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私の放浪音楽史 Vol.45 JOY DIVISION『CLOSER』

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1980年7月18日、ファクトリーよりリリースのアルバム。 パンク・サウンドからスタートしたジョイ・ディヴィジョンだが、リリースを重ねるごとにサウンドを変化させていき、イアン・カーティスの遺作となったセカンド・アルバム『クローサー』に至っては、他に比べるもののないジョイ・ディヴィジョン独自のサウンドの完成形を聴くことが出来る。 ジョイ・ディヴィジョンの日本盤がリリースされたのは1984年で、前作『アンノウン・プレジャーズ』と同時発売されているが、私が『クローサー』を聴いたのはたぶん1981年~82年頃だったと思う。 ジョイ・ディヴィジョンのシングルやアルバムを輸入盤で集めていた友人に借りたんじゃないかな。ジャケットはシングル「Love Will Tears~」のところでも書いたがイタリアのジェノヴァにある墓所の写真が使われている。こんな沈鬱な嘆きのジャケットに包まれたダークなサウンドの魅力に取りつかれていったな、この頃は。イアン・カーティスの神経質な少しくぐもった様なヴォーカルが苦手という人もいたけど。歌われているのは、愛と苦悩について人間の内面に深く分け入っていくもので、イアンの死へと向かう過程で制作されたアルバムと思って聴いていると確かに息苦しく感じる事もあるが、その音楽は決して聴き手を拒否するものではない。全英チャート6位を記録。 J.G.バラードの短編からタイトルをとった「Atrocity Exhibition」は“This is the way.Step Inside.”というフレーズが耳に残る。それに工作機械のような、または捻じれたサウンドを作り出すギターが強烈だ。シンセの煌びやかな音色が印象的な「Isolation」、単調な中にもサウンドに意匠を凝らしてある「Passover」、鬼気迫るヴォーカルの「Colony」、ベースラインの印象的な「Means To An End」はジョイ・ディヴィジョン以後の典型的ニューウェイヴ・サウンドの見本と言えるんじゃないか。 イアンの深淵から聴こえてくるようなヴォーカルの「Heart And Soul」はのちのCD4枚組アンソロジーのタイトルにもなった。個人的にはこのアルバムの中で最も好きな「Twenty Four Hours」は緩急のある作り込まれた魅力的なサウンド。ピアノやシンセが使われた「The Eternal」...

『日本パンク・ロッカー列伝』

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シンコーミュージック・エンタテイメント発行、2015年3月10日発売。 雑誌『Bollocks』の連載インタビュー「The Story of Legends」をまとめた本が発売された。 雑誌掲載分(No.007~017)から仲野茂、大江慎也、遠藤ミチロウ、パンタ、難波章浩、ヒカゲ、柴山俊之、NAOKI、BAKI、KATSUTA、中川 敬のインタビューを再録、取り下ろし取材でチャーミー、平野悠、南部裕一を追加して14人のインタビューが掲載されている。新旧の写真ページ、簡単な年表とアーティストの場合はディスコグラフィを含め各人12ページから20ページのボリューム。 最年長はロフトプロジェクトの平野悠・71歳、一番若くてハイスタの難波章浩・44歳。60代が3人、あとは40代後半~50代ってとこか。生い立ちから各グループでの活動内容、現在の活動までを手短にまとめてある。あの時はどうだったとか、あの頃バンドメンバーの関係はどうだったとか、伝説の裏付けをとる、みたいな感じもあるなぁ。 他の雑誌とかで読んだ内容もあるけど、まぁ人に歴史あり、でそれぞれ読めば面白い。 パンタのインタビューで言ってた氷川丸の証言をまとめて本にしたいっていうのは実現してほしいな。映画『狂い咲きサンダーロード』を見て真面目に音楽を聴くようになったという元・鉄アレイのKATSUTAは年表になぜか逮捕歴も記載。 いちばん興味深かったのは、柴山俊之のインタビュー。 1982年末新宿ロフトでのゲスト出演時のエピソード、1983年野音でのサンハウス再結成。その頃からサンハウスのパブリックイメージを演じ続けていた苦悩、などが語られている。最後の方で“この時代に生きていると、音楽なんて誰も欲してないんだ”って言葉、何年前かに他で聞いたフレーズだが、自分のやりたいことでそこを乗り越える、と音楽に対する意欲も語っていた。 中川敬の自分のやりたいことをやってきたインタビューも突っ走っていて痛快。現役感も強烈だ。関西イベンターで現・スマッシュウェストの南部裕一のインタビューも色んなエピソードがあり面白いものだった。

VARIOUS ARTISTS『SWEETER! ROOTS OF JAPANESE POWERPOP 1971-1986』

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2015年2月18日、ポップトラックス/クリンクからリリースのコンピレーション・アルバム。 パワーポップというと連想するのは、まずニック・ロウ「Cruel To Be Kind(邦題:恋するふたり)」。それとブラム・チャイコフスキー「Girl of My Dreams」かな。キャッチーなメロディ、 アコースティック・ギターのジャングリーな感じ、コーラス・ワーク、 やや手数の多いドラム、ギターソロもメロディアスに作ってあったり。ボトムを効かせたリズムがありながらも、爽やか&甘酸っぱいイメージも少々。アメリカだとリアル・キッズ「All Kindsa Girls」が思い浮かぶ。日本だと…。 このコンピは1970年代中頃に活躍した日本のバンドのレアな音源を中心に旧東芝EMIのカタログから選ばれた18曲を高木龍太がコンパイルしたもので、10年越しの企画がようやく実ったということだ。“日本のパワーポップのルーツ”と題されている。どうやら諸々の事情でパーフェクトな選曲となっていないようだが、素晴らしい内容に変わりはない。 このCDの曲順ではなくバンド毎にブックレットからの情報をもとに内容を紹介 (収録曲名の後の数字はリリース年月日)。 リンドン ・「陽気な雨」(1974.5.5)シングルA面 ・「タンポポ・ガール」(1974.5.5)シングルB面 ・「悲しき想い」(1974.10.5)シングルB面 ・「赤いドレスは着ないでおくれ」(1975.12.1)シングルA面 の4曲を収録。 このCDを購入する大きな理由がリンドンの楽曲を聴きたかったから。リンドンは、 田中信昭(Vo,B):のちにTHE BADGE 田中一郎(G,Vo):のちにARB 伊藤薫(Ds,Vo):のちにチューリップ というメンバーのスリーピース・バンドで1971年に結成。1974年5月にシングル「陽気な雨 c/w タンポポ・ガール」でデビュー。同年10月セカンド・シングル「夏の日の恋 c/w 悲しき想い」をリリース。1975年12月に3枚目のシングル「赤いドレスは着ないでおくれ c/w 雨の日にさようなら」をリリース。アルバム制作の動きもあったようだが実現せず、1977年初頭に解散している。今回はリンドンの残した3枚のシングルから4曲が収録された。 収録された4曲は全て田中信昭の作詞作曲で、やはりのちにザ・バッヂに...

GLIM SPANKY「MOVE OVER」

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2014年12月8日、ヴァージン/ユニヴァーサルからリリースの配信シングル。 スズキの軽自動車ワゴンRスティングレーのCMを見たとき、水原希子の真っ赤なドレス姿に見惚れてはいたが、使われている音楽はジャニスだなぁと思っていた。ジャニス・ジョプリンのアルバム『パール』を購入したのはいつ頃だったろうか。1980年代の後半かな。ニュー・ウェイヴからルーツ・ロックやソウルなんかにも少しずつだが興味が出てきた時期だった。ソウルフルな「Cry Me」やアカペラで歌う「Mercedes Benz」なんかが好きだった。もちろんアルバムのトップでキャッチーなナンバー「Move Over」も。 スティングレーの宣伝を見てるうちに(ってテレビでしょっちゅう流れるわけじゃないが)これジャニスが歌ってるんじゃないな…と思うようになって、ネットで調べてみると、あーやっぱり違うんだ、日本人なんだ。ということでグリム・スパンキーに辿り着く。 グリム・スパンキーは松尾レミ(ヴォーカル)と亀本寛貴(ギター)の男女2人組ユニット。もとはベースとドラムを加えた4人組バンドだったようだが、2010年に2人組のユニットとなりサポート・メンバーを加えライヴ活動を続けている。音源としては自主制作盤を経て2014年6月にミニアルバム『焦燥』でメジャーデビュー。2014年11月に7インチ・アナログ「焦燥 c/w Move Over」をリリース。同年12月に「Move Over」を配信リリースした。 “私と付き合うの?私の愛を受け入れるの?はっきりしてよ!”って感じで、優柔不断な男に“消えちまいな”と啖呵を切った気っ風のいい歌詞をシャウトする松尾レミ。なるほどハスキーなジャニス的なヴォーカルだが、このカヴァーではジャニスよりシャープな印象。ヴォーカルとユニゾンでメロディを奏でるギターは原曲と同様だが、原曲でフューチャーされていたキーボード類は無し、その分ギターが活躍している。またドラムの音色やギター・ソロ以降のリズム、ベースフレーズなど現代のカヴァーならではの工夫がされている。トレブルが効いた好カヴァーだ。 CMのオンエアは終わっているのだろうか。 SUZUKI ワコンRスティングレー TVCM「15秒の誘惑」編 改めて聴いてみるとCMとヴァージョン違うな。

私の放浪音楽史 Vol.44 ARB『指を鳴らせ!』

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1981年11月21日、ビクター/インビテーションよりリリースのアルバム。 前作から8ヶ月後という短いインターバルでリリースされたARB、4枚目のアルバム。 ドラムのキースが胆石で入院し、元ダウン・タウン・ブギウギ・バンド(当時サッキング・ルージュ)の相原誠、元サンハウス(当時トランプ)の浦田賢一、アナーキーの小林高夫がヘルプでドラムを叩いている。なので、“KIETH (IN THE HOSPITAL)”とクレジットされている。渋いモノトーンのジャケットは井出情児によるもの、裏ジャケットのメンバーの写真もいい。歌詞カードの各曲をモチーフにしたイラスト(Rのサインがあるから凌が描いたものだろう)も楽しい。一目惚れ“Love at first sight”という英語を知ったのもこのアルバムだなぁ。 その“Love at first sight”が歌いこまれた「イカレちまったぜ!」、緊張感のあるサウンドの「13番街のワル」、一目惚れの後日談のような「I'm Jumping」は、“この一瞬をずっと待っていたんだぜ”というフレーズがとても印象的。「Hip,Shake,Hip」はアルバムタイトルに通じる“フィンガー・スナッピング”も歌いこまれたブルージィなナンバー。田中一郎のB.B.キングばりのブルース・ソロも聴きものだ。老いも若きも魅了するR&Rの「教会通りのロックン・ロール」。 スピーディかつややハードなロックンロール「Standing On The Street」、渋くジャジィな煙草ソング「PALL MALLに火をつけて」。えぇ買いましたよ“PALL MALL”。あの頃は高かったけどね(あ、今も高いのかな)。ロカビリーな「シティ・ギャング・シャッフル」。パブ・ロック風な“お楽しみはこれから”「Well Well Well」、石橋凌の実兄や友人をモデルにしたという「さらば相棒」は、ARBのアルバムに1曲は収録されていた物語仕立ての楽曲。この曲をモチーフにして1年後の1982年11月に宇崎竜童監督、石橋凌主演で映画化された(ディレクターズ・カンパニーが制作したピング映画3本立てのうちの1本で、 他の2本は高橋伴明監督「狼」と泉谷しげる監督「ハーレム・バレンタインディ」)。ピンク映画(死語かな…)という事で予算は3本で1,000万円、撮影4日間、各映画の時間も5...

私の放浪音楽史 Vol.43 ARB『BOYS & GIRLS』

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1981年3月21日、ビクター/インビテーションよりリリースのアルバム。 ARB、3枚目のアルバム。 薄手のPコートの石橋凌、プリントTシャツの上に濃い色のジャケットでギターを抱えた田中一郎、おなじみサングラスに革ジャンのキース、PILの缶バッジをつけたライダースにベースをぶら下げたサンジ。険しい表情の4人が赤をバックに立つジャケットが目を引く。 ARBの代表曲のひとつでもある“狂えない/笑えない”時代の少年・少女達に語りかけた「Boys & Girls」。 久留米から博多へ演奏するために通った国道の思い出を描いた「悲しき3号線」。少女の死をテーマにした「Just A 16」は小さな記事にインスパイアされた曲だという。今だったら弦楽を入れて編曲したくなるような曲だが、バンドだけで演奏しているのが潔い。それでもクラシカルな要素を入れたギター・ソロが聴きどころでもある。 「発(ハッパ)破」、「Believe in R&R」、 “昔の傷も今は忘れちまい”というフレーズが今も効いてる、召集令状をラブレターに見立てた「赤いラブレター」、セカンドラインのリズムがイカしてる「“エデン”で1・2」、柴山俊之作詞の「Mr.ダイナマイト」、 トム・ウェイツ(石橋凌が好きだという)をモデルにした「ウィスキー・マン」、これらは田中一郎が作曲したゴキゲンなロックンロール・ナンバー。 個人的に好きなのは、スカビートを取り入れた「ダディ―ズ・シューズ」とレゲエ・ビートの「Naked Body」。この2曲はサンジのベース・プレイが光る。「ダディ―ズ~」は楽しげに動き回るベースフレーズが、「Naked Body」はブツブツと刻むベースが魅力的だ。このアルバムを聴いていた頃、おやじの靴は小さくて履けなかったが、おやじが着なくなっていたコートはちょっと短かったが学校に行くときも遊びに行くときも着ていた。幾つか缶バッジを付けてね。 私のまわりではそんなおやじの上着を着ている奴が結構いたものだ。皆「ダディーズ・シューズ」という曲が好きだったからだと思う。 「ダディーズ・シューズ」はアルバムに先駆けてシングル・リリースもされており、B面にはアルバム未収録の「シェリーは昼間死んでいる」がカップリングされていた。

私の放浪音楽史 Vol.42 THE MODS『NEWS BEAT』

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1981年10月21日、エピック・ソニーよりリリースのアルバム。 デビュー・アルバムから4か月後というスピードで制作/リリースされたザ・モッズのセカンド・アルバム。バンドにしてみたら『FIGHT OR FLIGHT』の音質はきれい過ぎたらしい。もっとラウドな音質で、ということと『FIGHT OR FLIGHT』をロンドン・サイド、『NEWS BEAT』を東京サイドという2枚でひとつというイメージで短期間で制作された。曲のストックは沢山あったのだろう。「ゴキゲンRADIO」や「夜が呼んでいる」、「熱いのを一発」なんかは博多時代から演奏している曲だ。 当時聴いた印象では、ファーストの緊張感を持った音作りとはやや違い、ラフな録音で歌の内容も“Leave Me Alone!”な印象を受けた。アルバムの1曲目はシングルとしてもリリースされた「ゴキゲンRADIO」で、そんな“ほっといてくれ!”といった内容が歌われるタイトなティーンエイジ・ロックンロール。この曲がアルバム『NEWS BEAT』のムードを象徴していると言ってもいいんじゃないかな。ジャケットはコラージュとメンバーのイラスト。これはあまり好きじゃなかった。コラージュ・ジャケっていいジャケ無いんじゃないの。切り貼りってところでは、ピストルズの脅迫状を模したレタリングの影響は大きいだろうけど。 個人的には、高速ロックンロール「記憶喪失」と「ご・め・ん・だ・ぜ」、クラッシュ・ライクな「夜が呼んでいる」、ワウワウ・ギターで始まり、アコースティック・ギターも効果的に使われた「ハートに火をつけて」は、 “死人のような冷たい体さ でも俺の心はカラッポじゃない”というフレーズがカッコ良かった。ピストルズみたいにボトムの効いた「All By Myself」、 これぞ森山節のマイナー・ビート・チューン「Crazy Beat」。このあたりが好みだった。 他には、やや軽いノリの「熱いのを一発(HOT STUFF)」や、元サンハウスのドラマー浦田賢一が作詞したニヒルな歌詞のスカ・ビート・ナンバー「イヤな事さ(EYANACOOTA)」、ニュース・ビートと言うからには時事性を持ったものも目指したのかな、そんな一面が感じ取れる「Do The Monkey」。 “ポリスとコソ泥”、“テストチューブ・ベイビー”といった単語が並んでいる。「Do The M...

私の放浪音楽史 Vol.41 THE CLASH『SANDINISTA!』

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1980年12月12日、CBSよりリリースのアルバム。 クラッシュの4枚目のアルバムは3枚組の大作となった。おそらくリリースされてすぐ聴いたと思うけど、全てを聴くのに約2時間25分、アナログ・レコード3枚をかけては裏返し、かけては裏返し、通して聴くのはそれなりの覚悟と忍耐(大げさだな…)が必要だった。当時の私のパンクロックあがりの耳に、このアルバムのヴァラエティに富んだ内容はやたらとっちらかって聴こえたものだ。パンク・ロック・スタイルの曲は「Somebody Got Murdered」、「Up In Heaven(Not Only Here)」、イコールズのカヴァー「Police On My Back」の3曲でいずれもミック・ジョーンズがヴォーカルをとっている。この3曲は当時も好きだった曲。それ以外はラップ、ロカビリー、レゲエ、ダブ、カリプソ、ソウル、ディスコ、ゴスペル…と多岐にわたるジャンルの楽曲が収録されている。 アルバム冒頭、シングルとしても発売された「The Magnificent Seven」はラップを取り入れた曲で、ノーマン・ワット・ロイのベースフレーズが気持ちよく(ポールは映画の仕事が入っていた)、歯切れのいいジョーのラップも魅力たっぷり。ここまでクラッシュが変貌を遂げたことに驚いたが、この新しいスタイルがまたカッコよかった。この曲がシュガーヒル・ギャングの「Rapper's Delight」(1979年)からの影響下にあると知ったのはずーっと後の事だ。 UKインディ賛歌でモータウン調の「Hitsville UK」、ディスコ・サウンドのトッパーが歌う「Ivan Meets G.I.Joe」、ジョーが101'ersでも取り上げていた古いR&Bでレゲエアレンジのカヴァー「Junco Partner」、ロカビリー「The Leader」、移民・戦争・核・高齢化など今日的な内容が歌われている「Something About England」は、ヴォーカルがミックからジョーに引き継がれていくメランコリックな曲で今回聴きなおしていいなと思った曲だ。ここまでアナログA面。 「Rebel Waltz」は反逆者たちに捧げる幻想的なワルツの調べ。モーズ・アリソンのカヴァー「Look Here」はトッパーのドラミングがクールで、ミッキー・ギャラガーの...

SHEENA & THE ROKKETS「ロックの好きなベイビー抱いて」

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全曲阿久悠作詞による1994年リリースのアルバム『ROCK ON BABY』からシングルカット曲。 この曲制作のエピソードが阿久悠のHP「あんでぱんだん」 “ あまり売れなかったがなぜか愛しい歌 ” で読むことができる。  “ロックの好きなベイビー抱いて  可愛いママが行く  この子が二十歳になる頃には  この世はきっとよくなっている  だからしばらく ママとおまえで  がんばろうね がんばろうね  ロックで笑う おまえを見ていると  勇気がいつもわいて来るから” ほんと愛しくせつない歌だ。リリースから20年たっているけど…。

追悼・シーナ SHEENA & THE ROKKETS「トレイントレイン」

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2015年2月14日シーナ逝く。 鮎川誠と同じくロックンロールを愛し、ルーツ・ロックにも愛情を持った人だった。 シーナ&ザ・ロケッツのレコードを初めて聴いたのは2枚目のアルバム『真空パック』だった。シュリンクパックされたメンバーのジャケットのLPを購入した。確か1981年頃だと思う。ルースターズやARB、モッズを聴きだした頃で、それらのバンドの先達となるサンハウスからの流れという事で、ソリッドなロックンロールを期待した耳には細野晴臣がプロデュースしたサウンドにはやや違和感があった(今聴くと全然違和感なく最高なんだけど)。とはいえ1987年リリースのライブ『Captain Guitar And Baby Rock』まではアルバム出る度に聴いていたな。でもシナロケのファーストは聴いたことがなく、エルボンからリリースされたオリジナルは1980年代半ばまでは伝説のアルバムだったんじゃないだろうか。 シナロケのファースト・アルバム『Sheena & The Rokkets #1』が聴けるようなったのは1986年にVIVID SOUNDからリイシューされた時で、そこで聴けるのは、ストレートでシンプルなサウンドのロックンロール、派手な装飾の一切ないバンドの姿だった。それに飾り気のないシーナの魅力もたっぷり詰まったアルバムだなと感じた。 後々までシナロケの代表曲となるサンハウスの「レモンティー」が収録されているが、この曲を柴山俊之と同じ感覚で表現できるのはシーナしかいないだろう。思い出したが、もしかしたらシナロケの曲を初めて聴いたのはスネークマンショーのアルバム『急いで口で吸え!』に収録されていた「レモンティー」だったかも。ギターのストロークが強烈な“スネークマン・ヴァージョン”と違い『Sheena & The Rokkets #1』収録の「レモンティー」はフェイドインからすぐに歌が始まる。徐々に盛り上がっていき、ギターソロで最高潮になるが、この曲だけ突出することはなくアルバムにうまくはまり込んでいる。「レモンティー」の他にもサンハウスの「ビールス・カプセル」、「夢みるラグドール」、「アイラブユー」、「ブーンブーン」 を取り上げている。 ファースト・アルバムでのシーナは“シーナロケット”名義でクレジットされている。そのシーナロケット作詞の「トレイントレイン」はカウン...

BRUCE SPRINGSTEEN & THE E STREET BAND「WAITIN' ON A SUNNY DAY」

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2010年6月22日、ColumbiaからリリースのBlu-ray『London Calling Live In Hyde Park』より。 2009年6月28日、ロンドン・ハイド・パークでおこなわれたコンサートをほぼ3時間にわたり収録した映像作品。クラッシュのパワフルなカヴァー「London Calling」で始まる、5万人を前にした圧巻のライヴ・パフォーマンス。明るい時間に行われたため、ずーっと見渡す限り人、人、人が埋め尽くしているのがわかる。すげー。 時間が経って暮れゆくトワイライト・タイムに演奏される「Jungleland」も最高の見どころだが、 コンサートのほぼ中盤に演奏された「Waitin' On A Sunny Day」も見せ場の一つだ。ギターを放り投げ(受け取る人は大変!)、観衆の目前へ飛び出しシンガロング。幼い子供にマイクを向け “Waitin' on a sunny day~”と歌を引き出すところが何とも微笑ましい。 9.11のあとリリースされたアルバム『ライジング』収録の楽曲で、内容は悲しい歌といっていいと思うが、こうしてオーディエンスとの距離を詰めていくパフォーマンスを見ると、歌の、ロックンロールのパワーを感じ取ることが出来る。  “待っている、太陽が輝く日を  雲を追い払い  待っている。太陽が輝く日を”   2001年から10年余り過ぎた。が、世界はまだ雲に覆われている。むしろ更に厚く覆われているような気がする。その世界でスプリングスティーンの歌は今も多くの人を勇気づけ、束の間、心の雲を追い払ってくれる。

BRUCE SPRINGSTEEN「GOTTA GET THAT FEELING」

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2010年12月8日、Sony Music Japanからリリースのアルバム『The Promise~The Lost Sessions』より。 ブルース・スプリングスティーンの3CD+3DVDの6枚組のボックスセット『闇に吠える街 The Promise:The Darkness On The Edge of Town Story』は高価で手が出なかったけど、そこから単独リリースした未発表曲集CD2枚組『The Promise~The Lost Sessions』を最近手に入れた。『The Darkness On The Edge of Town(邦題:闇に吠える街)』制作時に作られたが未発表となっていた楽曲を集めたものだ。曲によっては必要に応じて当時の録音に追加レコーディングをおこなっているという。 『The Promise~The Lost Sessions』にはブルース本人のライナーノートがある。 “『闇に吠える街』はパンクの爆発的な人気が頂点を極めていた頃曲を書きレコーディングした作品でもあった。 俺はニューヨーク・シティにあった行きつけの小さなレコード店で、パンク初期のシングルを出た先から買い占めていた” “これらのレコードの強硬なパワーが『闇に吠える街』に辿り着いたのだ。俺はこのアルバムをこれまでの中で最も強硬な曲のコレクションにすることを選んだ” と、1976年~1977年頃に勃興したパンク・ムーブメントからの影響について記載している。 もっとも音楽的には既にビッグなメロディ、コーラス、豊かなアレンジという方向性が決まっていたということで、 “素材やテーマ選び” に大きく影響をうけたようだ。今回久しぶりに『The Darkness On The Edge of Town』を聴いたが、やはりブルースが “手持ちの曲から最もハードなものを選んだ”というだけあって、沈痛で重く、ロマンティックな印象はあまり感じられず、数曲を除いてはポップな曲調からかけ離れている。なるほどね。パンクからの影響はここに出ていたんだ。ブルースはどんなパンク・バンドの曲を聴いていたんだろうか。パンクのシングルはポップさも兼ね備えていたと思うんだけど。むしろこれらの曲はブルースにとってのハードコアか。 ブルースが1977年~1978年にかけてレコーディングした4枚目のアルバム『The...

竹内まりや DUET WITH 大瀧詠一「 恋のひとこと~SOMETHING STUPID~」

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2014年12月3日、ソニー/ナイアガラからリリースのベスト・アルバム『Best Alaways』より。 大瀧詠一が亡くなって1年経つ。この12月にはレーベルを超えたベスト・アルバムがリリースされた。1971年4月にリリースした、はっぴいえんどの「12月の雨の日」(シングル・ヴァージョン)から2003年10月リリースの「恋のひとこと~Something Stupid~」(竹内まりやとのデュエット)まで、およそ32年間の作品の中からシングルをメインに選曲された35曲。レア・トラックは「夢で逢えたら」の未発表・大瀧詠一ヴォーカル・ヴァージョン。それに幾つかのシングル・ヴァージョンや別ミックスが初CD化収録されている。初回生産限定盤はカラオケを10曲収録したボーナスディスク付きの3枚組。 収録曲のほとんどは(ミックス/ヴァージョンを別にすれば)既に聴いたことがあるから購入をためらっていたけど、代表曲をまとめて聴けるしってことで購入。このベストを通して聴いて思ったのは、はっぴいえんどというキャリアは大瀧詠一にとって異質なものだったんじゃないかな、ということだった。もちろんミュージシャンとしてのキャリアの始まりだが、自分の嗜好の取入れ/表出にかなり抑制がかかっていたのであろう。萩原健太著『はっぴえんど伝説』によれば、大瀧はバッファロー・スプリングフィールドのシングル「For What It's Worth」は “今一つ良さがわからなかった” が、そのB面曲「Do I Have To Come Right Out And Say It」の “ポップな感じがたまらなく好きだった” と語っている。そしてバッファローをモデルとしたバンドを作りたかった細野晴臣と一緒にバンドをやろうということになるのだが、 “はっぴいえんどはさ、セダカ&グリーンフィールドだめ、マン&ウェイル(ワイル)だめ、ゴフィン&キングだめって形で足を踏み入れた世界だった” “シングル2枚含め、初のソロ・アルバムのレコーディングはさ、もう一挙にポップスのラインに行っちゃったの” “ぼくの基本はやっぱりアルドン/スクリーン・ジェムス系のポップスだからね” “正直な話、自分のルーツにたどりつくまでにずいぶん回り道をしてしまった” と大瀧は語っている。 ただ、このベストに収録されている、はっぴえんどの曲は「12月の...

『宝島AGES No.1』

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宝島社発行、宝島2月号増刊、2014年12月25日発売。 雑誌宝島を毎月読んでたのは1982年~1984年頃かなぁ。1985年~1988年頃までは時々買っていたと思う。当時の宝島は音楽、映画、書籍、ファッション、流行りものからちょっと懐かしい70年代もの、カウンター・カルチャーを含め若者カルチャー全般を取り上げていて、私は主に新譜やライヴ・レポートなんかの音楽情報、邦楽アーティストのインタビューが目当てだったけど、核とかコンピュータ等のテーマを取り上げて解説した“キーワード図鑑”のコーナーも面白かった。確か90年代はグラビア誌でそのあと経済誌に変わってたと記憶しているけど、今は全く手に取ることもない。調べてみると月刊で雑多な情報を扱う雑誌になってるな。 忌野清志郎が表紙の『宝島AGES』は1980年代の日本のカルチャーを振り返る増刊号。80年代前半の宝島といえばRCサクセションとYMOというイメージもあるが、この増刊号には、RCは三宅伸治と片岡たまき(元マネージャー)の対談、YMOはデザイナーの奥村靫正への取材が掲載されている。私的に一番面白く読んだのは1980年代を振り返る町田康とよしもとばななの対談で、6ページとボリュームがあり笑える内容でもある。映画『爆裂都市』に関しての話しもあり。 80年代の漫画といえばやはり『AKIRA』で、アシスタントの高畠聡へのインタビュー、これも興味深く読んだ。“今を生きる80'sバンド”というコーナーでは、ラフィンのチャーミーとPON、スタークラブのHIKAGE、ニューロティカのアツシ、ガスタンクのバキパーソンズのJILLと渡邊、KENZI&THE TRIPSのケンヂ、原爆オナニーズのTAYLOW、ジューシーフルーツのイリアとトシ、ピーズの大木へのインタビューがある。多くはアラウンド50ってところで、老いゆく身体へのいたわりが感じられる。髪の毛問題も深刻か。 “アトミック・カフェ 反核・脱原発の30年”と題されたAtomic Cafe Festivalを振り返る記事も面白かった。ルースターズは1984年~1986年まで毎年アトミック・カフェ関連のライヴに参加しているな。 まぁそんな感じの内容だけど、やはりVOWは爆笑もの。No.1だけど次はあるのかな。80年代を振り返るというのは懐古趣味なのか再評価なのか、雑誌一冊...

自殺『LIVE AT 屋根裏 1979』

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2014年12月11日、いぬん堂からリリースのライヴ・アルバム。 オムニバス・ライヴ・アルバム『東京ニュー・ウェイヴ'79』に2曲、津島秀明監督の映画『ロッカーズ』に1曲が収録されていたのみで、1978年9月~1980年にかけて活動していたバンド、自殺の発掘音源ライヴ・アルバムがリリースされた。 今から35年前、1979年6月ライヴ・ハウス屋根裏での記録。音はプライヴェート音源に慣れている耳であればまぁ良好と言えるものだ。マスターはおそらくオーディエンス録音のカセット・テープだろうと思うが、元のテープの状態により再生が安定していない箇所がある。この録音時はヴォーカル:川上浄、ギター:栗原正明、ベース:中嶋一徳、ドラム:佐瀬浩平というメンバーで、『東京ニュー・ウェイヴ'79』の時とはベースとドラムが交代しているが、ベースの中嶋一徳は『東京ニュー・ウェイヴ'79』録音時は8 1/2のメンバーであった。『LIVE AT 屋根裏 1979』は企画:佐瀬、監修:中嶋、栗原という元メンバーの協力のもとに制作されている。ブックレットの写真は地引雄一。 アルバムはイギー・ポップの「Gimme Some Skin」の凶暴日本語カヴァーで始まる。構成が面白い「みずたまりにて」。川上浄が自殺の前に活動していたバンドは“セカンド・スーサイド”だったが、そのバンド名と同じ「セカンド・スーサイド」はヘヴィなナンバー。ベースの中嶋一徳が作詞作曲したロックンロール・ナンバーで、もともとは中嶋が在籍していた8 1/2のレパートリーだったという「3-2-1-0」はポップな曲調。 「I Got A Right」は再びイギーのカヴァー(こちらは英語詞のまま)。「I Got A Right」と「Gimme Some Skin」はイギー・ポップがアルバム『Raw Power』(1973年)とほぼ同時期に録音していた曲で当時未発表だったが、Siamese Recordsが1977年頃にこの2曲を収録したシングル盤をリリースしている。ほぼインストに近い「ファンシー」はイメージ的にはTHE WHO×NEU!な感じか。CD後半は長尺な曲が続く。「Woo-」は穏やかなさと激しさが交差する曲でベースのフレーズが印象的だ。ファンキーかつ混沌とした「ひなたぼっこ」で破壊的に終了。 初回限定でボーナスC...

Drop's「さらば青春」

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2014年12月3日、STANDING THERE, ROCKS/キングからリリースのシングル『さらば青春』より。 Drop'sは去年(2013年)に友人から存在を教えてもらっていたけど、その時はミッシェル経由のブルースやっているなって印象はもったが特にCD買おうという気にはならなかった。先日たまたまDrop'sのヴォーカル/ギター・中野ミホを迎えてのラジオ番組をやっていて、そこで流れたのが「さらば青春」。一聴して気に入ってしまった。良い曲書くなぁ。その時にカップリングの曲「メトロ・ランデブー」も流れたがこちらも気に入った。中野のインタビューの受け答えも印象がよくて、何の質問か忘れたけど “ステージでは革ジャンなんか着てかっこつけてます”って答えていて、そういうのは大事だよな、と思ったり。ロックンロールは艶つけにゃあかん。インタビューでは「さらば青春」のミュージック・ヴィデオについての話もあり、冬の感じを出すため、たしか冷凍庫で撮影したと話していた。とても寒くて洋服の内側にホッカイロとか貼っていたけどギターを持つ手が震えて…みたいな内容を話していた。このヴィデオも良くできている。 「さらば青春」は中野が高校3年生の頃に作った曲だが、これまで録音されていなかった。少女から大人へ移り変わっていく姿を描き出したこの曲をリリースするのはこのタイミング(彼女たちは21歳だ)が最適だろう。ラジオで言っていたが曲が出来て、高校を卒業して、今改めてこの曲に対すると、作った時とは違う俯瞰した視点で向き合えることができたという。多くを語る歌詞ではないが、語られない部分に思いを馳せることもできる優れた内容だと思う。2014年のスローバラードと言える曲だ。今回のレコーディングにあたっては“何も言わず さらば青春よ~”のCメロの部分を加えて完成させた。この部分に卒業から今まで、そしてこれからの思いが込められている。 個人的には冬という季節があまり好きではないが、この曲を聴くとこれまで過ごしてきた冬の思い出の断片(たぶん楽しかったのだろう)がフラッシュバックされて、ちょっぴり冬という寒い季節が好きになった気がする。 カップリング収録は3曲。ギター荒谷朋美作曲のシャープなエッジのロックンロール「メトロ・ランデブー」はギターとキーボードのコンビネーションも最高だし、途中のドラムロー...

私の放浪音楽史 Vol.40 JOY DIVISION『LOVE WILL TEAR US APART』

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1980年4月、ファクトリーよりリリースのシングル。 ジョイ・ディヴィジョンの楽曲を聴いたのはこのシングルが初めてじゃなかったと思うが、この「Love Will Tear Us Apart」は強力な印象を残した。私が手にしたのは12インチだったが(7インチはジャケが違う)、ジャケットのゴシックな嘆きの天使の墓石というかトゥームのモノクロ写真だけでもインパクト大。あらためてネットで調べてみると(今は便利)イタリアのジェノヴァにある墓地“Staglieno Monumental Cemetery”というところで撮影された写真を使用している (アルバム『クローサー』のジャケットも同所のトゥームを使用しているようだ)。ファクトリーのデザイナー、ピーター・サヴィルによるスリーヴ・デザインはまさに芸術作品といえるジャケット。シングルのリリースはヴォーカリストのイアン・カーティスが自死した1980年5月18日の前月、1980年4月だった。 閃光のように始まりを告げるアコースティック・ギターのカッティング、メロディを際立たせるベースライン、深みと広がりを与えるシンセサイザーのフレーズ、イアン・カーティスの低く、精神の深淵を思わせる歌声は、お互いの愛が近づけば傷付けあうものである事を告白し、“もう一度、愛が僕らを引き裂く”と歌う。 「Love Will Tear Us Apart」のレコーディングは1980年3月に2回のセッションが行われており、 シングルのA面にはストックポートのストロベリー・スタジオで録音されたヴァージョンが収録されている。このヴァージョンは性急にハイハットを刻む歪んだ16ビートが特徴で、流れるようなメロディとの対比が歪な美しさを感じさせる。テンポはやや遅め。もう1回のセッションはオールダムのペナイン・スタジオで録音され、こちらはストロベリー・スタジオのヴァージョンと比べるとテンポが速く、ドラムはハイハットの刻みを工夫しているがエイトビートを基調としリズムは安定していて、バンドの一体感が感じ取れるヴァージョンだ。シングルのB面2曲めに収録されている。今聴くとこちらのヴァージョンが好み。 B面の1曲めにはやはりペナイン・スタジオで同時期に録音された「These Days」が収録されている。この曲もアレンジが工夫されていて得にギター・ストロークのタイミングや鳴りが絶妙...

Shiggy Jr.「SATURDAY NIGHT TO SUNDAY MORNING」

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2013年11月13日、モナレコードからリリースのミニ・アルバム『Shiggy Jr. is not a child』より。 Shiggy Jr.のファースト・ミニ・アルバム。アルバムのタイトルはShiggy Jr.のポップさが“ただ無邪気なだけじゃないぞ”という思いを込めたものなのだろう。 1曲めに収録されている「Saturday night to Sunday morning」はポップ全開、誰が聴いても解り易く楽しめる曲。 2枚めのミニ・アルバムと異なり、メンバーはキーボードを含む5人組体制でサウンドもバンド感のあるもの。軽快なリズム隊とキレのあるワウを使ったギター・カッティング、一度聴いたら歌いだしたくなるサビのメロディを持ち、熱いギター・ソロ、キーボードのソロもフューチャー、練られたアレンジで繰り返し何度も聴きたくなる、これまたキラーチューン。 ポップであることを至上命題にしているバンド(というかギターの原田)だからこそ作り出せたサウンド。繰り返す日常、少しの怠惰、楽しい時の輝き、その輝きが失われていく時の喪失感をうまく表現している歌詞も、感情が表出し過ぎずちょうどいい(これは他の曲にも言える)。このあたりが“not a child”なバランスといえると思う。「Saturday night to Sunday morning」はもともと原田がヴォーカルも担当していた以前のバンドで演奏していた曲だそう。 他の曲は、原田のヴォーカルも少し聴けるセンチメンタルな「サンキュー」、ヴォーカルの池田が好きだというチャットモンチーのテイストが感じられるサウンドのかっ飛びチューン「oh! yeah」、オルタナ系ノイジーなギターが聴ける「(awa)」、アルバムの中で唯一他のメンバー(ドラムの藤井良太)が作詞作曲した「今夜はパジャマ☆パーティー」は、多くの人に覚えがあるだろう深夜のまくら投げ戦争の歌。このミニ・アルバム・リリース時のバンドメンバーは全員同じ大学出身で、そんな学生生活の一端がストレートに伝わる曲、という感じ。ラストはアコースティックなラヴ・ソング「バイバイ」。全6曲入り。

Shiggy Jr.「LISTEN TO THE MUSIC」

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2014年7月16日、モナレコードからリリースのミニ・アルバム『LISTEN TO THE MUSIC』より。 たまたま見たJ-COMのテレビ番組「MUSIC GOLD RUSH」(お笑いコンビ・サバンナの高橋茂雄が司会をしている)で取り上げられていたShiggy Jr.。インディーズ・バンドは山ほどあるなぁと思って見ていたのだが、このバンドのセカンド・ミニ・アルバム『LISTEN TO THE MUSIC』のジャケット・イラストを江口寿史が描いていると紹介があり、なんとバンドメンバーが江口寿史に直接ジャケットのイラストを依頼して実現したそうで、ギャラの交渉も直接したらしい。凄いね。思い切ってるね。番組では江口寿史のインタビューもあり “こういう直接交渉めったにないけど、ギャラの話もちゃんとして、音も気に入ったし”みたいな内容で、出来たジャケットは“ヘッドフォンに流れる音楽に身を委ねたい”という「Listen To The Music」の世界観をイラスト化したジャケットで、80年代ひばりくん等の漫画で慣れ親しんだオヤジの購買意欲を刺激する仕上がり。番組で流れたライヴの模様や、チェックしたYouTubeの動画の音も、いいじゃないか、という内容で購入。 Shiggy Jr.の初ライヴは2013年1月というから、まだ2年足らずのバンド。2013年に1枚目のミニ・アルバムをリリースしているが、その後ドラム、ベース、キーボードが脱退しており、ヴォーカルの池田智子とギターの原田茂幸の二人の他はメンバーが変わっている(ベース、ドラムが加入)。作詞作曲を手掛け、サウンド・プロデュースもしている原田がデモの段階から最終的なサウンドの作り込み・仕上げまでを行っているようだ。このミニアルバムも基本的に演奏トラックは原田の打ち込みによるもので、新メンバーの演奏はほとんど入っていないらしい。 タイトル・トラックの「Listen To The Music」もバンド・サウンドではなく、4つ打ちのディスコ・ビートにカラフルなシンセが加わり、ギターはほとんど聴こえない打ち込みのトラックに “どキュート”な池田のヴォーカルがのったダンサブルでPop&Funtimeなナンバー、キラー・チューン。まちがいなく多くの人に訴求する際立った魅力を持つメロディとサウンドだ。 それでほかの曲がどうかというと...

私の放浪音楽史 Vol.39 STRAY CATS『STRAY CATS』

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1981年、英アリスタよりリリースのアルバム。 ストレイ・キャツが登場するまで“ロカビリー”に縁がなかった私だが、彼らのファースト・アルバム『ストレイ・キャッツ』はかなり衝撃的だった。ブライアン・セッツァーのテクニック抜群でスリリングなギタープレイ、リー・ロッカーのスラップ・ベース、スタンディングで演奏するスリム・ジム・ファントムのドラムが一体となったスピード感がありながらも腰の据わった音像は、パンク・ロック好きの私の気分にもフィットし、それまで感じた事の無かった高揚感をもたらしてくれた。それにブライアン・セッツァーの金髪リーゼントのルックスももちろん気に入った。なるほどこれがパンク世代のロカビリー=ネオ・ロカっていうのか。ジャケットのコンクリートの地下室のような場所に立つ3人の佇まいもかっこいい。 アルバムの冒頭を飾るのは、イギリスでのファーストシングル曲「Runaway Boys」。渋いノリで始まり、ブライアンのヴォーカルに魅せられ、ギターソロが炸裂する頃にはストレイ・キャッツの虜になっているだろう。挨拶がわりの1曲だ。ストレイ・キャッツはアメリカのバンドだがこのデビューアルバム発表前、なかなか盛り上がらないアメリカでの活動に業を煮やしイギリス行きを決意、イギリスでのライブ活動はすぐに評判を呼び、様々なイギリスのミュージシャンが絶賛し、またレコード会社の争奪戦になった。結局、英アリスタと契約しデイヴ・エドモンズをプロデューサーに起用しアメリカ本国に先駆けレコード・デビューとなったのであった。 古いロカビリー曲(「Bop Bop Ba Doo Bop」)を参考にした「Fishnet Stockings」、ウォーレン・スミスの曲をパンキーにカヴァーした「Ubangi Stomp」は裏打ちのギターカッティングが熱狂を誘う。エディ・コクランのスピード感溢れるカヴァー「Jeanie Jeanie Jeanie」、1979年に発生したイランのアメリカ大使館人質事件に材を取った「Storm The Embassy」はマイナー調でストレートなロック。この曲に影響された日本のバンドも多いのじゃないか。ストレイ・キャッツの代名詞ともいえる「Rock This Town」は英セカンド・シングルで本国アメリカでのファーストシングル。どちらの国でもヒットした。「Rumble In Bri...