハネムーンズは「You Never Say」と「Tell Me Why」の2曲。どちらもギターの響きを大切にしたポップ・ナンバー。オルガンの使い方も良い。武骨なギター・バンドといった感じのサテライト・サーカスは「Carmine Sky」と「Gallery of Ghosts」の2曲。後のNONSを代表するバンドのひとつとなるコメダは「Magnifying Glass」と「Mellow Song」でどちらもストレンジな魅力がある。 このコンピを購入したのはシーシェルズの初期録音が2曲収録されていたからだった。シーシ...

OMNIBUS a Go Go Vol.98『THE COOLEST FROM THE COLDEST Super Swedish Compilation』

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1990年代中頃は先に紹介したソープ・レコードのコンピも含め、色々なスウェディッシュ・ポップのコンピレーション・アルバムが日本でリリースされていた。 例えばウェスト・サイド・ファブリケーションのアーティストを集めた『コーヒー・カップとアップル・ソース』(1995年)、日本の江戸屋レコードのレーベルとしてリリースされた『スウェディッシュ・スウィーツ』(1995年)、同じく江戸屋の『ウィンター・ギフト』(1995年)、トーレ・ヨハンソン・プロデュースでタンバリン・スタジオ録音を集めた『タンバリン・スタジオスVol.1』(1995年)、同様の趣向ながら日本のボニー・ピンクやカジヒデキ、イギリスのセイント・エティエンヌも参加している『タンバリン・スタジオスVol.2』(1997年)、ノース・オブ・ノーサウスのアーティストをカジヒデキがセレクトした『ブースカ』(1997年)などなど。有名無名、ベテラン組から新人まで組み合わせて多数リリースされていた。 この『ザ・クーレスト・フロム・ザ・コールデスト』は日本のポリドールが独自企画したコンピレーションで1996年3月にリリースされた。まぁ改めて紹介するコンピでもないのだが、カーディガンズの「カーニヴァル」が入っているということで。 日本でのスウェディッシュ・ポップ・ブームの火付けとなり大ヒットした「カーニヴァル」。1995年当時FMラジオでは超ヘヴィー・ローテーションだった。当時の日本のロック・クリティックからは無視されていたような気がするが、スウェディッシュ・ポップの扉を大きく開いた超名曲。今聴いてもまるで色褪せていないエヴァーグリーンな曲だ。 もちろんメロディやキュートなニーナの歌声も好きだし、アコースティックなフィーリングを感じさせつつ、ギターやオルガン、ハンドクラップのグルーヴィなアレンジも好きなのだが、 虜になったのはドラムだった。軽やかで手数が多いけれどメロディの邪魔にならないドラミング。躍動感があるけど非常にクールなドラムのフレーズが記憶に残る、忘れ難い楽曲だ。もっともこの軽妙さと楽曲を覆う洒落たムードは多分にトーレ・ヨハンソンのプロデュース・ワークによるものだろう。ドラムのベングトのプレイも含め、ライブではもっとワイルドなパフォーマンスだった。 このコンピレーションの1曲目に収録されているのは、イントロに17秒程の...

OMNIBUS a Go Go Vol.97『HOLIDAY IN THE SUN A Soap Record's Compilation』

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ソープ・レコードのスウェーデン・ポップを集めた日本企画コンピレーションの第2弾で1996年に日本コロムビアからリリースされた。今回もLars Sundhによるアートワーク(傘がモチーフ)が素晴らしい。このコンピは本国ではリリースされなかったようだ。 1曲目ワナダイズの「You And Me Song」でノックアウト。ギター・ポップの最高傑作のひとつ、と言っても良い超名曲。素朴で微笑ましい歌詞を含め、この曲に詰め込まれている全てが素晴らしい。いつ聴いても晴れやかな気持ちになる。ワナダイズは爽快ポップ・チューンをもう一曲「Might Be Stars」を収録。どちらも1994年のアルバム『Be A Girl』から。そしてあと1曲はイギー・ポップのノイジーなカヴァー「I Got A Right」も収録されている。これは1993年のシングル・カップリング曲だった。 ディス・パーフェクト・ディはハード・ポップな「Simply Irresistible」と、この曲のシングル・カップリング「Never Again(acoustic)」 (彼らの3枚目のアルバムに収録されている同曲のアコースティック・ヴァージョン)。エッグストーンはセカンド・アルバムから「The Dog」と1992年の『In Lemon Grove EP』からドリーミーでシニカルな雰囲気「Diesel Smoke」の2曲、シナモンは後にアイランドからリリースされるアルバムに収録される「Heavenly Option」とファースト・アルバムから「Moments」。どちらもフリーダのキュートなボーカルが魅力。 このコンピではワナダイズに負けず気持ちのいいギター・ポップ・チューンを聴かせてくれるポプシクル「Hey Princess」は彼らの1992年テレグラム・レコードからもリリースされていたファーストアルバムから。北欧の老舗レーベル、ウエスト・ファイブ・ファブリケーションからも楽曲をリリースしていたマフロン5はアーシーな雰囲気の「Freewheeling」、ゼップ+ジミヘンといった感じのヘヴィ・チューンのホイップド・クリーム「You And I」、CAMはこの時点の未発表曲で後に彼女のファースト・アルバムに収録される幻想的な「Possible Honey」と1994年のEPから「Pity Me」、デビューしたてだったメ...