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私の放浪音楽史 Vol.55 PANTA『唇にスパーク』

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1982年7月21日、ビクター/フライングドッグよりリリースのアルバム。。 パンタのスウィート路線第二弾。 初のCMタイアップ曲「レーザー・ショック」収録。 自伝『歴史からとびだせ』によれば、CMとの関わりは以下のようだった。 パンタ側の承諾なしで広告代理店側が勝手にパンタの起用を進めており、ビクターに打診があるがパンタ側は断りの連絡。内情を聞くと代理店内のパンタファンが進めていた模様で彼らの立場を考慮しパンタが了解する。広告代理店・トヨタ側からはビスタの新型レーザーエンジンをプッシュするため “レーザー” という単語を入れた新曲制作の要望。当初 “レーザー革命” というタイトルだったがパンタの運動歴に配慮し“レーザー・ショック”に変更。 ここからが重要だが、このアルバムにも収録されているスローなナンバー「渚にて」が “レーザー・ショック” になるはずだった。つまり「渚にて」のメロディに “レーザー・ショック” という言葉をいれた歌詞で作られた曲で、パンタによれば詞と曲の相性も抜群。レコーディングもされており、スタッフ全員、トヨタ側の課長・部長もお気に入り、だったがトヨタの取締役が “宣伝にスローな曲を使った車は売れない” とダメ出し。それで急遽リリース版「レーザー・ショック」が作られ、アレンジは伊藤銀次に依頼。ここでも伊藤銀次が怒り出すほど代理店・トヨタ側のアレンジに対する要求があったという。 長々と書いたけど、何が言いたいのかというと、この「渚にて」の別歌詞ヴァージョンである「レーザー・ショック early Version」の音源が存在する、ということだ。発表してくれ~。聴かせてくれ~。 さてアルバムの内容はというと、前作『KISS』は歌詞を他人に依頼したがこのアルバムでは全てパンタ(中村治雄)作詞。編曲は前作の矢野誠に加えて伊藤銀次が参加。フランジャーの効いたギターのイントロで始まるニューウェイヴならぬ「P-WAVE」。アレンジは伊藤銀次。パンタ・ウェイヴは大きな波にならなかったけどね…。アルバム全体に言えるけどパンタのヴォーカルはメロディを丁寧にトレースするものでとても聴き易い。前作よりは断然ヴォーカルが“立って”いる。 野球に見立てた恋の駆け引き「Hipにストライク」。“そんなにおびえた目でオレを見ないで”ってところがスウィート路線。パンタって野球好きなの...

私の放浪音楽史 Vol.54 巻上公一『民族の祭典』

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1982年2月、東芝EMIよりリリースのアルバム。 ヒカシューの巻上公一のファースト・ソロ・アルバム。発売当時かなり聴きこんだなこれ。 童謡、歌謡曲、異国の民謡やポップス、ヒカシューの曲の再演、オリジナルの新曲まで全10曲。ヴァラエティに富んでいてコンパクトにまとまっている。民族 “歌の” 祭典といったところ。アナログの帯には “聴く奴の偏差値が暴かれる!…とはいうものの若者達の心に滲みる名曲の数々” と書かれてる。そう “カヴァー” なんて気の利いた言葉は使ってなかったんだ、この頃は。アナログ盤には歌詞カードの裏に巻上・上杉清文・南伸坊・鈴木祐弘による曲解説のような座談会が載っているが、ここでもカヴァーなんて単語は一度も出てこない。 演奏はヒカシューで、ゲストに立花ハジメ、ゲルニカの上野耕路と戸川純、チャクラの板倉文明が参加、何故ヒカシューとしてではなく巻上のソロ名義としてリリースしたのかは分からないが、大正後期~昭和終戦直後くらいの間に発表された曲を取り上げた巻上の趣味的な面があったからだろうか。いにしえの名曲をエレクトリックでシンセなども使いながらフリーキーでアヴァンギャルドも織り交ぜたアレンジ。当時音楽に限らず映画やイラスト、デザインなどにも現れ始めていたレトロ・フューチャー的な表現方法と言える。 エキゾチックな雰囲気のフェードインによる「森の小人」でアルバムは始まる。前年の1981年にリリースしたヒカシューのアルバム『うわさの人類』は映画『フリークス』に影響を受け制作されたものだが、その流れともいえる選曲。小人たちのカーニヴァル。これもちろん元の歌を知っていて取り上げたんだろうな…。久しぶりにこのアルバム(アナログ)聴いたけどベースのフレーズとドラムの音がくっきりしっかり録音されていて、いい音だなと感じた。 続く昭和初期の満州/ソ連の国境的イメージの「国境の町」。または巻上にとっては夢野久作「氷の涯」がイメージとしてあるという。読んでみるかな。これは知っている人が多いと思う軽快なアレンジの「桑港のチャイナ街」。続いてヒカシューのアルバム『夏』のオープニング・ナンバーだった「アルタネイティヴ・サン」の再録。チャクラの板倉文明がギターで参加。インド・ラーガ的とも取れるアレンジで原曲とは違った魅力がある。これもお馴染み、アメリカのスタンダード・ナンバー「私の青空...

私の放浪音楽史 Vol.53 アナーキー『亜無亜危異都市』

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1981年5月21日、インビテーション/ビクターよりリリースのアルバム。 このページの少し前に書いたけど、ルースターズの『à-GOGO』と一緒にカセットに録音して聴いてたアナーキーのサード・アルバム。たぶんアナーキーはこのアルバムを最初に聴いたと思う。ファーストはそれなりに話題になってたと思うけど聴いてなかった。なんだろうなぁ。暴走族からパンクバンドへっていう情報が入ってたからかなぁ。バンド名の漢字表記とか当時は馴染めなかったし。まぁそんな関係かどうか各種武勇伝やら色々とあるバンドでもある…。 で、サード・アルバムはプロデュースがマイキー・ドレッド、エンジニアにスティーヴ・ナイ、録音はロンドン・エアー・スタジオで行われた、という話題やクラッシュの面々がスタジオに遊びに来ていたという情報もあり、聴いてみようかなと…思ったのかもしれん。 全体的にクラッシュ直系のタイトでドライなサウンドで作られたアルバムは、 “金であやつるヤツも居なけりゃ あやつられるヤツも居ない” というアナーキーの面々が考える都市の姿を描き出した「アナーキー・シティ」で始まり、1980年代初頭の日本の右傾化に反応した「戦争」、「右」、「心の銃」と3曲続く流れ。安易にピストルが欲しいなんて言わず、心の銃ってところが当時も共感出来た。聴く者に演奏者と同じだけのエネルギーを求める「醒めるな」なんて曲を聴くとアナーキーというバンドは熱いバンドだったんだなとあらためて思う。今回聴いていいなと思ったのが「自由」。ファースト(象徴をピー音で消された)やセカンド(タレントを揶揄する曲が外された)の過去アルバム制作時の事をベースにしたのか、自由に歌えない、発表出来ない不自由さを歌ったもの。のちのアナーキー~ザ・ロック・バンドに通じるルーズなサウンドもいい。 アナログではB面にうつって、テレビに慰めを見出している日常を歌にしたレゲエ・テイスト「TV」とそのダブ「TV(DUB)」が続きマイキーの本領発揮。この後は「都市(まち)」、モータウン調のハネたリズムの「探し出せ」、スカビートの「SAFETY ZONE Ⅱ」といったお前らの生活それでいいのか、という内容の歌が続き、ラストは大人達に異議申し立て、作り変えちまおうというロックンロールナンバー「改革子供(REVOLUTION KIDS)」で終了、そのメッセージはアルバム1...

Drop's「moderato」

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2015年7月22日、STANDING THERE, ROCKS/キングからリリースのアルバム『WINDOW』より。 部屋の窓や車窓から見えた風景、またはバンド自身が見せる(聴かせる)様々な窓としての楽曲。『WINDOW』と名付けられたDrop'sの3枚目となるフル・アルバムがリリースされた。 ジャケットはゼップの3枚目を意識したのかな、ジャケット下の円盤を回転させると、ジャケットのくり抜かれた幾つもの窓から色々な写真が見られるように加工された凝った作りのものだ。CD+DVD盤のDVDには、3曲のMVと2015年3月27日東京キネマ倶楽部でのライヴから3曲が収録されている。 1曲選んだのは作詞:中野ミホ、作曲:石橋わか乃(Key)による「moderato」。 キーボードの石橋が作っただけあってピアノとオルガンが活躍するが、イントロの荒谷の小刻みなギターカッティングからして小気味よいし、ベースラインも石橋が具体的に依頼したそうだ。ギター・ソロの入り方がヴォーカルのメロディとユニゾンで入るところもカッコいいし、その後のキーボード・ソロもドアーズみたいでいい感じ。終盤の歌詞 “何かつめたい飲み物をちょうだい 馬鹿みたいにきれいな色した 強いやつをね” ってところが決まってるなぁ。3分ちょっとの曲だけどソロの長さで長尺のエキサイティングなナンバーになるんじゃないかなっていう勝手な妄想も抱く。もうちょっと長く聴いていたい曲なんだな。 アルバムの他の曲を簡単に紹介。 アメリカン・ロックなイメージで勢いのある「NANANA FLAG」やメンバーの合いの手も珍しいんじゃないか「ローリン・バンドワゴン」はライヴで盛り上がりそう。ロカビリー調の「ホテル・カウントダウン」、アルバムからのリードトラックとしてMVが作られ、ストレンジな雰囲気を持ったハード・チューン「ハイウェイ・クラブ」、キャロル・キング(の「It's Too Late」あたり)に似た雰囲気を持った「三月のブルー」、Drop'sらしいロックンロール・チューンの「ビート」や「天使の雲」、冬と春にリリースされていたシングル表題曲の2曲「さらば青春」と「未来」、最後は鼻歌から作ったという「ベリーグッドモーニング」で、 “洗濯物の路地裏をくぐりぬけ 風を読んだら縦書きの坂道”という歌詞から中野ミホの東京に対す...

60FT DOLLS「STAY」

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2014年に出るんじゃないかと言われていた60ft Dollsのデビュー・アルバム『The Big 3』の拡大盤。オンライン・ファンジンのGod is in the TVでのカール・ビヴァン(60ft Dollsのドラマー)のインタヴュー。 INTERVIEW:Carl Bevan 2015年7月に2枚組『The Big 3 Deluxe Expanded Edition』としてリリースされている。 60ft Dolls「Stay」、1996年。 アルバム『The Big 3』からのセカンド・シングル・カット・ナンバー。

THE WHEELER「FEELS LIKE SUMMER」

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2015年2月20日、Silva Screen Recordsより配信リリース。 NHK Eテレで毎週土曜日午前9時から放送しているテレビ・シリーズは現在第4シーズンを放送中だが、私がこのクレイアニメを見始めたのは第1シーズンの再放送だったと思う。 最初の頃の「ひつじのショーン」は牧場にひつじ達の黒くて丸い“ふん”が至る所にころころと転がっていて、変わった子供向け番組だなぁと思った。それにセリフが無いのでジェスチャーや表情だけで内容を理解するというのも面白い。動物達の鳴き声はあるけど、登場する人間(牧場主たち)も理解できるセリフは発しない。いつからか、ひつじ達の“ふん”は牧場から全く無くなった。今ではエンディング・クレジットの流れる映像で見ることが出来るだけだ。その「ひつじのショーン」が映画になった。 タイトルは『Shaun the Sheep The Movie(邦題:ひつじのショーン~バック・トゥ・ザ・ホーム~)』。もともとは同じアードマン・アニメーションズが1995年に制作した他の映画の脇役として登場したショーンが、2007年に1話7分のテレビ・シリーズとして放送が始まり、誕生20周年の2015年に大スクリーンの主役となったわけだ。85分の長編映画となってもセリフは無し。これがいい。セリフが無い分、話の内容が大げさだろうが 泣ける部分があろうが嫌味に感じない。起伏のあるストーリーが丁度いいんだ。話の内容は子供向けなんだけどこのハッピーな感じ、好きだなぁ。あ、田舎で暮らしているショーンたちが大都会で冒険する話ね。まぁ子供に混じって観るのは多少気がひけたけどね…。 で、映画の中でも重要な、というかノスタルジックな意味づけもある主題歌がティム・ウィーラーの「Feels Like Summer」。ティムはAshのヴォーカル・ギタリストである。Ash…ブリット・ポップ・ムーブメントといわれた1990年代中盤、そのバンド名は頻繁に目にした。私の贔屓にしている60FT DOLLSが収録されているコンピにAshの曲が収録されているものもあった。 ティム・ウィーラー、元カイザー・チーフスのニック・ホジソン、イギリスの作曲家イラン・エシュケリによって書かれた3分間の甘酸っぱいブリット・ポップなナンバー。ビーチ・ボーイズ・テイストも感じるサマー・ソング。   「Feels ...

小山卓治「ハヤブサよ」

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2015年5月30日、Blaze/Ribbonからリリースのシングル(CD-R)。 小山卓治のCDを買ったのは久しぶりだなぁ。 一番最初の自主シングルはともかく、1980年代にリリースされたディスクはシングル、アルバムとも全部揃ってる。1990年代からは買っては手放しって感じで、インディになってからは買う事もなくなってしまったんだけど(まぁ、その辺で売ってなかったしね)。80年代、日本のスプリングスティーン・フォロワーの一人としても紹介されていたが、甘すぎず、一番リアリティがあるというか、紡ぎだす物語がファンタジーじゃなく、絵空事にすぎない感じがしたものだ。 …だけどストーリー仕立ての楽曲は初めのうち “これを歌にするとは” という驚きがあって新鮮だが、何度も聴いているうちに、あまりに具体的すぎるストーリー性が仇になって聴かなくなってしまう。物語の結末を知っている訳だからね…。でも本当にいい曲は耐性を持っていて、発表されて数年後に聴き直してみると、あぁやっぱりいいな、と感じるものだし、自分が歳をとってから聴いて受ける新たな印象というのもある。私が小山卓治の1980年代のディスクを手放さないのは、聴きたい時が必ずあったし、これからも来るからだと思う。 いつからか白浜久のブログを読むようになった。 2014年11月15日に南相馬で小山卓治と白浜久のライヴがあり、この2人が一緒にライヴをするというのも意外だったのだが、白浜久のブログに載っていた、その道行きも興味深いものだった。南相馬へ向かうにつれて高くなっていく放射線量、地震に破壊されたままの風景、除染土を入れた袋が積み上げられ変わり果てた風景、宿舎にした仮設の集会所、ライヴ終了後打ち上げの事などが写真と共に綴られていた。ライヴ2日後のブログにはこう書かれいる。  “今回の福島訪問で感じたこと  小山氏が呟いた「この現状を伝える言葉を僕は持っていない」  これに尽きる” 小山卓治のFacebook、2015年4月21日付けには、こう書かれていた。  “新曲〈ハヤブサよ〉は、福島県南相馬でライヴをやったことがきっかけで生まれた。  (中略)  その時に目の当たりにした現実を誰かに伝える言葉を、僕は持てなかった。  被災地の人たちが体験したことを、僕は想像でしか感じることができなかった。  この現実を伝える...

ましまろ「ガランとしている」

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2015年5月13日、ariola/ソニーからリリースのシングル。 クロマニヨンズの真島昌利(G.Vo)、 ヒックスヴィルの真城めぐみ(Vo)と中森泰弘(G.Vo)という3人で結成された“ましまろ”のデビューシングルで4曲入り。 メインヴォーカリストは真城のようだけど、オリジナルの3曲は真島昌利の作詞・作曲だし、バディ・ホリーのカヴァー「ハートビート」は真島の日本語詞が歌われているからマーシー・ワールドは堪能できる。ゲストでベースにハマ・オカモト(OKAMOTO'S)、ドラムに岡本啓佑(黒猫チェルシー)が参加。 真島がかつて在籍していたブルーハーツは1987年のメジャーデビュー当時シングル何枚か聴いたけど、パンクロック勃興からほぼ10年たった頃で、今更初期パンク・タイプのストレートなサウンド(大雑把に言うとピストルズ・クラッシュ・ラモーンズの影響下)を聴くのもなぁ、と思っていた。私よりもう少し下の年代が聴く感じだった。1989年に真島昌利がリリースしたソロ・アルバムが気に入ってからブルーハーツの真島ソングを聴くようになったけど。 そのマーシーのソロ『夏のぬけがら』に通じるフォーキーでやわらかな「ガランとしている」は、百合、薔薇、鬼灯と植物の名前が出てくる謎めいた歌詞、それに “何もないようなふり” っていう言葉がひっかかるなぁ。隠れたメッセージがありそうな。誰もいなくてガランとしているけど、それは目には見えない何かがあるから…、っていうのは考え過ぎか…。 その他、2曲目の「公園」はガレージ感のあるナンバー。今はなくなってしまった思い出の公園の歌で、何故なくなってしまったのか、その跡地に何が出来たのかもわからないが、怒気を含んだマーシーの声からは、幼いころから通っていた公園がなくなってしまった事に対する強い憤りが伝わる。 「しおからとんぼ」はマーシーのヴォーカルから始まるが、“夕立のひとしづく”なんて歌詞、昭和で懐かしい感じだなぁ。夕立っていう言葉から受ける夏の雨のイメージは、近頃の酷いゲリラ豪雨みたいなものと違う印象だ。 バディ・ホリーの「ハートビート」は原曲のドキドキ感を日本語に意訳した少年の恋のときめき。オリジナルと同様軽快なカヴァー。 “木造校舎”って言葉がこれまたレトロ。 次はアルバムか…リリースは9月2日。

Shiggy Jr.「サマータイムラブ」

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2015年6月24日、Universal Sigmaからリリースのシングル。 このコーナーでShiggy Jr.の紹介をしたのが2014年11月だから7ヶ月ぶりか。その時にもメジャー移籍は時間の問題と言われていたが、待望のメジャーデビュー・シングル。インディでの2曲のキラーチューン「Saturday Night~」と「Listen To~」があるだけに、この2曲を超えるどんな曲がリリースされるのか、と期待は高まっていた訳だが(まぁ私の中では)。さて…。 タイトル・トラック「サマータイムラブ」は一聴してその2曲を踏襲したポップでキャッチーなディスコ・チューン。弦の流麗な響きとホーンの迫力はさすがメジャーというサウンド・クオリティ。前作ではほぼ打ち込みだったというリズム・トラックも、今回はリズム隊メンバーが活躍(ちなみにドラム・チューナーのクレジットは三原重夫)。特にベースラインが強力。ぜひMPプレーヤーのヘッドフォンだけじゃなく、ステレオのスピーカーで鳴らして聴いて欲しいなぁ。歌の内容はサマータイム制度の恩恵を受けた恋愛模様。 カップリングには相合傘ソング「keep on raining」。イントロのアコースティックギターのカッティングが良い。こちらもホーンの煌びやかな曲だ。まぁメジャーデビュー・シングルだからといって曲調に大きな変化はないけど、楽器間のコンビネーションやアレンジ、表現力はグレードアップした内容。池田の歌も丁寧に歌うところが目立っていると思う。 バックトラックの良さはカップリングのInstrumental Versionで聴いて欲しい。「サマータイムラブ」の涼しげな弦の響きがいい。「サマータイムラブ」はロロロのリミックス・ヴァージョンを収録している。 初回盤付属のDVD、若干レトロなイメージで作ってあるがMVはもう少しカッコ良く作って欲しいなぁ。バンドのイメージが明るく楽しくは分かるけどね…。 レジーのブログ LDB(仮)にインタビューあり、なかなか興味深い内容。 Shiggy Jr. 「サマータイムラブ」リリースインタビュー(前編) Shiggy Jr. 「サマータイムラブ」リリースインタビュー(後編) ナタリーでもインタビューがある。 Shiggy Jr. サマータイムラブ・インタビュー 次はアルバムか…。

私の放浪音楽史 Vol.52 TOM ROBINSON BAND『POWER IN THE DARKNESS』

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1978年、EMIよりリリースのアルバム。 私のまわりではストラングラーズ、クラッシュに次いで人気のあったトム・ロビンソン・バンドのファースト・アルバム。鋭利なサウンドというよりはメロディックでパワーポップ的な楽曲に社会的なメッセージの歌詞が特徴だった。トム・ロビンソンのベースを弾きながら歌うスタイルもカッコよかったなぁ。ジャケットの握り拳もトレードマークで日本盤アナログには、 この握り拳を“POWER IN THE DARKNESS”の文字が囲んだ図柄のジャケット・サイズのステンシル・シートが付属していた。日本盤はデビュー・シングルの「2-4-6-8 Motorway」をアルバム冒頭1曲目に追加した11曲入り(UK盤は10曲)。このシングル曲のみヴィック・メイルのプロデュース、 他アルバム曲はプロデュースにクリス・トーマス、エンジニアにはビル・プライスが起用されている。 トム・ロビンソンは既に子持ちらしいが、このデビューの頃は自身がゲイということを公言し性的マイノリティだけじゃなく、人種などのすべてのマイノリティに対する差別への怒りを表明し、マイノリティの権利を主張していた。それはファンキーでパワフルなアルバム・タイトル・トラック「Power In The Darkness」に顕著だし、自分自身の為に立ち上がれというメッセージを持った「Ain't Gonna Take It」や「Better Decide Which Side You're On」でも訴えている。更にマーク・アンバーのキーボードが効いている性急なビートの「Long Hot Summer」では自分達の音楽で闘いを挑むことを宣言した。 その権利主張は“もうがまんできない!”という当時の状況があったわけで、騒動が溢れかえるストリートを描いたパンクロック「Up Against The Wall」や、住んでいる街で生き残りをかけた争いが起きている危険な状況を描いたシャッフル・ビートの「You Gotta Survive」、夢さえもが絶望的な、ダークなサウンドの都会的ブルース「Too Good To Be True」、権力の傍聴について歌った「Man You Never Saw」といった曲群で当時の状況を表現している。 1978年に1979年冬の仮想ストーリーを作り、このままいったらもっと悪く...

STEELY DAN「THE FEZ」

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2009年、Universalからリリースのベスト・アルバムより。 最近ブックオフでは、有名アーティストのちょっと古いベスト盤は輸入盤だと2枚組500円で売ってることも。『THE VERY BEST OF STEELY DAN』も2枚組、500円だったんで入手。スティーリー・ダンは凄く安く買った『Aja』のアナログ盤(1980年の国内再発)のみ持ってたんだけど、良さがわからなくて、あまりに都会的でスムーズ過ぎるっていうか…、構築的すぎるというか…。あとドナルド・フェイゲン『ナイトフライ』もCDで持ってたな。 で、このベスト盤、『キャント・バイ・ア・スリル』~『ガウチョ』までの各アルバムから年代順に数曲ずつ収録されているんだけど、ハマった。1曲目の「Do It Again」から凄く良い曲。パーカッションの使い方がいいなぁ。これがスティーリー・ダンかぁ。全然印象違うなぁ。まだバンド的なノリもありつつスタイリッシュ。 他にも名曲目白押しだ。いやー、初期から聴いていくとこのバンド(ユニット)の洗練具合がわかるっていうか、『Aja』の楽曲も新鮮っていうか違って聴こえる。いい!聴き直しましたよ『Aja』のアナログも。聴かないくせに飾ってあったんだけど、ジャケが好きで。いいなぁ。特に「Deacon Blues」。私のスティーリー・ダンへの興味はイギリスのスティーリー・ダン・フォロワー(?)のプリファブ・スプラウトやダニー・ウィルソンなんかを経由してたんだけど、そのあたりの音好きにも初期~『Royal Scam』くらいまでのサウンド取っ付き易いんじゃないだろうか。まぁ今となっては全部いいんだが。 それに私がPANTA&HALのアルバム『マラッカ』のレヴューをした時にひと言もスティーリー・ダンに触れていないけど、このアルバムがフュージョン的な影響下というのを知っていたものの、スティーリー・ダンの楽曲を聴いてからだと『マラッカ』から受ける印象もなるほどなぁ、と思えてくる。複雑な曲構成とコードワーク、2本のギターの絡み、凝ったハーモニー、難易度の高い楽曲をつくり、そのサウンドに時に社会的な歌詞が歌われる。例えばスティーリー・ダンの「The Fez」(オリジナル・アルバムでは『Royal Scam』収録)とPANTA&HALの「ココヘッド」からは共通したエキゾチシズムを感じ...

江口寿史著『江口寿史の正直日記』

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2015年6月、河出書房新社刊。 江口寿史の漫画は「すすめ!!パイレーツ」から読んでた。「ひのまる劇場」、「ひばりくん」、「エイジ」、「エリカの星」くらいまでか。1980年代に出た単行本はほとんど買ってると思う。それらは幾度の引っ越しにも売られず、捨てられず、まだ我が家の段ボール箱に入っている(まぁ読み返すこともないんだけど)。 江口寿史の文庫が出ると知って本屋の漫画コーナーをぐるぐると探したけど無いので、 “正直日記”というからにはもしかして文章?と思って文庫コーナーを探したら、ありました。漫画じゃなかったんだ。1999年~2002年にかけて江口寿史のホームページで公開していた日記を収録。2005年に単行本として出版したものを一部改訂、追加収録で文庫化したもの。 年代が古い(もう10年以上前だ)ので、ソニーのアイボが出て売り切れとか、椎名林檎のデビューの頃とか、やや懐かしいモードなので、どうかなと思ったのだが、江口寿史の好きな音楽の話とかも載ってそうなので買って読んでみると面白い。江口寿史は追っかけて読まなくなってからイラストが主で漫画執筆はあまり書き込んだものじゃなく短編のみ、と思っていたけど、仕事は結構いれてるんだな、という印象。 でもこの頃はアシスタントを使わず、取材も念入りに、となるとやはり筆は遅くなり、締切は過ぎて…。この頃も落としてるんだ…連載。白いワニが出ていたころと変わらず…。徹夜、休み無しの執筆の苦悩、仕事が進まないながらも呼ばれれば酒を飲みに行く。確かに正直に書かれていて読んでる方もドキドキする。まぁ多少の誇張と調整はあるらしいが。これ落としちゃうんじゃないの?飲みいっちゃっていいの?週刊の連載引き受けて大丈夫?あーやっぱり…。作品のクオリティの追求は理解できるが、確かに山上たつひこもあきれるよなぁ…。恐るべし江口寿史、もはや職人。 他、医者に行ったとか、コンサートに行ったとか、ラーメン食いに行ったとか日常の記録、ほぼ実名で書かれていて楽しく読める。音楽的な話題もそこそこあったけど、2002年7月3日、7月18日の日記、正直だなぁ。 カフェ・ジャックス聴いてみるかな。

私の放浪音楽史 Vol.51 TELEVISION『MARQUEE MOON』

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1977年2月、エレクトラよりリリースのアルバム。 テレヴィジョンのファースト・アルバム。 1981年~1982年頃はアメリカ(ニューヨーク)のパンクってほとんど聴いてなかったなぁ。ブロンディ(パンクかな…)、ハートブレイカーズ、ジョニー・サンダースくらいか。リチャード・ヘル&ザ・ヴォイドイズのファーストは当時入手難だったんじゃないか。だから聴いたのはもう少し後だった。ラモーンズももっと後なんだよね、良さがわかるのは。だからテレヴィジョンの『マーキー・ムーン』はイギリスのパンクバンド一辺倒だった私へ、ニューヨーク・パンクの強力な一撃だった。神経質そうな痩せたトム・ヴァ―レインの眼差しが目を引くロバート・メイプルソープによる写真を使用したジャケット。裏ジャケットには"単純で不気味な感じのらせん状のイメージを使いたい”というトムの依頼でビリー・ロボのアートが使われている(確かにこの裏ジャケのデザインは奇妙に感じた)。プロデュースはトムとアンディ・ジョンズ(グリン・ジョンズの兄弟)で、アンディはプロデュースというよりエンジニアとしての腕を見込まれたようだ。 後々タモリ倶楽部の“空耳アワー”で紹介された(言われるまでそう聴こえなかったけどね)「See No Evil」。ぐるぐる回るようなリフが印象的。線が細いけどエモーショナルなトムのヴォーカルも一発で気に入った。ギターのパッキング・フレーズが好きな「Venus」。トムのギター・ソロもいい。“ミロのヴィーナスの腕に落ちていった”というありえないシチュエーションの歌詞もユニーク。ギターの半音階的なフレーズがビザールでガレージ・サイケデリックな「Friction」。後半のギターソロ前の“F・R・I・C・TION”ってとこが最高にカッコいい。タイトル・トラック「Marquee Moon」。絶妙のコンビネーションで曲は進む。手数の多いドラム、官能的ともいえる2本のギターの絡みとクールなベースライン、ドラマティックな展開。10分余りの長さをまるで感じさせない。そのサウンドはスリルの連続でありながら、聴く者の神経を甘美に弛緩させる作用もあるミラクルなナンバー。アナログでは9分半頃の一旦静かになり再び歌が始まるところでフェイドアウトするが、CD化の際には完奏ヴァージョンでの収録となっている。 アナログ盤ではB面の1曲目だった叙情的な「El...

私の放浪音楽史 Vol.50 BRUCE SPRINGSTEEN『BORN TO RUN』

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1975年8月25日、Columbiaよりリリースのアルバム。日本盤は1975年10年25日CBSソニーよりリリースされた。 『Born To Run』30周年盤のブルースによる解説には、こう書かれている。 (アズベリーパークの)“ボードウォークの近くのキングズレーとオーシャンというふたつの大通りが、地元の者たちがサーキットと呼ぶ楕円形のレーストラックを形成していた” (1974年)“その夏、俺は2000ドルで、生まれて初めて車を買った。57年型のシェビー。4気筒のデュアル・キャプレター、ハーストのギアシフト。 ボンネットにはオレンジ色の羽のように広がる炎が描かれていた” 公道をサーキットがわりに走ることでスピードに自暴的なスリルと生きるための僅かな希望を見出す。ブルース自身がそうしていた訳ではないと思うが、そこで行われている出来事や集う若者たちに自分との共通した感情を見出し、観察することで歌=物語を紡ぎだしていたのだろうと思う。このアルバムの事を夏のある一晩、様々な場所で起きた出来事を歌った、とブルースは語っていた。 このアルバムがリリースされたのは1975年、私が聴いたのはその6年後くらいだったと思う。友人に借りて聴いたのだが、“発見”だったなぁ、1975年にこんな衝撃的な内容のアルバムがリリースされていたとは。ロック・ジャーナリストのジョン・ランドウが1974年5月にライヴ評をボストンのリアル・ペーパーに載せている。 “I saw rock and roll future and its name is Bruce Springsteen.  And on a night when I needed to feel young, he made me feel like I was hearing music for the very first time.” そう、まるで音楽を初めて聴いたときのような気分にしてくれた。私が『Born To Run』を初めて聴いたときも全くその通りだった。 夜に隠された魔法を解き明かそうとし、無防備ともいえる若さのもとでの友情と愛情、信頼と裏切り、自由と拘束を歌い、自分たちが何者なのかを問い、ここではない何処かを目指して走りだそうとする姿を描いた。その推敲された詩/物語とデリケートに選び抜かれた音色とパワフル/リリカルな演奏ス...

私の放浪音楽史 Vol.49 佐野元春『HEART BEAT』

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1981年2月25日、Epicソニーよりリリースのアルバム。 佐野元春のアルバムを初めて聴いたのは『ハートビート』か『サムディ』(1982年)か、どっちだったか思い出せない…。けど、まずはセカンド・アルバムの『ハートビート』。ジャケットが好き。収録曲の「Night Life」を映像化したようなモノクロームのフォト。 “決まったぜ”という裏ジャケもいい。勢いを感じるなぁ。アルバム・タイトルはバディ・ホリーの楽曲からとられたいう。 佐野元春のサウンドは私が当時聴いていたパンク/ニューウェイヴとはまた違った新しさを感じさせるものだった。言葉をコラージュするように描く都市の風景、登場人物たちのユーモラスな会話や時にシリアスなモノローグ、その言葉をビートの効いたサウンドに出来るだけ詰め込んだポップチューン、イメージをたくさん盛り込んだリリカルなバラッド。クールでエネルギッシュでソウルフル。そして何より各曲ギターソロというものがない。間奏にギターを使ってない。これは個人的に画期的だった(何しろハードロックを聴いてきたからね…)。 オープニングの「ガラスのジェネレーション」は、Get Happy!と歌うカラフルでポップな曲だが、ラストに“つまらない大人にはなりたくない”というフレーズがあるため、佐野が年齢を重ねるにつれて歌う事を逡巡させることになる曲。個人的には佐野元春版マイ・ジェネレーションと思うのだが。THE WHOの「My Generation」には“I hope I die before I get old”という歌詞があるが、佐野はTHE WHOほど刹那的なフレーズじゃなく“街に出て/恋をしようぜ”と訴えるポジティヴな内容で、少年の心(=ピュアネス)を持ち続けたい、という気分を歌っていると思う。まぁこの時の佐野は気分という生易しいものじゃなく決意表明してしまっているんだが…。そして自分達とリスナーであるティーン達(ガラスの世代)の新しさを高らかに宣言し、自分達よりも少し年上の革命的ジェネレーション(1969年には佐野はまだ13歳だ)との決別を告げるセンセーショナルなポップ・ソングでもある。 続く「Night Life」。金曜の夜、精一杯お洒落した若きカップルのナイトライフ。グルーヴィーなアレンジが気持ちいいし、 “時計を気にしながら早く服を付けて髪も整えたらタクシーで1...

私の放浪音楽史 Vol.48 浜田省吾『ON THE ROAD』

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1982年2月25日、CBSソニーよりリリースのライヴ・アルバム。 浜田省吾のアルバムとしては、このライヴ・アルバムを初めて聴いたんじゃないかな。確か貸しレコード屋で借りた気がする。2枚組でそのうちの1枚は3曲入り12インチ・シングルって扱いだった。1981年12月26日、27日、28日の広島郵便貯金ホールと浜省としては初の1982年1月12日の日本武道館でのライヴから収録。ライヴの演奏はFuseと名付けられたバンドによるもの。 サウンドとしてはアメリカンテイストでハードなロックンロールがベースだが、私が80年代前半に入れ込んでいたパンクとはまた別のストリート感を持った歌詞や、パンクやニューウェイヴでは取り上げられない “愛の追求” が魅力だった。私のまわりでも浜省好きは多かったなぁ。 ジャクソン・ブラウンのライヴ・アルバム『Running On Empty(邦題:孤独なランナー)』をカラフルに模したジャケットもよかった。今持ってるCDは1枚にまとめられ、アナログ盤2枚目のA面に収録されていた「路地裏の少年」がCD化の際に5曲めに、B面に収録されていた「Midnight Blue Train」が11曲目、「On The Road」(スタジオ録音)が12曲目に収録されている。 アルバムの始まりが1976年リリースのデビュー・シングルB面曲でミディアム・テンポの「壁にむかって」からというのも渋い。この曲のライヴ・ヴァージョンではスタジオ・ヴァージョンにあった“恋して愛され決めた彼女とひとつ屋根の下で暮らしてゆく~” で始まる2番の歌詞が歌われていない。ちょっと生活感があり過ぎたかな。以下収録順ではないが簡単に紹介。 1969年の大学闘争を振り返ったフレーズが出てくる「明日なき世代」、ロックンロールの初期衝動を歌った「終わりなき疾走」、都市の底辺を映しだした「東京」の3曲は、スピーディでハードな演奏が聴ける。特に「東京」は爆発寸前のギリギリの感情を表現したスリリングで緊張感がある優れた曲だと思う。スプリングスティーンの「Tenth Avenue Freeze Out」のアレンジをスピード・アップしたような「土曜の夜と日曜の朝」は工員を主人公にした曲。アラン・シリトーの小説に同タイトルあり。読んだなぁ、シリトーの小説。 浜省といえばバラードというイメージを持つ人もいるかもし...

リチャード・ヘル著・滝澤千陽訳『GO NOW』

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2004年5月、太田出版刊。 リチャード・ヘルが書いた小説で本国では1996年に刊行されたが、邦訳が出たのは2004年。 最近ではめっきり小説を読むことも少なくなったが、本屋で見かけ“あの”リチャード・ヘルの書いた小説か、 読んでみるか…。 リチャード・ヘルを聴いたのは1982年リリースのヴォイドイズとしてのセカンド・アルバム『ディスティニー・ストリート』が最初だったんじゃないかな。友人が持ってた輸入盤を借りた。ディランのカヴァーがかっこよかったな。当時『ブランク・ジェネレーション』は入手困難だったような気がする。そのセカンドアルバムリリース後しばらくしてヘルは音楽活動を停止、小説を書いているというのは知っていたが翻訳も出ていたんだ…。帯には町田康による“地獄のパンク文学”の推薦文。 内容はというと、バンド活動停滞中のパンク・ロッカー、ビリーと女性フォトグラファー、クリッサがカリフォルニアからニューヨークまで車を運転して運ぶ仕事を依頼される。全ての経費は依頼者持ちだ。その道中で“なにか”を探し、ビリーが書き、クリッサが写真に撮る、さらにその内容を本にする、というのが依頼者のアーティスティックな興味であり2人にとって真の仕事でもあった。 ロード・ストーリー的な内容になっているが、ビリーはヘロイン中毒で、ヘロインを打つ/調達と旅先で出会う女とのセックスによる快楽を求め続ける日々。そんなビリーが起こす様々な裏切り行為や破滅的とも言える行動、ビリーが感じる自己嫌悪、快楽を求めるがゆえに陥る自己欺瞞。だから旅の先々で“なにか”を探すなんていうのはビリーには二の次であり、優先度は最下位ほどに低い。ただ自分の欲望を満足させるため、誰かにたかり、誘惑し、懇願し、自分さえも騙し、自分と他人の心を傷つけ、満足したと思ったとたんに渇望という小さな穴が開いているのに気付き、その穴が次第に広がってゆく。それを繰り返し、繰り返し、繰り返し…。 この小説を読み進めていっても、つまり同じこと。自己の快楽追求に忠実に生き続ける姿を見続けるだけだ。 セックス・ドラッグ、それにロックンロール…はない。音楽に関しての記述は殆どない。もちろんこれはヘルの自伝ではなくビリーの物語だが、ヘルの体験に基づいてもいるという。芸術、文学、それに少しだけ語られる音楽に対するビリーのセリフや考え方はヘルに近いんじゃないか...

Drop's「未来」

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2015年4月22日、STANDING THERE, ROCKS/キングからリリースのシングル『未来』より。 去年の12月に買った『さらば青春』が気に入ってから、それ以前のDrop'sのディスクを集めてUSBに入れて車ではずーっとほぼDrop's。なので待ってました新しいシングル。 “未来”で“春”な新曲ということで、アップテンポでキャッチーなナンバーかなぁと思っていたが、そこは軽~く裏切られ、ぼんやりとした倦怠とふわりとした春風を思わせるミディアム・ナンバー。スプリング・ブルーなジャケットが象徴してるかな。 ドラムのフィルから太い音色のギターが続くイントロ、薄く鳴るオルガン、ベースもフレーズを紡ぎながらしっかりとサウンドを支えている。中野のヴォーカルは丁寧で“ぶらりぶらり”や“じわりじわり”といった繰り返すフレーズを効果的に使っている。繰り返しを多用するのは、毎日(≒未来)が仕事や学校など決まった生活の繰り返し、という意味合いがあるかも。サビの聴き手に問いかけるような“もしもし”というフレーズが耳に残る。漠然とした未来への不安を内包しているが、三拍子というリズムの演出でジャンプアップ、飛び越えるような気配は常に感じられる。アウトロのテンポアップは、躊躇している気配を振り切り一気に駆け出すイメージか。 ただ、まぁこれまで未来という時間を棒に振ってきて、このあと大して未来も残っていないオヤジが聴くよりは、やはり演奏者と同年代が聴く曲だよなぁ。世の多くの若者達にぜひ聴いて欲しい。 カップリングはオールディーズ風でストーリー仕立ての「恋は春色」。 “おろしたての陽ざしが よく似合う白い靴”っていう出だしが上手い。続いてギターの荒谷がゼップに影響を受けリフを作ったという「Purple My Ghost」は打って変わってヘヴィなナンバー。恒例のカヴァーはキャロル・キングの「You've Got A Friend」で、この曲も丁寧なヴォーカルに好感が持てる。出だしがスリリング。ギターのダビングも工夫されていて良い仕上がりだと思う。 サウンド・エンジニアは山口州治。バラエティに富んでいるが、決して散漫ではない。 これからのDrop'sを予感させる。Play it loud!で聴きたいシングルだ。「未来」のMVは、ボタン・ドロップのスケアクロウと中野...

私の放浪音楽史 Vol.47 THE ROOSTERS『INSANE』

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1981年11月25日、日本コロムビアよりリリースのアルバム。 ルースターズのライヴを初めて見たのは1982年5月23日の明治公園反核集会だった。随分前の事なので記憶は僅かしかないが…。調べてみるとこの日は日曜日。誰と行ったのかは思い出せない。天気は良く集会日和だった気がする。当時は今とは違った政治的緊張感があって、限定的な核攻撃・報復を想定した戦術核兵器の配備問題というのがヨーロッパを中心にしてあり、限定核戦争が起こる可能性も大きいと感じた人々の反核運動は大きな盛り上がりを見せていた。 音楽的な面からみるとクラッシュやジャムやイアン・デューリーらが楽曲を提供したオムニバス・アルバム『Life In The European Theatre』のリリースや、様々なミュージシャンのCNDへの支持なんかがあったが、その反核運動の盛り上がりは日本へも波及。…そんなノー!ニュークスな志を持って私が明治公園へ行ったかどうかは今となっては不明だ。その集会ではフリーコンサートがありルースターズがタダで見られる、という情報は得ていたんだろう。 それでライヴの内容だが、どんな曲を演奏したか覚えてないのだけれど記憶に残っているのは、コンサートは野外でステージがかなり高く作られていたこと、大江慎也の着ていたジャケットの鮮烈な黄色、 “軍事費を減らして電気代をを安くして”(ガス代だったかも)という大江のMC、それに強烈な印象を残したのが「In Deep Grief」の演奏だった。青空にダークなサウンドを響かせ、大江慎也は分厚く重そうな本を抱え呟いていた。 “Out of the depths I cry to you, O Lord, Lord hear my voice” 既にアルバム『インセイン』は聴いていたと思う。音を聴いただけでは気が付かなかったが、 大江のその姿を見た時、朗読しているのは、たぶん聖書の一節じゃないかな、と思った。後々この曲が収められたアルバム『インセイン』の歌詞カードを見て調べてみると旧約聖書・詩篇の一節だったことがわかる。 アルバムのタイトルは『INSANE』。インセインなんて単語はこのアルバムで初めて知ったんじゃないかな。あとになってジム・モリソンやルー・リードなんかの歌詞やタイトルで見かけるんだけど。正気ではいられない程の内容を持ったアルバム、ってことなんだろ...

私の放浪音楽史 Vol.46 PUBLIC IMAGE LIMITED『FLOWERS OF ROMANCE』

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1981年4月10日、ヴァージンよりリリースのアルバム。 1978年1月ジョニー・ロットンは“ロックは死んだ”と言い残してセックス・ピストルズを去り、本名のジョン・ライドンとしてパブリック・イメージ・リミテッドを結成する。ピストルズのロックンロール・フォームを棄て、レゲエ/ダブからの影響下にもありつつ、反復するドラムパターンの上にフリー・フォームな演奏、ジャー・ウォブルのベースは重心低く唸り、キース・レヴィンのギターはフリーキーに切っ先鋭く、ジョンは歌うというより叫び、語り、アジテイトする。 ファースト・アルバム『パブリック・イメージ』はそれでも曲によってはロックのフォームを残してはいたが、続くセカンド・アルバム『メタル・ボックス』でさらに解体は進み、スタジオ第3作の『フラワーズ・オブ・ロマンス』ではジャー・ウォブルが脱退しベースレスとなったことから、土着的なドラムサウンド、またはパーカッシブなトラックが大きくフューチャーされ民族音楽的ともいえる内容。キース・レヴィンのギターはやや抑えめ、ジョン・ライドンはまるで祭司のような抑揚で言葉を紡ぐ。マーティン・アトキンスは「Four Enclosed Walls」、「Under The House」、「Banging The Door」の3曲でドラムをプレイしているが、その他のトラックではキース・レヴィンがドラムを担当したようだ。 冒頭の歌詞“Doom sits in gloom in his room. Destroy the infidel”にドキリとする「Four Enclosed Walls」でアルバムは幕を開け、エクスペリメンタルな「Track 8」や「Phenagen」が続く。「Flowers of Romance」はアルバムに先行して7インチと12インチでシングル・リリースされているタイトル・トラック。複数のパーカッションをダビングし、ダンサブルというか高揚感をもたらす「Under The House」、インストゥルメンタルの「Hymies Him」、シンセサイザーとドラム、ジョンのヴォイス三つ巴の「Banging The Door」、キース・レヴィンのギターの絡みがカッコいい「Go Back」、ラストは混沌の「Francis Massacre」でノイジーに終了。 “フラワーズ・オブ・ロマンス”…セックス・ピ...