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PINK FLOYD「SHINE ON YOU CRAZY DIAMOND」

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フィギュアスケートの2013~2014年のシーズンが終わった。 羽生結弦は昨年12月のグランプリ・ファイナル、今年のソチ五輪、今回の世界選手権でいずれも優勝、金メダルを獲得し史上2人めの3冠を達成した。私は伊藤みどりが活躍していた時代からフィギュアスケートを見続けてきたけれど、そのころには男子の金メダリストが誕生するのは夢のように思えたものだ。ましてひとつのシーズンに3つの金メダルをひとりの男子選手が手にするなど夢想だにしなかった。大きく変化したのは高橋大輔の活躍からだと思うが、それ以前の本田武史の活躍も現在の発展に大きく寄与していると思うし、田村岳斗など多くのスケーター達が現在日本男子フィギュアスケートの栄光の礎を築いてきたと思う。 フィギュアスケートの魅力はもちろん卓越したエッジ・ワーク、人間離れしたジャンプなどスケート技術を見ることにあるのだが、選曲に合わせた表現力を見るのも大きな楽しみだ。スケート靴のエッジが氷の滑らかな表面を“ザッ、ザッ”と削ってゆく音がなぜかもの悲しく響き、 選手の差しのべられた手は、失ったものに、または希望に向かう。その表現はシングルの競技であってもすべて愛の表現であるといって良いだろう。 そしてショート/フリーで演技する曲がどんな曲か、というのも楽しみのひとつ。ロック系だと今季は高橋大輔がビートルズ・メドレーを使ってたし(個人的にはあのアレンジはあまり彼に合ってなかった思う)、ちょっと前に小塚崇彦がジミヘンの「Little Wing」を使ってた。羽生結弦のショートの曲「Parisienne Walkways(邦題:パリの散歩道)」もうれしい選曲だった。 ゲイリー・ムーアの初ソロアルバム『バック・オン・ザ・ストリーツ』に収録されていて、1978年のリリース当時友人に借りて聴いていた。あの泣きのギターが印象的で私たちの間でも人気のあった曲だった。羽生がこの曲を使い始めて、改めて聴いてみたのだがフィル・ライノットのボーカル入りだった! 競技に使われているように、インストの曲だ、と思っていたのだ(私が持ってるのはシンリジィのベスト盤に入っていた)。羽生の使用しているのは後半に他のブルージィな曲が付け足されたものになっている。 そんな楽しみのあるフィギュアスケートだが、今季アシュリー・ワグナー(アメリカ)がショート・プログラムで使用していた、ピ...

私の放浪音楽史 Vol.16 THE CLASH『PEARL HARBOUR '79』

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1979年EPIC/SONYよりリリースのアルバム。 クラッシュのアルバムではこのアメリカ向けに編集されたファースト・アルバムでジャケを日本独自アウター・カヴァーで覆った『パール・ハーバー'79』を気に入って聴いていた。 クラッシュのファースト・アルバムはその音質の悪さにアメリカでの発売が見送られていたが、輸入盤として売上が良かったため、UKオリジナル・ヴァージョンから「Deny」、「Cheat」、「Protex Blue」、「48 Hours」を削り、アメリカでリリースされていなかったシングル曲を追加、「White Riot」はシングル・ヴァージョンに差し替え、初回盤は「Groovy Times c/w Gates of The West」のボーナスシングルを付けて1979年7月にリリースされた。『Give 'Em Enough Rope(邦題:動乱)』は既に前年リリースされており、1979年1月~2月に初めてのアメリカ・ツアー“Pearl Harbour Tour”を行い、9月からの2度目のアメリカ・ツアー“Take The Fifth Tour”直前というタイミングだった。 日本では1977年にリリースされていたオリジナルUKヴァージョンのファースト・アルバムも聴いていたと思うが、アメリカと同じように日本でもリリースされておらず聴くことができなかったシングル盤からの曲を聴けるということが、当時この『パール・ハーバー'79』の価値を高めていたと思う。もちろん輸入盤のシングルは日本に入ってきていたが、田舎町に輸入盤屋は無いし、都会に行ったとしてもアルバムの半分くらいの値段がして2曲しか聴けないシングルは当時ほとんど買うことは無かった。 「Clash City Rockers」、「Complete Control」のパンキーなナンバーも良かったが、ゆったりとしたレゲエ・ナンバーの「(White Man)In Hammersmith Palais」にはクラッシュの新しい魅力を感じたし、ミックが歌うポップな「Jail Guitar Doors」がとても好きだった。それにイギリスで発売された「Cost of Living EP」からの3曲、超名カヴァー(今ではクラッシュがオリジナルと思っている人もいるかも)「I Fought The Law」、パワ...

朝日新聞 be on Saturday 映画の旅人『狂い咲きサンダーロード』

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3月15日の朝日新聞朝刊土曜版 be on Saturdayの“映画の旅人”で紹介されているのは、なんと『狂い咲きサンダーロード』! うれしいですねぇ。まぁ記事としてはこれまで読んだり聞いたりしたことのある内容が多かったが、やはり全国紙の別刷りでこの映画の事が多くの人々の目に触れる機会があるっていうのは、やはりうれしい。 この“映画の旅人”のテーマは“青春”なのだけど、映画の内容と共に過酷な撮影の日々を過ごしたスタッフ・出演者達の青春も同時に語られている。記事を読んで思わず『石井聰亙 DVD Box Vol.1』から取り出して再度鑑賞してしまい、オーディオ・コメンタリー(これが楽しい)でもう一度観てしまった。 当時からバイクで群れて走るって事に思い入れは無いけど、スピードへの純粋な憧れを描いたこの映画には、いつ観ても石井聰亙の(恐れを知らぬ)初期衝動を詰め込んだパワーを感じることができる。それに独特の“軽み”があるのもこの映画の特徴だと思う。新聞ではあまり使用された音楽に言及は無いけど、私が泉谷しげるを好んで聴くようになったのはこの映画によるところが大きい。パンフレットに載ってた曲名見て、自分で90分テープに録音してサウンド・トラック・アルバム作ったなぁ。モッズ「うるさい」と「ションベン」以外の曲も発表してくれないかな…。  右上のジャケ写は映画『狂い咲きサンダーロード』のオープニング・タイトルバックで使われている、1977年4月10日にフォーライフレコードからリリースされた泉谷しげるの「電光石火に銀の靴 」サンプル盤シングル。8インチ盤サイズのスリーブに入れられていてWhiteVinylの7インチ盤だった。アーティスト名義はイズミヤ・シゲル&ストリート・ファイティングメン。

私の放浪音楽史 Vol.15 THE STRANGLERS『LIVE (X-CERTS)』

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1979年United Artistsよりリリースのライブ・アルバム。 このストラングラーズのライブ・アルバムが一番最初に聴いたパンク・アルバムまたは気に入ったパンク・アルバムだったと思う。右上のジャケ写は発売時のイギリス盤と同じ後のCD盤のものだが、日本では1979年2月の来日に合わせて、黒地に大きく赤いバンドのロゴと鼠のシルエットが黄色く描かれたジャケットに変更し、さらに1stアルバムの英初回盤に付いていたシングル収録曲の「Choosey Susie」と3rdアルバムの英初回盤に付いていたシングル収録曲の「Mean To Me」の2曲をカップリングした7インチ・シングルを付属した来日記念盤『X-Certs(Xサーツ)』として本国に先駆けて先行リリースされた。たぶん発売されてすぐに友人に借りて聴いたと思う。 シンプルな構成で迫力ある日本盤ジャケットにも魅かれたが、冒頭1曲目「(Get A)Grip(On Yourself)」が始まり、気に入ったのは硬質なベースの音色と印象的なキーボートのアルペジオの旋律、それに畳掛けるように歌うヒューのヴォーカルだった。他の楽曲「Hanging Around」や「I Feel Like A Wog」、「Straighten Out」、「5 Minutes」、「Go Buddy Go」なんかでもソリッドでシンプル、それでいてパワーのある魅力を感じた。ヒューが弾くテレキャスターはナチュラルなディストーションの音色じゃなくジャリジャリと鋭く歪んでいて、メロディアスなギター・ソロもない、コードをかきむしるか単音でフレーズを奏でる楽器のひとつ、という印象で新鮮だった。 それに歌の内容も“悪魔が~”とか“暗闇で血塗られた惨劇~”とか、そういう内容じゃなくて、ロックンロールを楽しむっていうのが基本にはあるんだろうけど、 “ちょっと考えてみろよ”、“世間じゃそう言われてるけどほんとにお前はそれでいいのか?” というスタンスや時事的な話題も盛り込んだ歌詞にも興味をもった。まぁストラングラーズの場合「Death And Night And Blood(Yukio)」のような少し?な曲もあるけど。 オリジナル・アナログ盤は11曲入りで1977年ラウンドハウスと1978年バターシー・パークでのライヴを収録。ジャケットは1978年9月のバターシー・パークで...

私の放浪音楽史 Vol.14 OZZY OSBOURNE『BLIZZARD OF OZZ』

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1980年Jetよりリリースのアルバム。 ブラック・サバスが1978年にリリースしたアルバム『ネヴァー・セイ・ダイ!』を当時聴いて、アメリカナイズされた内容に、悪くはないが “なんか違うんだよな~”と違和感を感じたものだが、この後サバスを脱退(というかクビ)したオジーは自身のバンドを結成。クワイエット・ライオットにいたランディ・ローズがギター、レインボーにいたボブ・デイズリーがベース、ドラムスにユーライア・ヒープにいたリー・カースレイクというメンバーにより制作されたファースト・アルバム。邦題は『血塗られた伝説』というタイトルだった。キーボードにレインボーにいたドン・エイリーが参加している。 アメリカ人のランディと組んだ楽曲制作は良い意味でのブリティッシュとアメリカンをミックスしたものとなり、聴き易くメロディアスでありながらヘヴィでダークな世界を表現することに成功しており、オジー・オズボーン完全復活を印象付ける仕上がりとなった。イギリスでは1980年にリリースされたが日本では確か少し遅れて1981年の初めに国内盤が出たと思う。 ランディ作のクラシカルなインスト小品「Dee」も含め全9曲、捨て曲なしの名盤。ハード・ドライヴィンな曲もいいが、リリカルな「Goodbye To Romance」、オカルティックなイメージの「Mr.Crowley」、ドラマティックな「Revelation (Mother Earth)」も聴きどころだ。このオジーのソロ・デビュー作の確かなギター・プレイによりランディは新しいギター・ヒーローとなった。 リアル・タイムで私がハード/ヘヴィのレコードを買っていたのはこのあたりまでで、オジーの2枚目も聴いたがあまり魅力を感じなくなっており、本格的にパンク/ニュー・ウェイヴへ興味が移行していった。

私の放浪音楽史 Vol.13 IRON MAIDEN『IRON MAIDEN』

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1980年EMIよりリリースのアルバム。 1979年頃に勃興したブリティッシュ・ハード・ロックの新しい動き、"NEW WAVE OF BRITISH HEAVY METAL" ムーブメント。レインボーなどの旧来のハード・ロック・グループがアメリカナイズされ、ポップで聴き易くなっていったなか、硬質でタイト、スピーディ&ヘヴィでアグレッシブな演奏をする一群でストリート感もある佇まいも特徴だった。デフ・レパード、ガール、サクソンといったバンドが私のまわりでは聴かれていたが、なんといっても一番人気があったのはアイアン・メイデンだ。 エディ(発売当時はこういう名前とは知らなかった)が描かれた強烈なジャケット(右上のジャケ写は1998年にリリースされたリマスターCDのものでオリジナルとは異なる)、1曲目「Prowler」のギターリフに続くハードでタイトな演奏とスピーディな展開には確かに新しい息吹を感じた。長~いギターソロがなくメリハリのあるコンパクトなナンバーで一気に聴かせるアルバム内容。ベースのフレーズが効いているのも特徴だ。インスト「Transilvania」でスピードアップした後の静かな「Strange World」も聴かせるナンバー。 アイアン・メイデンはこのあと日本でリリースされた12インチEP『ライヴ+ワン』まで聴いた。

湯浅学監修・選『日本ロック&ポップス・アルバム名鑑1979-1989』

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ミュージック・マガジン社発行、レコード・コレクターズ増刊、2014年2月14日発売。 『1966-1978』が出版された時、続巻は2013年11月の発売予定だったから大きくずれ込んだが、 『日本ロック&ポップス・アルバム名鑑1979-1989』が発売された。湯浅学監修・選による1,005枚のアルバムを発売順に掲載。発売日の2月14日は関東地方で大雪。これまで経験したことの無いくらいの積雪で本屋へ行くのに難儀した。ようやく手に入れたのは2月20日、この辺りの年代はほぼリアルタイムなのでどんな内容か楽しみにしていた。 前巻の序文で湯浅学が“解説枠の大小はその盤の重要度ではない”と記しているとはいえ、ルースターズの紹介された6枚のアルバムのうち、どれか大ワクで紹介してほしかったなぁ。選盤についてはいろいろ意見はあろうかと思うが、個人的には11年間でこれだけのジャンル/量は納得して良いと思う。今回もジャケットは全てカラーで掲載されており見ていて飽きない。中にはオリジナルが手に入らず再発CDで掲載されているものもある。山口フジオ『PRIVATE CASSETTE』なんか誰か持ってそうだけど。 1979年頃からの日本パンク/ニュー・ウェイヴの勃興はアルバムではなくシングルやソノシートのみのリリースも多いから今一つ解り難いかも。なので巻末の“発掘盤”ではミスター・カイト『ライヴ・イノセント』が紹介されているのがうれしい。同じ頃出たミラーズ『リアル・ステイト』も紹介してほしかった。 だけどクレイジーライダー…が大ワク使って“日本のラモーンズ”って書かれてもねぇ。

私の放浪音楽史 Vol.12 GILLAN『GLORY ROAD』

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1980年ヴァージンよりリリースのアルバム。 ディープ・パープルのメンバーその後を追いかけるということでは、リッチーのレインボーと共にイアン・ギランの動向を追いかけていた(デヴィッド・カヴァーデイルのホワイトスネイクも聴いていたが…)。DP脱退後の2枚目のアルバムとなるイアン・ギラン・バンド名義の『Clear Air Turbulence(邦題:鋼鉄のロック魂)』を友人に借りて気に入り、『Scarabus(邦題:魔性の勇者)』や『Live At The Budokan』も借りて聴いていた。1枚目の『Child In Time』は輸入盤で入手した覚えがある。このクロスオーヴァー/フュージョン・ライクなサウンドとイアン・ギランのハードロック・シャウトのミックスは私のまわりでも受け入れられて人気はあった。だが日本以外の国では当時このアルバム群は不評だったらしく、結果キーボードのコリン・タウンズ以外のメンバーを一新、ベースにジョン・マッコイ(日本のみで発売された『GILLAN』に参加していた)、ギタリストにバーニー・トーメ、ドラムにミック・アンダーウッドという布陣でバンド表記は“GILLAN”として活動を開始する。 その第一弾リリースがアルバム『ミスター・ユニヴァース』で、1979年にリリースされたが、 この頃には私のまわりではパンク/ニュー・ウェイヴへ嗜好の移行が始まっており、 “オールド・ウェイヴ ”なハード・ロックのアルバムを購入する友人はもはや少なくなっていた。なので『ミスター・ユニヴァース』は自分で購入。ここで初めてバーニー・トーメのギターを聴いたのだが、A面の1曲目「Vengence」~2曲目「Mr.Universe」のイコライズされたスモーキーともいえるトーンとアームを多用したアグレッシブなプレイが気に入り、またルックスもかっこよく私的には一発でファンになってしまった(『ミスター・ユニヴァース』の日本盤はジャケットと収録曲が本国イギリス盤とは違っていた)。 1980年にリリースされたGILLANとしては2枚目のアルバム『グローリー・ロード』はバンドの結束も強まり、折からの"NEW WAVE OF BRITISH HEAVY METAL" ムーブメントの追い風もあり、全英チャート3位となるヒット。英盤の初回盤はフリーアルバムが付属していたが、...

私の放浪音楽史 Vol.11 THIN LIZZY『LIVE AND DANGEROUS』

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1978年ヴァーティゴよりリリースのライヴ・アルバム。 アナログではダブルアルバムで輸入盤を友人から借りて90分カセット・テープに録音し繰り返し聴いていた耳馴染みのある作品。ハード・ロックやメタルのレコードを手放した時でも長距離の車で行く旅行なんかにはニュー・オーダーやスタイル・カウンシルなんかのカセットと一緒に よくこのカセットを持って行ったものだ。長距離旅行には収録時間の長さも必要だし。 ロックン・ロールがルーツ/ベースにあり、ブライアン・ロバートソンとスコット・ゴーハムの流麗なツイン・ギター、洗練と激しさと独特のワイルドさも兼ね備えた演奏は魅力あるものだ。それはボブ・シーガーのカヴァー「Rosalie」にも表れていると思う。美しいツインリードで始まる「South Bound」、タイトな演奏の「Dancing In The Moonlight」(グラハム・パーカーのアルバム『ハウリン・ウィンド』や『ヒート・トリートメント』 に参加していたジョン・アールがサックスで参加)、美しいバラード「Still In Love With You」など前半はメロディアスな曲が並ぶ。 オリジナル・アナログではC面の1曲目になる「Cowboy Song」からメドレーのようになだれ込む「The Boys Are Back In Town」がこのアルバムのハイライトだ。 個人的にはここまでの流れが好み。この後はハードで盛り上がる曲が目白押し。「Baby Drives Me Crazy」ではヒューイ・ルイスがハーモニカで参加している。

私の放浪音楽史 Vol.10 VAN HALEN『VAN HALEN』

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1978年ワーナーよりリリースのアルバム。 1978年と言えば欧米ではパンク・ロックの嵐が1977年に吹き荒れた後で、セックス・ピストルズはもはや空中分解していた。そんな事は露知らず、田舎のガキはまだリッチー・ブラックモアに続くハード・ロック・ギター・ヒーローを求めていた。当時フレッシュなバンドが聴きたい!と感じていたところにアメリカからの強烈な一撃となったのがヴァン・ヘイレンの登場だった。 1曲目のコード感が気持ち良い「Runnin' With The Devil」に続く「Eruption(邦題:暗闇の爆撃)」を聴いたときの衝撃はまさに爆撃級に感じたものだ。速い超絶フレーズの連続、アーム・プレイもかっこよく、ライトハンドのフレーズは奇妙に響き “これ、どーやって弾いてるんだろう!?” とただただ驚くばかり。この2分に満たないインストゥルメンタル1曲が通常のアルバム2枚分くらいに匹敵するくらいの重みというか充実感というか満足度だった。 続く「You Really Got Me」はガキゴキしたリフと合いの手に入るギター・フレーズ、ロックン・ロールなギター・ソロもキマっている名カヴァー。だが当時キンクスのオリジナルはまだ聴いた事がなかった。4曲目「Ain't Talkin' 'Bout Love」はイントロのフレーズがかっこいい。ここまで完璧な流れ。 この後もほとんどが3分台の曲が続きコンパクトにまとまっていて、甘く緩いバラードなんか無くて、ジョン・ブリムのブルース曲「Ice Cream Man」の陽気なカヴァーもあり、フレッシュかつガツンと効いたアルバムだった。 ただ個人的にはヴァン・ヘイレンで気に入って聴いたのはこのファースト・アルバムのみ。

追悼・佐久間正英 四人囃子「DEEP」

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佐久間正英1月16日永眠。1月20日に公表された。 その日、家に帰ってハードディスク・レコーダーに録画してあったNHKのドキュメンタリー「ハロー・グッバイの日々~音楽プロデューサー佐久間正英の挑戦~」をもう一度見た。 この番組を見た時、あまりにも衰弱している姿が痛々しかったのだが、その体調にもかかわらず長時間レコーディング作業をする姿勢に感銘を受けた。「Last Days」と題された佐久間の作ったラスト・ソング。ボーカルは元JUDY AND MARYのTAKUYA。ドラムは屋敷豪太。 佐久間のベース、ギター、ピアノのダビング。体調的にはとてもつらい作業でソファに横になったり、点滴してれば楽なんだが…と話していたり。その姿に最後の作品を残すという執念を感じるのでは無く、ディティールにこだわり、スタジオ職人的に淡々と作業し、辛くても満足出来るまでやめられない、という印象を受けた。「Last Days」はもうじきリリースされるコンピレーション盤『SAKUMA DROPS』に収録されるそうだ。 それから1989年に再結成というか活動を再開した四人囃子のライヴ・ビデオ『FULLHOUSE MATINEE』を観た。当時30歳半ばの佐久間が音楽的に牽引したこの時の四人囃子は、森園、佐藤満に続く3人目のヴォーカル&ギタリスト、といった趣きで、前任2人とは全く違う魅力があるのだが、線の細いヴォーカルはともかく、ギターの腕前はなかなかのものだ。このビデオでもストラトキャスターのアームを壊れんばかりに操るエキサイティングなプレイが見られる。 ビデオでは11~13曲目になる「眠い月」~「一千の夜 (1000 Nights)」~「DEEP」の流れは89年型四人囃子のライヴのハイライトといえるものだ。 なかでもこの「DEEP」はダンサブルでマシナリーなファンクのリズムと小気味よくキレたカッティングのギター、佐久間、岡井、坂下の3人に加えてホッピー神山やベースの大堀薫、サックスの藤沢由裕等のゲストによる豪華なサウンドではあるものの、ヴォーカルを含めて体感的に迫ってこない冷徹ファンクの不思議な魅力。佐久間は無表情に冷めた視線を観客に投げかける奇妙な表情で熱の入ったギターを聴かせてくれる。 このビデオに映る30代の佐久間と昨年のドキュメンタリーで見た61歳の佐久間正英。年を重ねた風貌の違いはあたりま...

私の放浪音楽史 Vol.9 KING CRIMSON『IN THE COURT OF THE CRIMSON KING』

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1969年アイランド/アトランティックよりリリースのアルバム。 やはりジャケットが強烈だった。 このアルバムを手掛けた後、早逝してしまう当時無名の画家バリー・ゴッドバーがアルバムの音を聴いたイメージをもとに描いたというジャケットは、これまで聴いてきたプログレの謎めいたジャケットとも、一部ハード・ロックの悪魔的なジャケットとも違う、只者ではない、この中には一体何が記録されているのだろうか、と暴力的とも思える強引な磁場を発生させているジャケットである。アナログ・レコードのジャケット30cm×30cmの大きさで見れば、なおその特異性がわかるだろう。まるで“クリムゾン・キング”と呼ばれた宮殿のように豊かに起伏に富み、その色は深紅で描かれている。 レコードを取り出し、針を落とすと暫しの静寂の後にあらわれる凶暴な音の塊に驚愕し「21st Century Schizoid Man」の世界へ引き摺り込まれていく。 “Cat's foot iron crow…"冷徹な過去と今(1969年)の事象が生み出す未来の男の姿を、エフェクトで歪んだ声が叫ぶ。重く鋼のように硬質でなおかつ、鞭のようにしなる柔軟性を持った圧倒的な演奏技術によって表現されたこの1曲はまさに先進的と呼ぶに相応しかった。2001年に車のテレビCMでこの曲が使われたときは驚いたものだ。 静けさの中にハーモニーが引き立つ「I Talk To The Wind」、 ドラマテックな「Epitaph」には、  Knowledge is a deadly friend  When no one sets the rules  The fate of all mankind I see  Is in the hands of fools と歌われた歌詞があるが、2014年の今でも十分有効だ。 音響的で長く複雑な曲だけど語りかけるような「Moon Child」、再びドラマティックで壮大なラストの「The Court of The Crimson King」(シングルカットされた)と、どの曲も聴き逃せないトータルに完成されたアルバムである。但しキャッチーな英語のフレーズも耳馴染みの良いギターソロもノリ易いビートもないこのアルバムは、中学生にとっては哲学的とも思える内容だった。 次作の『In the Wake of Pos...

『ユリイカ 2014年1月号*特集ルー・リード』

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いくつかの雑誌がルー・リードの特集を組んでいたが、「ユリイカ」はほぼ一冊丸ごとルーの記事で読み応えのある内容だ。 大江慎也はルーに対する敬意をパーソナルな手紙のように、Phewはルー来日時の思い出を、町田康はかつての職場“人工島”に響いたルーの歌声について記している。 EP-4のオリジナル・メンバーでフランス文学者の鈴木創士やタコの山崎春美、映画『ピノキオ・ルート964』や石井聰亙の映画音楽で知られる長嶌寛幸の金子智太郎との『メタル・マシーン・ミュージック』解析(これは非常に興味深い内容)、“歩くならヤバい場所”七尾旅人、豊田道倫といったミュージシャン、 詩人、芸人、音楽・文学・芸術評論の方々がそれぞれにルーへの思いやその音楽・歌詞について、ルーの歩んだ長い道のりについて記している。 ダンサー(俳優でもあり大河ドラマ『龍馬伝』吉田東洋役は凄かった)の田中泯へのインタビューがルーの日常と表現についての関わりを教えてくれる。

佐野元春 WITH THE HEARTLAND 「ロックンロール・ナイト」

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2013年12月リリースの『No Damage Deluxe Edition』より。 佐野元春が1983年4月にリリースしたコンピレーション・アルバム『No Damage~14のありふれたチャイム達~』が、同コンピの最新リマスターCD、1983年3月の中野サンプラザでのライヴを収録したライヴCD、1983年7月に公開された映画『FILM NO DAMAGE』を収録したDVDの3枚組デラックス・エディションとしてリリースされた。 オリジナルのコンピ『No Damage』は友人にレコードを借りてカセットに録音し良く聴いていた。特に“Boys' Life Side”と名付けられたアナログA面は各曲の配置・流れも良かったなぁ。いや、B面“Girls' Life Side”も良い曲揃ってる。まぁ、とにかく繰り返し聴いていたアルバムだった。その割には『No Damage』のアナログ盤やCDを自分で買うことはなかったのだけれど(細かなヴァージョンの違いはあるけど収録曲の7インチやオリジナルアルバムや他の編集盤CDを持ってるから)、今回はライヴCDにつられて購入。 そのライヴCD『ロックンロール・ナイト ライヴ・アット・サンプラザ1983』は1983年3月18日、中野サンプラザでおこなわれた“Rock'n' Roll Night Tour”最終日の模様から14曲を収録したものだ。この時のライヴからは、いくつかの楽曲がビデオ『Truth '80-'84』や『The Out Takes』、ライヴCD『THE GOLDEN RING』に収録されているが、こうしてまとまって1枚のCDになるのは初めて。アレンジがガラリと変わった「バック・トゥ・ザ・ストリート」や小粋な演奏で観客とのやりとりも楽しい「ドゥ・ホワット・ユー・ライク」も聴きどころだ。 今回このライヴCDで改めて「ロックンロール・ナイト」を聴いて、あぁこの曲に凄く影響受けたな、と感慨に浸ってしまった。オリジナル・スタジオ・ヴァージョンが収められているのは1982年リリースのアルバム『サムディ』。このアルバムに出会った頃にはオートバイや車の免許を取れる年齢になり、活動範囲も広がり、深夜・朝までの活動(要するに夜遊び)が可能になった時期。都市の若者達を描いた『サムディ』は地方に暮らす若者達...

追悼・大滝詠一「さらばシベリア鉄道」

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2013年末、日本のロック・ポップスの巨星が逝ってしまった。あまりに突然に…。 大滝詠一。1981年のアルバム『A Long Vacation』。リリース当時、パンク・ニューウェイヴに傾倒していた自分にとっても、その歌声は届いた。だけど、2001年の20周年記念盤かな、その偉大さをあらためて認識したのは。「雨のウェンズディ」は自分のテーマ・ソングと思うようになったり…。リリース当時「さらばシベリア鉄道」は太田裕美のヴァージョンも良く流れていたっけ。  伝えておくれよ  十二月の旅人よ  いついついつまでも待っていると 長らく途絶えていた大滝詠一の新作発表だが、“次”は永遠になくなってしまった。

HITOMI TSURUKAWA & PIRATE LOVE「I WANNA BE LOVED」

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2012年7月リリースの『SOLID GOLD』より。 出ていたんだ…鶴川仁美のバンドの音源。バンドは2012年の結成。 メンバーは、 鶴川仁美 Guitar/Vo 大島治彦 Drums (Zi:LiE-YA/THE PRODIGAL SONS) 玉井政司 Bass (THE RUDEBOYS/S.H.I.) の3人。 バンド名通りニューヨーク・ドールズ~ジョニー・サンダースのスピリットを受け継ぐバンド・コンセプトなのか、CDに収録された3曲は、 1.I Wanna Be Loved 2.Personality Crisis 3.Pirate Love といずれもジョニー・サンダース関連のカヴァー(1と3はハートプレイカーズ『L.A.M.F.』収録曲、2がニューヨーク・ドールズ『New York Dolls』収録曲)で、UNの時は短髪だった鶴川もロッカーズの頃を彷彿とさせる長髪金髪で原点回帰。ゲストプレイヤーとしてピアノでソウルフラワー・ユニオンの奥野真哉が参加。アートディレクションは伊勢田勇人(バトルロッカーズ)という念の入れよう。まぁ手練れの繰り出す音はソリッド、ロックンロールかつポップでキュート。単純に楽しめる。 と…思ったらもう解散だって…。

私の放浪音楽史 Vol.8 PINK FLOYD『ATOM HEART MOTHER』

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1970年ハーヴェスト/東芝よりリリースのアルバム。 1970年代中頃のハード・ロック中学生にとってメジャーな英米のハード・ロック・バンド群を一通り聴いた後、次に手(耳)をつけるのはプログレッシヴ・ロックだった(…まぁ私たちのまわりでは…)。ハード・ロック/ギター小僧の流れで邦楽の四人囃子を先に聴いていたから、プログレへの親和性はあり、曲が如何様にも変化し、1曲がアナログの片面全てを使った長い曲でも抵抗はなく、むしろどれだけ複雑な曲構成なのか、に痺れていったものだ。なかでもこのピンク・フロイドの『アトム・ハート・マザー(邦題:原子心母)』は私たちのまわりでとても親しまれたアルバムであった。 もちろんピンク・フロイド5枚目となるこのアルバムは、イギリスのチャートで初めて1位を獲得し、アメリカでも55位を記録したヒット・アルバムであり、ピンク・フロイドの名を一躍メジャーにした名作である。ヒプノシスによる緑の大地に立つ牛のユニークなジャケットと、 Atom・Heart・MotherというSF的とも思える単語を並べたアルバム・タイトル(当時の新聞記事から採られたという)は、さらにその音世界の神秘性を増している。 23分余りのアナログA面すべてを使った、歌は無く演奏のみのタイトル曲は、管弦楽器とコーラスを加えた重圧な演奏、繰り返し登場するテーマ、挿入された様々なサウンド・エフェクトと、クラシカルな要素も取り入れつつ、映画音楽的な手法や現代的な音響も取り入れ、ギター/キーボード等バンドとしての聴かせどころも含むものの、ロック/ロックンロールのフォームから大きく踏み出した“進歩的な”楽曲であった。但しそれが複雑な曲構成であっても、難解ではなく、解り易いテーマがあり、カタルシスを共有出来る、そんなポピュラーな聴き方ができる曲だ。当時の私たちの間ではピンク・フロイドといえば『狂気』でもシド・バレットのいた『夜明けの口笛吹き』でもなく『原子心母』であり、プログレといえば『原子心母』を原点とし、語られる様になったものである。 とはいうもののアナログでいえばB面にあたるアコースティックな楽曲群は(私に関して言えば)当時ほとんど無視され、この辺りを聴いて味わえるようになったのは数十年後であるが…。

頭脳警察「詩の朗読という詩」

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2013年12月リリースのアルバム『暗転』より。 副題に“~ZK結成45周年記念アルバム・寺山修司没30年によせて~”とあるように、収録曲のうち6曲が寺山修司作詩の作品となっている。 「詩の朗読という詩」は寺山修司の詩を朗読するパンタと灰野敬二のギターによるセッションというかバトルというかインプロビゼーション。比較的聴き易く3分程の曲が並ぶ中で、8分を超える詩の朗読とフリーキーなギター演奏のみのこのトラックはアルバムのハイライトとなった。 ブックレットにはスタジオで向かい合っているパンタと灰野の写真があるが、お互いの演奏、声、呼吸を感じながら録音されたものだろう。何もない空間に言葉と音を存在させようとする、何物かを生み出そうとする、二人の緊張感を持った創造性が感じられるテイクである。 “詩”というものが持つパワーと無力さを朗読するパンタの、頭脳警察結成から45年という時の流れに裏打ちされたヴォイスと、掛け合う灰野のインスピレーションに満ちたエレクトリック・ギターは圧倒的だ。ここでの寺山の言葉は聴く者との銃撃戦の様相となった。トシのコンガと三つ巴でもよかったかも。 他にはカヴァー・ヴァージョンが2曲あり、「あしたのジョー」(寺山作詩、八木正生作曲)は、リズムを強調したヴァージョンとフォーク・ロック調にした2つのヴァージョンが収められているが、どちらも味はあるものの、もうひと捻り欲しかったところ。むしろ原曲に近いアレンジでよりヘヴィにしたら良かったんじゃないかと個人的には思う。「戦争は知らない」(寺山作詩、加藤ヒロシ作曲)はカルメン・マキのヴァージョンで親しんでいるが、ここはストレートにフォーキーなアレンジ。この曲を頭脳警察名義で聴けるのはうれしい。コーラスには制服向上委員会が参加。 「いじわる猫」は1973年にリリースされたアルバム『寺山修司・イソップ物語』(歌・田中星児)にパンタが曲提供した作品のセルフ・カヴァー。田中星児のヴァージョンは聴いたことがないのだけれど、1973年は頭脳警察がアルバム『誕生』、『仮面劇のヒーローを告訴しろ』を発表していたころ。『誕生』や1972年末リリースのシングル「孤独という言葉の中に c/w 今日は別に変わらない」に似た雰囲気を感じさせるメロディを聴くことができる。田中星児ヴァージョンも聴きたくなってきた。 「時代はサーカスの象にのっ...

私の放浪音楽史 Vol.7 カルメン・マキ&OZ『カルメン・マキ&OZ』

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1975年ポリドール・レコードからリリースのアルバム。 友人達のバンドで四人囃子の「一触即発」とともに良く演奏されていたのがカルメン・マキ&OZの「私は風」。女性ヴォーカルの曲を男子が歌っていたのだが、たぶんオリジナル・キーで演奏していたと思うので、まぁ良く音域が合ったものだ。「私は風」は冒頭ハードなパートに続いて静かな歌のパートがあり、中盤にギターソロ、後半にもハードな盛り上がりを持っているなど曲構成では四人囃子の「一触即発」と似た構成となっているから(もちろん曲が似ているわけではない)、ギターキッズに人気の曲だった。スキャットの合いの手が入るのもユニークだった。11分超えの曲ながら、そんな長さを感じさせない作りとなっている。 寺山修司/天井桟敷の歌姫・アイドルとしてのキャリアを捨て、日本のロック黎明期、女性ロック・ヴォーカリストの草分け・パイオニアとしての決意表明とも受け取れる「私は風」の歌詞は、マキ本人(Maki Annette Lovelace)によって書かれたものだ。寺山のもとを離れ、試行錯誤を繰り返しながらロック・ヴォーカリストとしてのキャリアを積み、ギタリスト・春日博文とカルメン・マキ&OZを結成、ライヴを重ね幾多のレコード会社からの誘いを受けつつも“もっと上手くなってから…”との理由で契約を断り続けていたオズが結成から約3年後、満を持して発表したファースト・アルバムのラストを飾るにふさわしい曲で、カルメン・マキ&OZを代表する曲。 初めてこのアルバムを聴いた中学生のときはハード・ロック小僧なので「私は風」以外の曲がややアコースティック色が強いな、という印象を受けた。アルバム全体から工夫された多彩なイメージを受けつつも、ガキの私にとっては難解だったのだろう。後にこのアルバムを聴きかえして特に好きになったのはアルバム1曲め「六月の詩」。 イントロのもの悲しく沈鬱に響くピアノ、マキのパワーを秘めた繊細でワイルドでありながらどこか母性を感じさせる歌声、効果的なハモンド・オルガンやコーラス・ワーク、緩急のあるギター・ソロ、起伏に富んだ楽曲を支えるリズム隊、聴き応えのある抒情的なバラードだ。この曲の作詞は(ダディ竹千代こと)加治木剛で、夏の前のなまぬるい季節を切り取り、乾いた夏を切望する気分を込めたような歌詞は不思議な訴求力がある。このアルバムでも4曲に作詞のク...

『rockin'on 2014年1月号』

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何年振りだろうロッキンオンを買ったのは。 おそらく20年振りくらいなんじゃないか。ルー・リードの表紙&特集に惹かれて買ってしまった。 ルーの生前最後というインタビューは、ヴェルヴェッツにいた時と変わらない、辛辣で時にインタビュアーに噛みつく内容のもので、変わらぬワイルドサイド。ルーのキャリアを振り返ったディスク・レビューもカラーで見易い。ルーの特集冒頭の山崎洋一郎の追悼文のような思い入れたっぷりの文章がよかったが、このくらい思い入れのある記事を多く載せて欲しかったな。ロッキンオン・ジャパンとの関係もあるかもしれないが、日本のアーティストにルーを語ってもらうとか。 ただ他の記事は読むのかなぁ。ロジャー・ダルトリー、ポール・マッカートニー、ビリー・ジョー&ノラ・ジョーンズ…結構あるか。新しい良さそうなバンドでも探すか。