投稿

THE ROOSTERZ ONE WEEK PERSON TO PERSON AUG.27(MON)-SEP.2(SUN) AT SHINJUKU LOFT

イメージ
THE ROOSTERZ 1984年8月27日〜9月2日 at 新宿LOFT「PERSON TO PERSON」SONG LIST Song No. 8月27日(Mon) 8月28日(Tue) 8月29日(Wed) 8月30日(Thu) 8月31日(Fri) 9月1日(Sat) 9月2日(Sun) 1 Walking The Dog Wipe Out Come On Let's Rock(Dan Dan) Do The Boogie Four Season サタデーナイト 2 Tell Me Your Name Sitting On The Fence Waking The Dog Get Everything 気をつけろ She Made Me Cry Come On 3 フール・フォー・ユー Fade Away Sitting On The Fence I'm Waiting For The Man All Night Long Je Suis Le Vent テキーラ 4 イン・アンド・アウト ビールス・カプセル Fade Away Real Good Time Together Baby Sitter I'm Swayin' In The Air 新型セドリック 5 She Does It Right Dissatisfaction Talkin' About You Sweet Jane One More Kiss Sad Song C'mon Everybody 6 レザー・ブーツ Fly モナ Femme Fatale Drive All Night Desire ロージー 7 I'm King Bee Girl Friend Little Red Rooster Bad Dreams ニュールンベルグでささやいて Sweet Jane Lipstick On Your Collar 8 C'mon Everybody ヘイ・ガール テルスター Walk On The Wild Side バリウム・ピルス Drive All Night Let's Rock(Dan Dan) 9 テキーラ Lipstick On Your Collar Under My T...

THE ROOSTERZ『LEGENDARY LIVE IN 1984 Person to Person 1 新宿LOFT 1984/9/1』

イメージ
2004年9月29日リリースのオフィシャル・パーフェクト・ボックス『Virus Security』CD-23より。 「ルースターズが8月の終わりから1週間、7日間のライヴを新宿ロフトでやるんだって」 「おー、それは見たいな。1日アルバム1枚の内容をやる感じかな」 「初日はファースト、2日目はà-GOGO、3日目インセインってことか」 「最近の曲は今年のライヴで見ているから、見たことのない初期を見に行こう」 などという会話を友人と交わし、どうなるかわからないが最初の3日間を、ということで新宿ロフトへ前売りチケットを買いに行ったのだった。 1984年8月のROOF TOPのスケジュール欄には、 27日(月)〜9月2日(日)、ルースターズ1WEEK 「PERSON TO PERSON」ー連日のスペシャル・ライヴ全150曲ー と書かれていた。ちなみに前売り1,300円、当日1,500円。 さて、夏休みも終わりに近づいた8月27日「PERSON TO PERSON」初日。 この日はファースト・アルバムの曲を中心にと思っていたがそれほどでもなく、「Walking The Dog」で始まり「Tell Me Your Name」、「ブラック・レザー・ブーツ」等の当時未発表曲やカヴァー曲、人間クラブの「サタデーナイト」を演奏、ライヴ後半では「Good Dreams」、「She Broke My Heart's Edge」という(当時の)新しめのナンバーも演奏された。大江が上半身裸になる場面もあり、もはやイギー・ポップな印象だった。 8月28日「PERSON TO PERSON」2日目。 「ワイプ・アウト」で始まり、セカンド・アルバム『à-GOGO』収録曲から「I'm A Man」と「テルスター」を除く全曲を演奏した他、「恋をしようよ」、「モナ」、「どうしようもない恋の唄」と初日に演奏しなかったファースト・アルバム収録曲を演奏、シングル「どうしようもない恋の唄」のカップリング「ヘイ・ガール」、ストーンズのカヴァー「Under My Thumb」などを演奏。 8月29日「PERSON TO PERSON」3日目。 3rdアルバム『インセイン』を中心に…と思いきや、チャック・ベリーの「Come On」で始まり、ファーストとセカンド・アルバム『à-GOGO』から数曲をセレクト...

私の放浪音楽史 Vol.86 ECHO & THE BUNNYMEN『OCEAN RAIN』

イメージ
1984年5月4日、Korovaよりリリースのアルバム(日本では1984年6月5日、ワーナー/Korovaよりリリース)。 印象的なアルバム・ジャケットは、シングル「Silver」と同じイングランド南西部のカーングレーズ洞窟の地下湖で撮影されている。バニーメンはこのアルバムの主なレコーディングをフランス・パリでおこなったが、ジャケットを撮影したブライアン・グリフィンはパンドの写真をパリではなく、風景の中で撮影したいと考えたようだ。そのおかげで息を飲むような美しいジャケットを我々は手にすることができた。 BRIAN GRIFFIN ALMUM COVERS ECHO AND THE BUNNYMEN ブライアン・グリフィンのサイトには別カットが2枚掲載されている。 そのうちの1枚は2001年にライノからリリースされた4枚組コンピレーション『CRYSTAL DAYS 1979-1999』のジャケットに使用された(よく見ると裏焼きだな…)。 アルバムをパリでレコーディングしたのは、ヨーロッパ的な雰囲気を持ったシンプルで美しいものにしたいというバンドの希望からで、フランス・パリのスタジオ・Des Dames,(デ・ダム)とスタジオ・Davout(ダブー)でおこなわれている。また、ラヴのアルバム『フォーエヴァー・チェンジズ』のような管弦楽を使用したいと考えていたようだ。『オーシャン・レイン』のストリングス・アレンジは1980年代のバンド、ザ・フラワーポット・メンのアダム・ピータースが担当している。 先行シングルの「Silver」に続く、寂寥としたダークで重厚、ドラマティックなアレンジの「Nocturnal Me」は、イアンの高音〜低音を駆使したヴォーカルもスリリング。 “ 僕らに馴染まないやりかたを清らかにし、僕らの透き通る日々を広げていこう ”と歌われる明るい響きの「Crystal Days」だが、混沌としたウィル・サージェントのギターソロも耳に残る。 いつも上がったり下がったりのヨーヨー人間というユニークな「The Yo Yo Man」は、中間にファンタジックな転調部を持った曲。もともとは「Watch Out Below」というタイトルだった。 「Thorn of Crowns」は、ウィルによれば荒涼としたヨーロッパ海賊のイメージということだが、ボ・ビート・ライクなリズム...

追悼・DAVE GREENFIELD THE STRANGLERS「CURFEW」

イメージ
前にも書いたが、私が初めて海外のパンク・アルバムを聴いたのはザ・ストラングラーズのライヴ盤『Xサーツ』だった。そのストラングラーズのキーボード奏者、デイヴ・グリーンフィールドが2020年5月3日に逝去。 シャープなヒュー、ワイルドなジャン・ジャック、パワフルなジェット、それぞれのプレイはもちろんだが、デイヴ・グリーンフィールドのキーボード・プレイがストラングラーズのサウンドを更にスペシャルなものにしていた重要な要素、と言ってもいいだろう。 ストラングラーズの曲をポップにもカラフルにも攻撃的にもメランコリックにも彩ることができる確かな技術と表現力を持っていた。「Grip」、「Duchess」、「Don't Bring Harry」、「Nuclear Device」、「Who Wants The World」、「No More Heroes」、「Outside Tokyo」、「Walk On By」のカヴァー、「 Baroque Bordello」、それに一度聴いたら忘れられないロックン・ロールな「Go Buddy Go」等々、どれもデイヴのキーボード・プレイがストラングラーズを独創的なものにしていた。 私がストラングラーズを聴いていたのは「Golden Brown」や「Strange Little Girl」をリリースしていた頃までだったが、80年代の終わり頃にジャン・ジャックとデイヴが演っていたザ・パープル・ヘルメッツの『Ride Again』と『Rise Again』も聴いたっけ。ゾンビーズのカヴァーよかったなぁ。   1978年に放送されたイギリスのTV番組「Revolver」でのストラングラーズ。 この年リリースされたアルバム『Black And White』のA面トップに収録されていた「Tank」に続いて「Curfew」が演奏される。この曲は『Black And White』のB面トップに収録されていた。  “ Stay in your homes  Stay in your homes  Maybe I'll find love when there's nothing to do ” こんな世界状況の今、この曲を聴くと全く違った意味に聴こえる。

私の放浪音楽史 Vol.85 ECHO & THE BUNNYMEN『SILVER (TIDAL WAVE) 』

イメージ
1984年4月13日、Korovaよりリリースの12インチ・シングル。 エコー&ザ・バニーメンの12インチ・シングルは『Never Stop (Discotheque)』のあと、1984年1月にUKリリースされた傑作12インチ『Killing Moon (All Night Version)』を購入、ジャケと内容の素晴らしさに私は更にバニーメンの音楽へと傾倒していった。続いて1984年4月にUKリリースされたのが12インチ『Silver (Tidal Wave)』で、カップリングには「Silver」の7インチ・ヴァージョンと「Angels And Devils」が収録されている。7インチ「Silver c/w Angels And Devils」も同時に発売された。 「Silver (Tidal Wave)」は、イントロに流麗でパワフルなストリングス・パートを追加し、1分50秒ほど長く、5分12秒に仕上げたヴァージョン。弦の響きがまるでTidal Wave=大波のように迫りくる音像をつくりあげた。それは真新しい冒険の日々にのりだす船乗りたちの気分のように高揚した音楽だった。個人的にはもう少し長くしても良かったのではないかと思ったけど。 初期バニーメンの切っ先鋭いソリッドなサウンドからは予想もつかない、クラシカルなストリングスを大胆に採用。ストリングス・アレンジは1980年代のバンド、ザ・フラワーポット・メンのアダム・ピータースが担当しており、当時流行していたシンセサイザーを多用した楽曲に対するイアン・マッカロクのアンチな気持ちをどこかで読んだ気がするが、徹底して生のストリングスに拘ったアレンジとなっている。バンドも骨太リズム隊を核に、ウィル・サージェントのアコースティック・ギターと繊細なエレクトリック・ギターの音色、イアンのコーラスも加わり、新鮮で豊潤な響きを持った楽曲になった。 前作「Killing Moon」は全英シングル・チャート9位となるヒットを記録したが、「Silver」は全英シングル・チャート30位止まりとなった。 この曲の録音はフランス・パリのスタジオ・ダヴー(DAVOUT)で行われ(余談だけどルースターズ が後にアルバム『パッセンジャー』の録音で使用した)、プロデュースはAll Concerned(全ての関係者)となっているがバニーメン自身と...

追悼・大林宣彦 GODIEGO「CHERRIES WERE MADE FOR EATING」

イメージ
2020年4月10日、映画監督・大林宣彦、逝去。 その日は新作『海辺の映画館―キネマの玉手箱』の公開予定日でもあったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で公開延期となった。 大林監督の映画を観るようになったのは、思えば原田知世だったんだろうな。 真田広之主演映画の相手役オーディション「角川映画大型新人募集」に応募、特別賞という形で女優へのスタートラインに立った原田知世。映画出演の前哨戦として1982年にフジテレビで放送されたドラマ『セーラー服と機関銃』や『ねらわれた学園』に主演。このテレビドラマで原田知世の存在を知ったんだと思う。 いよいよスクリーンデビューということで筒井康隆原作、大林宣彦監督の『時をかける少女』が1983年に公開、前売り券を買って観に行った。たぶん都内の映画館まで出かけて行ったと思う。原田知世目当てだったが、大林監督のリリカルな映像美と特撮、繊細なストーリーと俳優陣の演技には、当時洋画偏重だった私を邦画好きにするきっかけにもなった。前売りロードショーで観た後、地元の映画館で持ってた招待券などを使って5回くらい観ている。公開時これだけの回数を観た映画は他にはないなー。 『時をかける少女』の映像に魅了された私は、続いて1984年に公開された16mm作品『廃市』も観に行き(確か文芸坐ル・ピリエで観た)、狂おしい程の愛情を描いていても静謐な世界に魅了され、それまでの大林監督の映画を遡って観るようになった。名画座でも観たが、テレビ放送で観た作品もあると思う。『転校生』、『ねらわれた学園』、『金田一耕助の冒険』、『ふりむけば愛』、『瞳の中の訪問者』そして1977年に公開された大林監督の商業映画デビュー作『HOUSE』。 『HOUSE』の音楽は小林亜星(本人もスイカ売りとして出演)とミッキー吉野で、映画公開の1ヶ月前、1977年6月にサウンドトラック・アルバムがリリースされている。演奏は、初期のドラマー浅野良治を含むゴダイゴのメンバーの他、村上ポンタ秀一等のミュージシャンが参加しており、成田賢が「ハウスのふたり」でヴォーカル、「ハングリー・ハウス・ブルース」でハープを吹いている。音楽は映画制作に先駆けて作られており、撮影現場ではこれらの音楽を流して撮影されていたという。右上の写真は劇場公開時のパンフレット。 劇場公開パンフレット内に掲載されたゴダイゴのサントラ...

石原洋『formula』

イメージ
2020年2月12日、zelone recordsからリリースのアルバム。 White Heaven、The Starsで活動していた石原洋の23年振りのソロアルバムがリリースされた。 録音には、 石原洋:ヴォーカル、ギター、シンセサイザー、キーボード、エフェクト 栗原ミチオ:ギター 北田智裕 :ベース 山本達久:ドラム 中村宗一郎:キーボード というパーソネル。 寝静まった夜にCDを再生…冒頭からゴボゴボゴボゴボと続く不気味な音…。 やがて部屋に喧騒でざわめきたつ街頭というか駅の改札付近が出現した。 人々のざわめき…話し声、笑い声、咳。靴音、券売機からの音、設置されたスピーカーから流れるアナウンス、電車が通り過ぎる音、警笛、発車を知らせる合図、誘導チャイム。バイクの走り去る音。 途切れることなく続くさまざまなストリート・ノイズの隙間から聴こえてくる石原洋たちの演奏と歌声は、微かにと言ってもいいくらいの音量にミックスされている。 収録されているのは、それぞれが約21分の「formula」と「formula reverse」の2曲。 演奏部分を聴いてみると、ゆったりとした浮遊感のある曲から電子音とフィードバック音にギターのストロークを挟みつつ、軽快な楽曲が聴こえるのが「formula」。 ループやエフェクト加工したノイズと演奏がより一体化した部分もありつつ、繰り返すリズムにエレクトリックギターのフレーズが絡む曲から、ミディアムな曲調の演奏へ、さらに性急なリズムを伴った曲に変わる「formula reverse」。こちらの喧騒はどこか店内という雰囲気もある。 この収録されたサウンド全体を聴いていると、都会のありふれた日常のひとコマといった印象を受ける。ありふれた日々への作り手の思い、というのがあるのかもしれない。 ジャケットコンセプトの黄昏(または夜明け)の高圧線と街の風景も美しい。 個人的には演奏のみを聴いてみたかったが、トータルな作品としては面白いと思う。 とても巧妙に作り込まれたBGM、または都市のサウンドトラックと言える興味深い作品だ。 アルバム『formula』トレイラー・ミュージック・ビデオ 石原洋「Rest Stay Relationship」内のブログ formula に新譜告知がある。 部屋で聴いた時はどこか懐かしい記憶の情景のようにも感じたが、車で聴...

VARIOUS ARTISTS『都市通信』

イメージ
2020年1月29日、カムイレコード/海賊艇Kからリリースのオムニバス・アルバム。 音盤を入手してその音を聴くことはないだろうと思っていたオムニバス・アルバム『都市通信』がCD再発された。 オリジナル・アナログ盤LPは、1980年2月に1,900円という低価格でカムイレコード/海賊艇Kからリリースされたが、やがて通信販売で代金を送ったもののレコードが発送されず、海賊艇Kの代表者が行方をくらますという事態になり、その年のうちに『都市通信』はもっとも入手困難な幻の音盤となってしまう。海賊艇Kはそのまま消滅。音楽を広くリスナーに届けようとしていた収録バンドにとっても残念なことだったと思う。 ミニコミ「Change 2000」Vol.12に掲載された小西昌幸の海賊艇K糾弾記事を読んでいたり、地引雄一著『ストリート・キングダム』に海賊艇Kの活動と消滅についての記載を読んだりしていたから、去年10月にネット上にアップされた、再発を知らせるニュース、海賊艇K代表の謝罪文を読んだ時は驚きだった… 日本の自主制作盤を振り返る時に、いわくつきとして紹介される不幸なレコードの40年後にして驚きの結末…すぐに予約した。 収録されているのは、シンクロナイズ、美れい、NON BAND、螺旋の4バンド。 シンクロナイズのサウンドは初めて聴く。エレポップ的なアレンジ、ベースのフレーズや華やかなシンセが耳に残るが、歌詞やコアな部分にはストレートでストイックな感じをうけるし、ユーモラスな印象もある。「XYZ」、「成分」、「記念碑」の3曲を収録。 岩本きよあき(清顕)と実方ひとみの2人組+リズムボックスという美れいも初めて聴く。楽器のアンサンブルが独特の雰囲気をもった「悲しい町で」、インストの「密林の王者」、躍動する炎を歌う「うつくしく」、シンプルだけどポエティックでユニークな「けだもの」、30秒に満たない短いインスト「夜遅く」、いずれもハンドメイドな5曲を収録。 結成してまもなくのNON BAND、ノンとドラムのケイコ、ギターに野本健司が参加していた時期の録音だ。プリミティヴな衝動と演奏の「Vibration Army」と、都市の孤独をスライスカットしたような「Home」の2曲を収録。 螺旋はシティロッカーからリリースされていた紅蜥蜴のアルバム『けしの華』に付属していたフレキシに収録されていた楽曲を聴...

別冊ele-king『じゃがたら おまえはおまえの踊りをおどれ』

イメージ
江戸アケミが1990年1月27日に亡くなってから30年となる2020年、命日にあわせて復活じゃがたらのライヴ、1月29日新作CDリリース。そして、じゃがたらを振り返るムックがele-king別冊としてP-VINEから出版された。 じゃがたらに関しては2000年に出版された陣野俊史著の大変な労作『じゃがたら』 があるんだけど、そこからも20年の年月が流れているから、改めて振り返るのも意義深いものがあるだろう。さて内容は、 メンバーの 南流石、 OTO、 EBBY、 中村テイユウ、 それに、 フォトグラファーの松原研二、 マネージャー/スタッフだった大平ソウリ、 ジャケット・アートワーク等を担当したヤギヤスオ、 江戸アケミと1988年頃から親交を深めていた、こだま和文 の最新インタビューを掲載、それぞれがじゃがたらへの思いを語る。 江戸アケミのインタビューも、 1983年夏(再掲載、初出は雑誌イーター8号、『家族百景』をリリースした頃に宣伝用フリーペーパー作成のためインタビューしたもの)、 1989年1月(未発表)、 1989年春(再掲載、初出は雑誌DOLL1989年6月号) と3本掲載されている。 1979年〜2020年までの年表とディスク紹介(なぜか曲名は掲載されていない)と、関連書籍(なぜか陣野俊史著『じゃがたら』 は掲載されていない)、 コラムが12本(なかでも1992年12月に亡くなったサックス奏者篠田昌己についての平井玄、松村正人のコラムが興味深い)、それに加藤典洋の音楽論集『耳をふさいで、歌を聴く』に収録されていた「じゃがたら」を再録。 2020年1月27日に渋谷 CLUB QUATTROにておこなわれたJagatara2020のライヴ・レポートは、 Live Reviews Jagatara2020 @渋谷 CLUB QUATTRO で読むことができる。

『シンコー・ミュージック・ムック THE CLASH LONDON CALLING』

イメージ
ザ・クラッシュのアルバム『ロンドン・コーリング』リリースから40年(!)という節目でリリースされた『ロンドン・コーリング40周年記念盤』にあわせ、2019年12月にシンコーミュージックから新たなムック本が発売された。 シンコーからは、ジョー訃報時、シングルボックス発売時、DVD『THE RISE AND FALL OF THE CLASH』発売時、12枚組ボックスセット『サウンド・システム』発売時に続き、5冊目のムックとなる。 『ロンドン・コーリング40周年記念盤』は、日本ではソニーから2019年11月15日、限定スクラップブック仕様CD、クリア・ヴァイナル仕様の2LP、紙ジャケ仕様の2CD、と3種類でリリースされたが、私はオリジナル日本盤LP、1枚組CD、25周年記念盤CDとあるし、楽曲としての「London Calling」はアナログ・シングルBOX(1980年)、CDシングルBOX(2006年)とあれば、もう音盤はいいかなーと購入は見合わせた。 スクラップブックの内容は気になるけど、あまりに高価(6,500+税)だし。日本盤はクリア・ヴァイナルにポスター付き仕様のアナログも欲しいなぁと思わせるけど、これも高価(5,800+税)…。 1979年リリース当時の“ ファンのためにレコードの価格をできるだけ安くしたい ”、“『ロンドン・コーリング』は2LPだけど1枚の価格で売りたいんだ ” と言ってCBSと交渉しイギリスでは5ポンド(当時のレートで2,700円位)販売され、日本ではゲートフォールド・ジャケットで3,500円と2枚組としては低価格だった(初回のみペニー・スミス撮影のポスター付き)。そんなリスナーを思い、大切にしてくれる時代は遥か彼方40年前の「いい話」だ…。 だけど、つい買ってしまうムック。さらっと読めるしね。今回は小型で軽く手に取りやすい作り。 内容はというと、ロンドンで行われた展覧会「The Clash : London Calling」の模様をロミ・モリによる紹介でカラー3ページ、定番のクラッシュ・ヒストリー、メンバー紹介、『ロンドン・コーリング』アルバム全曲解説、前後のシングル盤解説、カヴァー・ヴァージョン紹介、当時の英国パンク・シーン解説等はこのムックの監修者・本田隆によるテキスト。 クリス・ボーンによる『ロンドン・コーリング』リリース直後のジ...

サンハウス『1974ワンステップ・フェスティバル』

イメージ
2019年12月18日、Super Fuji Discsよりリリースのライヴ・アルバム。 待ってました。サンハウスのワンステップ・フェスティバルに於ける演奏を収録したライヴ・アルバムがリリースされた。 帯には、2010年2月17日にテイチクよりリリースされたサンハウスの8枚組ボックスセット『THE CLASSICS 〜35th ANNIVERSARY〜』に使用した同ソースの音源マスターを元に新たにマスタリングを施した、と記載がある。サンハウスの『THE CLASSICS 〜』も『1974郡山ワンステップフェスティバル永久保存盤21枚組ボックス』も、どちらも持っていないのでありがたいリリースだ。 1曲目「キング・スネーク」のイントロがフェイドインで始まるのが残念なのと、ドラムのハイハットの音が潰れ気味な音質が気になるが、ドラムが鬼平(坂田紳一)に代わって約4ヶ月後、デビュー・アルバム『有頂天』のリリースは翌1975年6月という時期のライヴで、レコードはまだ何もリリースされておらず、九州ではその名前が知られていたものの、博多からはるばる福島県郡山までやってきてのサンハウスの演奏は集まった観客の度肝を抜いたのではないかな、と想像してしまう内容だ。 鮎川、篠山、奈良、鬼平のエキサイティングな演奏、柴山はなんだかリラックスしているような余裕のあるヴォーカル(いつもかな?)のライヴ。ライヴ終盤では観客とのやりとりも聞け、盛り上がっているのがわかる。 鮎川は雑誌「ユリシーズ No.3」(シンコーミュージック刊)のインタビューで “ちょうどワンステップの頃が、ある意味スタートライン ” だったと語っていたが、全10曲で収録時間およそ36分と短いものの、博多を拠点としながらもレコードデビューに向け動き出した頃の演奏が聴けるのはうれしい限り。 10曲中6曲が後にファーストアルバム『有頂天』に収録される楽曲で、その他は「おいら今まで」がセカンド・アルバム『仁輪加』に収録される曲、「ぬすっと」と「すけこまし」はどちらもサンハウスがオリジナルを作り出して早期に出来ておりライヴでは演奏されていながら、1980年にリリースされた『ストリート・ノイズ』で初めて音盤化された曲。 「ねずみ小僧の唄」は作詞作曲・鮎川誠の痛快なロックン・ロール・ナンバーで、1998年にリリースされたCD3枚+VHSのボッ...

NHK大河ドラマ『いだてん』

 NHK大河ドラマ『いだてん』が終わった。 いろいろ言われたドラマだったが、私には毎回楽しくもあり、シリアスなところはきちんと押さえてあって考えさせられることも多々あった。まぁ来年開催の東京オリンピックのプロパガンダになるんじゃないの、という一抹の不安はあったが、そこは宮藤官九郎自身否定してるし音楽を担当した大友良英も危惧していた。 時間を行ったり来たりする演出や、落語を織り込んだ内容もクドカンらしくて面白かったし、 見ていて時間を忘れるほどスピード感もありタイトル通り突っ走った感のある、見応えのあるドラマだった。役所広司の嘉納治五郎、はまり役だったなぁ。クセのある役者が勢揃い、でも嫌味にならないというところも流石だった。 またこんなドラマ見たいですよ。

井上富雄『AFTER THE DAWN』

イメージ
2019年10月25日、MIMOZA MUSICよりリリースのアルバム。 井上富雄のソロアルバムがリリースされた。ソロ名義のアルバムとしては2003年3月にリリースされた『up! up and away』からなんと16年振りとなる。前作は全編アコースティックかつライヴ録音も含んだアルバムだったが、Vo・B・G井上とG尾上サトシ、Key五十嵐慎一、Dr田中徹のバンドサウンドで録音された今回のアルバムは井上自身もブログに記しているように “ 初のソロアルバムと言っても過言ではない ”。 オープニングの「Across The City 2019」は、前作『up! up and away』にも収録されていた「Across The City」をバンドサウンドで、歌詞も一部変更、 “ 2019 ”ヴァージョンとなっている。ラテンなグルーヴが心地よい「Bridge Over Dawn」、「Morning Dew」は伸びやかなアレンジで朝露のようなピアノが素敵に輝く。ファンキーなインストの「スーパーボール」、フォーキーなテイストの「Corkscrew」、オリエンタルなメロディが耳に残る「虹のかけら」、一際ソウルフルでアーバンな「土曜の夜と日曜の朝」、落ち着いた雰囲気ながら転調する中盤が綺麗なタイトルトラックのインスト「After The Dawn」。 アルバムタイトル、いくつかの曲の歌詞の中にも登場する“ 夜明け ”がこのアルバムを貫いている。それは夜明けの情景というだけではなく、確かに訪れると信じる、ここでは歌われていない言葉の象徴なのかもしれない。 円熟したミュージシャンによってテクニカルに作られ演奏された楽曲ながらポップで聴き易く、ヴォーカルも丁寧にメロディを歌っていて心地よい。 全8曲とコンパクトにまとまっていて、真ん中の4曲目と最後の8曲目にインスト曲を置いているのもアクセントになっており、アナログ盤のA面B面に分けているようで聴いた印象もいい。真っ直ぐこちらをみるジャケットのポートレイトは、出来上がりの自信を写し出しているようだ。 井上富雄のホームページ Tomiowebのブログ内に、 佐野元春から『After The Dawn』によせて。ハートランドからの手紙#2019.11 を読むことができる。

小出亜佐子著『ミニコミ「英国音楽」とあのころの話 1986-1991』

イメージ
2019年12月DU BOOKSより出版。 青山学院大学の音楽サークル“ 英国音楽愛好会 ”が発行していたミニコミ「英国音楽」に4号〜12号まで関わった小出亜佐子による当時の回顧録が出版された。 自らが発行人となった1986年春の「英国音楽」5号発行から1991年12月31日に小出が企画(バンドの選定)したオールナイト・イベント“ Hello 1992 ”(at クロコダイル)開催までをひとつの括りとしているようだ。小山田圭吾やペニー・アーケードの佐鳥葉子らが参加した座談会や仲真史(Big Love Records)のコラムなども楽しく読める。内容を簡単に紹介すると…。 著者は1965年生まれ。音楽の嗜好はサザンオールスターズから、ジャム、スタイル・カウンシル、その流れから東京モッズ系のバンドのライヴに通い、キュアー、アズテック・カメラ、バニーメン、ニューオーダー、ジュリアン・コープなどの来日公演に足を運び、スミスやオレンジ・ジュースなどUKポスト・パンク、ニューウェイヴへ移り、大学2年でサークル“ 英国音楽愛好会 ”に勧誘され入会。 ほぼ出来上がっていた「英国音楽」4号(1985年)から小出はミニコミ制作に参加、発行が危ぶまれた5号(1986年春)からは自らが発行人となり、6号(1986年夏)から小出の“ 完全私物化 ”となり、7号(1986年冬)からは、英国音楽だけではなく、東京モッズシーンやネオGSのバンドも取り上げ、ロンドン・タイムスやファントムギフトのインタビューも掲載、それらのバンドのライヴでミニコミを手売りしていたようだ。 8号(1987年春)は小出が英国へ留学のため後輩に託し、9号(1987年夏)ではブルーハーツのインタビューを掲載している。10号(1987年冬)をはさんで、11号(1988年夏)ではロリポップ・ソニック等を収録した初のフレキシ・ディスク付きとなった。続いて12号(1989年5月)もフレキシ付きだったがこれが最終号となる。 オレンジ・ジュースやジャズ・ブッチャー、パステルズ、TVパーソナリティーズ、ヴィック・ゴダードなどのイギリスの音楽を紹介しながら、日本のビート系、東京モッズ、ネオGSという当時の日本の旬なシーンも紹介し、ペニー・アーケイド(ポートレート・レコードから1988年にリリースされたオムニバス『NEO?』に参加)、ロリポッ...

NHK土曜ドラマ『少年寅次郎』

 NHK土曜ドラマ『少年寅次郎』全5話。録画してた最終話を見終わった。 気っ風がよく愛情に満ちた母親役の井上真央の演技が素晴らしかった。その立ち居振る舞い、息子への眼差しは、大林宣彦監督の映画「異人たちとの夏」で秋吉久美子が演じた母親を思い出した。

ROCK'N' ROLL GYPSIES『JUST FOR LIVE AT KYOTO TAKUTAKU』

イメージ
2019年8月30日、RRGP.Recordsよりリリースのライヴ・アルバム。 池畑潤二、60歳の誕生日(10月20日)にあわせ、2018年10月19日〜21日の3日間にわたって京都磔磔で開催された「BIG BEAT CARNIVAL IN 磔磔SPECIAL 3days」。 出演はロックンロール・ジプシーズの他、日替わりでゲスト(19日浅井健一・山下久美子、20日イマイアキノブ・SION、21日百々和宏・山口洋・陣内孝則と飛び入りでTOSHI-LOW)が登場し、ゲストの演奏を担当するのはホストバンドのThe Big Beaters(D池畑潤二、G花田裕之、B井上富雄、Gヤマジカズヒデ、Key細海魚)というイベントだった。 このスペシャルなイベントからロックンロール・ジプシーズの3日間の演奏をパッケージしたライヴ盤がリリースされた。ロックンロール・ジプシーズの演奏はゲスト登場の前に各日7〜8曲演奏され、3日間で全22曲だったが、このCDにはそのなかから16曲が収録された。 収録曲は、 1.風の跡 2.Crazy Romance 3.You won't be my Friend 4.危険な日常 5.光 6.Bumble Bee Twist 7.只の夢 8.渇く夜 9.Ho Train Boogie 10.黒の女 11.Honey Bee 12.Lucky Love 13.Natural Powered 1 14.TRUCKIN' 15.空っぽの街から 16.Living On The Borderland 1〜5が19日、6〜12が20日、13〜16が21日に演奏されたもの。 冒頭「風の跡」の花田の渋みと深みを増した迫力あるヴォーカル、後押しする池畑のドラム、彩りを加える下山のギター、支える市川のベース。実際のライヴではこの前に2曲演奏されているのだが、 CDのオープニングに相応しいスピーディでエネルギッシュなナンバーだ。 続いて、ルースターズのアルバム『KAMINARI』収録曲でロックロール・ジプシーズとしてもアルバム『ROCK'N'ROLL GYPSIES III』に再録した「Crazy Romance」は、法律破りの危険で淫らな演奏が堪能できる。下山のギターが自在に駆け巡る「光」やスライドギターが炸裂する「Honey Bee」など...

遠藤ミチロウ著『嫌ダッと言っても愛してやるさ!』

イメージ
2019年10月筑摩書房(ちくま文庫)より出版 遠藤ミチロウのファースト・エッセイ『嫌ダッと言っても愛してやるさ!』が文庫となって再刊された。今回が3回目の再刊となる。 これまでの出版経歴は、 1982年にダイナミックセラーズから出版されたオリジナル版 2003年にマガジン・ファイブから出版されたDVD付きの2003リミックス版 2007年に2003リミックス版からDVDを無くして出版された2007リミックス新装版 となっているが、私はダイナミックセラーズ版と2003リミックス版を持っているので、どうしようかなぁーと思っていたが本屋で見かけそのままレジへ…。 今回のちくま文庫版は下記の章から構成されている。 第1章【1980年代初期】「玉ネギ病のあやしい幻覚」 第2章【1980 - 1985】「嫌ダッと言っても愛してやるさ!」 第3章【1983.7.20】「カルチャーの瓦礫の中で」 第4章【2000 - 2003】「TALK ABOUT THE COMICS」 第5章【歌詞と詩と未収録エッセイ】 第1章は、 1982年〜1983年にかけて雑誌に発表したエッセイを集めたもので、2003リミックス版で追加された。なかでも雑誌宝島1982年11月号に掲載されていたエッセイ「死にたくない!」は、“ 北へ帰る「演歌」の時代は終わった。しかしそろそろ、北からやって来る「スターリン」の時代は「北方領土」より夢がないのだよ”という名フレーズを含む、東北・福島という出自を自虐的、差別的、肯定的に扱ったもので、ミチロウの東北への愛憎が感じられる必読のエッセイ。 第2章は、オリジナル・ダイナミックスセラーズ版に収録されていたエッセイ集。ZOO、DOLL、ロッキンオンといった音楽雑誌に掲載されたエッセイのためか、ピストルズーPIL、ストーンズ、ジャックス、宮沢正一、自主レーベル、ROCK SONGについて等の音楽的な主題を扱ったものが多い。雑誌ZOO1980年2月号に掲載されていたエッセイ「DISCOMMUNICATION FOR FUTURE!」には “ マスコミの発達・情報の過剰によって何かを表現しようとしたとたん、いやがうえでもたくさんの人々と強制的にコミュニケートさせられてしまう” となにやら表現ということについて、2019年の現代にもぴったり当てはまるような記述があるし、さらに ...

ECHO & THE BUNNYMEN『THE JOHN PEEL SESSION 1979-1983』

イメージ
2019年10月、WEAよりリリースのアルバム。 Echo & The Bunnymenが1979年から1983年にかけてBBCピール・セッションで録音・放送した楽曲を集めたアルバムがリリースされた。 当初9月にリリースのアナウンスがあったが、日本では10月になって販売が始まったようだ。 収録されている演奏が録音された日付は、 [1] 1979年8月15日 [2] 1980年5月13日 [3] 1980年11月4日 [4] 1982年1月27日 [5] 1983年6月6日 [6] 1983年9月19日 の6回で、[1]、[3]、[6]のセッションは4曲、他のセッションは3曲、計21曲が収録されている。 これまでにも[1]のセッションの4曲はStrange Fruitからアナログ盤やCDがリリースされていたし、 [1]のセッションからの「Villiers Terrace」はオムニバス・アルバム『To The Shores of Lake Placid』や4枚組ボックスセット『Crystal Days 1979-1999』に収録。 [4]のセッションの「No Hands」と[6]のセッションの「Watch Out Below」も4枚組ボックスセット『Crystal Days 1979-1999』に収録されていた。  1997年にリリースされたバニーメン復活作『Evergreen』の限定盤に、10曲入りの “ History of The Peel Sessions 1979-1997 ”と題されたボーナスディスクが付属していたことがあるが、バニーメンの最初期から成功を手に入れる1983年までにおこなわれたピール・セッションの演奏全6回がまとまってリリースされるのは初めてのことだ。 1回目のセッションは、Zoo Recordからファーストシングルをリリースしたばかりの初期のもので、イアン、ウィル、レスの3人に、ドラムマシンを使用して演奏されている。「I Bagsy Yours」は「Monkeys」の初期ヴァージョン。 2回目のセッションはドラムにピートが参加後の録音で、ファーストアルバム『クロコダイルズ』リリース直前、同アルバムから2曲、後にライヴEP『Shine So Hard』やセカンドアルバムに収録される「Over The Wall」も演奏している。...

BOYS BOYS「MONKEY MONKEY c/w CONTROL TOWER」

イメージ
1980年3月25日、PASSレコード/トリオからリリースのシングル。 遂に2019年再刊となった佐藤ジンの写真集『GIG』を見ていて、1978年〜1980年はほぼ東京ロッカーズ周辺のバンドが被写体となっているが、結構写真点数が多いなと思ったのがボーイズ・ボーイズだった。写真集に付属のインデックスでボーイズ・ボーイズのクレジットがある写真を数えてみると、1978年〜1980年にかけてオフショットやステージ写真が27枚掲載されている。 1978年5月28日六本木にS-KENスタジオがオープン、そこで行われていたフリクション、リザード、ミラーズ、ミスター・カイト、S-KEN等のライヴに客として観に来ていた女子4人、クミ、エミ、チホ、カズミが S-KENのメンバーから“君たち絵になるからバンドやってみなよ”という勧めもありボーイズ・ボーイズを結成したのは1978年8月頃。といってもただの客じゃないんだが…。 紅蜥蜴や3/3、ラリーズ、村八分といった日本のアンダーグラウンド・シーンを取り上げたミニコミ「ロッキン・ドール」を発行していたチホ(ベース)、レックやエスケンとともにミニコミ「WATCH OUT」を編集、1978年8月に発行したエミ(ギター)、ラモーンズ・ファンクラブのスタッフでエスケン(田中唯士)とも知り合いだったクミ(ヴォーカル&ギター)、そしてドラム演奏経験があったカズミ。 彼女達は手始めにヴェルヴェット・アンダーグラウンドのコピーから始めた…。 ボーイズ・ボーイズのライヴ・デビュー1978年12月23日S-KENスタジオでの「クリスマス・ギグ」だった。共演は東京ロッカーズ・セッション、 アーントサリー、SS。続いて1978年12月31日下北沢ロフト「大みそかギグ」にも出演、その後もライヴ活動を行っていたが、1979年3月頃には初代ドラマーのカズミが脱退し、ベースのチホも“つまんなくなって”脱退(チホはその後ゼルダを結成)、1979年4月新たにDサキ、Bヤヨイが加入し活動継続した。 このメンバーで録音、PASSレコードから1980年3月25日にリリースされたのが7インチ・シングル「Monkey Monkey c/w Control Tower」(PAS-201)で、突然段ボール「ホワイト・マン c/w 変なパーマネント」(PAS-202)、Phew「終曲 c/w...

トレイシー・ソーン著・浅倉卓弥訳『安アパートのディスコクイーン:トレイシー・ソーン自伝』

イメージ
2019年6月12日 ele-king booksより出版。 トレイシー・ソーンの自伝が刊行された。 スターン・ボップス(Stern Bops)というバンドの紅一点リズムギタリストから始まり、マリン・ガールズ、ソロ・アーティスト、エヴリシング・バット・ザ・ガールと進んだミュージシャンとしての経歴はもちろん、プライベートな事柄も出生から家庭環境、ベン・ワットとのエピソード、子供達の事なども詳しく書かれている。それも終始シニカルでビターな筆致で、捻れたユーモアがたっぷり。少しだけかいつまんで紹介すると、 トレイシーが “自分が真にパンクの子供であった” とこの自伝に書いている通り1977年6月にトレイシーはパンクに目覚めた。いわく “危険分子を気取っては周囲を威嚇してばかりいるようなものに心底惹かれた” その時を境に、いい子ちゃんだったトレイシーは、髪の毛をスパイクカットにし、両親は我が子の部屋から聴こえてくる音楽に恐怖した。 ジャムにストラングラーズ、アドヴァーツ、ブームタウン・ラッツ、ミンク・デヴィル、そしてピストルズ、クラッシュ…。通販でクラッシュやエックス・レイ・スペックスなどの7inchシングルを手に入れた。 トレイシーはこの時の両親との軋轢をこう書いている。 “ 今から三十年余り前というこの時代、十代の若者達とその両親達との間における世代間ギャップというものは現在のそれよりよほど大きかったのだ。この隔たりは、多分この時期を頂点にしてじわじわと縮まっているはずだ。だから、今日では子供と親が一緒のレコードを好きでいたり、あるいは親子が連れ立ってグラストンベリーのロックフェスへ嬉々として足を運んだりすることは、最早ありふれた光景とさえなっている ” 今の時代、たかがパンク(ロック)を聴いたり観たりしているだけで親子の溝が深まり断絶が起こる、などということはヨーロッパやアメリカ、それに日本でも無いと思う。 パンク以後、ロックンロールやソウル、ジャズに限らず、ワールドミュージック、非音楽的なノイズ、アヴァンギャルドを含め様々な表現方法を積極的に取り入れ、異種交配しポップに昇華させる、という試みを繰り返し、作り上げ、それを聴いていた若者達が成長し親になれば、その子供が何を聴こうがほとんど許容できる範囲となるし、もはやパンクという音楽を聴いたり演奏することなどなんの反抗の...